元気です。

最近ずーっとブログの更新が遅れていましたが、元気にしております。Facebookもやってるのですが、携帯から更新できる分、そちらのほうが楽でついブログが後回しになってました。すいません(汗)

9月後半にボランティアに行って戻ってきて、10月、11月の2ヶ月間は仕事以外の部分で色んなことがあってバタバタと時間が過ぎていきました。その中で大きかったのは11月5日にインド中央政府公認のヨーガ療法士講座(YTIC)を無事に修了したこと。30代のうちに何か形になるものを残しておきたいと思って軽い気持ちで始めたものの、この3年半、課題が大変だったり、仕事との両立がしんどい時があったり、プライベートの波で凹んでそれどころじゃない時期もあり...さらに実際これがこの先自分の役に立つのか分からなくなった瞬間もあって何度も何度もやめようと思ったけれど、途中でやめて後悔したくないと、なかば意地になってやりきりました。まだ来年7月に学会発表があるので、それを終わらないと認定ヨーガ療法士にはなれないのですが、それでも今はちょっとすがすがしい気分です。

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それから他に大きかったのは、9月に来日したTriYogaの創始者、Kaliji先生のヨガスマイルのクラスとワークショップでの通訳を担当させてもらったこと。最初は上手くやろうとか、失敗したらどうしようとか、自分のエゴからそんなことばっかり考えていたけれど、会ってみたら本当に素晴らしい先生で、先生をサポートするお弟子さん2人も本当にステキな人で、大好きになりました。

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通訳とかどうとかいう前に、この人達と知り合えてよかったということが大きかった。これがきっかけでお弟子さんのひとり、Eva-Maria先生とのつながりができて、今、ドイツの彼女の自宅と京都の私の家を結んでSkypeでのヨガレッスンを継続的に受けさせてもらっています。Skypeで英会話のレッスンをしたことはあったけど、まさかヨガもできるとは!ホントにすごい世の中になったものだ。ちなみに今はEva-Maria先生は1ヶ月ティーチャートレーニングの講師をするために中国に長期滞在中なので、中国のスタジオをSkypeをつないでクラスに飛び入り参加させてもらってます。

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左端がEva-Maria先生。暖かくて、やさしくて、心から大好きで尊敬しています。

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また、10月にはこれまたひょんなことからHeart of Yogaの創始者、Mark Witwell先生の京都でのワークショップを通訳させてもらえる機会をいただきました。これもめちゃくちゃ緊張したけど、当日にそなえて読んだMark先生の著書、「ヨーガの真実」は本当に読んでよかった!と思える素晴らしい本で、この歳になって今まで知らなかった新しいことを勉強できるなんて本当にありがたいことだなぁとヒシヒシと感じています。

Mark先生が「毎日7分間、自分のためのプラクティスをしなさい。3ヶ月続けたらきっと何かを感じるから。」と教えてくださったので、朝起きて、会社に行く前7分間、ゆるゆるのプラクティスを行っていますが、気分がすっきりして本当にいいです。マーク先生と会った日から3ヵ月後って、なんと私の誕生日なんです。だから、それまで、3ヶ月間頑張りすぎず自然に続けられたらいいなーと思っています。

とまあ、近況はこんな感じです。ブログはご無沙汰でしたが、元気でやっております。今後もゆるゆる更新を続けていきたいと思っていますのでよろしくお願いいたします!
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# by cita_cita | 2011-11-29 23:25 | LOHAS

ムレスナティーハウスのモンブラン

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ムレスナティー、知ってますか。スリランカ(セイロン)にあるムレスナ社ブランドの紅茶のことです。ちょっと高いのですが、渋みがなくてとってもおいしい。フレーバーティーも有名で、種類もびっくりするぐらいたくさんあるんです。

週末に四条烏丸の近くにあるムレスナティーハウス京都に行ってきました。ケーキは季節限定のモンブラン、お茶はキャラメルといちじくのフレーバーティーをチョイス。

このモンブランが絶品でした。私、当たり外れがあるような気がしてモンブランを好んで食べることはあまりないのですが、メニューの写真があまりにもおいしそうだったので。そしたらこれが大正解。今まで食べたどのモンブランよりもやさしくて上品でおいしかった!土台にはさくさくメレンゲ、その上にリキュールの香り漂うつやつやのマロングラッセ、それを栗の風味の柔らかい生クリームで包んだ上からさらに栗たっぷりのマロンクリームで飾りたてて、トッピングは生の栗をほっくりと焼いたものが乗っていました。さらにサイドには(多分これも栗の)アイスクリームを添えて。食べてる間本当に幸せな気分になれるケーキでした。

期間が終わるまでにもう一度食べたいなぁ。
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# by cita_cita | 2011-11-28 07:08

東北ボランティア日記 6日目&最終日

台風一過です。この日の仕事は絵本の読み聞かせ、配布物のポスティング、がれき処理の3件。

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私はがれき班になったので、この日の作業現場へ。多くの家屋が流された住宅地の中にある元駐車場でした。かなり大きな場所だったのですが、午前中は絵本班とポスティング班に3人ずつ参加していたので、10人での作業。今までの場所と違ってあまりにも範囲が広いので、まず何から手を付けたらいいのか、そしてどこまで処理をすればいいのか分からなくて途方にくれてしまいました。朝は晴れていた天候も実は不安定で、途中から雨も降り出してちょっとつらい作業になりました。

