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「ナミィと唄えば」

e0066369_2336959.jpgとっても元気をもらえる映画を観てきました。
「ナミィと唄えば」は、映画だけど、物語というよりドキュメンタリー。主人公のナミィおばあこと新城浪さんは85歳になる現役の三線弾き。沖縄最後の現役お座敷芸者とも「人間ジュークボックス」とも言われている元気いっぱいのおばあです。

ナミィおばあは石垣島の新川出身。9歳で那覇の辻(花街)のお座敷に250円で身売りされ、15歳で親戚に買い戻されて家族の移住したサイパンへ。その後も台湾、宮古、与那国、那覇、石垣と渡り歩きながらも常に唄三線を人に聞かせ続けてきたのです。そのおばあが作家の姜信子さん(この映画の原作者でもあります)と出会ったことがきっかけでこれまでの人生を振り返る旅に出ます。与那国、台湾、那覇、東京...。おばあの観客は人間だけではなく、時には御嶽(うたき)の神様であったり、無念のまま死んでいった人たちの霊魂であったり、自然そのものであったりします。古典の三線弾きの名手と呼ばれる人たちと比べ、お座敷の三線を低く見るような風潮もあったそうですが、そんなことはどうでもいいじゃないかと感じるくらい、おばあの唄は本当に心に響く歌です。

劇中でおばあが歌う歌は...
ナミイのデンサー節/酒は涙か溜息か/星影ワルツ/鷲ぬ鳥節/ラッパ節/酋長の娘/ストトン節/南洋帰り/十九の春/老後の花/与那国のマヤ小/桑港のチャイナタウン/トゥバラーマ/アリラン/湯の町エレジー/サヨンの鐘/安里屋ユンタ/日本陸軍/案山子/東京音頭/二人は若い

この中で、鷲ぬ鳥節を2回歌ってくれるのですが、ちょうど今練習中の曲なので思わず私も口パクで一緒に歌ってしまいました...。2回目のが特によかったな。

おばあはまだ小さい頃、お座敷が嫌で、稽古が辛くて、辻の料亭を抜け出して近くにある波の上宮という神社の境内の崖っぷち(波の上宮は海沿いの断崖の上にあるのです)で横になり、そのまま眠ったことがあるのだそうです。このまま眠っているうちに落ちて死んでしまえばいいと思いながら...。すると夜中に自分を呼ぶ声が耳元に聞こえて、誰かが優しく足をつかんで、崖と反対にひっぱっていき、「ナミィ、生きろよ~。お前の唄でみんなを喜ばせるんだぞ。」とはっきり言ってくれたのだそうです。ナミィはそれを神様の声だと信じていて、70年以上たって初めて波の上宮にお礼参りに行きます。親友となった姜信子さんと自分の孫息子を伴って。ナミィがここで神様にお礼を言いながら祈るシーンは、思わず泣けてしまいます。

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全体的にはとっても楽しく、底抜けに明るいナミィおばあのキャラクターが前面に出た陽気な映画なのですが、ところどころ泣けて仕方ない場面が出てきます。ここで泣けるかどうかは、それを見た人によって全然違うと思う。だって、おばあのとっても個人的な経験から語られることばかりだからぴんとこない人もいるかもしれない...。でも私にとっては、一人の人間の唄や人生がこんなにも他人を感動させることがあるのだなーと、人間ってすごいなーと感激し通しでした。

他にも与那国島のクブラバリという場所で死んでいった女達に向かって歌をささげるシーン、昔の芸者仲間と50年ぶりに再会して一緒に演奏をするシーン、台湾でハンセン病患者の療養所を訪問し、一緒に唄を歌うシーン...どれもナミィおばあの唄を聴いているだけで、おばあが唄に自分の思いを全てこめて歌っていることが感じられるし、そんな唄を歌えるおばあを本当に素敵だと思います。おばあの唄にはおばあが今まで生きてきた中で経験してきた色んなものがこもっています。おばあが芸者仲間の上地シゲさんと一緒に演奏する「鷲ぬ鳥節」は、もう高齢で4年も琴に触っていないシゲさんが一生懸命ちんだみ(調弦)を合わせるのですが、結局うまく合わず、それでもなんとかナミィおばあの歌う唄三線に合わせてついていこうとします。ナミィおばあも音が外れているのは分かっているけれど、一生懸命歌います。この場面を見て、今習っているこの歌をもっともっと大切に歌おうと決心しました。また、おばあが最近になって行きつけのスナック「君佳」でカラオケを聴いて気に入った「桑港(サンフランシスコ)のチャイナタウン」という曲をどうしても三線でマスターしたいと思い、石垣の白保に住む三線弾きの男性から一対一で曲を習います。この時のおばあの様子や、家に帰ってからも曲を吹き込んでもらったテープを熱心に聴きながら一生懸命歌を自分のものにしようとしている85歳のおばあの真剣な表情を見て、「帰ったら三線練習しないと!」と思ってしまいました。

