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東北ボランティア日記 3日目

チームみえの朝は、6時起床、6:30にラジオ体操、6:45から宿泊所、トイレ、洗面所、玄関の掃除。その後、各自身支度と朝食を済ませて8:15にボランティアセンターに集合です。

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これがボランティアセンター。事務局のほか、ボランティア登録を行う机があり、壁面には各地から送られたメッセージや歴代ボランティアたちが残した寄せ書き、現地の依頼者さんたちからのお礼の手紙など、すきまがないほど掲示されています。

8:30から朝礼があり、センター長のお話、マッチング(仕事の割り振り)発表と作業の注意喚起などがあり、各現場に向けて道具の貸し出し場所に移動して、積み込み、出発となります。

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この日は、前日から引き続き同じお宅の跡地に向かいます。最初、雨が降りそうな気配があったのでカッパを着て作業スタートしましたが、秋とはいえ作業していると暑いです。半袖になりたいところですが、ケガを防止するため長袖でガマン。

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土の中から次々出てくる釘やガラスの破片をつかむのに、皮手袋がとても頼りになります。今まで皮手袋というと冬に見につけるオシャレなやつしか知らなかったのですが、作業用にも様々な皮手袋があり、軍手やゴム手袋だとすぐに手を切ってしまいそうな場面でも安心でした。そして、現場で一番多い怪我が釘の踏み抜き事故なのだそうです。そのため、中に鉄板の入った特殊な中敷を長靴の中に敷いて作業しました。

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途中、こまめに休憩を取ります。休憩のときに飲む水やスポーツドリンクのおいしいこと。体が水分を欲しているのがよく分かります。日ごろはデスクワークでたっぷり汗をかくことは少ないですが、こういうときは人間が生きていくためには水が欠かせないのだなあって実感します。作業中はみんな黙々と自分の仕事に没頭しているので殆ど会話らしい会話はないのですが、休憩時間になるとメンバー同士で色々な話をして、どんどんお互いの関係が近くなっていくのが感じられます。

途中、依頼者さんが何回か現場を訪れて私達に声を掛けてくださったり、ドリンク剤などを差し入れしてくださいました。本来、このような差し入れは依頼者さんの負担になるために「気遣い不要です」と事前に伝えておくべきなのですが、それでもお菓子や飲み物などを差し入れて頂く場面があります。私達の仲間内でも色々な意見が出ましたが、それでも差し入れをいただいてしまった場合には、モノではなくその中にこめられた気持ちを頂いたと捉えて、ありがとうございますとお礼を伝え、喜んで受け取らせていただくということでいいのではないかなと、私は感じました。私はもともとプレゼント好きなところがあるのでそう感じたのかもしれませんが...。

また、依頼主さんから被災時の話をお伺いすることもできました。津波のとき、ここより低い位置に家がある近所の人もこちらに逃げてこられたのだそうです。このあたりはもともと海抜が低かったこともあり、また地盤沈下も起こったのか、今でも海に近いエリアでは少し雨が降るとすぐ水浸しになってしまいます。ここは依頼主さんのお父様のお宅だったそうで、土の中からたくさんの割れた陶器に混じって、奇跡的に完全に形の残った湯のみが出てきました。依頼主さんに見せると「あっこれ、見覚えあります。よく割れずに残っていましたねぇ。」と喜んで持ち帰ってくださいました。

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お家の前を走る線路も橋が壊れたときに切れてしまったのか、途中でなくなっています。

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橋だった部分の手前にもがれきの山ができあがっていました。そこを探していたメンバーがあるものを発見。なんとご位牌でした。依頼主さんにお見せすると、おそらく、近所のお宅のものであろうとのこと。ボランティアセンターに持ち帰ることにしました。

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午前の作業を終え、一旦センターに戻ってお弁当を食べてからまた午後の作業へ。土のう袋もこんなに積みあがりました!