午後からは6人が合流してくれて、作業続行。とりあえず一通りは終わりましたが、これまでの現場と違って完了できたという実感がなくて、依頼主の方に申し訳ないような、なんとなく消化不良のような感じで終わってしまいました。かなり処理ができた部分とあまり手をつけられていない部分のムラができてしまったのですが、もしかしたら全体的に広く浅くやったほうがよかったのかもしれません。そのあたりの要望事項を、朝の作業請負時にきちんと確認できる限りやったほうがいいなぁという意見が夜のミーティングでも出ていました。

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私は参加しませんでしたが、ポスティング班はこの日、仮設住宅に案内物を配布するという内容の仕事でした。参加したメンバーに聞きましたが、これが結構大変な作業だったようです。仮設住宅の作りを、私はこのとき初めて知ったのですが、各住戸の入口の扉は2層になっていて、1つ目の扉を開いたところが下駄箱のエリアになっていて、その奥にある2つ目の扉に郵便受けがあるのです。

そこに案内物を入れるときに、一声掛けてから入れるのですが反応は様々だったそう。中には、避難所から仮設に移ってから、人とおしゃべりする時間が減ったからといって、わざわざ玄関口まで出てきて受け取ってくれる人もいますが、ボランティアが仮設住宅の敷地内をウロウロしただけで嫌な顔をする人もあって、仕事の内容以上に気を遣うことが多くて大変だったそうです。後でボランティアセンターの人たちに聞いてみると、3、4月ごろにボランティアではない野次馬のような人たちがたくさん来て、人が無くなった現場や、壊れた家ばかりを写真に取ってウロウロしたり、火事場泥棒なども実際にたくさん発生したのだそうです。今回私達が配布した案内物は、アメリカに本部のあるNGO団体による「めがねを無料でお作りします」という内容のチラシだったのですが、これを説明してもチラシをもらうことを拒否する人もいました。その理由は、6月ごろに同じく「無料でめがねを!」というチラシが配布され、みんなが喜んで会場に行ったら、測定は無料だけれど、めがねを作るのは結局有料だったという出来事があったから。これまで色んなことがあって辛い思いをしたせいで、どうしても皆さん、疑い深く慎重になってしまうのは仕方が無いことなのかもしれません。なんだか少し悲しくなったできごとでした。いろんなことを考えてしまいました。

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ボランティアセンターの中には、いろんな掲示物があります。これは、盛岡のJRの職員さんたちにがれき処理をしてもらった76歳のおばあちゃんからのお礼の手紙。

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こっちは静岡の大学生グループさんへのお礼の手紙です。

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ボランティアをした人や、全国の支援者からの寄せ書きもたくさん掲示されています。

この日の夜は、お弁当ではなくボランティアセンター近くのラーメン屋さん「かんべい」に行きました。「焼干ラーメン」というのが名物だそう。

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あじやいわしを焼いてから干したものを焼き干しというそうで、煮干の5倍のだしが出るのだそうです。その焼き干しをベースにしたスープは香ばしくて、ほっとする、初めて食べるのになんだか懐かしい味でした。このお店だけなのか、この地方はみんなそうなのか、ラーメンの具に「麩」が入っているのが新鮮なかんじでした。

山田町でのボランティア活動も残すは明日の午前中半日となり、なんだか寂しい感じです。明日一日、がんばろうと皆でミーティングを済ませて眠りにつきました。

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そして最終日、この日の午前の作業で、滞在中のすべてのボランティアは終了となります。道具のチェック作業もこれが最後。

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この日は駅前の住宅地だった地域でのお仕事です。津波の後、火災が発生してたくさんの家がなくなりましあ。今は大きながれきは撤去されていて、草が生い茂った状態。でも土の中からは焦げた釘や割れたガラス・陶器の破片がこれでもかというほど出てきます。

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依頼主のおばあさんが何度も様子を見に来てくださいました。このときいただいた「かもめの玉子」がおいしくって、お土産にたくさん買いました。午前中の限られた時間の中、みんなで心を込めて一生懸命に作業をすすめ、できる限りきれいにさせていただきました。やりきれなかった箇所もあって心残りでしたが、ここからは後陣のグループに任せることになります。

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宿舎に戻ってお弁当を食べ、バスに乗り込む前、最後にみんなで思い出のビブスを着用して記念撮影。みんな「チームみえ」の顔になっています。

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ここから三重まではまた17時間の道のり。途中、「民話のふるさと」といわれる遠野のあたりでこんなに幻想的な風景を見ました。黒いのは私達の乗るバスの影。

こうして、1週間のボランティア体験が終わりました。出発する前は一週間って長いなぁ、大丈夫かなと不安でしたが、終わってみれば本当にあっという間で本当に行ったんだなぁと不思議な感じで思い出すことも多くなりました。でも、行くまでは私にとって縁もゆかりもなかった未知の土地だった東北が、自分の中で近い存在になったのは間違いありません。それまでは募金していても何に対して、誰に対してやっているのか、漠然としたイメージの中で行っていましたが、今ではすごくクリアにイメージしながら募金やその他のボランティア活動ができるようになったのも、山田町に行ったおかげだと思います。

