カテゴリ:沖縄( 55 )

クリスマス in 八重山 その6

e0066369_23174323.jpg
宿のお父さんに車で送ってもらい、6時半に「はてるま」に到着。
「はてるま」は、波照間出身の吉本ナナ子さんという方がやっている沖縄料理店で、以前は那覇で長年店をきりもりされていました。一旦那覇の店を閉店されたのですが、今は西表島に移ってお店を開かれています。

はてるまの今日の予約客は私と、2人連れの女性客。女性3人ということで、大きなテーブルに案内してもらい、2人の言葉に甘えてご一緒させてもらうことにしました。2人のうち、Oさんは福島県出身ですが、現在は西表在住。西表に住んでもう5年になるそうです。沖縄の離島が好きで、たくさんの島を訪れた後、住むなら西表だと決めてこちらで食堂での仕事を探して働き始めたそう。今は新しくできたリゾートホテルに転職されています。もう一人のSさんは福島県からOさんを訪ねて旅行で滞在中だとのこと。Oさんに、なぜ住むなら西表がいいと思ったのか訪ねると「どの島もそれぞれ魅力的だけど、島を気軽に出て行き来することは難しい。西表は大きいし、釣りやシュノーケル、ドライブなど、休みの日にできることもたくさんあって飽きないだろうなと思ったから。」と明確な答え。なるほど、確かにいくら海がきれいでのんびりした美しい島であっても、住むとなるとそれが日常なのだから、西表ぐらい大きい島の方がいつも新鮮な気持ちで生活できるのかも。しかも、「島の人と仲良くなりたかった」から最初に働き始める場所にもこだわったそう。ホテルやみやげ物屋だと、どうしても接するのは旅行客ばかり。その点、食堂に勤めたら、地元のおじさん、おばさんたちの暮らしの中で彼らに接することができる。 そういう考え方もあるのか!と目からウロコの私。隣にいたSさんも「そうなの、車で走っていても、すれ違う車や歩いている人が次々手を上げて声を掛けてきてくれて、すごいんですよ。」とうなずいています。

さて、はてるまのお料理が次々運ばれてきます。どれも、地元で取れたものばかり。中でも魚は、吉本さんが自分で釣ってきたものがほとんどだそうです。これを見ているだけでも西表島の自然の豊かさがよく分かります。
e0066369_23302664.jpg
お店の名物、さよりの南蛮漬け。長命草と一緒にいただきます。
e0066369_2331221.jpg
海草を使ったモーイ豆腐。後ろはつぶしたシオアジのてんぷら。
e0066369_23334143.jpg
アジとチヌのマース(塩)煮。ローズマリーの香りが最高。
e0066369_23352682.jpg
おなじみゴーヤチャンプルー。上品で苦味が少なくすっきり。

ふと、Oさんに「沖縄はやっぱり春か夏に来るべきですか?冬の沖縄って見どころに欠けるのかな?」と聞くと「とんでもない!冬には冬にしかないものがありますよ!」と教えてくれたものはクジラでした。特に座間味のホエールウォッチングはクジラとの遭遇の確率もすごいし、お勧めだとのこと。沖縄でホエールウォッチングなんて今まで考えたこともなかったのですが、Oさんも数年前に行って、クジラが海面に尻尾をたたきつけるのを間近で見てものすごく感動したとのこと。それを話してくれるOさんの表情が本当に生き生きしていて、こちらまでクジラを見たような気になってきます。 「ただし船は結構揺れるから、酔っている人もいたけどね。でも、私からすれば、あんなに近くでクジラを見て大興奮しているときに、酔っている暇なんてどこにあるのかって感じ。」そう聞いて、ますます興味が出てきました。座間味って那覇から行く離島で、ダイビングもしない私には今までノーマークの場所だったのですがちょっと気になる場所になりそうです。

食事が終わり、宿まで歩いていくという私をOさんが愛車で送ってくれました。距離的には、10分も歩けば充分だと思っていたのですが、私が甘かった。夜の西表は真っ暗です。しかもOさんが宿のお父さんとも知り合いだというので(お父さんもOさんの働いていた食堂のお客さんだったそうです)快く送ってくれ、また再会を約束して2人と分かれました。 宿に戻ると、「民宿やまねこ」に泊まって約1週間というN君と石垣島から出張で来ているお客さん、そして宿のお父さんが談話室でテレビを見ていました。N君は私と同じ京都出身で、暖かいところへと流れ流れて(宮崎→那覇→石垣→西表)ついに西表のバス会社で就職したそうです。フェリーで那覇に来てからずっと車上生活をしてきたという彼の経験談は本当に面白くて、「いっそのこと、本でも書けばいいのに」と思わず言ってしまいました。私のブログよりよほど面白い文章になると思うのだけどなあ。

e0066369_23413492.jpg翌朝、たまたま仕事が休みだったN君の好意に甘えて、また南風見田の浜まで連れて行ってもらいました。このときは引き潮で、浜にはアーサ(海草)がいっぱい。岩についていたのをつまんで食べましたが、砂がついていてあまりおいしくありませんでした。当たり前か。実は、このとき私は本当に現金の持ち合わせがなくて、N君が車で浜に連れて行ってくれなければ、船の出港時間までただじっと宿で時間をつぶすしかなかったのです。N君には本当に感謝感謝です。というのは、前日が土曜日で、バイクを返却してスーパーに行ったとき、幻の石垣島ラー油(石垣島でさえ手に入らない超人気商品)が並んでいるのを見て思わずたくさん買ってしまったのです。e0066369_2343479.jpg店を出て、財布の中のお札を数えてみると、宿泊費(2000円)、バイクのレンタル料、「はてるま」での食事代、そして帰りの船の切符代でギリギリ(ほんとにギリギリ)だったのです。びっくりして郵便局を探しましたがもうATMも終了した後。日曜はATMも休みです。しかも西表には銀行はありません。あんなに何度もお金を勘定したのは久しぶりです。これからは、島に行くときはちゃんと現金をしっかり持ってから行かないとな、と反省した私でした。