特に胸に響いたのは、おばあのよき理解者(カレシとして紹介されていました)である大田さんの自宅の庭に建てられた留魂之碑の前でおばあが歌う場面。昔、戦争中に中国から大豆を運ぶ安東丸という船が遭難して、乗組員であった中国人や韓国人は旧日本軍に捕らえられ、1日におかゆ1杯の食事で強制労働させられた上、日本が敗戦するとその事実を隠すために西表の鹿川という場所に置き去りにされたそうです。ここは廃村も同然で、彼らは言葉も土地も分からず、衰弱し、餓死したり、まだ西表のいたるところで流行っていたマラリアに感染して全員祖国に帰れないまま死亡したそうです。そういう浮かばれない魂をここにまつって彼らのことを忘れないようにという思いから、大田さんが個人的に建てた碑なのです。その話を悲痛な表情で聞いていたナミィおばあが、彼らの魂を慰めるために「アリラン」を歌います。そして、その演奏が終わった後、ポツリと「すみませんでした」と言って頭を下げました。それを見ていて、本当ならウチナンチューであるおばあではなく、ヤマトの人間が言うべき言葉なのにと思うと本当にやりきれない気持ちとおばあへの感謝と尊敬の気持ちでいっぱいになりました。

多分全国で数本しかフィルムがないらしく、各地での上映期間は短いけれど、もし機会があればぜひとも多くの人に見てもらいたい映画です。沖縄や三線が好きな人はもちろん、そうでない人にも...。もし興味のある人は、こちらの公式サイトに上映予定などが掲載されています。また、こちらのサイトには、この映画ができるにいたった経緯や、おばあと大田さんの出会いなどについても書かれていてとても参考になりましたのでぜひ覗いてみてください。

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台湾訪問時のおばあ。台湾には日本語を理解する人たちがまだたくさんいます。日本の歌を知っている人たちもたくさんいます。このシーンは少数民族の村のようですが、ハンセン病患者の療養所ではおばあは日本語の歌を知っている患者さん達の前で三線を弾き一緒に歌を歌います。おばあがこの施設を訪ねたのは、大田さんの勧めからです。大田さんは、今は沖縄でも忘れられかけている、ある八重山の歌を残そうとしています。その唄は「宇根ぬ親ゆんた」(うにぬやゆんた)という曲です。この曲の内容は、ハンセン病にかかってしまったため、手足の指を失い、夫や家族にも捨てられてしまった女性の嘆きを歌った悲しい歌です。歌詞の最後に「もし沖縄本島に行かれたら、5本の指を買ってきてください。10本の指を買ってきてください」という意味の歌詞があり、劇中でもこの部分が流れていました...。

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このシーンは、与那国島のクブラバリ(久部良割)というところで亡くなった女達のためにおばあが唄を歌うシーンです。人頭税のため与那国が困窮していた時代、口減らしのために妊婦に岩の亀裂(幅は3m、深さは7m)をこちらからあちらへと飛び越えさせ、飛び移れた者だけが助かるという風習があったとか...。身重の体ではほとんどの女性は落ちて死んでしまっただろうし、飛べても流産したのではないかと言われています。おばあはこの場所のことを話には聞いていたけれどやっと歌うことができるといい、お酒をまいてこの地を清め、唄を歌っていました。
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by cita_cita | 2006-10-10 00:35 | 映画

三線合宿 IN 淡路島

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7月15日からの3連休で、淡路島に三線合宿に行ってきました!
全国的に雨模様の時期だったのですが(祇園祭もすごい雨)、最終日は今にも降りそうだったものの、滞在中はなんとか運よく雨雲から守られたようで、宿を出発する直前に雨が降り出すというなんともラッキーな私達…。3日間、海で泳いだり釣りをしたり、花火を楽しんだり、一足早い夏を満喫できました。

