<   2009年 04月 ( 17 )   > この月の画像一覧

いってきます

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今から成田へ向かい、ホノルル経由でハワイ島にいってきます。マウナケアのサンセットとキラウエア火山を見てきます。旅の後半にはホノルルで10数年ぶりの知人との再会ができるかもしれません。電話番号も分からないので全てがうまくいけば…ですが。ではいってきます。
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by cita_cita | 2009-04-29 14:23

マレーシア・ボルネオ紀行 その9

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マンタナニ2日目、早朝(6時頃)に起きたご褒美で朝焼けを見ることができました!

この日の朝になって、ビンがダイビングにチャレンジしてみたいと言い出しました。私は過去に宮古島で1度だけ体験ダイブをしたほかは経験なし、Yさんもダイビングの経験は一度もなし。Yさんが「やってみたいけど、私たちの年齢で初ダイビングって大丈夫?」とガイド兼インストラクターの唯さんに確認したところ、「若ければ若いほど有利ですけどね。体力的なことだけじゃなく、若いと経験も少ない分、怖いとか、あまり色々考えないから、結果的に慣れるのが早い」とのこと。一瞬ひるむYさんを見て、「Yさん、でも私たち(これからの人生で)今日が一番若いですから!」と思わず説得した私(笑)。結局クリスも含め、4人全員でやってみることになりました。

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ダイビング中の写真はないのですが…ビンとクリスは英語チーム、私とYさんは日本語チームで2グループに分かれて午前中は足のつく場所で基本練習。前回、宮古島でやったときも、この時点では上手くいったのですが、潜っていくときに耳抜きが上手くできてるかよく分からなかったのと、水の中で体のバランスがうまく取れず、結局楽しむところまでいかなかったのでした…。たぶん、あのダイビングの色んな機材に対する信頼感というか安心感が生まれる前に潜ってしまったので機材ばかりが気になって、海の中を見る余裕がなかったのかな。でも今回はなんとかバランスを取るコツがつかめて、自分で「大丈夫!」と実感できたので海の中の世界をじっくり楽しむことができました!これは私にとっては大きな収獲。もっと海の中を見ていたいなーと思ってるうちに楽しい時間は終了。なんだか、今更だけどライセンスを取ってみようかなという気持ちになってきました…何事もその気があれば遅すぎるってことはない!…ですよね(笑)

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午後のダイビングが終わり、もう一泊するクリスとマンタナニ島に別れを告げて船に乗ります。彼は仲良くなった東ティモール出身のスタッフ。サッカーのユニフォームがお気に入りみたいで、いつもサッカーシャツを着ていました。インドネシア人なんだけど、東ティモールはバリとも離れているせいか、彼のインドネシア語はなかなか分かりませんでした。私たちの日本語をマネするのが大好きで、海で「ここは浅い」って話してるのを聞いて気に入ったみたいで「ココアサイー!」と何度も繰り返してました。深いところで言わないようにね…。

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夕方コタキナバルに到着。晩御飯は唯さんと一緒に食べることにしました。途中ナイトマーケットを冷やかしながら乾物屋さんの屋台を物色。これ、シナモンなんですよ。こんなに長いんですね。なんと1本1リンギ(約27円)!持ち運びが便利なようにペンチで短く切ってもらいました。

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晩御飯はセドコのシーフードレストランで。魚や貝を自分で選んで、好みの方法で料理してもらいます。大きなホールみたいなつくり。中央ステージではサバ地方の伝統舞踊を見られます。


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4人で食べたので色々頼めました!野菜はサバベジというこの地方特産のもの。シャキシャキしてて(でも空心菜とはまた違う)すごく気に入りました。

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でっかいエビのフライをくわえてニッコリ。

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翌朝、この日がマレーシア最終日。朝ごはんはジェッセルトンホテルのレストランで。洋食ではつまらないので、マレー料理のラクサを頼みました。ラクサはココナッツ風味のカレー麺で、マレーシアではすごくポピュラーな麺料理です。朝からちょっとヘビーかも?と思ったけど、おいしかったのでペロリと平らげちゃいました。

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さて、この日は日曜日。ホテルの前のガヤ通りではサンデーマーケットが開催中。まずはここからスタートです。

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これはイスラムグッズの屋台。コーランのCDとか、イスラム経にゆかりのある話の絵本などが売られています。