実際に行ってみて、半年以上たっても、まだまだ全然やることは尽きないし、お金はいくらあっても足りないぐらいだということがよく分かりました。これからも無理のないペースで、細く長い支援を続けていこうと思います。
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# by cita_cita | 2011-11-26 08:48 |

ちょっとまじめな話。

私の働く会社では「哲学」をすごく大切にしているのですが、その創業者である稲盛和夫氏の考え方の中でこのような言葉があります。

”人間は万物の霊長として、この地球で大きな役割を与えられています。私たちはその役割を認識し、人生において魂を磨いてゆく義務があり、常に精進を重ねて行かなくてはならない。それが、人間は何のために生きるのかという問いに対する解答でもあると思うのです。一生懸命働くこと、感謝の心を忘れないこと、善い思い、正しい行いに努めること、素直な反省心でいつも自分を律すること、日々の暮らしの中で心を磨き、人格を高め続けること、そのような当たり前のことを一生懸命行って行くことに、まさに生きる意義があるし、それ以外に人間としての「生き方」は無いように思います”

私達社員は、毎日朝礼でこのような哲学をベースにした名誉会長の著書を輪読して、そのテーマについて自分の体験につなげた感想を順番にみんなの前で話す時間があります。私も、この習慣を10年以上毎日続けているわけですが、やっぱり継続は力なりというのはその通りだなと最近思います。多分、この考え方と出会わなければ、腰痛改善のためにヨガをやりはじめた時もそれほど自分に響くものは無かったような気はするし、ヨガのアーサナの練習はしても、ヨガ哲学の勉強はしなかったと思う。これまでにやってきた、他の趣味と同様に熱病的に数年がんばって、息切れして、遠ざかってしまったと思います。

稲盛氏の考え方を宗教じみているだとか、怪しいとか色々批判する人もいますが(っていうか、実際臨済宗の僧籍を持っているのだから宗教じみて当然)、私はどうせ何かの仕事をするならばこのような哲学をもつ会社で働いてこられてよかったと今になって改めて感じているし、やっぱり彼の言う「宇宙の意思」とか「魂を磨く義務」っていうのは存在すると、私は思います。怪しいかな?

ちなみに「宇宙の意思」っていうのはこういう話です。

”この世にはすべてのものを進化発展させていく流れがあります。これは「宇宙の意思」というべきものです。この「宇宙の意思」は愛と誠と調和に満ち満ちています。そして私達一人一人の思いが発するエネルギーと、この「宇宙の意思」とが同調するのか、反発しあうのかによってその人の運命が決まってきます。宇宙の流れと同調し、調和をするようなきれいな心で描く美しい思いをもつことによって運命も明るくひらけていくのです”
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# by cita_cita | 2011-11-10 20:30 | その他

東北ボランティア日記 5日目

関西を出発して5日、岩手での作業も4日目。台風が近づき雨風が強まる中、がれき作業は無理だなと思っていたらこの日は4つも仕事が。

ひとつは物資搬入と仕分けの作業、これは力のある男性4名ほど。次は写真洗浄・整理の作業と、それが終わってから保育園に移動して絵本の読み聞かせが3名。残りのメンバーは小学校の物品移動という内容で、私は小学校チームに割り振りされました。

私達が訪問した先は「陸中海岸青少年の家」という施設。本来さまざまな研修や合宿などに使われていた施設です。震災の後は、避難所として使用されるとともに(現在は仮設に移られました)、津波や火災で校舎を失った船越小学校と大槌小学校の2校が同居する仮校舎となっていました。私達が訪れたのは9月21日。この前日に、大槌小学校が地元のサッカー場跡に完成した仮設校舎に引っ越し、大槌中と合同での利用を開始しました。これは岩手県で初めての本格的な仮設校舎だそうです。一方、青少年の家ではこれまで大槌小学校が使っていた場所が空きスペースとなったので、これまで2校の職員室、図書室、教室として使われていた体育館にあった物品をそちらに移動させて体育館を本来の目的に使えるようにする、というのが今回私達に与えられた仕事でした。

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体育館にはまだ本棚が並び、図書室の蔵書がいっぱい詰まっている状態。さらに、この本棚の後ろには...