とはいえ、メインはもちろん三線の練習。初日の昼ごろ到着して、軽く昼ご飯をすませてから早速みんなで合同練習です。この雰囲気、すごく懐かしい。学生時代のサークルの合宿を思い出します。お世話になった民宿は、日本の夕日100選にも選ばれている慶野松原海水浴場のすぐ近くにあって、各種サークルの合宿にもよく利用されているそうです。だから、とっても気楽で家族的な雰囲気。なんといっても、おかあさんがすごくいい人。私達が海に行く度に、お昼でも夕方でも関係なく何回もお風呂を沸かしてくれたり、帰りに家で取れた野菜をたっぷり持たせてくれたり、温かいもてなしに感謝カンゲキでした…。

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宿はこんな田んぼの真ん前にあります。ちょっとバリ島みたいでなごむなあ。

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合宿というだけあって、皆かなりヤル気満々。滞在中は、朝・昼・晩、いつも誰かが三線を弾いているという感じでした。部屋や海や中庭で誰か一人が弾きだすと、隣で別の人が一緒に弾いて、そこにもう一人が歌で加わるという感じ。まるで沖縄の民宿にいるような錯覚まで感じてしまいました。こういうのって、同じ曲を同じエエ四で練習しているからこそできることですね。三線の練習の合間に、みんな思い思いに海に泳ぎに行ったり、釣りをしたり、はたまた食料の買出しに行ったり。何度も言いますが、本当に学生時代に戻ったような楽しいひと時でした。

私達が今回練習したのは、安里屋ゆんた、芭蕉布、十九の春、てぃんさぐぬ花、満月の夕、涙そうそう、新美田良浜夜曲、なりやまあやぐ、花など。 あと、私を含め何人かが海に泳ぎにいった隙に、残っていたメンバーが猛練習したらしく、帰ってきたらなんと全員「オジー自慢のオリオンビール」を弾けるようになっていた!何度も何度も狂ったように繰り返し弾き続けた結果らしい。やられたー! 他にも、私達の中で一番たくさんの曲を知っていて、練習もいっぱいしてるSさんがBEGINの「昔美しゃ今美しゃ」のエエ四を持ってきてくれて、みんなで声を合わせて歌いました。これが収録されているCD「オモトタケオ」は持っていて、何度も聴いた曲なのに、実際に譜面を持って一緒に歌ったら、歌詞が胸に響いてきて何かぐぐっとこみあげるものがありました。こんなにいい歌だったとは!! 難しいと思うけれどぜひこれを弾けるようになりたいよー!もちろんオジー自慢も!

2泊3日の淡路島、いつもの旅と違ってあちこち飛び回ることはできなかったけれど、満喫できました。淡路島は10年ぶりだったけど、近くにこんなにいい場所があるのをすっかり忘れていました。ここにはおいしい明石のタコも鳴門の鯛もわかめも福良のうにも、淡路ビーフも、たまねぎをはじめ新鮮な野菜も、淡路島牛乳もなんでも揃っているのでした。帰りに洲本の「リゾレッタ」という店でおいしいイタリアンを食べましたが、その店でもほとんどの材料を淡路産のものだけで作っていました。ひとつの島だけでそんなにたくさんのものが揃うなんてすばらしいこと。なんだか淡路島がますます近くなった今回の旅なのでした。

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初日は本当に暑かった!砂浜には、裸足で3秒も立ってられないほど。

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最終日に浜で釣りをしたらこんなおチビちゃんのフグが釣れました。

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私達の釣りの先生、Aちゃん。まるで少年のようなこの姿。かわいい!

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淡路島はたまねぎの島!どこもかしこもたまねぎでいーっぱい!

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慶野松原の浜辺は、その名の通り、見事な松の並木で知られています。

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淡路島みやげ勢揃い。上から時計回りに鳴門名物灰わかめ、たまねぎ天、鳴門オレンジチョコスティック、オニオンスープ、島かすてら。

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”切っても切っても淡路島”というコピーの「島かすてら」は、断面が淡路島の形になっていて金太郎飴のように淡路島の形が出てきます。鳴門オレンジの粒が練りこんであってさっぱり美味。
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by cita_cita | 2006-07-20 22:30 |

三線の後、タパスとワインと。

日曜日はなんば高島屋のSUQQUで顔筋マッサージなるものを受けた後、アップルストアでiPod nanoを衝動買い。それから三線の練習へ…。

今日は今までやった曲をざあーっと流して弾いたのだけど結構歌詞とかを忘れてるところもあり、みんなで青くなる(笑) 私も、「十九の春」とか、「安里屋ゆんた」を工工四を見ず空で唄おうと思ったのだけど唄に集中すると手が間違ってしまったりしてスムーズにいかない。スムーズに行くのは「てぃんさぐぬ花」ぐらい。これは私の大好きな曲だし、歌詞もちゃんと覚えているので。「芭蕉布」もいつも2番の歌詞の途中がぽこっと頭から抜けてしまう。いかんいかん、練習あるのみ!