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コイン&切手屋さんを発見。「日本人か?」と聞かれたので、そうだと言うと見せられたのがこれ。なんと、日本軍がボルネオで発行していた紙幣(軍票)。大日本帝国政府、The Japanese Govenmentって書いてあります。ここでは使用済みのマレーシアの切手をいくつか買いました。マレーシアの切手は鳥や動物、トロピカルフルーツなどキレイなデザインのものが多いのでシールとして使おうかなと思います。

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足が疲れたころに街頭マッサージを発見。目が不自由な方たちのグループでした。街のサロンより抜群に上手そうだったのでここで足ツボ30分。予想通り、めちゃくちゃ上手!


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自分で器用に店じまいして…

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お孫さんに手を引かれて帰ります。ありがとう、気をつけて!

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商店街の布屋さん。ムスリムの女性が頭にかぶるベールが色々並んでいます。

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お店の女の子はすごくエキゾチックな顔立ち。インド系なの?と聞くと「違うよー」と笑っていました。

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Yさんが路上で発見した変な車。トヨタなんだけど、ホンダ?

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路上の裁縫屋さん。バリやインドでもそうなんだけど、こういうミシン仕事は男性が多いんですよね…。

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お土産に買ったサルの人形を街路樹にぶら下げてみました。お腹を押すと妙に本格的なサルの鳴き声が出ます。

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夜の便でクアラルンプールに移動し、市内に向かうビンとはここでお別れ。1週間ほど前に初めて会ったばかりなのに、たくさんのいい思い出ができて、空港で別々のバスに乗るのが本当に寂しかったです。ここからはYさんと私、二人で日本まで帰りました。帰りの機内食はナシルマッ(ココナツミルクで炊いたごはんに干し魚とピーナッツ、ゆでたまご、辛いソースなどが添えてある)を選択。あぁーマレー料理ともこれでお別れです。

全部アップするのにすごく時間が掛かってしまったけれど…マレーシア、本当に行ってよかったです。色んな顔や、肌の色や、異なる宗教の人たちが実にうまく共存しているのをこの目で見られてすごく感激しました。そして、都会の部分と大自然と両方見られたのもよかった。ボルネオだけでなくクアラルンプールにも行ったからこそ、マレーシアの懐の深さ、奥深さを感じることができたと思います。それに加えて、私が会ったマレーシアの人たちがみんな優しかったし…こりゃまた行くしかないなー。うん、きっとまた行くと思います!
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by cita_cita | 2009-04-28 00:36 |

マレーシア・ボルネオ紀行 その8

今回は、マンタナニ島の集落で出会った風景を紹介します。

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島に入って最初に撮った1枚。おばあちゃんとお孫さんかな。


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簡単な食事と飲み物が食べられる屋台食堂。バリにもあるような感じだけど、足元が海辺っぽい。

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牛はこんな感じでのんびり歩き回ってます。

島にはかわいい子供たちがいっぱい。最初は遠巻きに見ていたのですが、時間が経つにつれ、だんだん慣れてきて笑顔を見せてくれました。

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子供だけでボートの扱いもお手のもの。遊び道具みたい。


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最後は海に飛び込んで大アピール(笑)
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by cita_cita | 2009-04-27 10:26 |

「たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い」 佐野三治

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海の旅行記を書いている最中にこの本の紹介するのもどうかと思いますが…でも早く書かないと自分の記憶が薄れてしまいそうなので…。

この本は、91年の年末、国際ヨットレースに出場、ヨットが転覆してからライフラフト(救命いかだ)で27日間漂流を続け、たった一人生還した男性による手記です。

日本からグアムまで外洋ヨットレースに参加した「たか」号には7名の乗組員がいたのですが、出航4日目でヨットは転覆、その際に船長1名が死亡、そこから残りの6名はライフラフトに乗り移り、沈み行く船から命からがら脱出します。船のエンジンがストップしての漂流とは違い、船と全ての持ち物を失い、着の身着のまま小さなライフラフトでただ波に身を任せ、救助を待つ日々。しかも、悪い偶然は重なり、手に結んでいたはずのイーパブ(遭難信号無線)を水中に落下、ライフラフトに縛り付けてあるはずの非常用の食料、水、各種備品は脱出時にラフトが傾いた瞬間ほとんど海に流出、唯一の灯りであるペンライトは電池切れ間近。手元に残ったのはカンパンたったの9枚と水1本のみ。救出まで何日かかるかも分からないため1日にショートホープ大のカンパン1枚を6名で分け、小さなケースのフタに水を1センチだけ注ぎ(これが後半には1人20滴になります)、3人で回し飲みするという壮絶な漂流が始まります。

