カテゴリ:沖縄( 55 )

三線演奏会@福島区民ホール

e0066369_16382762.jpg
8月4日、私の所属する大阪三線クラブが演奏するイベントがありました!

場所は大阪の福島区民ホール。リハーサルのため、朝9時半集合でした。この日はものすごーく暑くって、野田阪神の駅からちょっと歩いただけなのに汗だらだらで会場入り。私が演奏に参加したのは、全員での座開きで「鷲の鳥節」と「目出度節」の2曲、そして私の所属するグループ「忠遊び」のメンバーと一緒に「繁昌節」「とまた節」の2曲、合計4曲でした。

e0066369_16435454.jpg
暗譜しなくてはいけなかったので前日の夜まで往生際悪く必死に家で練習していたのですが、もともと日頃の練習量が足りなかった私はまさに一夜漬け状態で当日を迎えることとなってしまいました。この歳になって一夜漬けするとは思わなかった…トホホ。リハーサルは演奏というよりも、舞台上での位置決めや、マイク・椅子などのセッティングに終始し、ほとんどぶっつけ状態で本番…。緊張してる間もなくあっという間に終わってしまい、うまくいったのかどうかも分からないんですが、とりあえず無事終了しました。

e0066369_16385469.jpg
公演の終盤にはエイサー隊による踊りもあり(めちゃくちゃカッコええ!)、最後にはやっぱり全員によるカチャーシーでお開き。

e0066369_1639680.jpg
舞台ソデでのエイサー隊。イカす!この衣装を着ると、男子も女子も一層凛々しくなっちゃいます。

e0066369_164776.jpg
終了後、エイサー隊のもりぞうさんを囲んで記念撮影。

e0066369_16333717.jpg
ほぼ2年前、三線の持ち方を覚えるところからずっと一緒だった忠遊びの仲間たち。1年前の夏には汗と涙の三線合宿の成果もあって無事初級から中級クラスに昇級して今日まで一緒にやってきました。アヤヤも言ってましたが、30過ぎてクラブ活動を体験できるなんて、本当にみんなと三線やってよかったと思っています。同じクラスでも特にがんばってきた私達のリーダー的存在のしんちゃん、愛ちゃん、そしてもはや忠遊びにどっぷりのはるちゃん、まっさんが無事7月の末に昇級試験に合格し、9月からは上級クラスに行ってしまいます。私や後の数人のメンバーは、もう少し中級に残って、今までやってきた曲をみっちり練習することになりそうです。目標は中級の課題曲を全て暗譜して唄・三線ともに独唱できるようになること。それまでマイペースで頑張るので、上級クラスで待っててね!クラスは違っても忠遊びは永遠に不滅です~☆

e0066369_16394851.jpg
三線三人娘。離れても頑張ろうね~!!
[PR]
by cita_cita | 2007-08-07 00:16 | 沖縄

んみゃーち☆宮古島日記 その3

最終日は朝から雨。海の方は風も結構ありそうだから、これが昨日でなくて良かったとほっと一安心。雨はともかく、風が強すぎるとダイビング船が出ないことも多いみたいだから。昨日の宴会の名残りもあって、2人とも朝ねぼうしてしまい、朝ごはんは9時ごろから食べさせてもらった。事前に朝ごはんは8時からと聞いていたので、私達が最後かなと思っていたら、他の人達は10時ごろに食べていた。昨日の津嘉山荘は「8時厳守!」という感じだったのでそのギャップに笑ってしまった(笑) ゆくいの常連さんによれば、「そこがゆくいのええところ」なんだそう。そうだろうな、宿に「きっちりした仕事」を求める人はともかく、「居心地のいいゆるさ加減」を期待するならここはうってつけだろうなー。

最終日は特に予定もなかったので、飛行機の便が出る4時すぎまでまだ行っていない場所をドライブすることに。同じ便で神戸に帰る常連さんが案内役を申し出てくれて、お言葉に甘えることにしました。

e0066369_171247.jpg
まずは一番の名所、東平安名崎(ひがしへんなざき)へ。ここは日本百景にも選ばれている宮古島を代表する観光地です。宮古島の東の端に海に向かって2kmも伸びる岬で、突端には灯台があり、そこに向かう道路の両側には緑が茂り、春には百合が咲き乱れて本当に美しいそうです。この日はあいにくの天気だったので(しかも近づくにつれてどんどん風雨がきつくなった…)満足のいく写真は撮れませんでしたが、晴れているときにはどんなにかキレイだろうと想像できるような場所でした。多分この次、本当にキレイな季節にこの場所を見るためにまた宮古島に来ることになるんだろうな。

e0066369_1712138.jpg
これが晴れているときの東平安名崎。

e0066369_1714370.jpg
灯台に向かって伸びる道路は車のCM撮影にも度々使われているそう。確かに絵になりますよね。また、ここは宮古島トライアスロン大会の折り返し地点でもあるのです。

e0066369_1715991.jpg
昼ごはんを食べようと、宮古一有名というてんぷら屋さん、「くになか食堂」へ。てんぷらといっても、私達が普段食べているものとは少し違って、ふわふわした厚めの衣が特徴で、あつあつに塩をふってほおばると最高。地元の人はおやつやおつまみにもするそうです。なんと1個20円!常連さんは300円分(ということは15個か)とかいっぺんに大量に買って家で食べるのだそうです。お店で宮古そば(500円)を頼むとてんぷらが3つついてきます。宮古そばもすごいボリュームなので本当におなかいっぱいになります。私は焼きそばを頼みましたが、宮古そばの麺で作った焼きそばは、中華麺とはまた違ってむちむち感がたまらなくおいしいのです。私達がやっとの思いで食べ終わると、お店のお母さんがアイスコーヒーをサービスで出してくれました。しかもそれを飲んでいると、今度は「揚げたてだからおいしいよー」と天ぷらを5つお皿に持ってテーブルに置いていきました。さすがにちょっと青くなる私達。でもお母さんの行為をムダにしてはいけないので、みんなで協力してなんとか完食。あーおなかがはちきれそう。沖縄はどこでも食事のときの盛り方が多いので有名ですが、宮古島は本島や八重山以上かもしれないなぁ…。

その後、市内中心部を観光。色んなお店の並ぶ西里通りをぶらついて、サンエー(沖縄の代表的なスーパーのチェーン)で黒糖やパインなどのお土産物を買い込んだらちょうどいい時間。レンタカーを返して空港に向かいました。あとで「シークワサー原液」と宮古名物「バナナケーキ」を買い忘れたのに気がついたけれど、これは次回の楽しみにとっておくことにしましょう。多分、いや絶対に、宮古島を再訪することになると思うので…。
[PR]
by cita_cita | 2007-06-14 20:54 | 沖縄

んみゃーち☆宮古島日記 その2

2日目の目的は生まれて初めてのダイビング体験。残念ながら天気は曇りだけれど、今沖縄は梅雨だからしかたない。船は問題なく出るということなので、朝食を食べて津嘉山荘をチェックアウトします。

e0066369_14132223.jpg
津嘉山荘の朝食。朝っぱらからまたすごいボリュームにひっくり返りそうになる。この後、半日船の上で、しかもダイビングとシュノーケリング…船酔いには強い私だけど、これだけ食べるのはさすがにちょっとドキドキ。少しだけ残しちゃいました。津嘉山荘の千代さん(お母さん)、ごめんなさい!