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そして3時半に作業終了。こんなにキレイになり、達成感も味わえました。しかし依頼主さんにとっては、まだまだここからがスタートライン。復興復興と口でいうのは簡単ですが、実際にはこれからの課題もたくさんあると思いますし、時間もかかると思います。そして、現場の回りを見渡せば、あたり一面同じような景色が広がっています。長い目での支援が必要だということがよくわかります。

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帰る途中にローソンへ。元の店舗は流されてしまったので同じ場所でプレハブにて営業中。でも中身は普通のローソン。ちゃんとLoppiもあるよ。

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ここにしかないレア商品も。「ありがとう自衛隊」盛岡タイムス社。震災直後の救援活動から炊き出し、お風呂の設営、物資提供にいたるまで自衛隊の尽力は素晴らしかったそうで、山田の人たちも声をそろえて自衛隊はすごいと話されていました。特に山田には駐屯地があり、地震発生当日の夕方にはもう第1陣が出動していたそうです。周囲からのアクセスが困難で、携帯さえ圏外になってしまった山田町の人たちにとっては本当に心強かったと思います。実際、山田町の名前があまり知られていないのは、情報があまりにも入らなかったため、初期の報道では殆ど名前が出てこなかったことがあるようです。

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センターに戻ると、まずは借りていた道具類の洗浄。毎日キレイに洗って、消毒してから返します。

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ボランティアセンターには、毎日、ボランティアの活動状況が張り出されています。

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宿泊場所の武道場。センターのある体育館と棟続きになっていて、畳が敷いてあります。ここが普段の居室となるので、食事、ミーティングなども行います。夜は自分で持ち込んだ寝袋で眠ります。まだ2日目の夜頃までは、小さいグループに分かれてあちこちでおしゃべりという感じだったのですが、滞在が進むにつれて、だんだんこの輪が大きくなっていくのが楽しかったです。
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by cita_cita | 2011-09-29 23:45 |

東北ボランティア日記 1日目~2日目

ボランティアの記録をまとめようと思ったけど、キレイにまとめられそうにないので、とりあえず毎日何をやっていたかを日記風に書いていこうと思います。

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出発は9/17、土曜日の夜7時。津の駅前に集合してみんなでバスに乗り込みました。今回出発するのはチームみえ28便、男性9名、女性7名の16名。4月からずっと継続的にボランティアを送り込んでいます。メンバーは1週間前の説明会で集まっていたものの、ほぼ初対面に近い状態でみんな緊張気味。走り出したバスの中で順番にマイクを回して自己紹介を行いました。バスは岩手から来たとっても立派な観光バスで、1人2席使えるのですごくゆったり。これで岩手まで15時間、なんとか頑張れそうです。

途中ほぼ2時間おきに休憩を取りながら、早朝4時頃に福島の安達太良SAに停車。ここまで来ると休憩中の人達もボランティアらしきグループが増えてきて、関東からの日帰り弾丸ツアーなのか、もう装備を身につける準備をしている人達も居ました。

5時半に仙台付近を通過し6時過ぎに前沢SAで朝食を兼ねた休憩。もう岩手県に入っています。このあと花巻で高速を降り、遠野のコンビニで8時頃休憩。この辺りではまだ車窓の風景に震災の影響はみられませんでした。

でもここから釜石市街、大槌町を通過していくと景色は一変しました。1Fが津波で突き抜けてすっからかんになった商店街が続き、何も無い広大な荒れ地に焼け焦げた小学校(これは後で大槌小学校だと分かりました)や役場の建物がポツンと残っています。初めて見る被災地の光景にそれまで賑やかにしゃべっていたバスの中は皆、言葉を無くしてただ窓の外をずっと見るしかありませんでした。 正直なところ、「半年経ってこれなのか」と愕然としました。

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10時半に私達の活動拠点になる山田町のボランティアセンター(以下、山田VC)に到着。ここは体育館と武道場が併設された場所で避難所として使われていましたが、今は仮設住宅ができたため体育館をボランティアセンター本部、武道場をボランティア用の宿泊施設として使っています。前のグラウンドにはヘリコプターや非常用の救援車なども停まっています。

滞在中の食事は、昼はおにぎり(300円)、夜はお弁当(500円)を地元のお店に注文することができます。これがお店の収入源にもなるので積極的に利用することにしました。朝ご飯だけは保存の利くものを自分で持参していきます。私はカップのおかゆやバナナ、魚肉ソーセージやスープの素などを持って行きました。時間があれば買い出しも可能ですが、万一、非常事態が発生した場合、これらが非常食ともなるのでしっかりした準備が必要です。でも、初期の頃にボランティアに入られた人達が自分で持ち込んだテントやカセットコンロで自炊されたことを考えれば、今はポットや電子レンジ、冷蔵庫も準備されていて本当に恵まれていたと思います。これまでのボランティアさんの苦労の積み重ねがあってこそ私達が快適に過ごせたのだと感謝あるのみです。