さて、西表から石垣に移動したら、3泊4日の旅もこれで終わり。また絶対来るぞーと自分に誓って今回の八重山旅行も終了したのでした。八重山、本当に好きだなあ。一生にあと8回ぐらいは行きたいなあ…え、多すぎる?
e0066369_23501325.jpg
アーサのアップ。鮮やかな緑色。おつゆに入れるとおいしい。
e0066369_23512058.jpg
西表の大原港を出港します。また来るよー
e0066369_23515189.jpg
移動中の高速船から見える海。見よ、この透明度!
e0066369_23522830.jpg
クリスマスの石垣空港は搭乗ゲートのスタッフもサンタファッション。
e0066369_23532982.jpg
そして貨物積み込みのお兄さんもサンタファッション。
[PR]
by cita_cita | 2006-01-06 23:17 | 沖縄

クリスマス in 八重山 その5

e0066369_23185321.jpg
由布島を出たのは午後4時。まだ少し時間があります。宿のおかあさんが勧めてくれた「野生動物保護センター」に立ち寄るとちょうど4時で閉館した後でした。ここはまた次回ということにして、今から他に行ける場所は…と探して見つけたのが、南風見田(はえみた)の浜。西表島の東部海岸をずっと南に下った行き止まりにある浜です。ガイドブックにはあまり大きく取り上げられていないのですが、以前「離島情報」という本で、西表島の住民に聞いたお気に入りの場所の中でこの場所の名前を挙げている人がたくさんいました。今来た道をずっとまっすぐ引き返し、宿を通り越してまだまだバイクを走らせます。宿の前を過ぎてから約15分、ここで「勿忘石(わすれないし)」という看板を見つけて、バイクを停め、浜に出ました。

e0066369_0271952.jpg浜を左の方に3分ほど歩いて行くと変わった形の平らな岩が集まった場所があります。 ここに、立派な石碑が海の方を向いて立っています。後から調べて分かったのですが、勿忘石は、この石碑の下の岩に直接文字が刻まれたものを指すのでした。この石には「勿忘石 ハテルマ シキナ」という文字が刻まれていますが、私が行ったときにはそれに気付かず、その文字をまねたレプリカが前の石碑に書かれたものを見ていました。 シキナというのは波照間国民学校の校長であり、この文字を刻んだ識名という方の名前です。戦争中、沖縄戦が激化する中で波照間の島民全員が西表島のこの地域に軍命で強制疎開させられたそうです。その頃、南風見田は既にマラリアが蔓延していて、疎開した波照間島民は次々にマラリアに感染し、戦争が終わって波照間に帰島してからも食料や薬の不足と衛生状態の悪さから発症が続き、結局波照間全島民の3分の1(488名)が無くなったそうです。一家全滅した家も少なくなかったそうで、識名校長の教え子やその家族の中にも多数の死者が出たため、野外学校の入学式をした場所であるこの岩の上に識名校長は「この悲しみを忘れてはいけない」と文字を刻んだのだそうです。新しい石碑には、波照間に戻ることのできないままここで死んでいった人たちの名前が集落ごとに刻まれています。疎開した島民の中にはマラリアの汚染が少ない由布島に移動した人もいたそうですが、ほとんどはこの南風見田に疎開しました。その理由には、天気のいい日にはここから波照間が遠くに見えるということもあったのかもしれません。

e0066369_0273865.jpg私が行ったときも、よく晴れた真っ青な空の向こう、水平線上に波照間島の影がぼんやりと浮かんでいました。ついさっきその波照間島から難なくチケットを買い、船に乗って自分がやってきたことを思うと、たまたまここに立ち寄ったことが偶然ではないような気がしてきました。マラリアってどんなに苦しいのだろうか、この岩の上で、帰れない人たちはどんな気持ちで毎日自分のふるさとを眺めていたのだろうと思うと、自分が沖縄を好きだというわりにあまりにも知らないことが多すぎるのだなと、しばらく考え込んでしまいました。でもこの場所を知ることができてよかった。帰ったら、今から60年前、波照間や沖縄の人たちに何が起こったのか、もう少し勉強してみようと思って浜を後にしました。

e0066369_029318.jpg勿忘石の看板を過ぎて、1kmほど行くとキャンプ場の敷地に入り、道は終点に到達します。ここからまた南風見田の浜に出てみました。ここも昔はマラリア患者が出たそうですが、今では静かな誰もいない浜です。ここからも遠くに波照間が見えます。海は本当に静かで穏やかで、夕方になって夕日を見るためにぽつぽつと人が集まり始めるまでは私と犬を散歩させているおじさんの2人だけでした。地元の人たちが、ここが好きだというのも納得できるような気がしました。夕日で浜がオレンジ色になった頃を見計らって、バイクで宿に戻りました。6時半には予約していた「はてるま」に行かなければいけません。さて、「はてるま」ではどんな晩御飯が待っているのでしょう。

e0066369_0291918.jpg
勿忘石のある岩盤。本物の文字は石碑の下の岩盤に刻まれています。
[PR]
by cita_cita | 2006-01-06 00:19 | 沖縄