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職員室がありました。

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新しい教室の配置について案内するための、保護者通信。

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さて、引越し作業開始!と張り切って荷物を運び始めましたが、これが思った以上に重労働。棚や事務机、コピー機などの大物は男性に任せますが、書籍や書類は大きさの割りにかなり重く、また形の異なる様々なものを持って階段を上り下りするのは体力だけでなくかなり気をつかう作業で、がれき処理とはまた違った大変さがありました。

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階段の踊り場に寛平ちゃんからの応援メッセージを発見。「前進前心」

午前中にかなりの作業が進むなか、校長先生から作業の手を休めて集まって欲しいとの呼びかけがありました。今日は全校集会を行うので、その中で私達を生徒に紹介してみんなからお礼を伝えたいとのこと。ドキドキしながら集会が始まるのを待ちます。

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この日は前期と後期の児童会役員の交代式でした。ひとりひとりが前期がんばった事とこれからの抱負を語っていて、とても頼もしかった。

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その後、校長先生からの案内があり、私達は子供たちの前に整列しました。「4月25日に1ヶ月近く遅れで、このセンターでようやく始業式をしましたね。、みんなが元気になれるようにと、前期の児童会役員さんたちがリレー大会など色んなイベントを企画してくれましたね。そしてみんなで協力して慣れないこの場所でも半年間がんばってきましたね。」とひとつずつ思い出すようにお話されました。そして、「今日こうやって体育館の荷物を引っ越しできて、震災以来、ここで初めて全体集会を行うことができたこと、これからは雨の日も運動する場所ができたことはここにいるボランティアの人たちのおかげです。この人達は三重県や福井県やとても遠いところから山田のみんなのためにやってきました。みんなでお礼をいいましょう。」という先生の言葉の後、子供たちから「ありがとうございました」とおじぎされました。私達もそれに合わせておじぎをしましたが、みんな何も言えなくて、頭があげられませんでした。

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その後も作業は続きましたが、子供たちにもらったパワーで私達の仕事もぐんぐん進み、なんと当初2日の予定だったものを1日で終了することができました。新しい場所に移った本棚を見て、休憩時間の子供たちが「わぁ、すごーい!」と言いながら通り過ぎて行くのを聞いて、なんかめちゃくちゃうれしかったです。

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最後にみんなで記念撮影。オレンジ色がチームみえ、そして黄色が福井県からのチームの方です。

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同じ日、他の作業をしたグループの写真があったので紹介します。こちらは写真の洗浄現場。泥やがれきの中から見つかった写真のうち、人がはっきり写っているようなものを選び、丁寧に汚れをとり、ひとつひとつ乾かして住人の皆さんの目に付く場所に掲示します。持ち主が見つかって手元に戻ればいいな。

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七五三とか、成人式とかの記念写真も多いです。家を流された人たちは、自分や、震災で失った家族の思い出の写真がひとつも無くなってしまったという人も少なくありません。写真は、食べ物や衣服と違って生きていくために不可欠なものではないけれど、思い出の写真を手元に戻してあげるということも大切なボランティアの仕事のひとつなのです。

夕方、シャワーでなく久しぶりにお風呂に入りたいということで、地元の方が集まる光山鉱泉という銭湯に行ってきました。ここでゆっくりお湯につかっていたときに入ってきた地元の女性と喋っていてびっくり。山田のお祭りのとき、私たちが買ったカキ氷屋のおばさんだったのです。もともとお菓子を作るお店を商店街でやっていたそうなのですが、津波で全部流されて、お菓子作りの道具も、お祭りのときに使うクレープの機械も全部なくなってしまったとのこと。車も犬も流されてどこかにいってしまって、鍵だけ残ったんだそうです。今は残ったカキ氷の機械と少ない道具でやってるけど、またお菓子屋さんをしたいから頑張ると話してくれました。この週末には大槌町のお祭りがあるからそこでもお店やるけど、カキ氷の材料の氷が、氷屋さんが全部つぶれてしまったおかげでローソンの氷を買うしかなくて、材料費がかかって大変だぁ、って笑ってました。お風呂で裸のつきあいということで、一緒に湯船に入っているとなんだか気持ちがほぐれて色んな話をしました。

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夜ゴハンとミーティングのあと、福井チームが私達にマジックショーと、どじょうすくいの芸を披露してくれました。彼らは普段から老人ホームなどを慰問しながらこうやって出し物をして皆さんを楽しませる活動をしているグループだそうです。このときは、宮古で老人ホームの慰問を行った次の日、山田で私達と一緒に学校でのボランティアに参加したそうです。

この日の夜はちょうど台風15号が東北を通過。夜中の2時ごろにピークを迎えたようで、体育館の外でもすごい雨と風の音でしたが、肉体労働で疲れがたまっていたのか、いつピークが来たのかも分からないほど熟睡してしまいました。
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# by cita_cita | 2011-10-12 22:11 |

東北ボランティア日記 4日目

西日本に台風が近づいている影響か、この日は朝から雨。残念ながら、がれき処理はできないという判断で、3人が保育園に絵本の読み聞かせをしにいくほかは、センターに待機ということになりました。

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私は保育園行きのメンバーに入っていたため、事前に自分が読む絵本の選定を。三重の事務局から持ってきた絵本のほか、ボランティアに参加した人たちや一般の支援者から寄付された絵本の中から、みんなにも手伝ってもらって選んでゆきます。私は「すずめくんどこでごはんたべるの?」という作品を読み聞かせることに決めました。

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残ったメンバーは「何かしたい」気持ちをもてあまし、みんなで宿泊場所の武道場を大掃除することに。畳を全部上げて、板の間の床面をを徹底的にピカピカにしてくれました。帰ってきたとき、本当に気持ちよかった。どうもありがとうございました。