到着後、前便からの引き継ぎを終え、昼食を済ませ、作業できる服装に着替えて集合します。基本、長袖長ズボンに帽子、長靴+安全中敷き、革手袋、ゴーグル、防塵マスクというのが必須の装備です。これらはすべて個別に準備していきます。たいていホームセンターでそろえることができます。面倒なようですが、ボランティアは何事も「自己完結」、周りに迷惑をかけないというのが鉄則だそうです。

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お昼の空き時間に獅子舞がやってきました。この日はちょうど山田の大きなお祭りの日でした。街灯も少なく道路も不安定な状態なので、本来ボランティアは夜6時半以降の外出が禁止されているのですが、この日は地元の方の計らいでお祭りを見に行くことが許可されたのです。

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ボランティアセンターではマッチングというものが行われます。これは依頼者さんからのニーズに応じて、適当なボランティアに適当な仕事を割り振っていくというもので、山田VCでは朝と昼の2回行われます。私達の初仕事は、住宅地のがれき処理と決まりました。

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仕事が決まったら、必要な道具類を借り出します。スコップ、つるはしなどは聞いたことがあるけど、レーキ、じょれん、じゅうのうなど初めて聞く道具もたくさんあります。これらをそろえて、数をチェックし、車に積み込んでいざ出発です。

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この日の現場は海が近くて海抜も低く、雨が続くと今でも水浸しになってしまうところです。多くの家が津波で押し流されてしまい、大きながれきを取り除いた今は土台しか残っていない家が殆どです。私達がお手伝いさせていただいたお宅も、周りから4,5軒の家が次々に流されてきて、こちらのお宅の後ろにある高台の壁面にぶつかって、そこで止まったため、他の家のものもたくさん見つかったそうです。

土の中にガラスや陶器の破片や釘が混じっています。また、夏の間に好き放題に伸びた雑草も生い茂っています。これらを順番に取り除いて、土をきれいにして、地面を平らにしていきます。また、溝のある部分にはヘドロの混じった泥がたまっていて、悪臭を放っています。これらもみんなで協力してかき出していきます。涼しくなったとはいえ、晴れの日の作業は熱中症に注意です。だいたい15分から20分おきに休憩をとります。すこし多すぎる気もしますが、どうしても作業が始まると熱中してやりすぎてしまうので、作業班長が定期的にみんなに声をかけて休みます。

だいたい2時間半程度で午後の作業は終了しました。この日だけでは終わりきらなかったので、この現場は翌日に持ち越しとなりました。この日、土の中から表札が発見されました。依頼主さんに確認すると、こちらのお宅のもので、ここに住んでいた依頼主さんのお父さんの名前の入った表札でした。大変喜んでいただけて、私達もうれしかったです。

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センターに戻って、近所のキャンプ場にシャワーを借りに行きます。本来有料なのですが、管理人さんの好意により、ボランティアは無料でここを使わせてもらうことができます。日常当たり前にお風呂やシャワーを使うことができる環境からこちらに来ると、こういうひとつひとつの好意をありがたいと思うし、私達の後に来るボランティアさんも気持ちよく貸し借りできるようにルールを守らないといけないなと感じます。

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さて、夜はお待ちかねの山田のお祭りです。山田八幡宮と大杉神社のお祭りで例年3日間開催されるそうですが、大杉神社が被災しておみこしも流されてしまったため、今年は2日間で岩手山田復興祈願祭ということになりました。八幡宮の周りには夜店が集まってとても賑やか。びっくりしたのは若い人や子供達の数がとても多いこと。なんとなくお年寄りや年輩の方が多い印象を勝手に抱いていたので、イメージを覆されました。

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通常は阿波踊りのように町中を練り歩きながら踊りの列が入り乱れるのだそうですが、この辺りの地域は被害も大きく、街灯もなく危険なため今年は境内でのみ踊りが披露されました。私達が昼間見た獅子舞も、夜、祭りの灯りの中で見るとさらに映えて見えました。頭上には大漁旗がひらめいて、山田が漁業の町であったことを思い出させてくれました。

