カテゴリ:映画( 48 )

「二重被爆~語り部 山口彊の遺言」

お盆休み中に戦争関連の映画を2本見てきました。こちらはその1本目。

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山口彊(つとむ)さんは自宅のある長崎から造船工場の設計技師として長期出張で広島に行きました。翌日に広島での業務終了を控えた8月6日の朝、通勤途中に被爆しました。大やけどを負い、どうせ死ぬなら一目だけでも妻子に会いたいと、翌日の救援列車に乗って1日がかりで長崎へたどり着きました。しかしその翌日、長崎にも原爆が投下され、再度の被爆。二重被爆という宿命を背負って生きることになりました。
彼は長い間、家族への差別を避けるために被爆体験について積極的に語ることはしませんでした。また、反核の運動に参加しようとした際も、二度も被爆した人間がこれまで長生きしていることが、逆に核を肯定する団体にとって反論の好材料になってしまうかもしれないという理由で周囲に反対され、断念したこともありました。
しかし自分が二重被爆をしたこと、それにも関わらずこれまで生かされてきたことの意味を問い続けてきた山口さんは、90歳になったとき、本格的に語り部としての活動を始めます。彼を語り部として取り上げた「二重被爆」という映画が上映されたのを皮切りに、生まれて初めてパスポートを取得して渡米し、自ら書いたスピーチ原稿を持って国連本部とコロンビア大学での講演を行いました。また、日本でも数多くの公演を精力的にこなしました。その後、原爆の後遺症とみられる胃がんの悪化により2010年1月に93歳でお亡くなりになりました。

この作品は、語り部としての活動を始めてから、お亡くなりになるまでの3年間の山口さんを追いかけた記録映画です。山口さんは「タイタニック」などの監督であるジェームズ・キャメロン監督に手紙を書き、自分の思いを伝えます。そして病床の山口さんに、キャメロン監督が会いに来る場面があります。その時の山口さんはもう声を出す力もなくなっていたのですが、原爆被害をテーマにした映画を必ず作りますという監督に対して、「私の役目は終わった、あとはあなたに託します」と伝えます。そして、その10日後に天に召されました。

数多くの公演をこなした山口さんでしたが、原爆体験を伝えるとき、何度語っても、ところどころで涙で胸がつまって言葉にならない場面がありました。ご自分で自費出版された「人間筏」に収録された短歌を口にしながらも嗚咽をもらしておられました。
「大広島 炎(も)え轟(とどろ)きし朝明けて 川流れ来る人間筏」
人間筏(いかだ)というのは、広島で原爆が落ちた翌朝、長崎へ帰るための列車に乗ろうと駅に向かう山口さんが、川の手前までやってきて見た一生忘れられない光景、数え切れないほどの人間が黒こげになって、筏のようにひっついて川を流れていった光景のことです。

私のつたない文章で山口さんの思いを伝えきることはできませんが、この映画の最後、エンドロールが終わったあとに流れる、生前の山口さんのメッセージが心につきささりました。

それは、このような内容でした。「核は人間の世界にあってはいけない。平和的に利用するといっても、今の技術では限界がある。それを伝えるために、私は今も生かされている。平和的に利用するといっても、技術の限界があり、事故は防止できない。私は技術者のはしくれだから、分かるのだ。核が無くならないなら、人類は滅亡に近づくと思う。」
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by cita_cita | 2011-08-19 22:44 | 映画

「ゼロの焦点」

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夜、テレビで「ゼロの焦点」をやってたので見ました。
中谷美紀の演技がうますぎ。そして怖かったです(T_T)
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by cita_cita | 2011-03-07 00:16 | 映画

「ロビン・フッド」

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新聞の抽選でチケットが当選したので公開翌日にさっそく見に行ってきました。

