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東北ボランティア日記 5日目

関西を出発して5日、岩手での作業も4日目。台風が近づき雨風が強まる中、がれき作業は無理だなと思っていたらこの日は4つも仕事が。

ひとつは物資搬入と仕分けの作業、これは力のある男性4名ほど。次は写真洗浄・整理の作業と、それが終わってから保育園に移動して絵本の読み聞かせが3名。残りのメンバーは小学校の物品移動という内容で、私は小学校チームに割り振りされました。

私達が訪問した先は「陸中海岸青少年の家」という施設。本来さまざまな研修や合宿などに使われていた施設です。震災の後は、避難所として使用されるとともに(現在は仮設に移られました)、津波や火災で校舎を失った船越小学校と大槌小学校の2校が同居する仮校舎となっていました。私達が訪れたのは9月21日。この前日に、大槌小学校が地元のサッカー場跡に完成した仮設校舎に引っ越し、大槌中と合同での利用を開始しました。これは岩手県で初めての本格的な仮設校舎だそうです。一方、青少年の家ではこれまで大槌小学校が使っていた場所が空きスペースとなったので、これまで2校の職員室、図書室、教室として使われていた体育館にあった物品をそちらに移動させて体育館を本来の目的に使えるようにする、というのが今回私達に与えられた仕事でした。

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体育館にはまだ本棚が並び、図書室の蔵書がいっぱい詰まっている状態。さらに、この本棚の後ろには...

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職員室がありました。

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新しい教室の配置について案内するための、保護者通信。

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さて、引越し作業開始!と張り切って荷物を運び始めましたが、これが思った以上に重労働。棚や事務机、コピー機などの大物は男性に任せますが、書籍や書類は大きさの割りにかなり重く、また形の異なる様々なものを持って階段を上り下りするのは体力だけでなくかなり気をつかう作業で、がれき処理とはまた違った大変さがありました。

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階段の踊り場に寛平ちゃんからの応援メッセージを発見。「前進前心」

午前中にかなりの作業が進むなか、校長先生から作業の手を休めて集まって欲しいとの呼びかけがありました。今日は全校集会を行うので、その中で私達を生徒に紹介してみんなからお礼を伝えたいとのこと。ドキドキしながら集会が始まるのを待ちます。

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この日は前期と後期の児童会役員の交代式でした。ひとりひとりが前期がんばった事とこれからの抱負を語っていて、とても頼もしかった。

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その後、校長先生からの案内があり、私達は子供たちの前に整列しました。「4月25日に1ヶ月近く遅れで、このセンターでようやく始業式をしましたね。、みんなが元気になれるようにと、前期の児童会役員さんたちがリレー大会など色んなイベントを企画してくれましたね。そしてみんなで協力して慣れないこの場所でも半年間がんばってきましたね。」とひとつずつ思い出すようにお話されました。そして、「今日こうやって体育館の荷物を引っ越しできて、震災以来、ここで初めて全体集会を行うことができたこと、これからは雨の日も運動する場所ができたことはここにいるボランティアの人たちのおかげです。この人達は三重県や福井県やとても遠いところから山田のみんなのためにやってきました。みんなでお礼をいいましょう。」という先生の言葉の後、子供たちから「ありがとうございました」とおじぎされました。私達もそれに合わせておじぎをしましたが、みんな何も言えなくて、頭があげられませんでした。

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その後も作業は続きましたが、子供たちにもらったパワーで私達の仕事もぐんぐん進み、なんと当初2日の予定だったものを1日で終了することができました。新しい場所に移った本棚を見て、休憩時間の子供たちが「わぁ、すごーい!」と言いながら通り過ぎて行くのを聞いて、なんかめちゃくちゃうれしかったです。

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最後にみんなで記念撮影。オレンジ色がチームみえ、そして黄色が福井県からのチームの方です。

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同じ日、他の作業をしたグループの写真があったので紹介します。こちらは写真の洗浄現場。泥やがれきの中から見つかった写真のうち、人がはっきり写っているようなものを選び、丁寧に汚れをとり、ひとつひとつ乾かして住人の皆さんの目に付く場所に掲示します。持ち主が見つかって手元に戻ればいいな。