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そして特に感動したのが、八木節。若い人達によるものすごい活気のある踊りです。就職や進学で岩手から他の地域に出ている人達も、この八木節を踊るために帰ってくるのだそうです。この踊りはぜひ動画で見てもらいたいと思います。



音楽が無くなってからがまたすごかったのです。見ていて鳥肌が立ちました。


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この日、山田の人達がこの半年間お祭りをどれほど心待ちにしていたか聞きました。山田の人達の復興にかけるパワーや、故郷を愛する気持ちが痛いほど伝わってきて、一層すばらしく見えました。
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by cita_cita | 2011-09-27 01:02 |

岩手だより その2

早いもので、明日の午前中の作業が山田町での最後のボランティア活動となりました。
本当に色々なことがあって、色んな人の話を聞いて、色んなことを思いましたがなかなかブログを開く時間もなく、今日の更新となりました。

ここに来て何日か滞在して、まわりの光景にも少しは慣れて来たと思っていたのですが、今日、若いボランティアの女の子が現場で辛いことがあったようで、「なんで何もしていないのに東北の人ばかりがこんな目にあわないといけないの?あれを見て何も感じないの? 」と問いかけてきました。本当は私も同じ気持ちだったし、泣きたかったけれどぐっと我慢しました。何も感じないわけありません。感じたからこそ、みんなボランティアとして東北までやってきたのです。

これまでにした作業は、がれき処理、保育園での絵本の読み聞かせ、小学校の物品移動、支援物資搬入などさまざまですが、どれも誰かが必要としている大切な仕事でした。

ここに来なければ分からなかったことがたくさんありました。直接会わないと聞けない話もありました。



また、帰ったら記憶が薄れないうちにここであったことを書こうと思います。
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by cita_cita | 2011-09-22 23:54 | その他

岩手だより その1

疲れはあるけど、いい仲間も出来たし、ちゃんと眠れているので元気です。

昨日と今日は同じ場所のがれき処理でした。津波でまわりのお家が4軒も流されてきて、そのお宅の後ろの高台の壁面にみんな一緒に当たって止まったそうで、色んなところから流れてきたものが混じっていました。依頼主さんの家の表札や、お祖父様の古い手帳が出てきて、とても喜んでもらえました。近所の別のお宅の仏壇のご位牌も見つかりました。

ここにきて思うのは、まだまだ人手は必要だということです。自分なんかが行って何ができるのかと思っていましたが、やれることはいくらでもあります。それを知ることが出来て、帰ってそれを人に伝えることができるだけでも、来て良かったです。
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by cita_cita | 2011-09-19 21:55 | その他

いってきます

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ようやくパッキング終了。
なんかバリに行くより明らかに大荷物やねんけど(笑)

向こうに行ったら、たぶんメインのお仕事はがれき処理になると思います。
家とか船の破片みたいな大きなのはクレーンとかショベルで除去してあるはずなんだけど、畑とか田んぼの土の中にまだまだ色んな細かいがれきが残ってて、ガラスの破片とかも混じってるから、そこは人海戦術でやらないとだめなんだって。これをちゃんとやらないと、今後畑を復活させようと思ってもできないから、復興のためにはとても大切な仕事なのだそうです。

そのほかにもお掃除とか草むしりとか仕事は色々あるみたいで、どんな仕事になるかは実際行ってみないと分からないけど、現地の人の役に立つならどんな仕事でもええと思うのでとにかく与えられたことをできる範囲内でやってきます。

ボランティアに行きたくても色んな事情で行けない人がいっぱい居ると思うので、その分もね。

ではいってまいります(^-^)/
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by cita_cita | 2011-09-16 23:41 |

東北へ

昨日で震災から半年。

今週末から、岩手の復興支援のボランティアに参加することにしました。トータル8日間だけど、往復はバス車中泊になるので実質の活動は現地6日間です。京都や大阪から出発できるプランを探してみたけれど私が休みを取れる日程に合うものがなかったので、三重県の災害ボランティア支援センターの募集したチームに入ります。この1週間は「チームみえ」の一員として活動することになります。