ダイビングショップは宮古島の北に位置する池間島にあります。そこまでは40分ほどのドライブ。晴れていれば池間大橋の眺めが最高なはずなんだけど、曇り空がうらめしい…。宮古島に行ったら池間大橋を車で走って海を見るのが夢だったんだけどなあ。

e0066369_14203779.jpg
ダイビング中はカメラをしまっておいたので写真はこれ1枚だけ。船で移動する最中に池間大橋の下から撮ったものです。これでも十分キレイなんだけど、でもやっぱり今度は晴れているときにリベンジしたいな。

体験ダイビングは、最初は緊張していて耳抜きができているのかできていないのか自分で分からず(多分できていたらしい)かなりドキドキしましたが、途中からは楽しくなってきてあっという間に終わってしまいました。海の中で息ができるってすごいことですね!ダイバーが聞いたら笑われるかもしれないけど、今までシュノーケリングで見ていた世界とまた違う感覚に感激しました。インストラクターの人が時々水中で文字を書いて説明をしてくれたのだけど、オジサン(変な名前…)という魚がいて、普段は白いのだけど、体についた寄生虫を他の魚に食べてもらっているときに赤くなる瞬間を見られておもしろかったです。ダイビング体験が終わった後は自由にシュノーケリングをさせてもらえたので、これまた楽しかった。私が今回潜ったのは池間島のさらに北に広がる八重干瀬(やびじ)といわれる日本最大級のサンゴ礁なのです。ここのサンゴは本当に種類も色もさまざまで、竜宮城みたいなイメージでした。

3時ごろ陸に戻った後は池間島をドライブし、2日目の宿である「ゲストハウスゆくい」へ。ここは宮古島の北のはずれの狩俣という集落に唯一ある宿で、以前ここに泊まったことのある友達の紹介で知りました。この宿は夜、必ずといっていいほど宴会があるとか。そして途中からは地元の人も混ざってかなりディープでローカル色の濃い飲み会になるというので楽しみにしてきました。

e0066369_9205587.jpg
池間島ドライブの途中、立ち寄った浜で貝殻を拾うきなち。オトメだなあ…。

e0066369_9132759.jpg
少し迷いながら到着したゆくいは想像以上に清潔で居心地のいい宿でした。こざっぱりした部屋には縁側があって、緑の芝生が広がる庭がよく見え、風通しもよく部屋でのんびり過ごすのに最適。しかも、宿泊客が集まる部屋(ここでご飯も食べるし宴会もする)もすごく開放的で、初めて泊まる私達にも入りにくい雰囲気が全くない。(たまに常連さんたちの中に入りにくい宿ってあるんですよね…)

e0066369_924626.jpg
ゆくいの晩御飯は7時から(この日はスペシャルでやぎ汁付きだった!)、そしてそのまま泡盛が出てきて(ビールは有料だけど泡盛は飲み放題)何となく宴会に突入し、9時ごろまでは主に宿泊客だけなのだけど、遅くなるにつれ近くに住む地元の人たちが入れ替わり立ち代り遊びに来る。その間もどんどん泡盛は消費され、ギターや三線で歌を歌う人もいて大盛り上がり。

e0066369_9215830.jpg
三線も登場した宴会中盤の風景。この周りにもテーブルがあり、皆思い思いの場所で好き勝手に飲んでる。同行の友人きなちはというと、私の知らない間にアーサー(宿の飼い犬)の散歩に行ったまま、2時間近く戻ってこないので心配していたら、散歩の途中に近所の家でトイレを借りたついでにそのまま宴会に参加したあげく、その帰りに転んで、ひじやひざから血をたれ流しながらもどってきた…もう知らんわ…(笑)

そして夜も吹け、11時半ごろだったでしょうか、私もさすがにお酒が回ってきてそろそろお開きかなあと思ったころ、突然始まったのです。そう、宮古名物のオトーリが。オトーリというのは宮古独特のお酒の飲み方。みんなで輪になって、1つのグラスでエンドレスにお酒を回し続け、飲み続ける、お酒が弱い人にとっては恐怖の宴会なのです。近所のおじさん(名前は忘れた)がおもむろに立ち上がって「じゃあ、オトーリを回しましょうねぇ」と言ったが最後、オトーリタイムに突入です。まず、言いだしっぺのおじさんが「親」になって立ち上がって口上(短いスピーチ)を述べます。話し終えたらグラスの泡盛を飲み干し、隣の人から順番にお酒を注いで回り、自分に注がれたお酒は一気に飲み干さないといけません。これが一周したら、最後親はもう一杯飲んで、新しい親を指名して次につなぎます。次に親になった人も同じように口上を述べて…とこれが延々続く。親が1周したら終わりかというとそうではなく、そのまま2周目に突入しエンドレスに続きます。この日は少なくとも10人はいたから、場が1周して最後の人まで親が回るまでに全員10杯+1杯飲む計算だというと、どれぐらいハードか分かりますか?グラスは今は小さいショットグラスのサイズが一般的みたいですが、昔は普通のコップだったそうです。お酒に強いといわれる沖縄の人の中でも、宮古の人の強さは有名だそうで、那覇などの結婚式で宮古人が集まるテーブルがあると、みんなそこには近づかないとかなんとか…(盛り上がるとつぶれるまで飲まされるかららしい)

私はオトーリが始まるまでに結構飲んでしまっていたのと、昼間の海の疲れもあり、何番目かに自分に親が回ってきて、口上を述べ(何を言ったか忘れた)みんなにグラスを回したらほっとしてどどーんと酔いと眠気が襲ってきて、そぅーっとその場をフェードアウトしました。(あとで聞いたら、みんなに断ってから立ち去るのは逆にマナー違反らしい)一緒にいたきなちはハイテンションで親を立派にやり遂げていたけど、あの後どのぐらい飲んだのかな…。彼女が部屋に戻ってきたとき、私はぐっすり眠っていて全く気付かなかったけれど、3時過ぎまで続いていたそうです。それにしてもみんなお酒が強くてびっくりです。
[PR]
by cita_cita | 2007-06-13 20:50 | 沖縄

んみゃーち☆宮古島日記 その1

e0066369_1510479.jpg
今まで沖縄といえば本島と八重山諸島にしか行ったことの無かった私ですが、ようやく念願の宮古島に行ってきました!