ストーリー作りについて、これまでの「ロビン・フッドもの」と比べて賛否両論あるようですが、私はこれまでの話を見ていないので素人視点から感想を書きます。

良かった点:
・映像がとにかくキレイ。特に中世イギリスの森や山野の景色、海岸の景色など、見ていてため息もの。
・衣装がよかった。12世紀ごろのイギリスの騎士(十字軍)って、本当にあんな格好(鎖かたびら)とかを身につけていたんですね。コスプレ好きの人とかだったら「萌えー(古いけど)」と思うんでしょうか。
・イギリスの歴史や伝説には詳しいほうではないけど、ストーリーや配役のキャラクターが分かりやすく、ちゃんとついていけた。おまけにこの時代のヨーロッパの歴史にもちょっと興味がわきました。
・戦闘シーンは、人を虫けらみたいに殺しまくるとことについての是非を置いて考えれば、非常に臨場感がありました。この時代は鉄砲がないので弓矢や火薬、剣などでの戦いになるのですが、特にフランスの城を焼き討ちする場面と、大量の矢の雨が降るところは圧巻でした。
・相手役のケイト・ブランシェットはこういう歴史ものがしっくりきますね。「エリザベス」もそうでしたが、あの凄みのあるハスキーボイス。一筋縄ではいかない、芯の強い女性を演じるのにぴったりでした。
・音楽がよかった。ケルト文化を受け継ぐ地方の話なので、私の好きなアイリッシュ音楽を思わせるメロディーがあちこちで聴けてご機嫌でした。
・エンド・クレジットで出てくるアニメーションの仕上がりは必見。めちゃくちゃ格好良くて、いつまでも見ていたかった。これを見るためにもう一回映画館に行きたいかも(笑)

悪かった点
・ちょっと時間が長い?夢中で見ていると結構あっという間なのですが、途中、中だるみする感があるので、そこで飽きてしまうと140分は長く感じるかも。
・出てくる俳優がいぶし銀のベテランぞろいで、若手が少ないからフレッシュさには欠けました。オッサンの、オッサンによる、オッサンのための映画みたい。まあ、シブいオッサンだからいいんだけど。
・悪役ゴッドフリー(マーク・ストロング)があまり悪そうに見えない(悪いことをする場面が少ない)。で、結構あっけなく最期を迎えてしまう。
・戦闘シーンは確かに迫力があるのだけど、結構同じような場面が何度も続くので、驚きは少ないかも。
・ロビン・ストライド(ラッセル・クロウ)がマリアン(ケイト・ブランシェット)の義父に息子の代わりになりすませというくだり、唐突過ぎてちょっとびっくり。


とまあ、こんな感じですね。でも、私としては素直に楽しめたし、この監督(リドリー・スコット)、この俳優(ラッセル・クロウ)がこれだけお金かけて作ってるのだから、お正月映画の中では結構鉄板だと思います。興味があれば、見に行っても損はないのでは?
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by cita_cita | 2010-12-13 20:05 | 映画

「ビューティフルアイランズ」

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映画「ビューティフルアイランズ」を見てきました。

気候変動に揺れる三つの美しい島、温暖化で最初に沈む島といわれる南太平洋のツバル、高潮に悩まされているイタリアのベネチア、永久凍土が溶けて島が削られているアラスカのシシマレフ島。それぞれの島で、環境の変化に直面しながらも故郷を愛して生きる人々の姿を3年間にわたって撮影したドキュメンタリー映画です。

この映画には余計なナレーションやBGMらしきものはほとんどありません。人々の言葉や、お祭りの音、さざなみや風の音などで構成されています。

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特にツバルの海の美しさが印象的でしたテレビでも何度も報道されているこの島ですが、改めてじっくりと見るこの島の美しいことといったら…。そして人々のつながりや暮らしぶりも。「この島が沈むなんてありえない。だって神様が守ってくれるから」と言う子供の瞳の強さも。でも、そういう彼らの遊び場である浜辺から少し離れた沖には、侵食によって削られた砂のせいで根元から倒れてしまった椰子の木がゆらゆらと水底に揺らいでいるのです。