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七五三とか、成人式とかの記念写真も多いです。家を流された人たちは、自分や、震災で失った家族の思い出の写真がひとつも無くなってしまったという人も少なくありません。写真は、食べ物や衣服と違って生きていくために不可欠なものではないけれど、思い出の写真を手元に戻してあげるということも大切なボランティアの仕事のひとつなのです。

夕方、シャワーでなく久しぶりにお風呂に入りたいということで、地元の方が集まる光山鉱泉という銭湯に行ってきました。ここでゆっくりお湯につかっていたときに入ってきた地元の女性と喋っていてびっくり。山田のお祭りのとき、私たちが買ったカキ氷屋のおばさんだったのです。もともとお菓子を作るお店を商店街でやっていたそうなのですが、津波で全部流されて、お菓子作りの道具も、お祭りのときに使うクレープの機械も全部なくなってしまったとのこと。車も犬も流されてどこかにいってしまって、鍵だけ残ったんだそうです。今は残ったカキ氷の機械と少ない道具でやってるけど、またお菓子屋さんをしたいから頑張ると話してくれました。この週末には大槌町のお祭りがあるからそこでもお店やるけど、カキ氷の材料の氷が、氷屋さんが全部つぶれてしまったおかげでローソンの氷を買うしかなくて、材料費がかかって大変だぁ、って笑ってました。お風呂で裸のつきあいということで、一緒に湯船に入っているとなんだか気持ちがほぐれて色んな話をしました。

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夜ゴハンとミーティングのあと、福井チームが私達にマジックショーと、どじょうすくいの芸を披露してくれました。彼らは普段から老人ホームなどを慰問しながらこうやって出し物をして皆さんを楽しませる活動をしているグループだそうです。このときは、宮古で老人ホームの慰問を行った次の日、山田で私達と一緒に学校でのボランティアに参加したそうです。

この日の夜はちょうど台風15号が東北を通過。夜中の2時ごろにピークを迎えたようで、体育館の外でもすごい雨と風の音でしたが、肉体労働で疲れがたまっていたのか、いつピークが来たのかも分からないほど熟睡してしまいました。
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by cita_cita | 2011-10-12 22:11 |

東北ボランティア日記 4日目

西日本に台風が近づいている影響か、この日は朝から雨。残念ながら、がれき処理はできないという判断で、3人が保育園に絵本の読み聞かせをしにいくほかは、センターに待機ということになりました。

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私は保育園行きのメンバーに入っていたため、事前に自分が読む絵本の選定を。三重の事務局から持ってきた絵本のほか、ボランティアに参加した人たちや一般の支援者から寄付された絵本の中から、みんなにも手伝ってもらって選んでゆきます。私は「すずめくんどこでごはんたべるの?」という作品を読み聞かせることに決めました。

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残ったメンバーは「何かしたい」気持ちをもてあまし、みんなで宿泊場所の武道場を大掃除することに。畳を全部上げて、板の間の床面をを徹底的にピカピカにしてくれました。帰ってきたとき、本当に気持ちよかった。どうもありがとうございました。

私達は、長期滞在支援をしているケンさんに連れられて、船越保育園へ。

災害復興支援のボランティアというと、がれき処理を考える人が多いと思いますが、実際こちらに来てみると色々なニーズがあることが分かります。最初のころはやはり、泥出しやがれき処理のほか、家の中の片付け、炊き出しや物資の提供などが中心だったと思いますが、時間の経過とともにそれが多様化してきているのが分かります。現地に1週間滞在するだけの私達と違い、そこにいることが日常としてこれからも続いていく山田の皆さんにとって、以前当たり前にしていたようなこと、毎日の生活に笑いやワクワクを与えられるような活動がこれから大切になっていくと思います。この、絵本の読み聞かせもそのひとつだと思います。

保育園では子供たちが私達の来訪を待っていてくれました。以前、私達の先陣のボランティアたちが読み聞かせをしたときも大人気だったそう。子供たちの「今日は何をしてくれるんだろう」というキラキラした目を見てると自然に笑みがこぼれてきます。