私達は、長期滞在支援をしているケンさんに連れられて、船越保育園へ。

災害復興支援のボランティアというと、がれき処理を考える人が多いと思いますが、実際こちらに来てみると色々なニーズがあることが分かります。最初のころはやはり、泥出しやがれき処理のほか、家の中の片付け、炊き出しや物資の提供などが中心だったと思いますが、時間の経過とともにそれが多様化してきているのが分かります。現地に1週間滞在するだけの私達と違い、そこにいることが日常としてこれからも続いていく山田の皆さんにとって、以前当たり前にしていたようなこと、毎日の生活に笑いやワクワクを与えられるような活動がこれから大切になっていくと思います。この、絵本の読み聞かせもそのひとつだと思います。

保育園では子供たちが私達の来訪を待っていてくれました。以前、私達の先陣のボランティアたちが読み聞かせをしたときも大人気だったそう。子供たちの「今日は何をしてくれるんだろう」というキラキラした目を見てると自然に笑みがこぼれてきます。

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トップバッターのSさんが見事なつかみで子供たちの心をガッチリとらえて絵本を読み聞かせていきます。途中、子供たちに色んな質問を投げかけながら進める手際のよさには感激。子供たちもこちらを食い入るように見つめています。

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私もSさんに倣って子供たちに語りかけをしてから本を読むことにしました。備品で、犬のパペット(ぬいぐるみ)があったので、このコにも手伝ってもらって一緒に絵本を読んだところ、前の方の子供はこちらまで歩いてきて絵本の上のすずめくんを指差してくれたりして反応はよかったのですが、絵本が小さかったようで後ろの方の子供たちにはちょっと申し訳なかったです。絵本の読み聞かせといっても色々工夫が必要だな、もっと色々練習して、また再挑戦してみたいななんて思いました。

もう一人のボランティア、Yさんがかわいいピンクのブタさんの出てくる絵本を読んでくれて、読み聞かせは終了。その後は手遊びをしたり、にらめっこをしたり、各ボランティアの回りにいくつものグループが出来て大騒ぎ。にらめっこは、単純だけど、やっぱり子供たちは大好きみたいですね。子供にも笑い上戸とそうでない子供がてあるんだなーって発見。いつも同じ子が真っ先に笑い出して負けてました(笑)

前任のボランティアが作った折り紙の「こま」をプレゼント。10月2日に運動会があるそうで、子供たちから「うんどうかい、みにきてね!」と誘われて、行けないなんて言えずに「うん」って返事しちゃいました(><)

子供たちがお昼ご飯の時間となったので、お別れを言って職員室へ移動。ここで園長先生から色々と貴重なお話を聞かせていただくことができました。

この船越保育園は高台にあるため津波の被害は逃れましたが、一時は避難所となり、最多時はなんと200人が暮らしたそうです。それほど大きな建物ではないのに、この中に200人がどうやって生活していたのかと信じられませんでした。保育園が再開しても仮設住宅が建ちそろうまでは避難者の皆さんと園児たちが共存していたので、場所の確保や園児の給食作りなど、色々苦労が多かったとのこと。また、園長先生はじめ、保母さんたちも被災されたので、本当に大変だったと思います。これからは、子供たちにも色々な形でのケアをしていくことが課題だとのことでした。

センターに戻り、昼ごはんを食べて、午後は全員3時半まで待機ということだったので、この時間を利用して山田へのボランティア参加が3度目となるOさんが作成された災害ボランティアについてのプレゼンテーション資料を使って1時間ほど勉強会を行いました。このとき知ったのですが、山田町では全家屋6,605棟のうち48.21%にあたる3,184棟が全半壊の被害を受けたそうです。これは隣の大槌町(64.8%)に次いで、岩手県では2番目に高い数字です。山田、大槌ともに津波の後、火災が発生した地域があったことも被害を大きくした要因でしょうか。住民の約半数が家を失ったり、半分壊れた家で住まないといけない状況だなんて、どれだけ考えても私達には想像がつきません。

実は、今回の震災で被害を受けた沿岸の直線距離だけで、大阪―東京間より長いのです。大阪から東京までの道路沿いが全て被災したと考えれば、復興にどれだけのお金と時間が必要かイメージできるでしょうか。とてもじゃないですが半年やそこらで元通りになるはずはありません。半年たって一段落した、のではなくこれからが正念場だと思います。

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晩御飯までの時間を利用して、希望者で北隣の宮古市に出かけることにしました。私達の宿舎からは車で30~40分の距離です。宮古も、世界最大のスーパー防波堤を破壊された田老地区など、多くの被害を受けています。JR宮古駅の駅舎にも「頑張ろう宮古!」の垂れ幕が見えます。漁港や名勝浄土ヶ浜などの沿岸部は壊滅的な被害を受けましたが、駅は比較的海から離れた地域にあり、ショッピングセンターが営業していました。私達はここでお金を落とそうとばかりに、名物「かもめの玉子」や「いかせんべい」を買い込みました。

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夜はチーム全員で大ババ抜き大会やオセロのトーナメントを開催。あちこちで笑いが起こり、みんなの個性も出てきて日ごとにいいチームになってきているのが実感できます。
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# by cita_cita | 2011-10-03 00:29 |