で、今やっているのが「満月の夕(ゆうべ)」という曲です。ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬作曲の歌で、阪神大震災と復興をテーマにした曲です。物悲しいような、でもその底に強さを感じるような、すごく心に残る曲です。この曲を弾くのに工工四をじーっと見ながら背中を丸めて弾くのはやっぱりかっこ悪いので、とりあえず詩を覚えてしまおうと思います。詩を覚えたら、あとは三線に集中する余裕もできるし、それも間違えずに弾ける余裕ができたら、今度はもう一度詩を大事にして唄えると思うので…。

練習の後は、大学時代の後輩と一緒に先日言ったDjobi Djobaへ。彼女は特許事務所に事務担当として勤めながら勉強を続け、昨年見事に超難関の弁理士試験に合格しました。しかもこの春からは工業大学に学士入学して、これから3年間、昼は弁理士、夜は学生として二束のわらじを履く生活です。法学部出身でもともと理系ではないため、特許関連の仕事に不可欠な書類を扱う上で工学部の勉強をしておくことが将来的に役立つと考えてのことだそうです。彼女の頑張りには本当に頭が下がります。 でも、すっごく忙しいらしく(大学は土曜日もあるらしい)たまにはおいしいもので息抜きでも!と誘ってみたところ快く福島まで出てきてくれました。ちょっと最近スペインづいてる私。またタパスと赤ワインです。

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ゆで蛸のドライトマト煮込み。定番ですがうまいものはうまい!

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3種類のきのこのソテー。これマジウマ。作り方教えて~!

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エビと生ハムのガーリックオイル煮込み。もう何も言いません。見ただけでおいしそうなの分かるでしょう。

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海鮮のパエリア。こないだの肉と根菜のパエリヤも美味しかったけどこれもやはり最高。あースペインで超でっかい鍋(給食の鍋みたいなの)のパエリヤが食べたいー!!
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by cita_cita | 2006-04-25 01:19 | おいしいもの

三線クラブ 合同練習会

e0066369_23322729.jpg先週末の三線教室は、月に一度の合同練習会の日でした。
私は初級クラスなので、いつもは同じレベルのみんなと仲良く気楽にレッスンしているのですが、合同練習会は同じ三線クラブに所属する中級や上級クラスの人たちもみんな参加するのでちょっとドキドキです。しかも、今回は数ヶ月に一度沖縄から参加してくださる大工哲弘先生が来てくださる日ということで会場は緊張でいっぱい。私の参加している大阪三線クラブは、大工先生の門下に当たるのです。大工先生は、八重山民謡の第一人者といわれるぐらい有名な人でいっぱいCDも出しておられるのに、私ときたら、習い始めた当初は先生の名前を知らなくて、三線を習っていない沖縄好きの人に「大工先生っていう人の門下らしいねん」と言って「大工先生って、大工哲弘?すごいな!」という反応を見てびっくりしたという罰当たりな経験があります。

私たちと同じ初級の平日クラスの人たちは「てぃんさぐぬ花」を、私たちのグループは「芭蕉布」を演奏して、先生からアドバイスを頂きました。開口一番「(テンポが)速すぎるね」とのご指摘。そう、みんなで演奏すると、いつもつい速くなってしまうのですが、このときは緊張で特に速くて唄と演奏についていくので精一杯だったのです。先生が見本を演奏してくださったのですが、同じ曲とは思えないほど違いすぎる…。 はあー、次回からは曲を大切に、ゆっくりやらなきゃなと反省したのでした。芭蕉布は、沖縄の曲には珍しい三拍子の曲で、ゆったり流れるような美しい曲です。先生のアドバイスを胸に、来週から頑張ろうと皆で誓いました。あと、今練習している「なりやまあやぐ」(宮古島の民謡)も、上手に歌えるようになりたいな…。