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トップバッターのSさんが見事なつかみで子供たちの心をガッチリとらえて絵本を読み聞かせていきます。途中、子供たちに色んな質問を投げかけながら進める手際のよさには感激。子供たちもこちらを食い入るように見つめています。

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私もSさんに倣って子供たちに語りかけをしてから本を読むことにしました。備品で、犬のパペット(ぬいぐるみ)があったので、このコにも手伝ってもらって一緒に絵本を読んだところ、前の方の子供はこちらまで歩いてきて絵本の上のすずめくんを指差してくれたりして反応はよかったのですが、絵本が小さかったようで後ろの方の子供たちにはちょっと申し訳なかったです。絵本の読み聞かせといっても色々工夫が必要だな、もっと色々練習して、また再挑戦してみたいななんて思いました。

もう一人のボランティア、Yさんがかわいいピンクのブタさんの出てくる絵本を読んでくれて、読み聞かせは終了。その後は手遊びをしたり、にらめっこをしたり、各ボランティアの回りにいくつものグループが出来て大騒ぎ。にらめっこは、単純だけど、やっぱり子供たちは大好きみたいですね。子供にも笑い上戸とそうでない子供がてあるんだなーって発見。いつも同じ子が真っ先に笑い出して負けてました(笑)

前任のボランティアが作った折り紙の「こま」をプレゼント。10月2日に運動会があるそうで、子供たちから「うんどうかい、みにきてね!」と誘われて、行けないなんて言えずに「うん」って返事しちゃいました(><)

子供たちがお昼ご飯の時間となったので、お別れを言って職員室へ移動。ここで園長先生から色々と貴重なお話を聞かせていただくことができました。

この船越保育園は高台にあるため津波の被害は逃れましたが、一時は避難所となり、最多時はなんと200人が暮らしたそうです。それほど大きな建物ではないのに、この中に200人がどうやって生活していたのかと信じられませんでした。保育園が再開しても仮設住宅が建ちそろうまでは避難者の皆さんと園児たちが共存していたので、場所の確保や園児の給食作りなど、色々苦労が多かったとのこと。また、園長先生はじめ、保母さんたちも被災されたので、本当に大変だったと思います。これからは、子供たちにも色々な形でのケアをしていくことが課題だとのことでした。

センターに戻り、昼ごはんを食べて、午後は全員3時半まで待機ということだったので、この時間を利用して山田へのボランティア参加が3度目となるOさんが作成された災害ボランティアについてのプレゼンテーション資料を使って1時間ほど勉強会を行いました。このとき知ったのですが、山田町では全家屋6,605棟のうち48.21%にあたる3,184棟が全半壊の被害を受けたそうです。これは隣の大槌町(64.8%)に次いで、岩手県では2番目に高い数字です。山田、大槌ともに津波の後、火災が発生した地域があったことも被害を大きくした要因でしょうか。住民の約半数が家を失ったり、半分壊れた家で住まないといけない状況だなんて、どれだけ考えても私達には想像がつきません。

実は、今回の震災で被害を受けた沿岸の直線距離だけで、大阪―東京間より長いのです。大阪から東京までの道路沿いが全て被災したと考えれば、復興にどれだけのお金と時間が必要かイメージできるでしょうか。とてもじゃないですが半年やそこらで元通りになるはずはありません。半年たって一段落した、のではなくこれからが正念場だと思います。

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晩御飯までの時間を利用して、希望者で北隣の宮古市に出かけることにしました。私達の宿舎からは車で30~40分の距離です。宮古も、世界最大のスーパー防波堤を破壊された田老地区など、多くの被害を受けています。JR宮古駅の駅舎にも「頑張ろう宮古!」の垂れ幕が見えます。漁港や名勝浄土ヶ浜などの沿岸部は壊滅的な被害を受けましたが、駅は比較的海から離れた地域にあり、ショッピングセンターが営業していました。私達はここでお金を落とそうとばかりに、名物「かもめの玉子」や「いかせんべい」を買い込みました。

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夜はチーム全員で大ババ抜き大会やオセロのトーナメントを開催。あちこちで笑いが起こり、みんなの個性も出てきて日ごとにいいチームになってきているのが実感できます。
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by cita_cita | 2011-10-03 00:29 |