クリスマス in 八重山 その4

e0066369_1756098.jpg
波照間から西表まで約30分。到着した大原港は西表に3つある玄関口の1つ。
西表島は、沖縄県の中で本島に次いで2番目に大きな島で、その9割がジャングルに覆われている「秘境」という言葉がぴったりの場所です。有名なイリオモテヤマネコの他にも、ここにしかいない動物や植物がたくさん存在しています。

e0066369_084098.jpg西表島に来るのは今回が2度目。1回目は初めて八重山を訪れたときで、それぞれの島の特徴もよく分かっていなかった私。しかも、2泊する予定が台風と重なってしまい、船が欠航するのを恐れて1泊で石垣に切り上げたので、早朝にサガリバナを見るカヤックツアーに参加してあわただしく島を後にしたのでした。それから八重山に行く機会があっても、なんだか西表は後回しになっていました。「一度行ったから…」というのもあったし、なんというか、大きすぎるし、カヌーやトレッキングなどのアクティビティもたくさんありすぎて私の手に負えないような感じがして(笑)とにかく大きな島なので、車がないと移動が大変だし、ポイントを絞って周らないと時間だけが過ぎてしまう感じなのです。でも、今回は行きたい店があったので西表再訪を決めました。それは「はてるま」っていう店なのですが、それについてはまた別に書きたいと思います。

e0066369_06665.jpgさて、当初の目的が「はてるま」で晩御飯を食べることだったので、宿は素泊まりか夕食抜きでないといけません。夜は真っ暗になるので「はてるま」の近くで適当な宿を探したのですが、料理自慢の民宿なども多く、やはり連休のこの時期に素泊まりというのは宿としてもありがたくないようで、やんわりと断られてしまいました。仕方ない、じゃあ最初から素泊まり専門の宿にしよう、というわけで見つけたのが「民宿やまねこ」。今日の私の宿です。なんと1泊2000円。港からも近いので、そのまま歩いて宿にたどり着いたのですが、予想していたよりもずっと綺麗で快適な宿でした。今日の宿泊客は私の他に、石垣から仕事に来ている男性が1人と、私と同じ年の京都出身のN君。N君は西表のバス会社に転職して研修中とのこと。私が到着したときには2人とも出かけていたので、夜に会えるのが楽しみです。「やまねこ」のお母さんとお父さんはとっても気さく。沖縄の人は照れ屋というか、あまり人の目を見て喋ってくれないのでたまにやきもきするのですが、色々と気遣ってくれてうれしかったです。トイレやシャワー、共同キッチンの使い方を一通り教えてもらい、バイク(原付)を借りたいというと、宿のバイクをレンタルしてくれました。

e0066369_0192344.jpg時間はまだ午後2時。晩御飯の時間までだいぶあります。とりあえず、前回行けなかった由布島に向かってバイクで走り出しました。実は、私がバイクに乗るのは一生でこれが2回目。1回目は9月に石垣島に行ったとき、レンタカーが全て予約でいっぱいで、一緒に行ったYちゃんに教えてもらいながら玉取崎まで行ったり、美崎町にご飯を食べに行ったのです。それに味をしめて今回もバイクに挑戦です。西表島は宿の周辺を除いては全く信号がなく、車も少ないので私みたいな初心者にはぴったり。 のんびり由布島を目指す途中にあるいくつかの見所を通りがかるたびにバイクを止めてちょっと観光。途中には日本最大のサキシマスオウ(板状の根が特徴的な木)の群生や、マングローブの森を流れる川の河口などを通ります。西表で思ったのは、緑の色の深いこと。12月だというのに、マングローブの森はどこまでも続いていて、まるで南米のどこかの国に迷い込んだようです。

e0066369_092569.jpgたくさん寄り道しながら約1時間で由布島入り口に到着しました。ここからはバイクを停めて水牛車で島に渡ります。これを体験してみたくて、由布島に来たのでした。昔、関西電力か何かのCMで「水牛で渡る島に私たちが電気を通しました」という説明と共にこの島の映像が流れていたことがあります。私がまだ小さな頃でしたが、非常に心に残る映像で、いつかあの場所に行ってみたいと思っていたのです。由布島までは水牛車で約5分程度。干潮のときには歩いても渡れます。由布島の中は植物園・蝶の館、ミニ動物園を合わせたような小さなテーマパークになっているのですが、正直、大人に取ってはそれほど大きな驚きはないかもしれません。(蝶が全く逃げないのは感激でしたが)でも、この島の成り立ちを聞くとまた違う視線でこの場所を見ることができます。実は由布島は、昔竹富や黒島からの移住者が暮らしていた島でした。その時に西表との間に移動手段や農耕の手段として水牛を使っていたそうです。でも昭和44年に大きな台風が来て、海抜の低い由布島は水没してしまい、住民は1組の夫婦を除き全員西表に移り住んでしまいました。その夫婦は由布島を捨てられた島にしたくないという思いから、水牛を使って土を運び、ヤシや花を植えて少しずつ自分の楽園を作りました。それが今の由布島のもとになったそうです。今はたくさんの観光客が訪れる島になりました。その夫婦のおじい、西表正治さんは由布島の園長をされていましたが、2年前に96歳で亡くなられたそうです。私が最初に西表に来たのが今から3年前、その時ならご健在だったのだなと思うと、非常に残念です。

e0066369_0143199.jpg
上の写真の蝶々のさなぎ。ちなみにkupukupuもインドネシア語で蝶々という意味なのですよ

e0066369_0154165.jpg
由布島の観光を支えている水牛。早番と遅番のシフトがあるそうです…。

e0066369_0194085.jpg
一面のジャングル。ここは本当に日本?と思わず目を見張ります...
[PR]
by cita_cita | 2006-01-05 22:38 | 沖縄