那覇経由の便だったため、せっかくだから那覇で昼ごはんでもと思い、朝早い便で那覇に行き、宮古行きのフライトまでの空き時間(3時間半)を利用して市内をぶらぶらしました。おもろまちのDFSにも行こうかなと思ったのですが、あちこち行くと移動時間がもったいないので、結局国際通りと公設市場周辺を散歩。お土産も先に国際通りで調達して、自宅に送っちゃいました(笑)。昼ごはんは市場近くのナイスネスというカレー屋さんでタイカレーをいただきました。

e0066369_15102587.jpg
ナイスネスのタイカレー。辛さは比較的マイルドでココナツが効いていておいしかったです。ソムタム(青いパパイヤのサラダ)とドリンクをつけて750円。

e0066369_1594866.jpg
13:40の便で宮古島へ。この日の宮古島は梅雨の晴れ間で、上空からも海がきれいに見えました!

平良市内でレンタカーを借り、何をしようかーと考えて、まずは宮古そばを。(昼ごはん食べたのだけどなー)何軒か候補があったのですが、気になっていた古謝そば店に行ってみました。

e0066369_15112852.jpg
古謝そば店の看板メニュー、宮古そば(小サイズ)。麺も具もおいしいのだけど、スープが最高!かつおの風味がガッツリ効いていて、なんかほっとする味。

e0066369_15115572.jpg
ここから近くの来間島までドライブ。島までは、来間大橋を渡っていきます。海の上を車で走るのは本当に気持ちいい!

e0066369_15144929.jpg
来間島にある展望台から対岸の与那覇前浜を見るとこんな風景。写真では分かりにくいですがビーチ沿いの海がエメラルドブルーに明るく輝いて本当にきれいです。

e0066369_1512522.jpg
今回のレンタカーは真っ赤なマーチでした。いつもシルバーとか白ばかりだから、赤がうれしい!

1泊目の宿は、与那覇前浜近くの津嘉山荘。ここは明るく豪快なお母さんが作るボリュームたっぷりのご飯で有名な農家民宿。晩ごはんは6時からということなので、シャワーを浴びてクーラーの聞いた部屋でビール飲みつつゴロゴロと待機。

e0066369_15133150.jpg
これが津嘉山荘の晩ごはんです。この後、さらに具たっぷりの味噌汁とごはんが出てきてテーブルの上は大変なことに。

ごはんの後、他のお客さんたちと喋っていると夜も更けてきたのでこの日は翌日に備えて早めに就寝。宮古島といえば沖縄の中でもお酒が強いことで有名ですが、津嘉山荘はそういうタイプの宿ではないらしく、お客さんもお酒を飲まない人が多いようです。
[PR]
by cita_cita | 2007-06-12 20:40 | 沖縄

我が家の"初”沖縄旅珍道中記

e0066369_0525760.jpg
金曜日に休みを取って、週末の3日間沖縄に行ってきました。
今回は両親を連れての旅だったので、いつもの気ままな旅行ではなく家族サービスに徹しました。小さなケンカは数え切れないほどしましたが、まあそこは親子なので5分ぐらい険悪になった後は誰かしら、何事もなかったかのように話し始めるという感じで3日間なんとか終了。(車での移動が多かったので、あの小さな密室空間で大の大人が3人も肩寄せあっていればそりゃストレス溜まるわな…笑)

父親が車椅子に乗っていることもあって、なかなか遠出はできないのですが、今回は思い切って初めて飛行機に乗ってもらうことに…。両親が飛行機に乗るのはこれが人生で2回目。最初は新婚旅行の八丈島だったそうで、大阪から東京までがジャンボ、そこから八丈島までは小さなプロペラ機だったとか…。もちろんその時は車椅子ではなかったので、実際に車椅子で飛行機に乗るときやレンタカーを借りるときにどうすればいいなど分からないことだらけで、出発までの下調べや手配はなかなか大変でしたが、実際にやってみると「なんだ、いけるやん」という感じでした。これをきっかけにいつか海外進出なんて出来たらいいなぁ…ってちょっと調子のりすぎ?

具体的には自宅から空港までは家の車で。伊丹便と神戸便のどちらにするか迷ったのですが、自宅から近い伊丹よりも神戸にしました。その理由は飛行機の時間が適当だったことと、神戸空港のほうが小さいので駐車場から建物間や、空港内での移動が極力少ないと予測したこと、そして駐車料金がずいぶん違うことなどでした。なんと神戸空港は最初の24時間は駐車料金無料なんですよー!太っ腹ですね。事前に車椅子であることを連絡しておいたので、空港でチェックインするときに車椅子を預け、空港内移動用の車椅子に乗り換えます。乗るときは一番最初に乗るので、それに合わせて空港にも早めに到着する必要があります。(逆に降りるときは最後です)車椅子でゲートまで行くと、係員が飛行機の入り口まで案内してくれて、車椅子の両側にある大きな車輪が取り外され、椅子に小さなキャスターが付いた状態になります。これで、このまま飛行機に乗りこむことができます。係員の手助けを借りてシートに移動し、これで完了!トイレは乗る前に済ませることが大前提ですが、どうしても行きたくなった場合、ある程度以上の大きさの飛行機(通路が縦に2列以上ある機体)には1つだけ少し広めの多目的トイレが付いています。ここならなんとか車椅子で中まで入れますし(狭いですが)、赤ちゃんのオムツを替えたりもできますよ。目的地に到着するとカウンターで自分の車椅子を受け取って完了です!

さて、次に悩んだのがレンタカー。何しろ、那覇空港のレンタカー待ちの行列って半端じゃないし、DFSの営業所でもかなりの待ち時間。でも、それ以前に空港から営業所に行くためのマイクロバスに車椅子の人間が乗り込むことは不可能。なにしろ段差ひとつあったらもう上がれないんです。DFSならゆいレールに乗ってとりあえず行くことは可能だけどそこから1時間待ちではもう若くもない両親のこと、くたびれはてられては困る!というわけで交渉開始。いつも使っているレンタカー会社と事前に何度もやりとりをして、空港まで車をデリバリーしてもらうことを了承してもらいました。空港には車を長時間停めておけないので、到着してから営業所に連絡して、車を運んでもらいました。レンタカーの安い沖縄でも破格の値段設定で有名なこの会社が、何の得にもならないのに貴重なスタッフを使ってここまで対応してくれたことに本当に感謝します!

e0066369_0552193.jpg
本部のそばの名店「きしもと食堂」の沖縄そば

e0066369_0555325.jpg
こっちは同じく「きしもと食堂」のじゅうしい(炊き込みご飯)