東北ボランティア日記 3日目

チームみえの朝は、6時起床、6:30にラジオ体操、6:45から宿泊所、トイレ、洗面所、玄関の掃除。その後、各自身支度と朝食を済ませて8:15にボランティアセンターに集合です。

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これがボランティアセンター。事務局のほか、ボランティア登録を行う机があり、壁面には各地から送られたメッセージや歴代ボランティアたちが残した寄せ書き、現地の依頼者さんたちからのお礼の手紙など、すきまがないほど掲示されています。

8:30から朝礼があり、センター長のお話、マッチング(仕事の割り振り)発表と作業の注意喚起などがあり、各現場に向けて道具の貸し出し場所に移動して、積み込み、出発となります。

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この日は、前日から引き続き同じお宅の跡地に向かいます。最初、雨が降りそうな気配があったのでカッパを着て作業スタートしましたが、秋とはいえ作業していると暑いです。半袖になりたいところですが、ケガを防止するため長袖でガマン。

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土の中から次々出てくる釘やガラスの破片をつかむのに、皮手袋がとても頼りになります。今まで皮手袋というと冬に見につけるオシャレなやつしか知らなかったのですが、作業用にも様々な皮手袋があり、軍手やゴム手袋だとすぐに手を切ってしまいそうな場面でも安心でした。そして、現場で一番多い怪我が釘の踏み抜き事故なのだそうです。そのため、中に鉄板の入った特殊な中敷を長靴の中に敷いて作業しました。

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途中、こまめに休憩を取ります。休憩のときに飲む水やスポーツドリンクのおいしいこと。体が水分を欲しているのがよく分かります。日ごろはデスクワークでたっぷり汗をかくことは少ないですが、こういうときは人間が生きていくためには水が欠かせないのだなあって実感します。作業中はみんな黙々と自分の仕事に没頭しているので殆ど会話らしい会話はないのですが、休憩時間になるとメンバー同士で色々な話をして、どんどんお互いの関係が近くなっていくのが感じられます。

途中、依頼者さんが何回か現場を訪れて私達に声を掛けてくださったり、ドリンク剤などを差し入れしてくださいました。本来、このような差し入れは依頼者さんの負担になるために「気遣い不要です」と事前に伝えておくべきなのですが、それでもお菓子や飲み物などを差し入れて頂く場面があります。私達の仲間内でも色々な意見が出ましたが、それでも差し入れをいただいてしまった場合には、モノではなくその中にこめられた気持ちを頂いたと捉えて、ありがとうございますとお礼を伝え、喜んで受け取らせていただくということでいいのではないかなと、私は感じました。私はもともとプレゼント好きなところがあるのでそう感じたのかもしれませんが...。

また、依頼主さんから被災時の話をお伺いすることもできました。津波のとき、ここより低い位置に家がある近所の人もこちらに逃げてこられたのだそうです。このあたりはもともと海抜が低かったこともあり、また地盤沈下も起こったのか、今でも海に近いエリアでは少し雨が降るとすぐ水浸しになってしまいます。ここは依頼主さんのお父様のお宅だったそうで、土の中からたくさんの割れた陶器に混じって、奇跡的に完全に形の残った湯のみが出てきました。依頼主さんに見せると「あっこれ、見覚えあります。よく割れずに残っていましたねぇ。」と喜んで持ち帰ってくださいました。

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お家の前を走る線路も橋が壊れたときに切れてしまったのか、途中でなくなっています。

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橋だった部分の手前にもがれきの山ができあがっていました。そこを探していたメンバーがあるものを発見。なんとご位牌でした。依頼主さんにお見せすると、おそらく、近所のお宅のものであろうとのこと。ボランティアセンターに持ち帰ることにしました。

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午前の作業を終え、一旦センターに戻ってお弁当を食べてからまた午後の作業へ。土のう袋もこんなに積みあがりました!

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そして3時半に作業終了。こんなにキレイになり、達成感も味わえました。しかし依頼主さんにとっては、まだまだここからがスタートライン。復興復興と口でいうのは簡単ですが、実際にはこれからの課題もたくさんあると思いますし、時間もかかると思います。そして、現場の回りを見渡せば、あたり一面同じような景色が広がっています。長い目での支援が必要だということがよくわかります。

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帰る途中にローソンへ。元の店舗は流されてしまったので同じ場所でプレハブにて営業中。でも中身は普通のローソン。ちゃんとLoppiもあるよ。

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ここにしかないレア商品も。「ありがとう自衛隊」盛岡タイムス社。震災直後の救援活動から炊き出し、お風呂の設営、物資提供にいたるまで自衛隊の尽力は素晴らしかったそうで、山田の人たちも声をそろえて自衛隊はすごいと話されていました。特に山田には駐屯地があり、地震発生当日の夕方にはもう第1陣が出動していたそうです。周囲からのアクセスが困難で、携帯さえ圏外になってしまった山田町の人たちにとっては本当に心強かったと思います。実際、山田町の名前があまり知られていないのは、情報があまりにも入らなかったため、初期の報道では殆ど名前が出てこなかったことがあるようです。