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彼らの暮らしは全てがゆっくり。「朝起きて、学校に行って、帰ってきて、ゴハンを食べて寝るの」と言う女の子。木の実から取れる水分を集めるためにたっぷり時間をかけて手作りの装置をつくり、またたっぷり時間をかけて中身が溜まるのを待つおじいちゃん。お祭りのための髪飾りをのんびりのんびりおしゃべりしながら編んでいくおばあちゃん。島が沈んでしまうということは、ただ引越しをすればいいということでなくそこに育まれてきた先祖や土地の記憶を捨てなくてはいけないということでもあるのです。

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シシマレフの暮らしにも変化がありました。絶対に溶けないからそう名づけられえたはずの永久凍土が溶けていって、土は海に流れ、海岸沿いの家に住む人たちは自分の家が海に落ちて崩れていくのを黙って見ることしかできませんでした。狩りに行く途中、薄くなってしまった氷が割れて足を滑らせ、冷たい海に落ちて命を落とした息子の思い出を語る両親も出てきます。

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そして衝撃的だったのがベネチアの映像。この写真、どこだかわかりますか?サンマルコ広場です。合成ではないです。潮位が高い時にはこうなるんだそうです。

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高潮情報が出ると市の職員がどこからかぞろぞろと現れて慣れた手つきで通路を組み立てていきます。レストランでも椅子をテーブルの上に上げ、2Fだけで営業する準備。「市長が今度は堤防つくったから大丈夫だって行ったけど、また冠水したじゃないか」とぶつぶつ文句を言いながら2階で飲む市民。もうみんな慣れてしまってるんです。ワーグナーやマリア・カラスも泊ったという名門ホテル・ダニエリで、水につかりきったロビーの中を長靴を履いていつもどおり勤務する従業員。重厚なアンティークに囲まれたコンシェルジュ・デスクが水の中に浮かぶ島のようで、そこにカッチリしたスーツと長靴でぽつんと立っている従業員の姿は、なんか滑稽なコントのようなシュールな光景でした。

この映画には余計な説明やメッセージはないので、どうとらえるかは見た人次第。キレイ!と思う人もいれば、大変!と思う人、怒りを感じる人や怖い!と思う人、さまざまでしょう。地球上で温暖化は起こっていませんという政治家や学者もいますが…。でも、ひとつ思うのは、自分の大好きな場所がなくなってしまうのは、誰だって絶対に嫌に違いないだろうってことですね。その政治家も学者も例外なく。
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by cita_cita | 2010-08-14 10:30 | 映画

「オアシス」

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この作品を見るのは2回目なんだけど、前回はインパクトが強すぎて、ショックな部分も多くて、正直、あまり入り込めなかった。重度の脳性麻痺である女性コンジュ(ムン・ソリ)と前科3犯の男性ジョンドゥ(ソル・ギョング)、この2人の主人公に対する社会の容赦ない差別や偏見が、包み隠さず赤裸々に描かれているから。

見ていて息苦しくしんどいと思ったのは差別される彼らがかわいそうだから?いや、そういう薄っぺらい感情ではなくて、たぶん、この映画を通して前科者や障害をもつ人達に対する自分自身の無理解や偏見に嫌でも向き合わざるを得ないし、彼らと接する際の自分はどういう立ち位置でいるべきかということについて意識しないといけないからかもしれない…と2回見終わった後で気がついた。

この映画を純愛映画とする評論も多いのだけど、確かに純愛映画でもある。ただし、それが美男美女のカップルではなく世間から阻害された2人のカップルであるという点で普通の映画と違う。この映画の中で彼らは常に孤立していて、全うに社会生活を送っているその他大勢の登場人物の中で異端児として扱われている。けど、善良な市民の顔をして生活し、世間的にはまともに見える彼らの家族たちのとる行動を見ていると何が正しくて、何がまともなのか、よく分からなくなってくる。コンジュの兄夫婦は、コンジュをみすぼらしいアパートに一人ぼっちで残し、彼女の名義で借りることができた障害者向けの新築マンションに自分たちだけで引っ越してしまう。隣に住む夫婦にわずかな謝礼を渡して残った彼女の世話を委託するが、この夫婦もろくにコンジュの面倒を見ないばかりか、彼女が何も分からないと決め付けて彼女のいる部屋を使って平気で逢引きを楽しんだりする。障害者用マンションに不正入居者がいないか、役所のチェックがあるときだけコンジュを招待して体裁を整える兄夫婦。(でもコンジュは障害のため言葉にして表せないだけで、心の中では色んなことを感じている。)ジョンドゥの家族も、彼が刑務所から戻ってくる前に内緒で引越しをしてしまったり、彼が帰ってきたのは迷惑だったとあからさまに気持ちをぶつける。実は、ジョンドゥの3回目の罪は兄の身代わりになったという事実があるのにもかかわらず。コンジュとジョンドゥの2人で食堂に行くと、まだたくさん客がいるのにもかかわらず「ランチは終わりました」と店員に追い出され、店内の客はその2人を見て眉をひそめたり、クスクス笑ったりしている。