もちろんホテルもバリアフリーでないといけないんですよね。それもロビーやレストランだけでなく、部屋のバスルームもバリアフリーでないと夜中のトイレなど困ります。この条件に絞って探すと非常に限られるのですが、それでもなんとか1泊目は読谷の残波岬ロイヤルホテル、2泊目は那覇のハーバービューホテルで部屋が確保できました。どちらのホテルもそつなく対応して下さり(特にハーバービューホテルの全てのスタッフは車椅子を見たとたんパッと動いてエレベータを呼んでくれるなど素晴らしかった)本当に助かりました。

e0066369_0542272.jpg
読谷のホテルの目の前には、あの御菓子御殿の本店が!

e0066369_052231.jpg
観光で訪れたのは、美ら海水族館、首里城、そしてひめゆり平和祈念館の3箇所でした。このどの施設も完全にバリアフリー対応になっており、スムーズに動くことができました。美ら海水族館については、行ったことがあったので想像はつきましたが、やはりスタッフの応対も行き届いていて、雨が降っている中駐車場に帰る際などは(帰りはかなりの上り坂)園内パトロールカー(そのまま車椅子ごと乗り込めるウェルキャブ車になってる)に乗せてもらって濡れずに戻ることもでき、いたれりつくせり。それに展示の水槽もほとんどが車椅子目線の高さからでも十分楽しめるようになっていて大満足でした。(美術館などだと、混んでいるときには前にいかないと見えないのですが、近すぎると首が疲れて見ていられないのです…)

e0066369_0564321.jpg
水族館のカフェではこんな光景を見ながらお茶を楽しめます。

e0066369_0583669.jpg
ふと大水槽の下のほうに目をやると…サメやエイがずらり並んで休憩中!鴨川現象か!?

e0066369_0532245.jpg
でも、水族館以上にびっくりしたのが首里城。近代的な建築物と違い、構造的にかなり制限のある建物であそこまで対応している施設は少ないと思います。エレベーターを付けられない部分などもリフト(よく駅の階段の横についてるもの)などを駆使してひと通りきちんと観光できるようになっています。そして予想を裏切るほどおいしかったのが首里城併設のレストランの昼ごはん!街中のおいしい食堂の多くは段差があって入れないので、あきらめてホテルやショッピングセンターで食べていたのですが、このレストランのゴーヤチャンプル、豆腐チャンプル、そしていなむどぅち(白味噌仕立ての豚汁)はアツアツで、味もちょうどよく、ボリュームもあって最高でした。また食べに行きたいぐらい…

e0066369_0534152.jpg
これがいなむどぅち定食。じゅうしい、ミミガー、太もずく、パパイヤの漬物が付いてる。

e0066369_0573150.jpg
首里城でやっていた琉球舞踊。日曜は三線や太鼓の生演奏つき。

そして両親の念願のひめゆりの塔をお参りできたのもよかったです。今年の2月に行ったときと同じく体験談のビデオに釘付けになってしまい、とても時間が足りなかったのが残念でしたが…。今回は実際にひめゆり部隊にいらっしゃった女性が2人、説明員として当時の外科壕の様子を語ってくださって、貴重な話を聞くことができました。両親も「本当に来てよかった」と言ってくれてほっとしました。

こんな感じでガイド役に徹しつつ何とか終わった今回の旅行でしたが、ツアコンという仕事の大変さを肌で感じつつも機会があればまた家族旅行に行きたいなと思うのでありました…。
[PR]
by cita_cita | 2006-12-21 00:45 | 沖縄

ボランティアwith三線クラブ

e0066369_0362886.jpg
三線クラブのグループで、大阪西区にある老人ホームにボランティア演奏に行ってきました。なのにこの肝心な時に、2,3日前から風邪気味で声がうまく出なくて焦った...

この日は1時間ぐらいで、演奏した曲は新安里屋ゆんた、十九の春、てぃんさぐぬ花、芭蕉布、花、目出度節、島人の宝、涙そうそう、満月の夕でした。オジー自慢のオリオンビールは密かに練習してたけど結局やりませんでした。(”オジー”はちゃんと弾けないからもっぱら唄担当の私...次回までにはちゃんと練習せな...)クリスマスの飾りがにぎやかなホームの談話室で沖縄民謡というのがなんともいえずミスマッチでおかしかった。前を見ながら歌うと、節に合わせて一生懸命うなずいてくれてるおじいちゃんおばあちゃんもいて、うれしかったです。慰問に行ったはずが、こっちが元気もらいました。

今回みんなで弾いてて思ったけど、目出度節はやっぱり大勢で大きな声で歌うと楽しいなぁ。家で練習するとつぶやくようにしか歌えないからつまんないや(笑)
[PR]
by cita_cita | 2006-12-14 00:36 | 沖縄

「読めば宮古!」 さいが族

e0066369_13342342.jpg
このとーってもマニアックな本はみやこんちゅー(宮古島の人)の家庭に生まれ、今は滋賀に住んでいるかじまやぁさんからお借りした大切な本です。時間があるときに少しずつ読んでいたのですが、ところどころ「えっ!ホント?」とびっくりしたり、思わずププッっと笑ってしまったりするネタが満載ですごく楽しめました。こういう本は一気に読んでしまうよりも、気が向いたときに少しずつ何度も読んでニヤニヤするのが楽しいですよねー。

宮古島で子供時代を過ごした人達(今でも宮古在住の人もいれば、宮古を離れて暮らしている人もいます)から宮古に関するディープなネタを集めた本で、これを読むと宮古島という場所のユニークさ、他にない独特な魅力がよく分かります。私は残念ながらまだ宮古島に行ったことがないのですが、これを読むとますます行きたくなってしまいました。きっと、沖縄の他の地域(本島や八重山)に住んでいる人にとっても知らない話がいっぱい載っているのではないでしょうか。

中でも私のツボに入ったエピソードを少し。
①宮古島では「あいじゃ!」という言葉がある。これはおどろいたときに叫ぶ言葉なんだけど、なぜか水(液体)が体にかかったときにしか使わないらしい…なんでそんなにピンポイントなの?ちなみに水がかかったとき以外は、「あがっ」とか「あばっ」とか「おごえっ」と言うらしい。

②宮古は地下水が豊富なため、水が格安で販売されていて、水の自動販売機もある。価格はめちゃくちゃ安くて500ℓで10円、5000ℓが100円だそう。ある内地出身者が初めて水を買いに行ったとき、相場が全くわからず、なんとなく適当に300円入れたとたん、上から水がものすごい勢いで落ちてきて、何が起こったのかわけがわからず、畑仕事していたオジイから「水を大切にしろ!」と一喝されるまで呆然と立ち尽くしていたらしい。その間も15,000ℓの水は延々流れ続けたそう。だってドラム缶8本分だもの、そりゃ怒られるわな。

