<   2010年 01月 ( 16 )   > この月の画像一覧

伏見稲荷に初詣。

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1月最後の週末は、レフティ(左きき)仲間と遅い初詣&新年会。

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伏見稲荷近くにある「いなり ふたば」。出町ふたばから暖簾分けしたお店だそう。

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こちらもありました、豆餅。おもちが柔らかくフワフワで、豆がしっかり硬めで塩味がきいてて、あんこが滑らかで甘さ控えめでとってもおいしいです。(AD堀君風)

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伏見稲荷といえば、千本鳥居。

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鳥居の1本1本は、個人や企業からの奉納物なので、裏側に回ると名前と日付が。

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ここは山全体が神域なので、時間と元気があればお山めぐりといってぐるりと参道を一周できます。稲荷山の標高は233mだそうで、途中、京都市街が一望できるこんな場所もあります。

早足で回ればふもとからトータル1時間ぐらいだと思いますが、私たちは寄り道しながら休み休みいったので、2時間ぐらいのウォーキングでした。楽しかった。
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by cita_cita | 2010-01-31 23:07 | 京都

塩キムチ焼きそば

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おいしい塩だれのレシピを教えてもらったので、塩焼きそば+キムチ入りを作ってみました。

塩+黒胡椒+レモン汁+おろしにんにく(好みで)+中華だしの素+酒+水 です。

私の中華だしの素は味覇(ウェイパー)なのですが、ペースト状で水に溶けにくいので上の材料を器に全部いれてチンして混ぜます。

あとは普通の焼きそばの作り方で、ソースの代わりに塩だれで味付けするだけです。ビールがすすむよ!
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by cita_cita | 2010-01-29 21:21 | おいしいもの

「その街のこども」再放送決定!

少し前に書いたNHKのドラマ「その街のこども」の再放送が決定しました。

BS2で1月30日(土)13:30~16:50放送の「あなたのアンコール サタデー」の中で、13:30~14:48までが「その街のこども」だそうです。

私のブログを見て、興味を持ってくれてた人がいれば、ぜひぜひ録画を!!

今朝、NHKからお知らせメールが届いて(「再放送ウォッチ!」ってサービスがあって見逃した番組の再放送が決定したら教えてくれるの)めっちゃうれしかったのですが…30日って明日やん!TVの番組編成ってそんなにも急に決まるものなんでしょうか???だれかTV関係者の人がいたら教えてほしい…。
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by cita_cita | 2010-01-29 19:31 | その他

テキサスバーガー改め、麺屋しゃかりき

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会社の同僚からテキサスバーガーは食べておくべき!と熱心に勧められていたので、昨日西院に行く用事があったついでに買って帰ろうと思ったら「好評につき本日分は終了しました」の張り紙。

そんなことがあるのか…と、今日は会社の帰りに車で1号線のマクドのドライブスルーに行くも売り切れ、それでは…と近鉄東寺駅近くの店でもこれまた売り切れ。

だんだん意地になってきて、次に四条大宮のマクドでまたまた売り切れ、最後にここやったら誰も来ないだろうと千本中立売の店にまで行ったのにやっぱり売り切れ。

なんやねん、めっさ売れてるやんテキサスバーガー。っていうか、みんなどれだけ食べたいねん!(←お前もや)

で、あきらめたものの、もう家でゴハン作る気にもなれず、結局千本丸太町の「麺屋しゃかりき」でラーメンを。豚骨と煮干のこってりWスープ!これはこれでウマいんだけど…テキサスバーガー食べたかったよ。
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by cita_cita | 2010-01-27 22:46 | おいしいもの

イケダパンのバターフランス

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鹿児島のイケダパンというメーカーのラスク。

たまに近所のスーパーに売ってあるので、見つけたらすぐに買います。150円ぐらいで手ごろなのだけど、バターがしっかり効いててサクサクしてすごくおいしい。

でもいつ店頭に並ぶか分からないのが玉にキズ…。並んでるの見つけたらラッキー!