こんな映画だから、正直、見ていて気分の悪くなる部分も多い。誰にでもお勧めできる作品でもない。それにもかかわらず、この映画がベネチア国際映画賞を含め数え切れないほどの賞を受賞したのは、難しいテーマに正面から取り組んだ脚本の素晴らしさと、主人公を演じた2人の演技のレベルの高さに他ならないと思う。特にコンジュを演じたムン・ソリの演技には度肝を抜かれる。子供のころ、美内すずえの『ガラスの仮面』に夢中になった女の子は多いと思うけれど、あの漫画のヒロインの北島マヤを思わせるほど、それほどムン・ソリはコンジュと一体になってしまっている。どこからどこまでが演技で、どこからが本当のムン・ソリという人なのか分からないほど。脳性麻痺の女性という難しい役柄を、売れっ子女優としての華やかさを捨てて、ここまでとことんやり通せる女優は日本にはいない。どれほどすごいのかは、私がどれだけ言葉を尽くしても、残念ながら作品を見た人にしか分からない思うんだけど…。

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で、なぜいきなりここでジャージャー麺なのかというと…先週見た「マラソン」と「オアシス」、どっちの映画でもジャージャー麺を食べるシーンが出てきてたのだけど、今日たまたま社食の日替わり麺がジャージャー麺だったので思わず頼んでしまった。もとは中国の料理だと思うのだけど、韓国人にとってはもはや国民食みたいなメジャーな一品なのだ、実は。
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by cita_cita | 2010-02-16 22:58 | 映画

「チェンジリング」

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この映画は凹んでるときには見るもんじゃないなぁというのが正直な感想。だって、全然救いがないんだもの。しかも実話だときてるから、よけいに落ち込んでしまう。子供を持つ母親がみたら、もっともっと辛いんじゃないかなぁ。

1920年代後半のロサンゼルスで9歳の息子が行方不明になり、5ヵ月後に警察に保護されて戻ってきたものの、これが全くの他人。母親は「この子は違う。私の息子を探して!」と必死で訴えるが、警察はそれを相手にせず、それどころか彼女が警察のミスを主張すると、権力に盾ついた精神異常者とでっちあげて病院に拘束する。それでも彼女は息子はまだどこかにいると信じて探し続けるが…という内容。で、これがほぼ全部実際に起こった出来事と知って見ているとなおさらぞっとしてしまう。

自分はひとつもおかしくないはずなのに、どんどん間違った方向に事態が展開していって…どうしてこんなことになってしまったんだろうと見ている側も憤りを感じずにいられない。クリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)はシングルマザーだから、同じ立ち居地で一緒になって怒り、悲しみ、支え合える夫がいない。もし、ブリーグレブ牧師(ジョン・マルコヴィッチ)が手を差し伸べてくれなかったら…一体どうなっていたんだろう。きっとこの出来事も誰にも知られないまま歴史に封印されてしまったのではないだろうか。

そんな中で、ちょっとでも救われた場面を強いて挙げるならば、クリスティンとブリーグレブ牧師の努力が実り、警察によって精神病院に不当に拘束されていた女性たちが解放された場面とか、ジョーンズ警部(ジェフリー・ドノヴァン)の言い分が裁判で通らず、弁護士に言い負けてみんなが拍手する場面とか、あとは最後にクリスティンが「Hope(希望)を見つけた」と言うところぐらいか…。