私たちの後には中級、上級の先輩たちの演奏があり、それから今年の新人賞を受ける人たちの個人演奏が続きました。みんなとっても上手で、沖縄生まれでもない人たちが一生懸命練習してこんな曲ができるようになるんだなと思うと、ちょっと感激でした。前で演奏した人たちの会話を聞いていると、「大工先生の目の前で演奏するのが一番緊張する。ここで一度緊張しておけば、新人賞の本番なんて、緊張もしないうちにあっという間に終わってしまう」と言ってました。そうなんだ…私もいつか先生の前で演奏できるようにコツコツがんばろう。
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by cita_cita | 2006-03-27 23:21 | 沖縄

「ナビィの恋」

e0066369_18485683.jpg南回帰線」のitakaさんが書いていたのを見て、「そうだ、まだこの映画見ていなかったな」と思いついたように借りてきて見たのだけど、今となっては、「なんでこんな素敵な映画を今まで見なかったんだろう!」というのが感想。

ナビィは「ちゅらさん」の平良とみが演じる79歳のオバアの名前。えらく可愛いあだ名だなと思ったら「なべ」さんを沖縄風に呼ぶとナビィになるのですね。そしてナビィの「恋」のお相手は同じ島出身のサンラー(三郎)。舞台となるのは沖縄本島から船で1時間の粟国島。ナビィの孫娘である奈々子は島を出て東京で働いていたけれど、都会の喧騒に疲れて島に戻ってきます。奈々子を迎えに来た恵達オジィとナビィおばぁと一緒に島の生活が始まります。でも、奈々子と同じ船で戻ってきたサンラーの存在が事態を以外な方向へ…。実はサンラーとナビィは、若い頃に周囲の反対に会い離れ離れになった初恋の相手なのです。サンラーの60年ぶりの登場に、ナビィの心は揺れ動き、ついに駆け落ちを…。と書くと、「そんなアホな」とありえない夢物語のように聞こえるのですが、この映画を見ているとなんだかそれもありかなと思えるのが不思議。 もちろん奈々子の恋の話も一緒に展開するのですが、全ての物語はナビィとサンラー、そして2人を見つめ続ける恵達を中心に展開していきます。

e0066369_18492340.jpgこの映画はミュージカルのように、あらゆる場面に音楽がちりばめられています。それは恵達が縁側で三線を鳴らしながら歌う沖縄民謡であったり、島の女性レイコを追いかけて遥かアイルランド(ナビィはアイルランドが覚えられなくてあいしてるランドだと呼んでいる)からやってきたオコーナーが演奏するアイルランド民謡であったり、レイコが歌うオペラ風沖縄民謡(あるいは沖縄風オペラ音楽)であったりします。恵達オジィを演じるのは、「沖縄のジミヘン」の異名を取る登川誠仁(のぼりかわせいじん)。1930年生まれ、今年76歳の現役ミュージシャンで、映画の中でもラストで超人的なカチャーシー早弾きを披露しています。このときは三線でなく六線でしたね。itakaさんも書かれていましたが、この映画の影の主役はやはり恵達でしょう。あのとぼけたセリフ回し、たまに飛び出す英語やちょっとエッチなつぶやきが最高です。でも何より恵達の唄う沖縄民謡、これは三線をかじり始めた身にはめちゃめちゃしびれます…。三線習う前に見たらそうでもなかったかもしれないのですが。粟国島は沖縄本島周辺の島なので、下千鳥、国頭ジントーヨーなど沖縄本島の民謡がたくさん出てくるのですが、映画の中ではフルに演奏されることは少なく、場面転換によって途中でフェードアウトしてしまったり、おじいが演奏をやめてしまったりするのでサントラ版でちゃんと聴いてみたいと思います。いつか国頭ジントーヨーを歌えるようになりたーい!と思いましたが、とりあえずの目標は十九の春を楽譜見ずに全部唄いきることかな…。

ナビィは奈々子を迎えにいったときは優しいおばあちゃんだったのに、サンラーと会った日から、19歳の頃の恋する乙女に戻ってしまったのがすごく可愛らしかった。特に嵐の夜に、ロウソクの明かりでサンラーへの想いを綴った手紙を書くところなんかは思わずゾクゾクしまいました。サンラーと小さな船に乗って「あいしてるランド」に駆け落ちするところを奈々子が必死で追いかけてきて「オバァ行っちゃだめ、オジィはどうするの!?」と言われたときに「(オジィは)まだ若いから大丈夫さー」と答えたナビィ。ナビィとオジィは多分9つぐらい年が離れているから、オジィは70歳ぐらいでしょうか。70歳のオジィをつかまえて「まだ若い」というのもどうかと思いますが、79歳で駆け落ちしたナビィにとっては、言葉のあやなどではなく、70歳はまだまだ若いのでしょうね。