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センターに戻ると、まずは借りていた道具類の洗浄。毎日キレイに洗って、消毒してから返します。

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ボランティアセンターには、毎日、ボランティアの活動状況が張り出されています。

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宿泊場所の武道場。センターのある体育館と棟続きになっていて、畳が敷いてあります。ここが普段の居室となるので、食事、ミーティングなども行います。夜は自分で持ち込んだ寝袋で眠ります。まだ2日目の夜頃までは、小さいグループに分かれてあちこちでおしゃべりという感じだったのですが、滞在が進むにつれて、だんだんこの輪が大きくなっていくのが楽しかったです。
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# by cita_cita | 2011-09-29 23:45 |

東北ボランティア日記 1日目~2日目

ボランティアの記録をまとめようと思ったけど、キレイにまとめられそうにないので、とりあえず毎日何をやっていたかを日記風に書いていこうと思います。

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出発は9/17、土曜日の夜7時。津の駅前に集合してみんなでバスに乗り込みました。今回出発するのはチームみえ28便、男性9名、女性7名の16名。4月からずっと継続的にボランティアを送り込んでいます。メンバーは1週間前の説明会で集まっていたものの、ほぼ初対面に近い状態でみんな緊張気味。走り出したバスの中で順番にマイクを回して自己紹介を行いました。バスは岩手から来たとっても立派な観光バスで、1人2席使えるのですごくゆったり。これで岩手まで15時間、なんとか頑張れそうです。

途中ほぼ2時間おきに休憩を取りながら、早朝4時頃に福島の安達太良SAに停車。ここまで来ると休憩中の人達もボランティアらしきグループが増えてきて、関東からの日帰り弾丸ツアーなのか、もう装備を身につける準備をしている人達も居ました。

5時半に仙台付近を通過し6時過ぎに前沢SAで朝食を兼ねた休憩。もう岩手県に入っています。このあと花巻で高速を降り、遠野のコンビニで8時頃休憩。この辺りではまだ車窓の風景に震災の影響はみられませんでした。

でもここから釜石市街、大槌町を通過していくと景色は一変しました。1Fが津波で突き抜けてすっからかんになった商店街が続き、何も無い広大な荒れ地に焼け焦げた小学校(これは後で大槌小学校だと分かりました)や役場の建物がポツンと残っています。初めて見る被災地の光景にそれまで賑やかにしゃべっていたバスの中は皆、言葉を無くしてただ窓の外をずっと見るしかありませんでした。 正直なところ、「半年経ってこれなのか」と愕然としました。

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10時半に私達の活動拠点になる山田町のボランティアセンター(以下、山田VC)に到着。ここは体育館と武道場が併設された場所で避難所として使われていましたが、今は仮設住宅ができたため体育館をボランティアセンター本部、武道場をボランティア用の宿泊施設として使っています。前のグラウンドにはヘリコプターや非常用の救援車なども停まっています。

滞在中の食事は、昼はおにぎり(300円)、夜はお弁当(500円)を地元のお店に注文することができます。これがお店の収入源にもなるので積極的に利用することにしました。朝ご飯だけは保存の利くものを自分で持参していきます。私はカップのおかゆやバナナ、魚肉ソーセージやスープの素などを持って行きました。時間があれば買い出しも可能ですが、万一、非常事態が発生した場合、これらが非常食ともなるのでしっかりした準備が必要です。でも、初期の頃にボランティアに入られた人達が自分で持ち込んだテントやカセットコンロで自炊されたことを考えれば、今はポットや電子レンジ、冷蔵庫も準備されていて本当に恵まれていたと思います。これまでのボランティアさんの苦労の積み重ねがあってこそ私達が快適に過ごせたのだと感謝あるのみです。

到着後、前便からの引き継ぎを終え、昼食を済ませ、作業できる服装に着替えて集合します。基本、長袖長ズボンに帽子、長靴+安全中敷き、革手袋、ゴーグル、防塵マスクというのが必須の装備です。これらはすべて個別に準備していきます。たいていホームセンターでそろえることができます。面倒なようですが、ボランティアは何事も「自己完結」、周りに迷惑をかけないというのが鉄則だそうです。

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お昼の空き時間に獅子舞がやってきました。この日はちょうど山田の大きなお祭りの日でした。街灯も少なく道路も不安定な状態なので、本来ボランティアは夜6時半以降の外出が禁止されているのですが、この日は地元の方の計らいでお祭りを見に行くことが許可されたのです。

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ボランティアセンターではマッチングというものが行われます。これは依頼者さんからのニーズに応じて、適当なボランティアに適当な仕事を割り振っていくというもので、山田VCでは朝と昼の2回行われます。私達の初仕事は、住宅地のがれき処理と決まりました。

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仕事が決まったら、必要な道具類を借り出します。スコップ、つるはしなどは聞いたことがあるけど、レーキ、じょれん、じゅうのうなど初めて聞く道具もたくさんあります。これらをそろえて、数をチェックし、車に積み込んでいざ出発です。