でも、アンジェリーナ・ジョリーの迫真の演技は立派だった。あと、1920~30年台のロサンゼルスの町の風景や登場人物の服装、警察や病院の重苦しい雰囲気も含めて、全体の映像の重厚さは素晴らしかった。最近のCG全盛の映像を見慣れてしまい、アバターの世界にどっぷりはまってしまった自分にとっても、これぞ「THE 映画」という感じですごく見ごたえがありました。

イーストウッドは、監督としてこの映画を通じて何を一番伝えたかったのかなと考えてみたのですが…やはり実際に起こったことを美化もせず、大げさに脚色もせず、事実をありのままに伝える、それをどう受け止めるのか、あとは観客に委ねるということなのかもしれないですね。それは、「硫黄島からの手紙」を見たときにもそう思ったことですが。

この映画の題材になっているのは、今から80年も前の事件だけれど、権力のある側が自分たちの身を守るために事実を歪めてしまうことの怖さや、それに巻き込まれる弱者がどう守られるべきかということを改めて考えてしまう。ちょうど今、足利事件の菅家さんの報道を見ているから、決してはるか昔のことというわけではなくて、何かがひとつ間違うと、こういうことが実際に日本でも起こりうるんだなあって思う。それから、子供を誘拐されたまま、消息が分からずただ延々と待ち続けるという意味では、北朝鮮の拉致被害者のご家族のこともふっと脳裏によぎりました。

すっごくいい映画だったけど、もう一回見るのはだいぶ先でいいかな…。だって、見てる間もずーっとしかめっ面で見ないといけないし、見終わった後はどーんと疲れてしまうんだもん。今はなんか「プラダを着た悪魔」とか「チャーリーズ・エンジェル」とか、そんなのを見たい気分(笑)

あ、そういえばジョーンズ警部ってオードリー春日に似てますね。特に目と口元の動きとか。
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by cita_cita | 2010-02-13 12:20 | 映画

「マラソン」

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韓国の映画とかドラマって、ラブストーリーはあまり見ないのですが、チャングムみたいな歴史ものとかヒューマン系の作品はかなり骨太で見ごたえのある作品が多いので好きなんです。

「マラソン」は自閉症の青年がマラソンでサブスリー(42.195kmを3時間以内で完走することで、アマチュアランナーの夢)達成するまでの話です。実話をもとにしていて、モデルとなった男性は、その後トライアスロンにも成功しています。でも、この映画はただのサクセスストーリーが物語の主軸になっているわけではありません。一番中心になるのは、自閉症を持つ子どもとその母親の関係性、2人を取り巻く環境や周囲の理解・無理解、その中で母親が直面する現実がメインテーマとなっています。

「自閉症」と聞いて、その漢字の雰囲気から「引きこもり」や「登校拒否」のようなイメージを持つ人は多いのではないでしょうか。私自身も、認識不足でなんとなく漠然とそのようなイメージでとらえていました。10年以上前に「レインマン」のダスティン・ホフマンが演じる自閉症の役を見て、なんだか違うということは分かっていたはずですが、それ以上詳しく知る機会がなかったのです。引きこもりや登校拒否は、健常者が環境的な要因や精神的なショックによって陥る「心の病気」であり、治療によって改善することが可能です。しかし、自閉症はそれとは全く違うのだいうことがこの映画を見るとよく分かります。

映画の最初のほうで、主人公の男の子チョウォン(チョ・スンウ)とその母親であるキョンスク(キム・ミスク)は医者からはっきりとこう宣告されます。「自閉症は病気ではなく、障害です。薬や手術では治せません。」「一番大きな問題は意思の疎通が図れないこと。」「だから、家族が疲れます」。この言葉の通り、自閉症は病気ではなく、生まれつきの脳の発達機能障害で、治ることはありません。自分の息子は治る病気なのだと信じていたキョンスクはこの言葉に愕然とします。