クリスマス in 八重山 その3

e0066369_173337.jpg
クリスマスイブの朝、今日もいい天気。今日は昼の船で西表島に移動して一泊します。
それまでの時間で最後に波照間を満喫しようと、朝ごはんを食べ、自転車で再び最南端の碑へ。今日はどうしても探したい場所があったのです。

e0066369_185328.jpg波照間島の南側、最南端の碑や星空観測タワーのある一帯を高那崎といい、険しい断崖絶壁が続いています。このどこかで撮影された写真を見て、どうしても同じ場所に行ってみたかったのです。その写真は写真家の三好和義さんの「ニライカナイ 神の住む楽園・沖縄」という写真集に載っていました。高那崎から海の向こうを撮影したもので、海の色が信じられないような深く透明な青なのです。ちょうど有名な「青の洞窟」のように。波照間にはこれまで3回行きましたが、そのたびに写真の場所を探していました。実はこの前日にも最南端の碑から空港に向かう途中、立ち寄ったのですがそこは海は青いものの波が強く、思っていた場所とは違うなという感じを受けました。そしてその後、「モンパの木」(お土産屋さん)にTシャツを買いに行ったとき、店の人に聞いてみました。「この写真の場所、私がさっき行った場所とは違うのでしょうか?」 すると、私が行った場所は同じ高那崎の中でも「アリ高那」という場所であることが分かりました。アリっていうのは何でしょう。アガリ(東)のことなのかな…。おそらく、その写真が撮影されたのは最南端の碑の前にある断崖の辺りだろうとのこと。それを聞いて、大汗かきながらまた8kmほどの道を戻って岩の端に立ちましたが、やはり違います。時間も夕方になり、岩の陰になって水も輝いては見えませんでした。

e0066369_1111263.jpgこの日、最後にもう一度あの場所を探してみようと、最南端の碑から昨日とは反対の左側の方向に歩いて行きました。足元は非常に悪い…というか、鋭く尖った珊瑚石灰岩なのです。 波照間島自体、珊瑚が隆起してできた島なので仕方ないのですが、もし、サンダルに短パンで歩いているとき足を滑らせたら、間違いなく血だらけになるでしょう。足元に注意しながら崖すれすれまで来て海を覗き込んだとき、私は思わず息を飲みました。私が見下ろす先には、あの吸い込まれそうに青く透明な海があったのです。「ここやったんや…」夢中で何度かシャッターを切り、後はしばらく海から目がそらせませんでした。40分ほどして、日帰りツアーのお客さんがぞろぞろとやってきて賑やかになるまで、私はここに座って(高所恐怖症でなくて良かった…)海を見たり本を読んだりして過ごしました。本当に貴重な時間、最高のクリスマスプレゼントでした。 あの海が目に飛び込んできたときの気持ちを、私はこれからもずっと忘れないと思います。今思えば、1回目に波照間に来たときにあっさり見つかったりしなくてホントによかった。でなければあんなにうれしい気持ちになったかどうか…

e0066369_1125439.jpg
言葉では説明できないこの色。カメラで切り取ってしまうのがもったいないような絶景でした。

e0066369_1132393.jpg一旦照島荘に戻り、荷物をまとめて預け、今度は最後にニシ浜をひと目見に行きました。今日もニシ浜は穏やかでキラキラ輝いています。出発まで時間が無かったのでゆっくりはできませんでしたが、もうこれでじゅうぶんです。クリスマスにうっすら汗をかきながらこんなに綺麗な海を見られて、それ以上望むのは贅沢でしょう。宿に戻るとヘルパーさんが布団を干していました。こんな暖かい日なら布団もふかふかになるでしょうね。今日から波照間に泊まれるお客さんをちょっとうらやましく思いながら、車で港まで送ってもらい、西表へ向かう船に乗船。 普通は一旦波照間から石垣港に戻り、そこから西表行きの船に乗り換えないといけないのですが、不定期に西表経由で石垣に行く船があるそうで、ちょうどラッキーにもその船に乗船することができました。波照間に後ろ髪引かれながら、西表島を目指します。

e0066369_119286.jpg
私の好きなカフェ、パナヌファ。でも今回はタイミングが合わず行けませんでした。
e0066369_120124.jpg
波照間名物「泡盛アイス」と「黒糖アイス」。泡盛アイス、意外といけます。
[PR]
by cita_cita | 2005-12-27 23:30 | 沖縄

クリスマス in 八重山 その2

e0066369_0481020.jpg
2日目の朝目覚めると、なんだかいい天気!
さすがに朝は少し冷えますが、昨日とは全然違います。新潟の停電のニュースを見ながら、こんなぐらいで寒い寒いと騒いでいた自分たちを反省する宿泊客一同。たっぷりの朝食を食べて、自転車を借りて行動開始です。同じ宿に4泊目のK君は、転職のために仕事を辞めて、ちょうど空いた時間を利用しての旅だそう。昨日までの3日間で4冊も本を読んだそうで、天気が悪かったのでまだ島内散策も十分してないとのこと。まずは一緒に自転車で「日本最南端の碑」に向かいます。天気がよく、温度も上がってきて快適なサイクリング。同じことを7月ぐらいにやると本当に頭がクラクラして日射病になりそうですが、この日はちょうどいい感じ。約20分のサイクリングで最南端の碑に到着しました。

e0066369_0394079.jpg最南端の碑。この先にはフィリピンがあります。昔、人頭税に苦しめられた波照間の人たちは、この向こうに「パイパティローマ(南波照間)」という伝説の楽園があると信じて危険を顧みず島を脱出したのだそうです。人頭税というのは悪名高い重税制度で、琉球政府が八重山と宮古地方に260年間にわたって課した制度です。収入の多少に関わらず、家族の人数に応じて掛けられる税金なのでこの制度のせいで人減らしが行われたり、辛い歴史がたくさんあるそうです。逃げ出した人たちはパイパティローマにたどり着いたのでしょうか…ちなみにパイは南、パティローマは波照間のこと。東西南北は八重山では「アガリ」「イリ」「パイ」「ニシ」といいます。波照間一番人気のニシ浜は西ではなく、北にある浜なのです。私は頭では分かっていてもややこしくて、つい方角を間違えてしまいます。