円形のライフラフトは座れるスペースが畳わずか2畳より小さく(表紙の写真参照)、そこに大人の男性6名が縁を背にしてコタツを囲むように座るのですが、それだけ狭いと足を伸ばす余裕もなく、我慢できずに伸ばすと今度は誰かの足の上に乗ることになります。しかも全員の重みが集中している部分はくぼんでくるのでますますそこに全員の足が寄って来るようになり、極限状態の中で、どんどんメンバーのストレスはつのり、疲労も蓄積してきます。さらに日を追うごとに空気は少しずつ抜けていきますが空気を入れるためのふいごも、脱出時に流出させてしまっており、なんとか口で吹き込もうとしますが、口の中はカラカラで力は入らず、逆に抜ける空気のほうが多いのです。

そんな中でも、降った雨水を舐め、軍歌を歌い、同じような海・山の遭難で助かった過去の事例を話しながら互いに「帰ったらあれをしたい、これをしたい」と励まし合いますが、脱水症状が進むとともに少しずつ気力、体力が奪われていきます。ついには幻覚症状が現れる者もあり、脱出時に船に残してきた荷物を探し始めたり、自分の足がラフトの底を突き抜けて海にはまってしまったから抜くのを手伝って欲しいと頼むなど、狭いラフトの中は修羅場の様相を呈してきます。そんなときに捜索機が現れ、上空で引き返すのを見て、一同は「助かった!」と喜び合い、残りの水も飲んでしまいます。

ところがいつまで経っても助けは来ず、発見されたわけではなかったのだと悟った彼らは大きく落胆し、生きる気力を失ってしまいます。この翌日1人が死亡、さらにその翌日には3人が立て続けに死亡。その度に仲間の亡骸を海に送り、残った2人だけを乗せたいかだは周りに何も見えない海を漂い続けます。

そんな中で、なんとか生きた鳥を捕まえて、首を締め、鳥の吐き出したイカとトビウオを食べ、くちばしでお腹を裂いてレバーや肉を食べ、「一日でも生き延びれば、助かる確率がそれだけ大きくなるんだから、がんばろう」を励ましあい、二人は必死に生き延びようとします。

そしてついに恐れていた日がやってきます。「絶対生きていてくれよな、一人になったら暖めあうことも、話もできないんだからな」と励ましあった2人でしたが、ある日、相方の高瀬が亡くなり、ついにラフトの中は佐野さん1人だけとなります。ここからさらに10日以上、一人きりの長い長い時間が、死との闘いがはじまります。以下は本書から抜粋です。

「しばらくは海に浮いている高瀬をじっと見ていた。段々離れていく波の合間合間に消えて見えなくなってしまった。この広い海にはなればなれになってしまったこと、冷たい海に送ってしまったことなど、多くの感情が込み上げてきた。高瀬を見送り、ラフトの中は完全に自分ひとりになった。(中略)今まで起こった事実、特に(海上保安庁の)YS11機を確かに見たんだという事実を、なんとか伝えたいという気持ちが強くあった。同時に、次は待ったなしで、いよいよ自分が死ぬ番だとも思った。」

そして2匹目の鳥を捕まえたとき…「ラフトの中に自分以外の生き物がいるのは久しぶりのことであった。すぐには殺さず、しばらく鳥を生かしてやることにした。(中略)一匹目を高瀬と食べたときはうまいと感じたが、二匹目を一人で食べても、少しもうまくなかった。」

「それまで、私は晴れた日中はいつも、入り口のチャックを開けて、外を眺めていたものだが、一人になってからは、ラフトの入り口をたいてい閉め切っていた。開けてみて、周りが海ばかりであるのに耐えられなかった。」

「高瀬が死んでからずっと、私はYS11機を見ていたにも関わらず、助けが無かったことがとても悔しく、何とかして誰かに伝えたいと思っていた。自分が死ぬことには何の躊躇もなかったが、このまま事実が伝えられず自分も死んでいってしまうのでは、死んでも死にきれない。」