会社の鹿児島出身の人に聞いたら、イケダパンは鹿児島人なら誰でもしってるブランドで、今はヤマザキパンのグループに入ってるらしい。
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by cita_cita | 2010-01-26 19:30 | おいしいもの

「ぐるりのこと。」

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これは、一組の夫婦の10年間の姿をテーマに描いた作品です。

主人公の翔子(木村多江)は美大生時代からの付き合いだったカナオ(リリー・フランキー)と結婚して2人の生活が始まる。カナオはいつも飄々としてて、自分の感情をはっきりと表す方ではない性格。緊張感のある場面になると、いつものらりくらりとかわしてしまう。本当は思ったことを言って欲しいと思う翔子だったけど、その気持ちにも自分でフタをしてしまいつつ、過ごしている。でも、ある出来事がきっかけとなって、それ以来翔子の心には少しずつひずみが生じていって、心のバランスを崩してしまい、頑張っていた仕事も続けられなくなる。

翔子の気持ちがバクハツして、カナオにぶつけるシーンがあって、彼女は赤ん坊みたいに地団駄を踏んでクチャクチャに泣きながら「ちゃんとしようと思ってたのに、ちゃんとしたいのに、できないの」というのだけど、この場面はすごい迫力で、彼女の気持ちが痛いほど伝わってきて、見ていて本当にしんどかった。

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翔子は、自分の実家もちょっと変わった環境で(母親は新興宗教まがいのことやってるし、兄は柄の悪い不動産業、父親はずいぶん前に家を出て行って消息不明)そんな中にいるから余計に自分だけは「ちゃんとする」ことで幸せになろうと強迫観念めいた思いがあったのかも。ちゃんとしようと思って、ちゃんとできてるように思えたうちはよかったのだけど、頑張ってもうまくいかなくて、それで心の中でもがいているんだけど、カナオには伝わってるのかどうかも分からなくて、プツンと糸が切れてしまったみたいだった。

カナオはそのとき翔子を抱きしめて、鼻水を拭いてやって「自分はちゃんとそばにおるから」と言うんだけど、これがカナオの精一杯の言葉だったし、翔子にとっても「どうしていいのかわからない」心の迷路みたいな状態から抜け出すきっかけになる言葉だった。

ここからは翔子が少しずつ変わっていく様子が描かれていくのだけど、表情の違いが、映画と分かっていてもびっくりする。なんか、悪い夢から覚めて憑き物が落ちたみたいにすっきりした顔になって、目にも力が出て、どんどんキレイになっていくからびっくりした。

この物語にはもうひとつテーマがあって、カナオの職業である「法廷画家」という視点を通じて、1993年から10年間の間に起こったさまざまな社会的事件の裁判の場面が出てくる。もちろん本物ではなく、俳優さんが演じているのだけど、幼女誘拐殺人事件や、池田(大阪)の小学生殺傷事件、地下鉄サリン事件など、法廷でのやりとりの場面がたくさん出てきて、しかも眉をひそめてしまうような内容や、映画と分かっていても腹が立ってしょうがない発言などが出てくる。こうやって見ると本当に憤りを感じることがいっぱいあったのに、映画を見るまではそんな事件ややりとりがあったことなど、頭からスッポリ抜けていて愕然とする。

「ぐるりのこと。」というタイトルには、夫婦とそれをとりまく周囲のこと、そして私たちが生活している社会で起こるさまざまな出来事も含めた意味がこめられているのだろうか。

また、時間をあけてからもう1回みたいような映画でした。自分のコンディションにもよると思うけれど、短期間に続けて何回も見るのはちょっとしんどいかも(特に前半)。でも、後半から最後の場面にかけては本当に救われた。本当によかった…。夫婦でいることって、すごいなぁと思った映画でした。
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by cita_cita | 2010-01-26 00:24 | 映画

「ろうちゅう」に行きたい!!