e0066369_0402618.jpgここから一気にニシ浜に向かいたいところですが、なんせ島の南の端と北の端。集落から外れた外周道路には途中に売店なんてありません。とりあえず水分補給を、ということで先に波照間空港へ向かいます。ちょうど今日の飛行機が離陸するところを見られました。波照間と石垣を結ぶ飛行機は1日1便。9人乗りのプロペラ機です。空港が開いている時間も短いのでスタッフはほとんど副業感覚。(もちろんパイロットを除く)例えば私が前回宿泊した「みのる荘」のオジイも飛行機の動く時間はここで仕事をしています。最初に見たときは衝撃的でした。だって、昨日宿で片付けしていたオジイが今日は滑走路で誘導係をしているなんて、普通はありえない…。でもそこが波照間のテーゲーさ(大体、ほどほどの意味)というかおおらかさというか。 空港の売店ではフレッシュジュースが色々揃っています。珍しい長命草やもずく、よもぎのジュースなんてのもあります。e0066369_0405686.jpg
今回はマンゴーがなかったのでパッションフルーツのジュースを注文。酸っぱさと冷たさで元気復活!売店のネエネエに波照間の話を色々聞きます。「波照間の人はあんまり海で遊ばないから昔は泳げない人が多かったよ。私もそうだよ。」と、意外なことを知りました。最近では小学校で水泳の授業があるそうです。もちろんプールなんてないのでいきなり海での実習。次にK君が「波照間に散髪屋さんってあるんですか?」と質問。「駐在所の隣がそうだよ」とのこと。看板なんて出てなかったけど、地元の人が知ってればいいから必要ないんだなと納得。どうやらK君は波照間滞在中にそこで散髪をするつもりらしい。どうなったか見てみたいなあ…。

e0066369_0411694.jpg
さあ、いよいよニシ浜へ!アップダウンのある道をひたすら北へ北へ。(外周道路は約10kmぐらい)目の前にニシ浜が見えました! いつもそうですが、この海の色にはもう言葉も出ません。初めて見たときは鳥肌が立つような感じがして、あの青さに目をやられてしまいました。ただ青いのではない、繊細なグラデーションになっていて、遠くの方は濃い群青色に、真ん中あたりはクリームソーダみたいな色、その手前は淡いミントゼリーみたいな色、波打ち際は透明で陽の光を受けて琉球ガラスみたいにキラキラ輝いているのです。波が行ったり来たりするたび、キラキラが生き物みたいに動いていつまでもいつまでも目を離せないのです。ニシ浜のそばの東屋で本を読んだり手紙を書いたり、疲れたら眠ったりしていたら何時間でも過ごせます。本から顔を上げるときや、居眠りから目を覚ますとき、またニシ浜が見えます。そのたびに「あー、また波照間に来られたんだ」と思う至福の時間です。ニシ浜があれば他には何もいりません。(と言いたいところですが、他にも色々あって全て含めて波照間が好きなんですけどね)

e0066369_0413568.jpg帰る途中で「みんぴか」に寄ってかき氷を食べます。12月の終わりに汗をふきながらかき氷を食べられるこの幸せ…。写真を撮るのを忘れてしまいましたが、ここの「黒みつスペシャル」は最高です。山盛りの氷の上にたっぷりの黒みつと練乳、そしてきなこがかかっています。本当にたっぷりなので、きなこをこぼさずに食べるのはきっと無理。そして、みんぴかからも遠くにニシ浜が見えるのです。最高…。みんぴかで一服して宿に戻る途中にお昼ごはん。食堂が少ない波照間では昼ごはんをどこで食べるかは毎日頭を悩ませるところですが、この日は「青空食堂」でタコライスを食べました。タコライス大好き!ボリュームもたっぷりで一気に眠くなってしまい、宿に戻って昼寝です。まるで子供の夏休み。でもこれが八重山の旅の醍醐味です。

5時の島内放送(音楽が鳴ります)で目を覚まし、シャワーにかかって(この日はシャワーで十分!)6時の放送(民謡が鳴って、「よい子は家に帰っておうちの手伝いをしましょう」というメッセージつき)と前後して、宿のヘルパーさんから「ごはんですよー」の声。今日のメニューはコロッケとお刺身、ゴーヤチャンプル、長命草のおひたし、呉汁(ごじる)などなど。呉汁っていうのはつぶした大豆のおつゆです。初めて飲みましたが、すごいボリューム。おつゆというより一品です。口の中が大豆でいっぱいになって噛めども噛めども逆に増えていくような気がします。豆乳汁っぽくておいしかったのだけど残しちゃいました。ごめんなさい。でも男性陣も平らげるのに苦労してましたよ。

夜は星空観測タワーに行きます。波照間は季節によっては南十字星が見えることで有名で、天文ファン垂涎の場所です。この日は雲ひとつない絶好の観測日和。照島荘には送迎サービスがないので、みのる荘に電話して送迎車に便乗させてもらうことに。この日の星空…「満天の星」という言葉がありますが、昔の人もきっとこれと同じような空を見て自然に「満天」という言葉が出てきたのだろうなと思いました。もちろん写真では残せなかったのですがしっかりと目に焼き付けてきました。係員のお兄さんによれば12月に入ってから一番の星空だったそうです。オリオン座の四角の中に、3つの星以外にもどれだけたくさんの星が見えたことか…。たまに京都でも1つ見える星があるのですが、それは一つの星ではなく「オリオン大星雲」という星の集まりであったことが分かりました。そしてびっくりしたのは金星とシリウス。なんと、星の光が海に移って光の筋が伸びているのです。まるで「月の道」のように。あんなの生まれて初めて見ました。それにしても、あれだけびっしりと星が見えていると、かえって星座を探しにくくなるものですね(笑)