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この日の現場は海が近くて海抜も低く、雨が続くと今でも水浸しになってしまうところです。多くの家が津波で押し流されてしまい、大きながれきを取り除いた今は土台しか残っていない家が殆どです。私達がお手伝いさせていただいたお宅も、周りから4,5軒の家が次々に流されてきて、こちらのお宅の後ろにある高台の壁面にぶつかって、そこで止まったため、他の家のものもたくさん見つかったそうです。

土の中にガラスや陶器の破片や釘が混じっています。また、夏の間に好き放題に伸びた雑草も生い茂っています。これらを順番に取り除いて、土をきれいにして、地面を平らにしていきます。また、溝のある部分にはヘドロの混じった泥がたまっていて、悪臭を放っています。これらもみんなで協力してかき出していきます。涼しくなったとはいえ、晴れの日の作業は熱中症に注意です。だいたい15分から20分おきに休憩をとります。すこし多すぎる気もしますが、どうしても作業が始まると熱中してやりすぎてしまうので、作業班長が定期的にみんなに声をかけて休みます。

だいたい2時間半程度で午後の作業は終了しました。この日だけでは終わりきらなかったので、この現場は翌日に持ち越しとなりました。この日、土の中から表札が発見されました。依頼主さんに確認すると、こちらのお宅のもので、ここに住んでいた依頼主さんのお父さんの名前の入った表札でした。大変喜んでいただけて、私達もうれしかったです。

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センターに戻って、近所のキャンプ場にシャワーを借りに行きます。本来有料なのですが、管理人さんの好意により、ボランティアは無料でここを使わせてもらうことができます。日常当たり前にお風呂やシャワーを使うことができる環境からこちらに来ると、こういうひとつひとつの好意をありがたいと思うし、私達の後に来るボランティアさんも気持ちよく貸し借りできるようにルールを守らないといけないなと感じます。

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さて、夜はお待ちかねの山田のお祭りです。山田八幡宮と大杉神社のお祭りで例年3日間開催されるそうですが、大杉神社が被災しておみこしも流されてしまったため、今年は2日間で岩手山田復興祈願祭ということになりました。八幡宮の周りには夜店が集まってとても賑やか。びっくりしたのは若い人や子供達の数がとても多いこと。なんとなくお年寄りや年輩の方が多い印象を勝手に抱いていたので、イメージを覆されました。

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通常は阿波踊りのように町中を練り歩きながら踊りの列が入り乱れるのだそうですが、この辺りの地域は被害も大きく、街灯もなく危険なため今年は境内でのみ踊りが披露されました。私達が昼間見た獅子舞も、夜、祭りの灯りの中で見るとさらに映えて見えました。頭上には大漁旗がひらめいて、山田が漁業の町であったことを思い出させてくれました。

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そして特に感動したのが、八木節。若い人達によるものすごい活気のある踊りです。就職や進学で岩手から他の地域に出ている人達も、この八木節を踊るために帰ってくるのだそうです。この踊りはぜひ動画で見てもらいたいと思います。



音楽が無くなってからがまたすごかったのです。見ていて鳥肌が立ちました。


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この日、山田の人達がこの半年間お祭りをどれほど心待ちにしていたか聞きました。山田の人達の復興にかけるパワーや、故郷を愛する気持ちが痛いほど伝わってきて、一層すばらしく見えました。
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# by cita_cita | 2011-09-27 01:02 |

岩手だより その2

早いもので、明日の午前中の作業が山田町での最後のボランティア活動となりました。
本当に色々なことがあって、色んな人の話を聞いて、色んなことを思いましたがなかなかブログを開く時間もなく、今日の更新となりました。

ここに来て何日か滞在して、まわりの光景にも少しは慣れて来たと思っていたのですが、今日、若いボランティアの女の子が現場で辛いことがあったようで、「なんで何もしていないのに東北の人ばかりがこんな目にあわないといけないの?あれを見て何も感じないの? 」と問いかけてきました。本当は私も同じ気持ちだったし、泣きたかったけれどぐっと我慢しました。何も感じないわけありません。感じたからこそ、みんなボランティアとして東北までやってきたのです。

これまでにした作業は、がれき処理、保育園での絵本の読み聞かせ、小学校の物品移動、支援物資搬入などさまざまですが、どれも誰かが必要としている大切な仕事でした。

ここに来なければ分からなかったことがたくさんありました。直接会わないと聞けない話もありました。



また、帰ったら記憶が薄れないうちにここであったことを書こうと思います。
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# by cita_cita | 2011-09-22 23:54 | その他

岩手だより その1

疲れはあるけど、いい仲間も出来たし、ちゃんと眠れているので元気です。

昨日と今日は同じ場所のがれき処理でした。津波でまわりのお家が4軒も流されてきて、そのお宅の後ろの高台の壁面にみんな一緒に当たって止まったそうで、色んなところから流れてきたものが混じっていました。依頼主さんの家の表札や、お祖父様の古い手帳が出てきて、とても喜んでもらえました。近所の別のお宅の仏壇のご位牌も見つかりました。

ここにきて思うのは、まだまだ人手は必要だということです。自分なんかが行って何ができるのかと思っていましたが、やれることはいくらでもあります。それを知ることが出来て、帰ってそれを人に伝えることができるだけでも、来て良かったです。
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# by cita_cita | 2011-09-19 21:55 | その他