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NHKの「世界ふれあい街歩き」で紹介されていた中国四川省の「ろうちゅう」という街を見てめちゃくちゃ行きたくなった。漢字では門の中に良いと書いて閬中というらしい。

2300年前の秦の時代に作られた街で、今でも土壁・瓦屋根・石畳の古い町並みがそのまま残ってる。細い路地がいくつも入り組んで、徒歩でないと回れないところがいっぱい。旧市街全体が、映画のセットみたいなすばらしい町並みです。番組ホームページでもその様子が紹介されています。こんな感じです


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5年ほど前にベトナムを旅したとき中部のホイアンに行ったことがあって、あそこは今まで行った場所の中でも好きな町並みのベスト3に入るけれど、ちょうどあんな雰囲気。

ろうちゅうに暮らす人は穏やかでおせっかいで、人懐っこくてめちゃくちゃ感じがよかった。中国は上海と北京と広州、どれも大きな都市しか行ったことがないから、自分の持ってたイメージが覆った。

四川省の成都(ここには空港がある)からバスで7時間らしいので、簡単には行けないけど…秘境好きの私としては、そう聞いてしまうと、どうにか行けないかと余計に旅心がウズウズするなあ。ああ、行ってみたい!見てみたい!
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by cita_cita | 2010-01-24 09:16 |

淡路島のスイセン

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Yahoo!の昨日のニュースで淡路島のスイセンが満開になってるとのこと。南淡路の灘黒岩水仙郷の写真です。一度この目で見てみたいと思ってる景色ですが、今年も行けませんでした。

実はこの場所には行った事があるけど、夏だったからスイセンはもちろんなかったのです。夏はハモやウニやタコ、おいしいものがいっぱいの淡路島。でも冬は冬で、とらふぐ、牡蠣とか旬のものがいっぱいあるし、淡路牛は年中おいしいし…いいところです。

来年こそは、ぜひ…。
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by cita_cita | 2010-01-24 08:53 |

見逃した…「その街のこども」

下に紹介した「神戸新聞の7日間」が放映された翌日、17日の深夜にNHKで放送された「その街のこども」っていうドラマがこれまたよかったらしい。と、放映された後に他の人のブログで知った。

主演は森山未來と佐藤江梨子。2人とも15年前に東灘区で震災を経験してる神戸っ子。「神戸新聞の…」とは全く違う感じの非常に実験的な構成のドラマ。出演者は、全編、森山と佐藤のほぼ2人だけで展開してく。震災が、被災者の心に何を残すのか。それを自分でどう受け止めていくのかが、地味に、淡々と、しかし実にリアルに描かれた秀作だったとか。15年経ったからこそこういう作品ができたのだろうという意見もあった。

1月16日、偶然同じ新幹線に乗って、新神戸で降りた初対面の2人。明日の早朝、東遊園地での「震災のつどい」に行きたいけど、まだ決心がつかず、怖いという美夏(サトエリ)。一度三宮から御影のおばあちゃんの家まで荷物を置きに行って、また三宮まで歩いて戻ってくるという。その彼女に朝までつきあうことにした勇治(森山)。三宮から御影の道を徒歩で往復する中で2人が語るそれぞれの震災の記憶と心の変化。

よく報道番組やドキュメンタリーで取り上げられている「犠牲になった方の分まで、精一杯生きる。」という視点とはまた別の、普段取り上げられない、でもこういうこともまた現実にあったのだろうなぁという地元の人でないと分からない部分。

サバイバーズ・ギルト(survivor's guilt)という言葉がある。ウィキペディアによれば、「戦争や災害、事故、事件、虐待などに遭いながら奇跡の生還を遂げた人が周りの人々が亡くなったのに自分が助かったことに対して、しばしば感じる罪悪感のこと。」を指す。「その街の子ども」は、このサバイバーズ・ギルトがひとつのテーマになっていたみたい。

NHKで再放送の予定があるか調べてみたら、未定とのこと。でも、かなり大きな反響があったみたいなので、再放送に期待しようと思う。同ドラマのサイトはまだ残っているので興味のある方はこちらからどうそ。
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by cita_cita | 2010-01-21 22:09 | その他

震災の記憶と「神戸新聞の7日間」

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実は、震災当時、私は1年間の留学中で地震そのものを経験していないのです。関西に住む人間として、当然誰もが持っているはずの震災というものに対するリアルな感覚が抜け落ちているような気がしてずっと気になっていました。