しかし、一生この子を愛し、自分が守っていくと決めたキョンスクは息子にあふれんばかりの愛情を注ぎ、常に二人三脚で生活していきます。そんな彼女の願いは「この子が私よりも一日早く死ぬこと」。息子を理解し、愛し、守れるのは母親である自分以外に誰もいないと信じて、時には過剰なまでの愛情を一心にキョウォンに与えます。あまりにも自分の思いの対象がチョウォン1人に傾倒しすぎたため、夫やもう一人の息子であるジュンウォンを省みることを忘れてしまい、4人だった家族には少しずつひずみが生じてきます。

時が流れ、そんなチョウォンも20歳の青年になりますが、やはり精神年齢は5歳程度のままで、ジャージャー麺とチョコパイとシマウマが大好き。相変わらず人とコミュニケーションをとることは難しく、母親の言うこともなかなか理解してはくれません。でも、彼にはひとつ特技がありました。走るスピードは周囲の誰よりも速かったのです。

キョンスクは、走っているときのチョウォンの表情を見て、息子は走ることが本当に好きであり、走っているときは他の人と何も変わらないと感じ、そして彼にマラソンを走らせることで何かが変わるのではないかと期待します。チョウォンの学校に体育のコーチとしてやってきたジョンウクに頼み込み、彼の指導が始まります。しかし、走る本人のチョウォンではなく、母親であるキョンスクがあまりにも入れ込みすぎていることに対し、ジョンウクは「チョウォンが母親なしで生きられないのではなくて、あんたが息子なしで生きられないんだ。生めば自分のものか?」と批判します。

これに憤慨し、またジョンウクの指導法にも疑問を感じたキョンスクは彼の力を借りず自分でマラソンをコーチしようとしますが、うまくいきません。そのうちに息子に練習を続けさせるか、やめさせるか悩み始めます。そんな中、疲労とストレスが重なって胃穿孔で倒れてしまったキョンスク。病院のベッドの中、気弱になった彼女の考えに変化が生じます。息子にマラソンをさせようとしているのは自分のエゴであり、自己表現ができない息子に「イヤだ」ということを言えなくさせてしまったのは自分の育て方が間違っていたせいだ、母親失格だと自分を責め、落ち込みます。

「あの子はみんなと同じではない。他の子とは違う。それに気づくのに15年かかった。もうムリなことはさせない。」 これまでと一変して走ることを息子に禁じるキョンスク。一方チョウォンはもう走らなくても良いと言われ、わけが分からぬままに母親に従うものの、少しずつ近づいてくるマラソン大会の日が気になって落ち着きません。コーチとランニングした土手で感じた風の心地よさを思い出し、学校の作業場で目をつむってその場で足踏みをしてみたり、もう履くことのないランニングシューズを手にとって見つめるチョウォン。

マラソン大会当日、「もういいから、家に帰りましょう」と必死に引き止める母親の手を振り切り、走り出したチョウォンの姿がありました。今までずっと母親の愛情と庇護のもとに守られてきたチョウォンが自分の意思で走り出した瞬間の象徴のようなシーンです。ここからは、チョウォンの空想を含めた場面が次々に展開しますが、最終的に見事ゴールすると分かっていても感動しました。

この作品では、チョウォン役のチョ・スンウの演技に驚嘆しました。すごいとしか言いようが無い。表情といい、喋り方といい、あそこまで演じきれる役者さんが日本には居るでしょうか…。そして、母親の子どもに対する愛情、それも障害を持つ子どもの母親の心の葛藤や苦悩、日常の現実が様々な側面から非常に細かく描かれていました。

重い内容になりがちなテーマですが、チョウォンの純粋さ・無邪気さが作品に笑いや明るさを与えてくれていて、マラソンの場面では感動させられたし、また、自閉症というものに対する誤った認識を改めるきっかけとしても、見てよかったと思える映画でした。
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by cita_cita | 2010-02-08 22:15 | 映画