情けない話なんですが…実は私、この本を読み始めてからしばらくの間、夜、灯りを消して眠れなくなってしまいました。この本の描写があまりにも克明で、迫りくる恐怖感がリアルに伝わりすぎたのか、特に遭難してからの部分は読んでいてもすごく息苦しくて、ある晩、夜中に目が覚めてしまいました。その時、なんとなく真っ暗な部屋の中、暗い天井を見ながら本の内容を反すうしていると、なぜか急に自分が寝ているベッドが海の上にプカプカ漂っているイメージが浮かんでしまったのです。その途端、本の中で描かれていた真っ暗な海で一人浮かんでいる孤独感や、自分の身を預けている薄いゴムの層を隔てた下は深い深い海である恐怖や、自分がどこにいるかも分からず誰も自分がここにいることを知らないという不安が急激に現実味を帯びて迫ってきて…ゾッとして、慌ててテレビをつけて、やっと落ち着きました。その次の日に本を読み終わりましたが、その時は、最後まで読むのをやめられなかったのです…というより、途中でやめて眠ることが怖くて、とにかく、早く救出されて漂流を終わりにしたい、その場面を確認したいという気持ちだったと思います。読み終わってから1週間ほど経つのですが、まだなんとなく、小さく音楽を流しながら眠っています。夜中に目が覚めるとCDが終わっていて、そんなとき外の道路を通る車の音が聞こえてくるとほっとします。普通はうるさく感じるはずの隣の住人が立てる音でさえ、「あー人がいるんだよな」って思ったり。どうやら、この本、私には思った以上に相当衝撃が強かったようです。
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by cita_cita | 2009-04-23 00:02 | 読書

マレーシア・ボルネオ紀行 その7

コタキナバルに到着した翌朝、7時過ぎにホテルを出発。ここから車と船で2時間半のマンタナニ島に向かいます。

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マンタナニは、1000人ほどの住人がいる島と、小さな無人島の2つから構成されています。私たちが今回泊まるのは、無人島の近くの浅瀬に建てられた水上のコテージ。水上に建ててあるので、宿には船から直接上陸します。沖縄やバリで海の前に泊まることはあっても、海の上に泊まるのは初めて!見てください、このウソみたいなロケーション。透明度がすごいです!

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宿は3つの部分から構成されています。船の発着する桟橋を通って右側の棟からダイビング・シュノーケリング基地、真ん中が食堂、左側が宿泊棟です。

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宿を後ろからみたところ。窓があるのが、宿泊用の部屋です。部屋の中はいたってシンプル。でも外の環境が最高なので、部屋の中で過ごすのは眠るときと着替えをするときぐらい…。

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部屋の窓から顔を覗かせて記念写真。天気も景色も最高。

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部屋の前で昼寝も最高。

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宿に到着したのが10時ごろ。部屋に荷物を入れ、すぐに水着に着替えて船でシュノーケリングへ出発。これは同じ日に宿泊した香港人のクリス。この日の宿泊客は、彼女と私たち3人だけの女性ばかり4人。おかげで2日間ですっかり仲良くなりました。このクリスがまた強烈なキャラの持ち主で、最高。2日間に何回笑ったか分かりません。

この宿の宿泊料金には、コタキナバルからの送迎と宿泊費、食事のほか、いろんなアクティビティもセットになっていました。シュノーケリングやダイビングなどは午前と午後の2回船が出るので参加自由。それ以外にも、部屋の前で釣りをしたり、シーカヤックに乗ったり、宿から直接海に入ってシュノーケリングすることも可能です。宿の周りにもいっぱい魚がいるし(水面からでも魚がいっぱい見える)大人だと足がつくぐらいの浅瀬なので、泳ぎが得意でない人も安心。あと、お願いすれば有人島のほうにも船で連れて行ってもらえます。

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最初のシュノーケリングから戻って食堂に移動する前にシャワー。シャワーは個室のと屋外の2箇所にあるのですが、こっちが断然気持ちいい!

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食堂に戻るとおいしそうな匂いが。スタッフがバーベキューのランチを作ってくれていました!