そんな私がこのドラマに対してコメントしてもいいものか、少し迷ったのですが、やはり私なりに感じたことを書きとめておきたいと思います。

あの震災の日。壊滅的になった神戸の町でライフラインを断たれ、自分たちの身に何が起こったのか、これからどうなっていくのかも分からず恐怖と途方にくれる人々。その被災者に情報を届けるのが地元新聞社である自分たちに与えられた使命だと信じ、全壊し機能を失った本社を目の前にしても、なんとしても新聞を発行し続けようと奔走した神戸新聞の記者たち。自分たちも被災しながら取材を続けた彼らの努力と苦悩という視点を通して震災を描いた作品でした。

実話が元になっていますので、記者や編集長ご本人の談話や当時の写真などをまじえた構成になっていて、ドラマというよりドキュメンタリーのような感じで見ていました。

つぶれた家に家族が下敷きになっている状況で、ようやく見つけた消防隊に懇願しても「すみません、応答のある人から先に助けます。」と言われる側と、言わなければいけない側の辛さ。消防車から水が出ず、目の前で燃え広がっていく火事を何もできず見守るしかできない消防士と住民の無力感、跡形も無くなった家の焼け跡で、母親を探していると言って骨を拾い集める少年に出会い、「神戸新聞です。写真を撮らせてください。」とシャッターを切りながら「すみません。すみません。」と涙を流す新聞記者の葛藤。

辛い場面が幾度も幾度も出てきて、胸が詰まりました。実際に震災を体験した人であれば私とは比べ物にならない様々な思いを持って見ておられたと思います。

ご自身もお父様をなくされた中で書かれた社説「被災者になってわかったこと」が紹介される場面では涙がとまりませんでした。神戸新聞のサイトで社説の全文が紹介されていますのでこちらを読んでみてください。

主人公のカメラマン役をやっていたのが嵐の櫻井翔クンで、最初はなんで?せっかくなんだからもっと他の俳優使えばいいのにやっぱり視聴率重視なのかな…とうがった見方をしてしまいましたが、後になってみればこれもよかったのかなと思います。あれから15年経って、今の中高生の多くは教科書の中の歴史のひとコマとして阪神大震災を知るのだそうです。私たちの世代にとって見ればほんの15年前のことだけれど、感覚的には私たちが教科書で原爆について習ったのと同じように実感のない出来事なのかもしれません。そんな世代の子供たちが、櫻井クンをきっかけとしてこのドラマを見ることになったとしたら、そして彼ら、彼女らなりの感想をもったとしたら…大人の世代ばかりでこのドラマを見て、震災の記憶に思いを馳せること以上にすごく意味があることだったと思います。

それは私も同様。冒頭にも書いたとおり、私は震災を経験していません。その日、私はアメリカのシアトル近郊で地元のアウトドア用品メーカーでインターン(学生の見習い実習)として仕事をさせてもらっていました。震災の瞬間、確か現地では昼頃だったと思います。同僚が「ついさっき日本で地震があったんだって」と私に伝えてくれました。日本のどこか訪ねると、「名前は忘れたけど、東京から300マイルぐらいの場所だって」との回答。それを聞いたとき、私が言った一言は「ああ、東北ね。その辺、地震が多いんだよね」というものでした。その頃、仙台あたりで地震がよく起こっていた記憶もあり、東京から300マイルと言われて、それが関西かもしれないという発想は私の頭の中に1%さえもなかったのです。

しかも私の大きな間違いはもう一つありました。「日本で地震があった」と言われて、私の頭の中に浮かんだのはTV番組の途中に頻繁に入る地震速報の画面。「○○市 震度3、××市 震度2」というもの。その時も、てっきり日本のどこかで毎日のように起こってる規模の地震だと決め付けてしまったのです。でもはるか遠く離れた海外にいて、その場所にリアルタイムで飛び込んでくる海の向こうの地震速報を聞いて、それがどういう意味をもつのか、どれだけ大きな規模の地震なのか、その時に気付くべきだったのです。