この映画を見る人が沖縄、特に離島に行ったことがあるかないかで面白さが全然違ってくると思います。夜、月明かりの中、舗装されていない砂の道をショートパンツにサンダルでふらふらと無防備に歩くときの時間が止まったような感じ。沖縄の家の中、開け放した四方の引き戸を風が通り抜けていく感じ。その部屋の中でひんやりした畳にタオルケット一枚かけて昼寝して、ふと外を見たとき、目がくらむほど白くまぶしく地面に反射する太陽の光。自転車を草むらに停めるとき、スタンドなんて使わず、もちろん鍵もかけずその辺に転がしておける安心感。映画の一瞬一瞬にも「ああオキナワ!」と思わせる場面が出てきます。オバァがいなくなるのではと心配して後ろをつきまとう奈々子に「トイレに行くのさぁ。」とナビィがつぶやいて入った離れのトイレ(というより便所)でさえ、実際に島で同じようなトイレを懐中電灯片手に使った私にとっては「そうそう、これこれ」と繰り返し見てしまう場面なのです。

もし、前にこの映画を見てピンと来なかったという人には離島に行く機会があればその後もう一度見てもらいたなぁ。そして、この映画を見た後で三線を習った人にもぜひ…。実はこの映画、録画したときに最初はなぜか字幕が抜けてしまっていてウチナーグチで喋る部分はほとんど私には理解不能でした。「アガリカナグスクの」とか「ニービチが」とかしか聞き取れない(笑) 字幕が必要な邦画ってのも貴重なのではと思います。
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by cita_cita | 2006-03-13 22:25 | 映画

島唄と沖縄料理の夜

日曜日の夜、三線教室の仲間と飲み会がありました。
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場所は教室のすぐ近く、JR野田駅の高架下にある「沖縄料理ミツル」です。
雰囲気も値段もすっごく庶民的で、まさに沖縄によくある居酒屋という感じ。飲み物も泡盛以外は缶のまま、料理もダイナミックに山盛りでどんどん出てきます。誰かの家で飲み会やってるって感じでいいですよねー。

今回は、4ヶ月間の初心者クラスを終了して次のクラスに進むにあたり、皆で親睦を深めましょうというものでした。今後、もっともっと上達したら、ボランティアで老人ホームに慰問に行ったり、人前で演奏をすることもあるのでグループ名も決めないといけません。さて、そのグループ名は...まだ演奏デビューしてないので内緒にしときます。というか、デビューの機会はあるのか???

お店には三線や太鼓、三板(さんば)などの楽器が常備してあって、最初は遠慮していた私たちも泡盛が回るにつれて段々調子に乗ってきて、でたらめに音を合わせて盛り上がっていました。すると、途中から入ってきたお客さんが琉球民謡伝統協会の大阪支部の先生だと聞いて、一気に大人しくなる私たち...。お願いして、何曲か沖縄民謡と八重山民謡を演奏してもらいました。お祝いの曲であるかぎやで節、鷲ぬ鳥節、それから私のリクエストで本部ナークニーと谷茶前(たんちゃめ)を演奏してもらいました。
そして、初めて聞く「懐かしき故郷」という歌を歌ってくださいました。これは、大阪で誕生した唄で、故郷を離れた沖縄出身者が遠いふるさとを思う気持ちを歌ったものです。歌詞を渡してもらって、読みながら聞くと故郷を強く思いが伝わってきて、いい歌だなあとすごく好きになりました。私もいつかこんな曲が弾けるようになりたいな。

e0066369_1434769.jpg「懐かしき故郷」
夢に見る沖縄 元姿やしが
音に聞く沖縄 変わてぃ無らん
行ちぶさや 生り島

此処や彼処ぬ心配 彼処や此処ぬ心配
心配ぬ果てぃねさみ 彼処ん此処ん
行ちぶさや 故郷に

平和なてぃ居むぬ 元ぬ如自由に
沖縄行く船に 乗してぃ給り
行ちぶさや 生まり島

何時が自由なやい 親兄弟ん揃てぃ
うち笑い笑い 暮らすくとぅや
いちゃびらや 沖縄かい


夢に見る沖縄は昔と変わらないが
伝え聞く沖縄は変わり果ててしまったそうな
帰りたい、生まれた島へ

こちらは、あちらを心配し、
あちらはこちらを心配する
悩みの種は尽きないものだ
行きたいなあ、故郷に

平和な世になったのだから、元のように自由に
沖縄に行く船に乗せてくださいな
行きたいなあ、生まれた島に

いつになったら自由になって 親兄弟そろって
笑顔で暮らせるのだろう
行きましょう、沖縄に
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by cita_cita | 2006-02-01 21:58 | 沖縄