昼ごはんを食べて、もう一度シュノーケリングを楽しみ、帰ってくると、こんどは大きなほうのマンタナニ島に行かないかと誘われました。現地の人がたくさん住んでいる集落にいけるとのことで、現地の人との交流大好きな私はもちろん二つ返事で参加。

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大きなマンタナニ島では、子供たちの写真を撮りました。いい写真がいっぱいあるので、別に紹介したいと思います。これはそのうちの1枚、とっても気に入ってる写真。


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この後無人島のほうに移動し、夕日が沈むまでのんびり。焚き火をしていたら雲行きが怪しくなってきて、あわてて船に飛び乗り、コテージに戻ったのですが途中からスコールにやられてしまい大変。でも、この頃には水に濡れることの抵抗が全くなくなっていたので、誰も本気で嫌がってる人はいなくて、全員キャーキャー大笑い。濡れたって、着替えればいいだけのこと。

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コテージには電気がないので、夜はランプの明かりで過ごします。

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夕飯の前にお腹が空いたなーと思ってたら、ビンがココナツを割って果肉(ココナツミルクの味ですごくおいしい)をスプーンで食べ始めました。クアラルンプールのキャリアウーマンから一転、いきなりワイルドになってしまったビン。うまく果肉をすくい取るのは、実は結構難しいのですがさすがベトナム人。私とは年季が違います。この頃には、私たち全員、細かいことは気にしなーい!みたいなユルユルモードになってきて、すごく楽しかった。電気もない、シャワーも水だけ、周りは海だけの環境がそうさせたのかも。日本で考えればとっても不便で文句を言うかもしれない環境だけど、ここでは誰もそんなこと気にしなかった。何もかも整ったコテージだったら、あそこまで楽しくなかったと思う。満天の星空の下、真っ暗な海に向かって釣りをしたり、マレー人スタッフのギターと歌を聞いたリ、なんだか分からないきっつーいお酒を飲んでいつまでも喋ったり、何もないということがすごく新鮮で、決してバリやプーケットの豪華リゾートにも負けない、最高に楽しい時間でした。
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by cita_cita | 2009-04-21 00:24 |

樋口さんの野菜でごはん

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今日の晩ごはんは買ってきた樋口さんのはたけ菜のごま和えと、はたけ菜とおあげの炊いたん(卵とじ)。それからあさりの中華風酒蒸しにしました。

はたけ菜は伏見原産の京野菜で、味はくせがなくて、葉は柔らかくてくきはしゃきしゃき。ビタミンBとカルシウムが小松菜の2倍だそう。
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by cita_cita | 2009-04-16 22:11 | おいしいもの

akioブレンドのある休日

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不況で休日出勤が制限されてるため、今日は先週末出勤した分の振替休日をもらって一日のんびり自由行動です。いや、綾瀬はるかのジャイアントコーンCMじゃないけど、人が働いてるときに休みって、最高ですねっ(笑)

朝、自転車飛ばして鷹峯の樋口さんの野菜を買いに行ってきました。まだ夏野菜の時期ではないので、今日買ったのは鷹峯ねぎ、新たまねぎ、はたけ菜、ほうれん草、きゅうりでした。きゅうりは昨日から出始めたそう。樋口さんの野菜は京都人なら知ってる、めちゃくちゃ味が濃くておいしいお野菜。いろんなレストランでも使われてます。

鷹峯まで上り坂の連続でのどが渇いたので、紫野のはしもと珈琲に寄ってハムトーストと北大路ブレンドで一服。帰りにここでしか買えないakioスペシャルブレンドを買ってきました。akioブレンドはイノダコーヒーのバリスタだった猪田彰郎さんが個人的にブレンドして売ってる豆。これで、明日から毎日仕事中に猪田さんのコーヒーが飲めると思うと、会社に行く楽しみができた!(笑)ちなみにこのカワユイパッケージは、オサムグッズの原田治さんデザインであります。

そして今は家に帰ってきてパソコンとにらめっこ。実は、10ヶ月通ってきたヨーガ・ニケタンのヨーガ療法士の準備講座であるYICの卒業論文提出が目前に迫っているのですが、まだ終わってない。私のテーマはカルマ・ヨーガについて。考えすぎたら頭がこんがらがってきたので、ちょっとブログに寄り道。今からおいしいコーヒー飲んで、またがんばります。
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by cita_cita | 2009-04-16 15:11 | 京都