この後、別の宿に泊まっていた友達との再会を祝い、幻の泡盛といわれる「泡波」で乾杯。泡波を入手するのは地元の波照間でも困難を極めるのですが、このときはちょうど運よく売店でミニボトルが入荷した時期でした。水で割るとすごく飲みやすくて大好きな泡盛です。波照間でニシ浜と星空を見て泡波…これであと三線があれば最高なのですが、お目当ての「後富底周二さん」(波照間在住の唄者)の星空ライブはこの日はお休みでした。残念。楽しみはまた次の機会に…。
e0066369_0484366.jpg
波照間にはやぎがいっぱい。この子もいつか食べられちゃう運命なのかな?
e0066369_049333.jpg
集落中心にある波照間公民館です。いろんな催し物に使われます。
e0066369_0501793.jpg
空港のカウンター&待合ゲート。のどかです。
e0066369_052514.jpg
波照間にはスーパーはありません。あるのは集落単位の共同売店。
これは照島荘に一番近い丸友売店。
e0066369_11409.jpg
沖縄スタイルの赤瓦の家がたくさん残ります。確かに風通しは抜群…
e0066369_123851.jpg
ニシ浜へ向かう道。自転車でここを通るときの満ち足りた気分といったら…
[PR]
by cita_cita | 2005-12-27 00:50 | 沖縄

クリスマス in 八重山 その1

e0066369_2373872.jpg
22日にお休みを取って、3泊4日で八重山に行ってきました。
今年はUAのマイルをほとんどANAで使ってしまった感のある私…
国際線だとタイやバリに行くのも6万マイル掛かってしまうようになっちゃったからなあ。 以前は4万マイルでよかったのだけど。 その点、国内線なら1万5000マイルだから北海道や沖縄に行くとお得感抜群。

e0066369_238357.jpgさて、出発当日の22日は全国的な大寒波のせいで関空に向かう道も強風プラス雪が降っていて、「飛行機は飛ぶのか?」以前に「果たして関空に時間通り到着できるのか?」とかなりハラハラさせられました。なんとか到着するも、ものすごい強風で離陸前の飛行機の中でもドキドキ。でもちゃんと定刻に飛びました!那覇経由で石垣に入ります。うーん、石垣に着陸するときは何度見てもこの青さに釘付けになりますね。でも、ここも寒波の影響か、今年一番の寒さ。寒さに慣れていない石垣の人たちはダウンを着込んでいます。今回パーカーとフリースしか持って来ていない私。ちょっと嫌な予感…。

e0066369_2391537.jpgとりあえず空港からタクシーで離島桟橋に直行します。波照間行きの船は1日3便。私が到着した時間には最後の便しか残っていません。しかも、しけに強いはずの安栄観光の船も本日の2便は欠航した模様。(ちなみに波照間海運のニューはてるま号は全便欠航でした) 恐る恐るカウンターで15:00発の3便のチケットを購入しようとすると、まだ未定なので14:00にもう一度来るようにとのこと。手持ち無沙汰なまま「ゆうくぬみ」で八重山そばを食べることに。店のおばさんに「寒いですねー」と言うと昨日の昼頃から急に冷え込んだそうで、「冬至ぬびいさ」だと言ってました。びいさというのは寒さのこと。そう、今日は冬至だったのですね。しかも今から波照間に行くというと、「こんな日にあの船に乗ったら揺れて揺れて大変さぁ。もし波照間に着いてもぐったりして何もできないからよ、今日は石垣に泊まるかせめて竹富ぐらいにすればいいさぁ」とびびらされてしまいました。

e0066369_23114031.jpg悶々としながらカウンターに向かい、船が出るか聞くと、出ることは出るけど着岸できなかったら引き返すという条件付だそう。げげげ、ただでも1時間かかる航路で着岸できないほどの海の状態ならきっと1時間半ぐらいかかるはず。それで引き返したら3時間…耐えられるのか、私? またまた悩んでいると、私の後からきたおっちゃんが同じやりとりをして「じゃあ1枚下さい」と、あっさりチケットを購入。それを見て私だって波照間に行きたいんだー、おっちゃんに負けてたまるかー「私も1枚!」とはずみで購入。かくして、大揺れの船は私を乗せて出航したのでした。それからは本当に想像以上の揺れっぷりで、前の座席についている手すりはこのためにあったんだなあと妙に納得。船底が波にバンバン叩きつけられて体はふわりふわり浮くし、窓の外にはじける水しぶきをぼんやり見つめながら「スプラッシュマウンテン…」と思わずつぶやいた私でした。それでもなんとか波照間に到着し、今回の宿「照島荘」からの迎えの車に乗ります。波照間も寒い寒い。船で届いた荷物を降ろす人たちも大変そう。それにこんなに荒れた波照間の海を見るのも初めてです。

e0066369_2314530.jpg宿について、ほっと一息。でもやっぱり寒い。沖縄の家って、台風や夏の暑さに耐えられるように風通しよく作られているものだから窓を閉めてもすきま風が吹き抜けます。畳の隙間からも床下の冷気がぴゅーっと上がってくるし。しかも普通はガスストーブなんてないからハロゲンヒーターのある談話室に宿泊客がかたまって暖を取っています。お風呂はシャワーだし(汗)でも、助かった。照島荘には簡易浴槽があったのです。これにお湯をためて入ったら暖かい~!極楽極楽。それにしても沖縄で湯船に浸かりたいと思ったのは初めてです。晩御飯には「今日は冬至ですからねー」と柔らかく煮いたかぼちゃが出てきました。この宿のご飯はおいしくて、量もたっぷり。毎日おなかいっぱいで幸せでした。