三線も練習しなきゃね

写真は三線の工工四(くんくんし)=楽譜。
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伊根や高知への旅行が続いて、三線教室を2回お休みしてしまった。3週間ぶりに行ってみてびっくり。かなり進んでいる…確かこのあいだは「さとうきび畑」と「安里屋ゆんた」をやってたのに、その2曲はさらりと流して練習するだけで、今回は「十九の春」と「涙そうそう」がメインになってた。私、どっちも全然やってないし(汗)「十九の春」はなんとかついていけたのだけど、「涙そうそう」で大混乱。新しく打音 (うちうとぅ)や掛音(かきうとぅ)などの小技が入ってる。打音は弦を弾かずに、左手の指で弦を打って音を出す方法、掛音は弦の下から撥をひっかけて弾く弾き方なんだけど…やれるようになったらどうってことないんだけど、最初は焦った~ だってみんな先週習ってるから練習してきてるし。でもまあ、三味線でも同じような技があるのでしばらくやってたらなんとかできるようになりました。後は練習あるのみ。来週までにストップせず最後まで弾けるようになりたいな。

さて、三線を教室で習いにいってよかったと思うのは、私がサボっていてもこうやって勝手に練習曲が進んでいくから、新しい弾き方を覚えようとするきっかけができること。これがなければ、きっと私はいつまでも安里屋ゆんたで満足していたに違いない(笑) それともうひとつ、「唱いながら弾く」という三線の基本を自然にマスターできるということ。三線は「はじめに唄ありき」だとはいうものの、やっぱり家で一人で歌いながら練習するのは照れくさいし、なかなかできるものじゃないです。できたとしても家でそんなに大きな声は出せないし。でも教室だったら、大きな声で歌える。っていうか、大きな声で歌わないと他の人の演奏や声にかき消されてしまうから、自然と声が大きくなる。家で練習するときは、三線の音が響かないよう、わざと弦の下に、マッチ箱をウマ(弦を立てる小道具)の代わりにして音を抑えています。さて、今週はもうちょっとがんばって練習するかな…。
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by cita_cita | 2005-12-13 23:21 | 音楽

MY三線のはなし

e0066369_00792.jpgこれはMY三線の写真。
今日は週に一度の三線教室の日だったので、お昼から大阪に行きました。教室は大阪の野田というところにあります。
梅田から環状線で2駅なのだけど、それを感じさせないローカルさもまた好きです。

私は以前、仕事の関係で大阪港近くに住んでいたことがあって、よく大阪駅から弁天町まで環状線を利用ましたが、環状線の内回り沿線って、なんとなく外回りよりローカル色が強いんですよね。住民以外の人が利用する駅が少ないからかな?
外回りだと京橋、大阪城公園、鶴橋なんて、メジャーな駅が結構あるけれど(個人的には天満とか桃谷も好み)、内回りは弁天町と大阪ドームのある大正ぐらい?
あとはUSJに行くとき西九条を使う程度(でもそこで降りるわけではないから…)そのせいか、自転車で回るのに面白い下町っぽさがありますね。

さて、私の通う教室の名前は佐々忠といいます。三線屋さんです。
ここで三線を買った人が習えるように、レッスン料は1回あたり1000円とお手ごろです。
もちろん、MY三線を持っている人でも同じ料金。もっていなくても、教室にたくさんぶら下がっている三線を借りられます。家に持って帰って練習したい場合はリース制度もあるそう。三線、結構高いですからね。とりあえず習ってみてから買おうと思ってる人にはリースもいいですよね。

私自身、最初は教室で借りればいいやーと思っていたのですが、やっぱり家で練習しないとどうにもならないことにすぐ気づき、迷った末三線を購入しました。
私のは本張りといって、ニシキヘビの皮を1枚張りしたもの。この他に、合皮のものと、強化張り(二重張り)というのがあります。
私の教室では、ここで購入した人が多いせいか、ほとんどの人が本張りの三線を使っていますが、実際、他で三線やっている人が持っているのを見ると、かなりの上級者でも合皮のものを大切に使っている人が多いことに気づきました。