アルザスのシュークルート

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日曜日の夜、北山に住む友達と待ち合わせて一乗寺のアルザスまで晩御飯を食べに行ってきました。シードルと赤ワイン、にんじんのサラダと豚のリエット、そしてシュークルート。こんなにおいしいザワークラウトはなかなか京都では食べられない。
久しぶりのアルザス、やっぱりおいしかったです。いい店です。
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by cita_cita | 2009-04-16 13:40 | おいしいもの

「必死のパッチ」 桂雀々

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「必死のパッチ」…大阪弁で「必死のさらに上」、「必死」と「死に物狂い」を足して、さらに「がむしゃら」を掛けたようなもの。私も子供の頃、よく聞いた言葉だけど、そういえば久しぶりに耳にしたかも。

ホームレス中学生のヒットもあって、芸人さん以外の芸能人も子供のころの苦労話や貧乏話をオープンに話せる雰囲気になってきましたよね。メッセンジャーの黒田とか、次長課長の河本とか、大沢あかねや上原美優(種子島の子)とか…。みんなそれぞれびっくりするようなエピソードがあるのですが、最近は結構そういう話にも慣れてきたと思っていました…この本を読むまでは。

読んでる最中の私の感想…「これはあかんやろ、これは!」。形容詞一言で表現するならば「えげつない」。そう、ひど過ぎるという言葉では足りないぐらいのすごい経験です…さすがに、麒麟の田村が「これやったら、ホームレスのほうがまだマシ」というぐらいの。借金まみれのオトンに愛想を尽かしたオカンは小学生の雀々少年を置いて出て行き、オトンの欠陥人間ぶりにはますます拍車がかかり、そしてついにある日「オトンが俺を刺そうとした!」。

「も、もうアカン…!もうアカンねん!ワシも死ぬから、オ、オマエも死んでくれ!」
「オ、オマエ一人で生きていかれへんやろ?せやから、ワシと一緒に…」
「イ、イヤや!イヤや!ボク死にたないっ!
  ボクは生きたいねん!生きるねん!何があっても死にたくないっ!」

ね、えげつないでしょ。確かにこんな親だったら一人でホームレスのほうがマシかも…。そして実際、オトンはこの翌日いなくなり、雀々少年は一人残された市営住宅で中学3年間を乗り切ります。この市営住宅が大阪の我孫子なんですが、私の大学時代の最初の下宿がこの市営住宅の近くだったもんで周りの風景とか思い出しました…。

考えてみれば、ホント救いのない話なんですが、それを笑いをまじえながらテンポよく書き上げた雀々さんがすばらしい。でもやっぱり「親に反抗したり甘えたりできる友達をうらやましく思っていた」なんて読むとホロリときたり。で、最後にはやっぱり元気が出ます。この話は枝雀師匠との出会いで終わるのですが、そこがまたいいんです。

これまで何度も雀々さんの落語は見てきましたが、次の高座ではちょっと見方が変わりそうです。最近雀々さんが子供時代のエピソードを語っている記事を見つけたので興味のある方はこちらをどうぞ。で、さらに知りたいと思ったら本を読んでみて下さい!
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by cita_cita | 2009-04-14 20:44 | 読書

マレーシア・ボルネオ紀行 その6

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朝食を食べ、チェックアウトを済ませてレインフォレストロッジを後にします。カナダ夫妻&イタリア夫妻はもう1泊するとのことで、デッキで見送りしてくれました。この日の早朝ジャングルトレッキングから戻ってきたばかりのカナダ夫妻の奥様の足元、見てください、ひざまで泥だらけ…(笑)

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ボートに乗り込み再びサンダカンを目指します。途中、動物の姿が見えるたびにガイドが教えてくれます。彼らが持っているボルネオ野生動物のガイドブックをいろいろ見せてもらいました。鳥、爬虫類、哺乳類、ヘビ、植物など種類によって色々なガイドブックがあります。これだけたくさんの動物の特徴や習性をどうやって覚えていったのか、ガイドのワシル君に確認したのですが、本を読みながらひとつずつ知識を増やしていったのだそうです。すごいなぁ…。

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これは哺乳類だけのもの。イラストもキレイで気に入ったので、いいお土産になるかと思ってワシル君の私物を中古で譲ってもらいました。自分が見た動物のことも勉強できるし、英語の勉強になって一石二鳥!と思いましたが、日常生活ではあまり使う単語はないだろうな(笑)。