③宮古出身の女の子がアメリカに住んでいたとき、LAで人気のクラブで踊っている最中にいきなり実家の隣に住むみのるオジイの声が大音響で聴こえてきてびっくり。「あいーやいやーい やいやいやー、やあいや ややあいや やいやーあ♪」「えっ、なんでみのるオジイがここに!?」と周りを見渡してもオジイの姿は見えず、気持ちよく踊るアメリカ人の姿が見えるのみ。呆然としていると友達が「いい唄でしょ?エニグマっていうヨーロッパのグループの唄で、このアカペラ部分は、なんでもアジアの歌い手の声をリミックスしてるらしいよ。今、パリでもNo.1の曲だよ。」と教えてくれて、「みのるオジイ、酔っ払って三線弾いて歌ってるだけかと思ったらいつのまに! フランスでCD出すなんてすごい!」と感動しながら踊り明かした。その後、これはみのるオジイではなく、台湾の少数民族の唄だったと判明。
多分この曲、エニグマのReturn to Innocence でしょうね。これを読んで以来、iPodでこの曲を聴くたびニヤニヤせずにはいられなくなってしまいました。どうしてくれるんだ(笑)

なお、この本の続編、「書けば宮古!」も発売中だそうです。
[PR]
by cita_cita | 2006-10-12 21:11 | 沖縄

沖縄やんばる旅2006 その4

e0066369_1435744.jpg
沖縄3日目、最終日です。この日の帰りの飛行機は18:25発なので、時間的には結構余
裕があります。今帰仁を早めに出発し、行ったことの無いコザや北谷を訪れてみようかとも思ったのですが、この日は月曜日。その辺りに行くなら賑やかな週末の方がいいという話も聞いたので、今回は今帰仁周辺で午後までゆっくりしてそのまま那覇に戻ることにしました。

朝起きるとなんと結家の主である結ねぇが帰ってきていました。早朝5時に戻ってきたそう。出発するまでに念願の結ねぇに会えてカンゲキ!結ねぇは思っていたよりずっと小柄で若くて、とても女一人でこの宿を切り盛りしている人とは信じられないほど。すっごく明るくて表情がコロコロ変わって、いるだけで安心できるようなステキな女性です。以前から結家に泊まってみたかったこと、この宿の居心地の良さに感激したことなど、短い時間でしたがお話させてもらいました。

e0066369_1441319.jpg
結家の前で結ねぇと。また遊びにきます!

朝ごはんを食べてまだ日差しが強くなる前、人が少ない時間に今帰仁城跡を見ようと9時前に車で出発。結家から今帰仁城跡までは車でわずか5分の距離です。案の定、駐車場にもまだ車は少なく人もまばらです。入り口で切符を買って中に入ろうとすると「無料ガイド」のお知らせが目に入りました。ふと興味を引かれて受付の女性に尋ねると所要時間は40分ほどで、1人からでも案内してくれるとのこと。せっかくここまで来たのだし、時間もまだまだたっぷりあるので案内してもらうことにしました。私は歴史は大好きだけれど、戦前戦後はともかく、沖縄の中世の歴史については全くといっていいほど知識がなかったので、きっと案内があったほうがより城跡を身近に感じられると思ったのです。今考えてみれば、この時この選択をした自分の直感を褒めてやりたい気分です…。

私を案内してくださることになったのは、仲嶺さんという方。今帰仁村にお住まいで、地元で今帰仁城跡のボランティアガイドをされています。「ガイドを頼まれるということは歴史はお好きなのですね?」と聞かれたので「いえ、実は沖縄の歴史についてはほとんど知らないのでぜひ詳しいガイドさんに案内いただきたいと思ってお願いしました」と正直に答えました。今帰仁城は、今は建物はなく城郭しか残っていませんが、ちょっと万里の長城を思わせるような雄大な場所です。高台にあって、後方にははるか遠く続く海が広がっています。沖縄全体が3つの小国家(北山・中山・南山)に分かれていた13世紀末ごろから14世紀にかけての築城で、15世紀に中山の王によって滅ぼされたそうです。これぐらいの説明なら、ガイドブックを読んでも分かるのですが、仲嶺さんのガイドはどんな本にも載っていないような説明で、非常に興味深く、思わず色々と質問攻めにしてしまいました。

e0066369_1464498.jpg
入り口手前の参道には立派な階段があるのですが、それは築城当時は無く、後になって地元の人達が参道(最初は階段でなく坂道だったそう)を新たに作ったそうです。ところが第2次世界大戦のさなか、この地域にも米軍が大挙して押し寄せてきて、石でできたこの参道を戦車で進むための通路として活用し始めたのだそうです。それに驚いた今帰仁の住民は慌ててその参道を階段に作り変えて人間以外は通れないようにしたのだそうです。でも、その結果今帰仁城跡は現在の形で残されたのかもしれませんね。沖縄戦というとどうしても南部戦跡を訪れた時の印象が強く、北部の被害はどのようなものだったのかイメージできなかったのですが、仲嶺さんによると沖縄全土、どこも被害の無いところはなかったそうです。確かに戦況が進むに連れ、戦線が南下していったので、南部は最後まで激戦地となり多数の犠牲者や集団自決などが発生しましたが、もちろんこの北部にも大量の米軍がやってきて大きな被害が出たそうです。すぐ近くにある伊江島に日本軍の飛行場があったため、米軍の攻撃のターゲットとなり、一面焼け野原になって、このあたりも地形が変わるほどの砲撃にあいました。今でも伊江島には米軍の演習場があります。沖縄ではどこを歩いても戦争と無縁の場所はないということを改めて感じました。一方、昨日訪れたやんばるの森が自然のまま残っているのは米軍の管理地が多いため開発が遅れたせいだとも聞きましたが、それも皮肉な話ですね…。

e0066369_1471621.jpg
城郭の内側に入ると、内部は様々なスペースに分かれています。高さもまちまちで、広い敷地の中にかつてはたくさんの建物が立てられていたのが分かります。その中には、拝みのための場所、集会や儀式のための場所、女官たちの生活の場などがありました。今帰仁城の城郭の特徴としては、その強固な石組みがあります。首里城をはじめとする沖縄の他の城と違う石灰岩がこの城には使われています。前者は比較的柔らかく、加工しやすいため、石を積み上げるときにも組みやすい形に削って形を整え、積むことができるそうです。ところが、この今帰仁城に使われている石灰岩は非常に硬く、石切り場から運んできても、最初からぴったりあうサイズがない場合は金づちのようなもので割り砕いて、少しずつ合う形を探して少しずつ組み上げたそうです。もちろん砂やセメントのようなつなぎは何一つ使われておらず、それが14世紀から台風や戦火にも耐え、ほとんど崩れないままに残っていることは奇跡的です。その理由を仲嶺さんに尋ねてみましたが、やはり技術以外の何ものでもないだろうとのことでした。調べてみると、非常に高度な技術で石の力のバランスが保てるように石が組み合わされているそうです。14世紀当時、沖縄は既に中国や韓国と活発な交易があったため、日本より進んだ建築技術を持っていたそれらの国から技術を学ぶ機会が多かったのでしょう。