夜ごはんの後、同宿の男性2人と泡盛飲みながらゆんたく(おしゃべり)。やっと沖縄に来たって実感が湧いてきました!ふと思いついて外に出たものの、やっぱり今日は曇っていて星は見えませんでした。明日は晴れるといいな。そして星もいっぱい見えるといいな…。

ここで波照間の島内をちょっとご紹介。
e0066369_2322382.jpg
変な看板シリーズその1 宿から集落の中心部に行くときに目印にしていた角にある看板
e0066369_23222287.jpg
その2 これは宿からすぐそばの角にあったもの まるで外国語です…
e0066369_23232420.jpg
その3 誰に向けての何のためのメッセージなのか?? 実は、波照間-石垣の飛行機航路が廃止になると困るので、みんなに積極的に飛行機を利用してもらうためのPRらしい。じゃあもっと他に書き方があるのでは・・・と思うのは私だけ?(笑)
[PR]
by cita_cita | 2005-12-26 21:23 | 沖縄

沖縄から戻りました

22日から波照間と西表に行ってました。
e0066369_2156344.jpg
12月の八重山は初めて。
たくさん写真撮って来ましたので明日から少しずつアップしていきます。
ちなみに写真はクリスマスイブの朝の波照間、ニシ浜です。
[PR]
by cita_cita | 2005-12-25 21:58 | 沖縄

MY三線のはなし

e0066369_00792.jpgこれはMY三線の写真。
今日は週に一度の三線教室の日だったので、お昼から大阪に行きました。教室は大阪の野田というところにあります。
梅田から環状線で2駅なのだけど、それを感じさせないローカルさもまた好きです。

私は以前、仕事の関係で大阪港近くに住んでいたことがあって、よく大阪駅から弁天町まで環状線を利用ましたが、環状線の内回り沿線って、なんとなく外回りよりローカル色が強いんですよね。住民以外の人が利用する駅が少ないからかな?
外回りだと京橋、大阪城公園、鶴橋なんて、メジャーな駅が結構あるけれど(個人的には天満とか桃谷も好み)、内回りは弁天町と大阪ドームのある大正ぐらい?
あとはUSJに行くとき西九条を使う程度(でもそこで降りるわけではないから…)そのせいか、自転車で回るのに面白い下町っぽさがありますね。

さて、私の通う教室の名前は佐々忠といいます。三線屋さんです。
ここで三線を買った人が習えるように、レッスン料は1回あたり1000円とお手ごろです。
もちろん、MY三線を持っている人でも同じ料金。もっていなくても、教室にたくさんぶら下がっている三線を借りられます。家に持って帰って練習したい場合はリース制度もあるそう。三線、結構高いですからね。とりあえず習ってみてから買おうと思ってる人にはリースもいいですよね。

私自身、最初は教室で借りればいいやーと思っていたのですが、やっぱり家で練習しないとどうにもならないことにすぐ気づき、迷った末三線を購入しました。
私のは本張りといって、ニシキヘビの皮を1枚張りしたもの。この他に、合皮のものと、強化張り(二重張り)というのがあります。
私の教室では、ここで購入した人が多いせいか、ほとんどの人が本張りの三線を使っていますが、実際、他で三線やっている人が持っているのを見ると、かなりの上級者でも合皮のものを大切に使っている人が多いことに気づきました。

やっぱり、音を聴き比べると本張りのほうが切れのあるスカッとした音なんですが本土にいる私たちが、家で練習するにはケアの簡単な合皮でもよかったのかなと今は思っています。まあ、自分の三線は気に入ってるのでいいんですけどね。

こちらは沖縄とちがって、冬は寒くて乾燥するので、ちゃんとケアしないと皮が破れないか心配なんですね。かといって、湿度が高ければいいかというと、雨にも弱いし。
結構手のかかる楽器ですが、ケアっていうのは毎日弾くのが一番らしいので、とりあえずケースにしまわず出しておいて毎日触るようにしています(笑)
[PR]
by cita_cita | 2005-11-13 23:18 | 沖縄

「やさしいオキナワ」池澤夏樹

e0066369_23251185.jpg南回帰線」のたかさんの紹介で知ったこの本、私も読んでみました。
まず、文章がいいなぁ。気負わず、ドラマチックに書こうという作りこみもなく、感じたことをそのままに書いたような自然な文体。それでいて、自分が今まで感じていたけど上手く表現できなかった部分をスカッと文章に表してくれていて、「なるほど!そうだったのか!うんうん、そう言われてみればそうだよなあ…!」と一人納得してしまう。

この本は、まず池澤さんの文章で始まり、数十ページにわたる垂見健吾さんの写真群(圧巻。こんな写真を撮りたい!)をはさんでまた池澤さんの文章。そして再び垂見さんの写真ページが続き、最後に垂見さんのあとがきで終わっています。写真集としても、読み物としても楽しめるけれど、この本は2人の作品が一緒になっていることに意味があると思う。池澤さんの文章を読み、ふと写真のページに目をやり、また文章に戻ると、たとえ満員電車の中で読んでいても、もう周りのことなんか気にならない、自分が降りる駅に着くまでの時間、オキナワへのショート・トリップが可能なんです。ああなんてお得な本なんでしょう(笑)

池澤さんの文章も、1つ目は沖縄を東京から見ていた時に、2つ目はその4年後に沖縄の住人として書かれたもので、その視点の変わり方もとっても興味深い。
生活者として沖縄に住むことで、「沖縄に対するぼくの気持ちは全体として静かな穏やかなものになり、強い思い入れとそれにまつわる偏見がなくなり、ある意味ではゆとりのあるものになった。英語ならば、もとはパッションに近い思いだったのが今はアフェクションになったと言えばいいだろうか」と池澤さんは言う。
そしてそのゆとりのある気持ちから書き出した沖縄の姿はすごく現実的で、ときには沖縄に対しても冷静かつシビアで、それでいて沖縄への愛着は揺るがない。しかもそのゆとりの気持ちがかつてパッションであったときの感覚もはっきり記憶している池澤さんだからこそ、「沖縄に熱(パッション)を上げたヤマトの人」である私たちが読んでも違和感なく、すっと入り込んでいける文章を書けるのだと思う。