でもアホな私は何も考えずデスクに戻り、そのまま仕事を続けました。夕方になって、ステイ先の家に帰るとその時付き合っていた人から国際電話がありました。日本時間で正午頃だったと思います。「神戸で大きな地震があった!」「え?それって神戸やったん?大きい地震なん?」「もうメチャクチャや。高速道路が倒れて、人が何百人も死んで…。大阪は被害は少ないけど、考えられないぐらい揺れた。京都も同じやと思うから、とりあえず実家に電話したほうがいい。」一気に血の気が引いて、慌てて実家の母に電話をかけたら、つながりました。やはり京都の被害は少なく、揺れはすごかった(震度5)けれど被害は、神棚の上のものと、本棚の本が落ちてきただけで済んだと聞き、電話を切りました。

そのころ、インターネットなんて無かったので(WINDOWS95の時代)、情報の収集もままならず、ニュース番組を見ても情報は断片的で、本当に知りたい部分はつかめず…(ちょうど今、ハイチの地震について日本で報道されているような感じで、いつ、そのニュースをやるかも分からない状態でTVを見ていました)毎日本当にやきもきしてすごしたことを覚えています。1週間たち、NEWSWEEKやTIMEに大々的に載せられた被災地の写真を見て、まるで映画を見ているような気持ちで現実を受け入れるのが難しかったことも今でも思い出されます。しかも、その後ほどなくして、地下鉄サリン事件が起こったため、アメリカに入ってくる日本の話題はサリン一色になってしまいました…。

同じ世代の関西人が震災について話をしているとき、この15年、自分は同じ目線で語る資格がないのではないかという負い目が、なんとなくありました。でも、神戸新聞のドラマを見たことで、震災についての報道もいつも以上に色んなことを考えながら見ていました。そんなとき、昔からの友人2人がMixiで書いていたやりとりが目に留まりました。2人とも、それぞれの震災の記憶について書いていました。

ドラマの中で、水が出ず消火活動ができず立ち往生する消防士の場面がありました。私の友達もそれと全く同じ光景に遭遇して呆然としたそうです。川の水も無くて、消防士さんが「ごめんね」と泣きながら火事現場で謝っていたそうです。また、もう一人の友達は、死亡者リストの中に友人の名前を見つけ、驚いて彼女の実家に確認したところ本人であることが分かったそうです。その友達の実家は豊岡(兵庫県の北部)だったので、ご家族が遺体を引き取りにきて、道路の状態もひどく、渋滞も尋常ではなかったためバイクの後ろに背負って実家まで連れて帰ったそうです。とにかく、あのときは携帯もない時代だったので安否確認が自由にできなかったのが本当に大変だったと2人とも言っていました。ちなみに彼女の家には毎日新聞が地震翌日にもちゃんと届いたそうです。TVも写らず、電話も通じにくい状況で、新聞が届いてどれだけほっとしたでしょうか。あのドラマを見た後ではよけいにそう思います。

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そのやりとりを見ていて、ふと、三宮で行われていた震災のつどいに初めて行って見ようと思いました。何も知らないから行きにくいと思っていたけれど、何も知らないからこそ行ったほうがいいのではないかと思って。ろうそくに火を点して、記帳をし、お花をささげてお祈りさせてもらいました。公営住宅の家賃減免など支援制度の打ち切りに悩む人達の声を読んだり、長田の消防署の人達が撮影した数多くの資料写真も見ました。その写真を見ながら当時のことを話しているまわりの人達のほとんどが神戸の人で、震災経験者で、その会話の内容を聞いているだけでも何度も胸が詰まりました。やっぱり、思いつきであっても行ってみてよかったと思います。

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震災発生の瞬間から復興が進むまでの道のりを詳細(特に17日当日は分刻みで)に記載してあるボード。

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ろうそくをうけとって、竹の中に火をともしてお祈りします。

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竹の数は犠牲者(6434名)の数と同じなのだそうです。
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by cita_cita | 2010-01-19 22:28 | その他