e0066369_1473270.jpg
御内原(うーちばる)と呼ばれる女官たちのための奥座敷にあたる場所が一番の高台で、素晴らしい展望が望めます。ここに立っているとき、仲嶺さんが海の方を指差し、面白いことを教えてくれました。海岸線から沖の方を見ると、白く波が立っているラインがあります。それは長く横に広がっているのですが、そこにサンゴ礁があるのだそうです。そこで海の流れが変わるため波がぶつかって白く立つのだそうです。ところが2箇所ほどその波が途切れている場所があります。仲嶺さんはあそこが船の入り口だと教えてくれました。そこだけサンゴ礁がないため、波も立たないし、船はそこからだとサンゴを避けて入ってくることができるのだそうです。悲しいことに、戦時中米軍が攻めて来たときにもやっぱりそこを狙って上陸してきたのだそうです。なぜそんな地形になるのかというとちゃんと理由はあって、この場所は今帰仁城跡の近くを流れる志慶真(しげま)川の河口の先にあたり、そこから真水が流れ込むため海水と真水が混じりあってしまい、サンゴは育たないのだそうです。海の近くで生活する人達はみんな当たり前のように生活の中でそれを知っていることをあらためてすごいと感じました。私は近くに海のない地域で育ったので、この歳になるまでそんなことを考えたこともなかったのです。「海人(うみんちゅ)」という言葉が頭をよぎりました。

e0066369_1462224.jpg
約1時間ほどで今帰仁城跡の散策を終え、受付に戻ってきてからも仲嶺さんとの話は尽きず、別れがたくて結局それから30分以上も色々立ち話をしてしまいました。仲嶺さんの話、私の話、お互いに、本当に色々話をしました。仲嶺さんは戦時中9歳で、終戦後に米軍キャンプ内での仕事を経てペルーに移民し、日系ペルー人の奥様とご結構されて生まれ故郷の沖縄に戻ってこられたのだそうです。ボランティアガイドとしても得意の英語やスペイン語を使って沖縄のことを多くの人に伝えたいと、熱心に勉強を続けておられることをお聞きし、本当に心を打たれました。私の思うことにも真剣に耳を傾けてくださり、いいアドバイスもたくさんいただきました。ちょうど9月に新しい業務の担当となり、毎日がただ訳の分からないまま忙しく過ぎていく中で色々思うことが多かったこの時期に、仲嶺さんのような方にお会いできて、本当に神様に感謝したい気持ちでいっぱいになりました。まだまだ話したいことはたくさんあって、時間が過ぎるのが本当に惜しかったのですが、次回は仲嶺さんに会うためにまたこの地を訪れますと約束し、連絡先を交換してお別れの挨拶をしました。

その後、宿で一緒だった幸子ちゃんという名古屋の女の子と合流して一緒に美ら海水族館を訪れました。今回で2回目となるこの水族館ですが、やっぱり行ってよかった!あの巨大水槽。あの元気いっぱいの美しいサンゴと魚達。それを見れるだけでも何度も行く価値のある所です。

e0066369_148125.jpg
「黒潮の海」という名の大水槽。この前に立つと時間を忘れます…。ここにいる人はみんな笑顔。その中にいるだけで幸せな気持ちになれそう。

e0066369_1493845.jpg
ジンベイのおなか。自分の小ささを感じますねー。

e0066369_1502793.jpg
こっちはマンタ。ダイビングしない人でも見られます!

水族館は2回目だったにもかかわらず、やっぱり結構熱心に見入ってしまい、那覇に向けて出発しないといけない時間がせまってきました。あわてて最後の昼ごはんを食べに、気になっていた店にいくことに。そのお店の名前は「花人逢(かじんほう)」。美ら海水族館から車で10分ほどの山の中にある人気のピザ屋さんです。前からガイドブックなどで名前を知っていたのですが、今回の旅の最中に出会った色んな人から「あの店のピザはおいしい」と聞く機会があり、最後の昼ごはんはここで食べることにしました。

e0066369_1484512.jpg
めずらしい生アセロラジュース。すっごくさわやかで甘酸っぱくておいしい!!また飲みたい!

e0066369_1512315.jpg
これが名物ピザ。小さいほうのサイズ(1~2人用)。大きいのもありますよ。ナポリ風のパリパリのではなく、パン生地っぽくふわふわした感じで、窯で焼いた香ばしさがたまりません。チーズもすっごくおいしかった!!これもまた食べた~い!

e0066369_1522423.jpg
これが花人逢の人気のテラス席。高台にあるので景色は最高です。車の運転さえなけばピザにビールで決まりなんですけどね…笑

名残りを惜しみながらも高速に乗り、一路那覇へ。時間があればどこかに寄り道…と思ったのですが、意外と時間はギリギリで(私はタイムマネジメントが超苦手…)慌ててレンタカーを返却し、そのまま空港へ送ってもらいました。というわけで今回の2泊3日沖縄やんばる旅行は終わりです。今回私の旅をすばらしいものにしてくれたたくさんの人たちに感謝しつつ、また次にやんばるに行ける日を楽しみに仕事に励みます…。
[PR]
by cita_cita | 2006-10-05 01:29 | 沖縄

沖縄やんばる旅 2006 その3

沖縄の幹線道路である58号線沿い、JALプライベートリゾートオクマがある奥間の近くに、道の駅ゆいゆい国頭(くにがみ)という場所があります。この手前の道を右折して山の方に入っていくと比地大滝という滝に向かうトレッキングコースの入り口があります。ここはやんばる地域でも人気のエコツアーのメッカになっていて、亜熱帯林の植物の茂る森の中を川の流れに沿ってさかのぼっていくとやがて大きな滝に到達するというコースで、道もよく整備されていて途中色々この地方特有の生き物も見られるのです。「なんくるなく、ない」の中でよしもとばななさんが案内してもらったのも、この近辺の森だと思います。というのは、その本の中でばななさんを案内されたエコガイドの久高将和さんという方が道の駅ゆいゆい国頭に事務所がある国頭ツーリズム協会の所属だったのです。本当は私もこの協会のツアーに参加したかったのですが、前日までにツアー参加希望者が私だけだったため、ツアーそのものの催行がなかったのです。今考えれば、せっかくあそこまで行ったのだからツアー参加でなくても1人で個人ガイドをお願いすればよかったかなと、ちょっぴり後悔していますが、まあ、そこに行くまでにもたくさん楽しい体験ができたので、次回の楽しみにとっておこうかと思います。