「マルコヴィッチの穴」

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もう10年も前の作品になりますが…そういえば、この映画見てなかったわーと思いついて借りてみました。

ジョン・マルコヴィッチといえば、最近では「チェンジリング」に牧師役で出てましたが、この映画ではタイトルになっていて、出番も多いのだけど主役ではないという不思議な設定。

というか、この映画全体が不思議な設定。それを登場人物があまり疑問も感じずに受け入れてるから笑える箇所がいっぱいある。

ストーリーを簡単に言うと…社会生活にあまり馴染めない人形使いクレイグ(ジョン・キューザック)が働き始めた会社の壁に偶然穴を見つける。その穴はなぜか俳優ジョン・マルコヴィッチ(本人)の脳とつながってて、穴に入ったら15分間だけマルコヴィッチの体験が共有できる。クレイグは同じビルに働くマキシン(キャスリーン・キーナー)と組んで、この穴を使ってマルコヴィッチ体験1回200ドルで商売を始めると大繁盛するのだけど…

文章で書くとこの映画の奇想天外さってなかなか伝わらないのだけど、もう、馬鹿ばかしくってつっこみどころ満載でした。15分たったら頭の中から追い出されるのだけど、なぜか出口はいつも高速道路の脇の土手だったり、クレイグの会社があるのはビルの7と1/2階で、天井がめっちゃ低いからみんな首を折り曲げて仕事してたり、そこに行くにもエレベーターを7階と8階の間で非常停止させてバールで無理やりこじ開けて降りないといけなかったり…

でもこれは単なるコメディじゃなくて実は結構奥が深い。マルコヴィッチが、「自分の頭の中に誰かが入ってる!」と気付いて穴の存在を知り、自分で自分の頭の中に入ったあたりから物語が進行するにつれて、なんかどんどんシリアスな要素も出てきて哲学的になっていって…最後に向かっての展開には色々考えちゃいました。

クレイグの妻役を、キャメロン・ディアスがやってるのだけど、あまりにも地味な役なので最初は全然彼女と分からなかった。ところどころで見せる表情と声でやっと分かりましたが、いやぁ、あれだけオーラを消せるってすごいわ。こないだ見た「ホリディ」と同一人物とはとても思えない。女優魂ですね。

よく、自分が日常生活でトラブルに遭遇したり、窮地に陥ったときに「もう、いっそ誰か私の代わりに決めてくれー!!」なんて思うことあるけど、この映画みたらやっぱり自分は自分でいるのが一番だと思いました。マルコヴィッチみたいに他人に自分の人生を奪われてしまったら…絶対にイヤだと思うし、クレイグみたいに他人の姿形・名声を操って夢を実現したところで、それは結局人のふんどしで相撲をとってるのと同じだから、やっぱり自分のことは自分で責任を持たないとね、ってことなのでしょうね。
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by cita_cita | 2010-02-01 19:52 | 映画

「ぐるりのこと。」

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これは、一組の夫婦の10年間の姿をテーマに描いた作品です。

主人公の翔子(木村多江)は美大生時代からの付き合いだったカナオ(リリー・フランキー)と結婚して2人の生活が始まる。カナオはいつも飄々としてて、自分の感情をはっきりと表す方ではない性格。緊張感のある場面になると、いつものらりくらりとかわしてしまう。本当は思ったことを言って欲しいと思う翔子だったけど、その気持ちにも自分でフタをしてしまいつつ、過ごしている。でも、ある出来事がきっかけとなって、それ以来翔子の心には少しずつひずみが生じていって、心のバランスを崩してしまい、頑張っていた仕事も続けられなくなる。

翔子の気持ちがバクハツして、カナオにぶつけるシーンがあって、彼女は赤ん坊みたいに地団駄を踏んでクチャクチャに泣きながら「ちゃんとしようと思ってたのに、ちゃんとしたいのに、できないの」というのだけど、この場面はすごい迫力で、彼女の気持ちが痛いほど伝わってきて、見ていて本当にしんどかった。