やっぱり、音を聴き比べると本張りのほうが切れのあるスカッとした音なんですが本土にいる私たちが、家で練習するにはケアの簡単な合皮でもよかったのかなと今は思っています。まあ、自分の三線は気に入ってるのでいいんですけどね。

こちらは沖縄とちがって、冬は寒くて乾燥するので、ちゃんとケアしないと皮が破れないか心配なんですね。かといって、湿度が高ければいいかというと、雨にも弱いし。
結構手のかかる楽器ですが、ケアっていうのは毎日弾くのが一番らしいので、とりあえずケースにしまわず出しておいて毎日触るようにしています(笑)
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by cita_cita | 2005-11-13 23:18 | 沖縄

「はじめての三線」漆畑文彦

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三線をやり出して、工工四(くんくんし=三線の楽譜のこと)は準備したのだけど、いまいち分からない部分が結構あるし、家で練習してる時に気軽に疑問点を聞ける人もいないなーと思い、手に取ったこの本、「はじめての三線」。

この本、三線をやってない人でも、沖縄に興味がある人なら絶対に楽しめるはず。そのぐらい、情報満載。かゆいところに手が届くっていうか、なんていうか…
文章の力だけで、これだけ分かりやすく弾き方を表現している教本はなかなかないのでは…弾き方だけでなく、いい三線の選び方から、三板(さんば)の鳴らし方、
カチャーシーの踊り方まで!
それに文章が面白いので純粋に読み物としても満足できます。

ところで三線を習い始めて気が付いたのが、三味線との微妙な違い。(ここでいう三味線は本土に普及してる猫の皮の方のこと。沖縄では三線のこと三味線と言ったりするからややこしい…)
私は学生時代に三味線をやっていたことがあるので、三線もすんなり弾けるかなーなんて思っていたけど、甘かった!色んな部分で微妙に違うのです。胴や棹のサイズも三線のほうが少し小さいし、撥(ばち)の形や持ち方も違う。楽譜も、ぱっと見た目は似てるのだけど、ひとつひとつの音の呼び方が全く違う。
そして何より今一番苦労しているのが、左手の薬指を使うかどうかということ。
三味線では薬指の出番は非常に多いのだけど、三線では基本的に中指の次は小指で
弦を押さえることになってる。もっと難しい曲になると、初めて薬指を使うことになるらしいのだけど、今ははっと気づくといつの間にか薬指が動いていて、あらら、また!と思うことが多い。
これを直すのにはだいぶ時間がかかりそうな予感…
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by cita_cita | 2005-11-01 23:44 | 沖縄

三線と銭湯、そしてカフェな鞍馬口 その1

e0066369_1925597.jpg沖縄・那覇に月光荘というゲストハウスがあります。
私は泊まったことはありませんが、名前は聞いたことがありました。
実はその月光荘が京都にもあったんです。
場所は京都市の少し北の方、船岡山の近くです。
ここに那覇の月光荘のスタッフである「よし」さんが1週間滞在して、三線教室を開催するとのこと。
題して「涙の三線合宿5日間
最近三線を始めてみたものの、京都には教室がなかなか見つからず困っていたので、面白そう!と思って週末の2日間、日帰り参加してみました。

まずは午後1時集合といわれていたので、それに合わせて行ったのですが、建物のなかに流れるのはゆるやか~な沖縄時間。もちろん1時にスタートするなんてことはなく、これからカンカラ三線組み立てて作る人もいる始末…(笑)
そう、これだーこれが沖縄だー!といきなりその雰囲気にはまりまくる私。
よしさんの三線講義はすっごくいい刺激になりました。
特に私が気に入ったのは、よしさんの師匠、シーサーさんの「弾けるようになったらあんたのもんだからさー」という言葉。つまり、流派や型にとらわすぎて、誰かの真似で終わるのではなく、自信を持って自分の歌を歌いなさいということだそう。うん、私もまだまだだけど自分の唄を弾けるように頑張ろう!と思いました。
この日はレベル別のグループに分かれて練習。私たちのグループは安里屋ユンタと十九の春をメインに。なんとなく弾けたと思っても、唄が入ると難しい~!すぐに間違えてしまいます。トホホ。自分の唄までの道のりはまだ遠そうです。
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by cita_cita | 2005-10-22 21:07 | 沖縄