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と、ここでボートが速度を緩めて川岸に寄っていきます。何?と思っていたら、ボルネオ・クロコダイルです。でかい!2m以上あります。口の中まで見えてるのが余計に怖い。ひえーっ、こんなのが川に普通にいるんですね…。

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サンダカンに戻り、ランチを食べて空港へ。名残惜しいけどベルギー夫妻&イギリスカップルともお別れです。サンダカン空港で購入したものは「風の下の国(Land below the Wind)」という本。これはかつてボルネオがイギリス領であったとき、旦那さんの仕事の都合でサンダカンに住んでいたアメリカ人女性アグネス・キースが書いた本です。当時のボルネオの町や暮らしの様子が生き生きと描かれています。まだ読み始めていないので、近々読んでみようと思っています。サンダカンには彼女の住んでいた家が資料館として残っているのですが、時間がなく行くことができず残念でした。

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40分のフライトでコタキナバルに到着。ここは現在ボルネオで一番大きな町であり、サバ州の州都でもあります。タクシーで本日の宿であるジェッセルトンホテルに到着。ジェッセルトンホテルはコタキナバル有数の老舗ホテル。コロニアル風の外観が残るプチホテルです。


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スタッフの制服もクラシックで可愛いし、ロビーの内装もいい感じ。

部屋に入るとこの日の昼、KLからのフライトで到着したビンが先にチェックインして待っていました。パスポート事件から3日間、短い間に実に色々ありました。しばし再会を喜んだ後、夕方のコタキナバルの町を散歩することにしました。

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まずはホテルの前のバクテー屋さんで腹ごしらえ。祐記肉骨茶という人気店です。

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夜のお店の様子。とっても繁盛してます!

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バクテーというのは豚のスペアリブををニンニクと漢方でコトコト時間をかけて煮込んだスープのようなもので、マレーシアが発祥だそうです。もともと労働者が力仕事をするための一日分のスタミナをつける料理だったため、本来朝ごはんに食べるらしいのですが、コタキナバルでは夜のメニューとなっている店も多いみたい。味は濃い目なのだけど、脂っぽくはなくさっぱりという感じ。どんな味を説明するかはちょっと難しい。食べてみて、初めて好きか嫌いかが判断できるような料理。私の初回の感想は可もなく不可もなく。でもきっと繰り返し食べてるうちに好きになる予感がする味でした。

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コタキナバルは海辺の町。ホテルから港まで歩いてすぐです。KLと比べると規模は小さいはずなのですが、ジャングルから戻った目にはものすごい大都会に見えます。ウォーターフロントには新しいスポットも沢山あり、海沿いのバーなども立ち並んでいます。

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夕暮れがせまります。やっぱり、どこの町にいても、一番きれいな時間です。

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日が沈むのを、妹を抱いてじっと見つめる女の子。何を思っているのかな…。

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かと思うと、すごくローカルな屋台広場がどどーんと広がっていたり。

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サンダカンと同じくシーフードに恵まれているコタキナバル、焼き魚の屋台がずらっと並んでいます。

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こっちは手羽先の屋台ですね。イスラム教徒が多いので、鳥や羊が人気です。ちなみにさっきのバクテーは豚なので、店内はほとんど中華系マレー人ばかりでした。こういうところでも分かりますが、マレーシアって本当に他民族国家なんですよね。それも実にうまく共存しているというか…お互い認め合いつつ、干渉し合わない…日本のようなほぼ単一民族(というと語弊がありますが)の国から行くと、ただ街中を歩き回っているだけではっと感心させられる場面が多々あります。


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夕方に水揚げされたのか、かなり新鮮な魚(目がキレイだった)がどんどん並べられていきます。売り子はみんな口々に超早口で何か言ってます。じーっと聞いていると「ティガリンギ、ティガリンギ、ティガリンギ…」って言ってる。ティガリンギは3リンギ(80円ぐらい)のこと。なんだ、売値を連呼していたのね。

ウロウロ歩き回っているうちにもう9時半。明日の朝は早いので、今日は無理せずホテルに帰ることにしました。明日はジャングルから一転、海のリゾートに移動です!では、おやすみなさい。
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by cita_cita | 2009-04-12 21:15 |