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翔子は、自分の実家もちょっと変わった環境で(母親は新興宗教まがいのことやってるし、兄は柄の悪い不動産業、父親はずいぶん前に家を出て行って消息不明)そんな中にいるから余計に自分だけは「ちゃんとする」ことで幸せになろうと強迫観念めいた思いがあったのかも。ちゃんとしようと思って、ちゃんとできてるように思えたうちはよかったのだけど、頑張ってもうまくいかなくて、それで心の中でもがいているんだけど、カナオには伝わってるのかどうかも分からなくて、プツンと糸が切れてしまったみたいだった。

カナオはそのとき翔子を抱きしめて、鼻水を拭いてやって「自分はちゃんとそばにおるから」と言うんだけど、これがカナオの精一杯の言葉だったし、翔子にとっても「どうしていいのかわからない」心の迷路みたいな状態から抜け出すきっかけになる言葉だった。

ここからは翔子が少しずつ変わっていく様子が描かれていくのだけど、表情の違いが、映画と分かっていてもびっくりする。なんか、悪い夢から覚めて憑き物が落ちたみたいにすっきりした顔になって、目にも力が出て、どんどんキレイになっていくからびっくりした。

この物語にはもうひとつテーマがあって、カナオの職業である「法廷画家」という視点を通じて、1993年から10年間の間に起こったさまざまな社会的事件の裁判の場面が出てくる。もちろん本物ではなく、俳優さんが演じているのだけど、幼女誘拐殺人事件や、池田(大阪)の小学生殺傷事件、地下鉄サリン事件など、法廷でのやりとりの場面がたくさん出てきて、しかも眉をひそめてしまうような内容や、映画と分かっていても腹が立ってしょうがない発言などが出てくる。こうやって見ると本当に憤りを感じることがいっぱいあったのに、映画を見るまではそんな事件ややりとりがあったことなど、頭からスッポリ抜けていて愕然とする。

「ぐるりのこと。」というタイトルには、夫婦とそれをとりまく周囲のこと、そして私たちが生活している社会で起こるさまざまな出来事も含めた意味がこめられているのだろうか。

また、時間をあけてからもう1回みたいような映画でした。自分のコンディションにもよると思うけれど、短期間に続けて何回も見るのはちょっとしんどいかも(特に前半)。でも、後半から最後の場面にかけては本当に救われた。本当によかった…。夫婦でいることって、すごいなぁと思った映画でした。
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by cita_cita | 2010-01-26 00:24 | 映画

「アバター」

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友達のススメもあり、見てきました「アバター」。

これは映画館で見ないとダメでしょう。3D技術がすごい。半端じゃない。

3Dって聞いても、なんとなく今までに見てきた「飛び出す映画!」みたいな3D映像のイメージがあったのだけど、全然違う。

あまりの映像のキレイさに、アバターを見た後、現実世界に戻ることでうつ状態になっちゃう人がいるらしいとかって、ネットで話題になってたけど(真相は不明)、その気分、分からないでもない。なんかね、あまりにも映画の中に出てくる森の映像美がすばらしすぎて、いつまでも見ていたくなるんですよ。それが行き過ぎると、この世界の中にいつまでも居たい!外に出たくない!って思うのかも。

特に、森の中でも神聖な木(?)みたいなのが出てくる場面があるのだけど、それを下から見上げる場面ではわけも分からずぞくぞくして鳥肌が立ってしまった…。(見た人なら分かってくれるかな…)

ストーリーはかなり大人向きというか、考えさせられる部分もたくさんあって、単なる娯楽映画とは違うなぁと思いました。予告編見てたときはそこまでは全然思ってなかったから(むしろ「なんなんだこのヘンテコな宇宙人は」と思ってた)、やっぱり見に行ってよかった。

私はTOHOシネマに見に行ったのですが、3Dの上映方式にも映画館によって4種類あるらしいので、それぞれ特徴があって違うみたい。近くにIMAXがあれば一番いいんだけど…それと、吹き替えと字幕が有る場合は、映像だけに集中してみるためにもぜひ吹き替えをお勧めします。
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by cita_cita | 2010-01-17 00:38 | 映画