e0066369_23562443.jpg
プロのガイドに案内してもらうとやはり一人では見落としてしまうような小さな生き物や植物を詳しい解説つきで案内してもらうことができるので楽しさは倍増だと思います。とはいえ、一人で歩くのが無理かというと、コースは歩きやすくキレイに整備されているので迷うことや危ないことはありません。ただ、かなり長いコースなので、疲れているときや時間の少ないときに行くと滝まで到達して戻るのは結構しんどいかもしれません。実は私も、歩き始めたのがもう3時前だったため、この後に行く予定の辺戸岬や奥集落までの道のりを考えて途中であきらめて戻ってきてしまいました。あとで地図を見るとまだコースのちょうど半分ぐらいでした…(笑) これは絶対次回リベンジしないと…。コースの途中でやたら子供連れのアメリカ人家族とすれ違うのが印象的でした。すれ違うときも「Hello!」とか「コンニチハ」ってちゃんとあいさつを交し合います。あとで知ったのですが、奥間には奥間レストセンターという米軍関係者及びその家族の福利厚生施設があるので、在日の米軍関係者が家族サービスでここに訪れることが多いのかもしれないですね。

e0066369_23564178.jpg
見上げるとどこまでもどこまでも深い森…

e0066369_235657100.jpg
その奥も一面やんばるの森…。

e0066369_23571362.jpg
e0066369_23572776.jpg
こんなキレイな色のトンボを見つけました!

e0066369_23574012.jpg
遊歩道はきれいに整備されています。

e0066369_23581297.jpg
さて、後ろ髪ひかれつつトレッキングコースをあとにしてさらにさらに北上。目指すは沖縄本島最北端の辺戸岬(へどみさき)です。やはりやんばるに来たからには一度はここに行かないと…。同じ宿の常連さんには「辺戸岬って行っても、何もないよー。宿でゆっくりのんびり遊ぼうよー」って言われたのだけど、それは分かっていてもやっぱり一回は行ってみたいのです。「辺戸岬」の標識を見ながらひたすら車を走らせること約20分ほどで到着しました。途中、「茅打ちバンタ」に行く道が分かれていたのですが、迷った挙句結局通過してしまいました。茅打ちバンタというのは、辺戸岬の手前にある70mの断崖絶壁の名所です。バンタは地元の言葉で崖を意味するそうです。なぜ茅打ちバンタというかというと、束ねた茅を崖の上から投げ込むとあまりの高さと風の強さにバラバラになってしまうことからこう呼ばれるようになったそうです。ここから見る海は絶景で、その海の底には遺跡もあって、ダイビングスポットにもなっているそうです…。こう書いているうちにやっぱり行っておけばよかったと、ちょっぴり後悔している私です(笑) その茅打ちバンタを横目に通りすぎ、到着した辺戸岬。隆起サンゴ礁でできた岸壁はなんとなく波照間の高那崎を思い出させます。沖縄がアメリカの統治下にあったとき、当時の日本最南端だった鹿児島の与論島から船で当時の国境線北緯27度まで移動し、その船から照らされるサーチライトとこの岬で上げたのろしで互いに本土復帰を祈る催し(かがり火集会)があったそうです。

e0066369_23582774.jpg
祖国復帰闘争記念碑というのが建てられていました。ちょっと長いし、硬い文章なのですがここに記されている文章をご紹介します。

祖国復帰闘争碑
全国のそして全世界の友人へ贈る。
 吹き渡る風の音に耳を傾けよ。権力に抗し復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ。打ち寄せる波濤の響きを聞け。戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ。

 “鉄の暴風”やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は、米軍占領に引き続き、一九五二年四月二八日サンフランシスコ「平和」条約第三条により、屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた。米国の支配は傲慢で県民の自由と人権を蹂躙した。祖国日本は海の彼方に遠く、沖縄県民の声は空しく消えた。われわれの闘いは蟷螂の斧に擬された。

 しかし独立と平和を闘う世界の人々との連帯であることを信じ、全国民に呼びかけ、全世界の人々に訴えた。

 見よ、平和にたたずまう宜名真の里から、二七度線を断つ小舟は船出し、舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ。今踏まえている土こそ、辺土区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ。一九七二年五月一五日、沖縄の祖国復帰は実現した。しかし県民の平和への願いは叶えられず、日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。

 しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのでもなく、ましてや勝利を記念するためにあるのでもない。

 闘いをふり返り、大衆が信じ合い、自らの力を確め合い、決意を新たにし合うためにこそあり、人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の攝理の下に生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある。


これを読めば分かりますが、この記念碑は決して本土復帰を単純に祝うためだけの碑ではないのですね。最初はそのつもりで読んでいたので、読み進めるにつれ、最後の方でちょっとびっくりしました。そして、この地に立って、沖縄の住民と米軍の関係について改めて考えさせられました。

e0066369_2359732.jpg
辺戸岬の海は深い深いターコイズブルー。

最北端まで来たけれどもう少し車を進めます。今日の最終目的地は「奥」という集落です。奥はその名の通り、沖縄本島の最北端にある集落で、鹿児島から海を渡って那覇まで続く国道58号線の沖縄での北の起点であり、そして昨年100周年を迎えた沖縄最初の共同売店(沖縄の共同売店制度のルーツ)がある場所です。また、日本で一番早く新茶がとれるお茶の産地でもあります。

e0066369_23594853.jpg
奥共同売店。ガソリンスタンドと一緒になっていて、集落で唯一のお店です。奥の共同売店ができたいきさつについては以前ブログでもご紹介しています。こちらをご覧下さい。

e0066369_00025.jpg
これが58号線の起点。ここから終点の那覇へと続きます。ちなみにここに到達する前は58号線は鹿児島から種子島、奄美大島と続いてここに繋がっています。(もちろん海の部分は実際には道はないですけど)

奥を出たのは夕方5時。本当ならここから東側の県道70号線で帰ろうと思っていたのですが、東側の道は西側より距離が長そう(地図を見ただけでもそう思った…)なのであきらめて来た道をそのまま戻りました。結家には6時すぎに到着し、シャワーを浴びてまた「うみさち」コース。そして、宿に戻り宴会に参加してワイワイ飲んでいるうちに2日目の夜は更けていきました…。
[PR]
by cita_cita | 2006-10-02 23:57 | 沖縄