最後に、垂見さんの写真もどれもすばらしかったけれど、私が一番惹かれたのは人の表情。もし自分が初めて沖縄に遊びに行って、こんな顔見せられてしまったら、そりゃみんな沖縄が好きになるよなーっていう顔ばっかり。もちろん顔のつくりではないんです、オジィもオバァも、ニィニィもネーネーも表情がとにかく最高。
分かってたつもりだけど表情って大切なんですね、うん、私もいい顔しないとな。
[PR]
by cita_cita | 2005-11-10 23:10 | 沖縄

「沖縄に恋する~癒しの島へ渡ってみれば~」西野浩史

e0066369_2043754.jpg沖縄に憧れて、移住してしまう人たちを取り上げた本はたくさんあるのですが、この本は一人一人が沖縄移住にいたるまでのエピソードに細かくスポットを当て、かなり掘り下げて書いてあったので、読み物としても面白かった。

それぞれのケースがかなり個人事情に基づいているため、自分が実際に沖縄に住むためのガイドとはなりにくいと思います。(そういう意味では他の「移住計画」本の方が参考になるかな…)でも、私のように、ただ沖縄好きで、普通のガイドブックには書いていないような沖縄の姿を知りたいなと思っている者にとっては、この本に出てくる人たちが沖縄を好きになってどんどん引き込まれていく様子に「ああ、その気持ち、分かるなあ!」と思える部分がたくさんあって、楽しめました。

本文中で、「分かる!」と思った部分を抜粋すると…
”沖縄に一目ぼれしてしまった人は、「もっと知りたい」「もっと過ごしたい」という気持ちに押され、自分の気持ちを確かめようとするように沖縄に向かう~中略~無意識のうちに沖縄と自分の相性を確認しているといえなくもない”
”本土に戻ってからも沖縄との接点を求め、沖縄料理店に行ったり、三線教室に通ったり~中略~インターネットで沖縄関連のホームページを見る。~中略~脳が沖縄に占有されてしまうのである”
”相性がいいとなれば、気持ちは完全に傾く。もはや止まらない。~中略~「せっかくの休暇なのだから、まだ行ったことのない場所を旅行したら」という周囲の声に耳を貸さない。なぜなら、沖縄がいいに決まってるからだ。”
”一緒にいて緊張する相手は相性がよくない。一緒にいて気楽になれてこそ生涯をともに歩む相手として申し分ないのである”

うーん…これはまさに恋ですね。
私が7年前に初めてバリ島に行ったとき、まさにこの状況でした。
さすがに移住までは考えませんでしたけど、関西中のインドネシア料理屋に足を運び、インドネシア人の集まりで日本語を教え、インドネシア語を覚え、バリに関する本を読みまくりました。パリ(Paris)と書いてある文字もぜんぶ「バリ」に見えるのです。バリのことを話せる仲間が欲しくて、バリ舞踊を習い、毎年1年に2回バリに行きました。バリから戻ってきたら、いつもすぐ次の予定を立てて…宿泊先も最初はリゾートホテル(グランドハイアットでした…笑)だったのが、少しでも現地の人と親しくなりたくて民宿に泊まって、そのためにまたインドネシア語を勉強して…
最初のうちは、「バリのどこがそんなにいいの?」って言われると、「食べ物がおいしい!」とか「人がやさしい!」とか、結構明確に理由を答えられていたのに、気がつくとあまりうまく説明できなくなっていました。バリに何度も行って、色んな話を聞いたり、たくさんの人と会ううちにバリの悪い面もたくさん見えてきます。嫌な思いもしました。そんな自分の知っているいい部分も悪い部分も含めて、それでもバリがいい!と思ってたので、どう説明してもきっと分かってもらえないだろうな…って思って、説明するのさえめんどくさくなった時期もあって…
今でも、バリは大好きで、1年に1回は行きますが、あの時の勢いは本当にすごかったなあって思います。インドネシア語なんて現地にいる間の1週間で格段に上達して、帰国して日本在住の友達をびっくりさせたこともありました。好きな気持ちって、すごい原動力ですよね…

話がそれましたが、この本の中では、個人的には、沖縄民謡と三線に夢中になって、定年後、離婚し、家も引き払って浦添に移住したという男性の話が印象的だったなあ。きっと、こういう人が職場にいたら、見る立場によっては「あの人、妻子をないがしろにして、いい年して未だに夢みたいなことばかり追っかけて」なんて、変わり者扱いする人もいると思うけど、この本を通して、その人がそんな「夢みたいなこと」を実現するに至った経緯を追っていくと、決して「変わり者」だなんて一言では片付けられないよな、って思います。人にはそれぞれ、その人なりの夢とか、喜び、苦しみ、悩みとかがあって、その人にしか分からないこともたくさんあると思う。そして、それに口出ししたり邪魔したりする権利のある人は、家族とか恋人を除いては、ほとんど誰もいないと思う。
いずれにせよ、自分の人生の責任を最後まで取れるのは、自分しかいないのだから…
どんな生き方を選ぶにせよ、自分のとった選択に自信を持って毎日を大切に過ごすこと、そのこと自体が、自分の人生に対する責任の取り方の、ひとつの形なのかもしれないな、と思います。
[PR]
by cita_cita | 2005-11-08 23:41 | 沖縄