震災の直後から、自分で何かできることはないか、色々考えて自分ができる範囲内のことをしてきたけれど、今ここにきてそのタイミングがやってきたのかなと思います。たまたまこの時期に休暇を取っていたことと、まだ現地でボランティアの助けが必要とされている状況が続いていること、1週間家を空けても大丈夫な状況にあること、日中の屋外の活動でも暑さがマシな季節に入ってきたこと、逆にもっと寒くなると寒さに弱い自分が耐えられるのか自信がないこと、など考えて今に決めました。

とはいえ、私はもともとそんなに意志が強いほうでもなく、優柔不断な人間。決断する前も、決めた後もモヤモヤと不安が付きまとっておりました。実は当初、この休暇は大好きなバリ島に行くつもりでした。6月にチケットを発券してしまっていたので1ヶ月悩んで迷った末、東北に行くことにしたわけですが、決めてからも自分が頑張りきれるのか心配で、見知らぬ仲間と1週間、体育館での生活で心折れそうになったらどうしようとか不安になったりしておりました。周りの人の反応も様々で、賛成して励ましてくれる人もたくさんありましたが、それ以上に「なんでまたわざわざ?」という反応が多くて、「日ごろ疲れてるんやから、バリでゆっくり癒されて来たら?」と言われたとたんに「ホントそうだよなー」って弱気になったり。ええ、とにかく優柔不断なんです、私。ええ歳して情けない。

けど、先週の金曜日に私が尊敬する人と会って自分のグラグラした迷いを吐露した翌日、その人から送られてきたメールを見て何かがストンと落ちました。そのメールにはこう書いてありました。「決心されたときに、全ては決まったからね。あなたなら大丈夫。」短いメールだったけど、そっか、そうなんだなーと思ったらなんか急に気が楽になりました。人の言葉の持つ力ってすごいなぁ。

昨日の夜、事務局から連絡が来て、チームのサブリーダーを担当することになりました。それでさらにもう逃げられないぞーと覚悟が決まった気がします(苦笑)。現地に出発するのは17日。帰ってくるのは24日。出発まであと5日。まだ準備物が整ってないけど、出発までになんとかそろえないとね。そうそう、食料もある程度用意しないといけないので、無印良品のミネストローネとか、トムヤムクンとかフォーのフリーズドライのを持っていこうかなと画策中。遊びに行くわけではないけれど、「人間、食べ物が乏しいと気分がクサクサしてくるから、ちゃんと食べなあかん」という話を聞いたので、できる範囲内で好きな食べ物を準備していきます。これは先日陸前高田にボランティアに行った友達がそのグループのコーディネーター役の人から聞いた言葉だそう。無理して体調崩して周りに迷惑かけたら、一体何しに行ったのか分からなくなっちゃうので、うまく気分転換しつつやろうと思います。

復興支援の役に立つだけでなく、自分にとってもいい経験になればいいな。
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by cita_cita | 2011-09-12 21:31 | その他

Happy Wedding!!!

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大学時代のサークルの後輩がめでたく結婚することになり、挙式と披露宴に出席してきました。会場は中之島の中央公会堂。ここは私達の入学式・卒業式が行われた思い出深い場所です。

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中央公会堂で結婚式ができるなんて知らなかったのですが、この日も数組が挙式と披露宴を行っていました。ほぼ1世紀前に立てられた重要文化財だけあって、こんなに天井が高く、重厚な雰囲気なんです。「レトロ風」ではなく、本物のレトロです!

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挙式が行われた特別室はチャペル形式。キリスト教式での挙式でした。

新婦の彼女は大学を出て一般企業で働いてお金を貯めた後、自力でアメリカに留学。帰国してから特許事務所で事務担当として勤務しながら試験勉強を続け、見事難関の弁理士試験に合格。でもそれでは終わらず、文系出身で技術的知識が少ないことを補うために工学部に編入し、昼間は弁理士として、夜は大学生として勉強をして学士号をとった頑張り屋さん。私にとって、とてもとても大切でかわいい、そして自慢の後輩なのです。そんな彼女がこのたび7年半のお付き合いをめでたく実らせ、同じく弁理士仲間の旦那様と一緒にワシントンDCに渡ってアメリカで弁理士としての生活をスタートさせることになりました。

今までのように簡単に会えなくなるのは寂しいけれど、これでワシントンに行く口実ができた…かも。

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Aちゃん、結婚おめでとう!!どうぞ末永くお幸せに!
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by cita_cita | 2011-09-05 00:23 | その他