沖縄やんばる旅 2006 その2

e0066369_093021.jpg
2日目の朝、結家の窓からは素晴らしい朝焼けが見えました。これを見られただけでもここまで泊まりに来た意味があります。それほど素晴らしい朝でした。ただし朝は蚊が多いのでご用心。テラスでコーヒーを飲んでいると蚊がプゥーンといやな音を立ててやってきます。朝と夕暮れ時は蚊にとってもごはんの時間らしいです…。

e0066369_0105197.jpg
昨日買っておいた朝ごはん(ポーク玉子おにぎりとみそ汁)を食べて、早速やんばるドライブへ。まず目指したのは古宇利(こうり)島。本部半島から屋我地(やかじ)島に渡り、そこから古宇利大橋という橋を渡って言うことができる小さな島で、車だと10分ほどで一周できてしまいます。この橋が開通する前までは島の人は船で行き来していました。長さは1960mで、無料で通行できる橋の中では日本一の長さです。でもこの橋が有名なのはその長さではありません。なんと言ってもそのロケーション。エメラルドグリーンの海の上を一直線に伸びるこの橋を車で通るときの気分は渡った人でないとわからないはず。もちろん、晴れた日の景色が最高に絵になります。ちゃんと歩道もあるので散歩することもできますよ。

e0066369_011737.jpg
e0066369_0133596.jpg


私は島に渡って一周道路をゆっくりドライブしたのですが、たまに集落の方に入り込む車もあるそうです。言うまでも無く、集落は地元の皆さんの生活の場。道も狭く知らない人が自由に動き回れるところではありません。興味本位で入るのは避けたいものです。(もちろん一周道路を走るときもゆっくり安全運転が基本です)それにしてもこの橋ができる前と後とでは、この島の人の生活は本当に大きく変わったのだろうなと思います。だってそれまで船でしか行き来できず、当然、基本的には島の住民だけしか存在しない場所だったはず。それが今では島には立派な駐車場が完成し、食堂もできて繁盛していました。ビーチも活気があってとてもにぎやかです。島の人にとって、橋ができたことでよかったことも、逆に悪かったことそれぞれ色々あるのだろうな…。自分もドライブを楽しんだ身でありながら、ちょっと考えてしまいました。

e0066369_0135611.jpg
58号線に戻り、ひたすら北へ向かいます。途中、気になっていた店で昼ごはんを食べることにしました。その店の名前は前田食堂。大宜味村の津波(つは)というところにあります。この店で一番有名なのが看板メニューの牛肉そば。沖縄そばの上ににんにくと胡椒とバターで炒めたもやしと牛肉がてんこ盛りになっています。普通沖縄そばっていうと、ちょっと軽く昼ごはんという感覚なんですが、ここのはものすごいボリューム。しっかり食べたい!という時でないとキツイかもしれません。味もかなりスパイシーで黒胡椒のパンチが効いていて、具を麺と絡ませて食べると最高においしいです。毎日は無理だけど、たまにメチャクチャ食べたくなるタイプの味。やんばるドライブを計画されている方はぜひ寄ってみてほしい店です。

e0066369_014875.jpg
ほら、このボリューム!! てんこ盛りというのも大げさではないでしょ?

e0066369_026309.jpg
食べても食べても減りません!このスープの色、沖縄そばっていうより、もはやスタミナラーメン???

e0066369_020387.jpg
牛肉そばでスタミナをつけ、再び58号線を北上。途中寄ってみたかった喜如嘉(きじょか)という集落があったのでちょっとストップ。ここは芭蕉布の里と呼ばれる集落なんです。集落には芭蕉がたくさん生い茂り、芭蕉布会館という建物もあります。芭蕉布というのは沖縄の伝統的な織物で、麻より硬く丈夫で真夏でもとても涼しく昔は王族から農民まで広く愛用されたそうなのですが、作るのにものすごく手間が掛かるため今では非常に高価になってしまい、本物の芭蕉布は沖縄の人でもなかなか持つことができないみたいです。芭蕉はバナナの仲間の植物で、見た目も似ていますが、芭蕉布に使われるのは糸芭蕉といって実ではなく茎に全て栄養がいくので茎から丈夫な繊維が取れるのだそうです。実もつくけれど小さくて食べられるものではないそうです。バナナの木は実芭蕉という種類で、これは実の方に栄養が行くのですね。

この喜如嘉集落で気になるカフェがあったので一休み。カフェの名前は「小春屋」。喜如嘉集落のかなり奥の方にあって、一見普通のおうちみたい。入り口で声をかけても誰もいないようだったのでチャイムを鳴らすと優しそうなお母さんが出てきてテラスに案内してくれました。このテラスの雰囲気が最高。ちょうど裏に芭蕉畑があって、乞い緑の芭蕉をバックにお茶を飲んでいるとまるでバリ島かどこかにいるような気分。蝶やキレイな鳥もいっぱい飛んでいて、ひっきりなしに野鳥のさえずりが聞こえてくる。これは絶対に人工的に作った環境では味わえないゆったり気分です。お店には集落の人が焼いたやちむん(焼き物)がたくさん並んでいて、かなり手ごろな価格で販売されていました。やんばる産のみかん(クガ二)のジュースなどもありましたが、私はカフェオレを。途中からお母さんも出てきてくれて、この集落の話や、芭蕉の話、今行われている選挙の話、そしてバリの話(おかあさんもバリに行ったことがあったのです)などひとときのお喋りを楽しめました。

e0066369_0153395.jpg
その話の中で印象的だったのが「ブナガヤー」の話。ブナガヤーはこの地方に住む木の精だそうで、大切にすると人々に幸福をもたらしてくれるそうです。沖縄では同じくキジムナーという妖精が信じられていることはわりと有名ですが、ブナガヤーもそのような妖精だそうです。特にこの喜如嘉では大人も子供もブナガヤーの存在を信じている人が多くて、かなり具体的な目撃談などもあって私も興味津々で話を聞かせていただきました。「公民館より右の方では発見されていない。出没するのはいつも左側。」とか「昔はあの木の上によくいた」とか「あの大きな家はいつのまにかブナガヤーが建てた」とか…。サイズは子供ぐらいで顔は真っ赤で、漁がとっても上手でタコと魚の目玉が大好物らしい…。あまりにも具体的すぎる…(笑) 聞いているだけでワクワクするような話がいっぱい出てきて、本当に楽しかったです。

e0066369_0143284.jpg
これが小春屋のテラス。最高の癒し空間です。後ろの緑の植物が芭蕉です。ちなみにこの2枚上の写真は喜如嘉の集落。左手前に茂っているのはもちろん芭蕉。

e0066369_0191055.jpg
やちむんの中からそば猪口を2つ購入。沖縄の伝統的な柄ではないけどシンプルでどこか北欧チックな感じがとても気に入りました。

e0066369_019299.jpg
小春屋のおかあさんに紹介してもらって、徒歩で行ける「喜如嘉の七滝」に行ってみました。小さな滝ですが、流れが7回変わるので七滝といわれるそうです。入り口に鳥居があって、中に拝所(うがんじょ)があるので神聖な場所だと思います。空気がとてもひんやり澄んでいて滝つぼのちかくに座って深呼吸すると、すうーっとした気分になりました。

さて、喜如嘉を出て次の目的地へ。今回の旅のテーマ「やんばるの自然」を堪能できる場所へ向かいます。でもまだ先は続くのにちょっと長くなってきてしまいましたね。続きはまた次の回で…。
[PR]
by cita_cita | 2006-09-30 00:25 | 沖縄