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台湾 食とヨガの旅 その1

6/9から、10日間台湾に行ってきましたので、その様子をアップしていこうと思います。
今回の旅を計画したきっかけは、トライヨガの師匠、カリジ先生が台湾にてリトリート(合宿みたいなもの)を開催されると知ったこと。カリジ先生はアメリカに本拠を置いて活動しているのでなかなかじっくり教えてもらえる機会がないため、先生が台湾まで来るなら!と思い立ったのでした。リトリートは5日休みがあれば参加が可能だったのですが、せっかくなので長期休暇を取得して、台湾旅行も楽しんでしまおう!ということにしました。

旅の前半の5日間は台南と台北を旅して、後半5日間はどっぷりヨガというプランです。ユナイテッド航空のマイレージを使って特典航空券が取れました。直行便は空きがなかったので、行きは全日空&エアチャイナで上海経由、帰りはアシアナ航空でソウル経由です。3日ぐらいの旅行だったら時間がもったいないけど、10日もあるからまあいいか。

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上海行きのANAの窓から見えた雲。翼に矢印が書いてあって、なんだか面白い写真になりました。

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機内食は和食でした。期待していなかったのに結構おいしかったです。

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台北の桃園空港から20分ほどバスに乗って、台湾高鉄(新幹線)の駅に移動。チケット売り場は「みどりの窓口」と同じような雰囲気で、スムーズに購入ができました。

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台湾の新幹線は日本と同じ機材を使っているとは聞いていたのですが、あまりにも同じで、笑ってしまいました。違うところは、注意書きや車内放送が中国語であるところと、お客さんが台湾人なこと、そして乗務員さんの制服ぐらい。

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台南は夕立が終わったみたいでちょっと蒸し暑い。駅に近い朝代代飯店という宿にチェックインしましたが雨が降ったりやんだりしていたので、夕食はホテルの近くで軽く済ませました。汁なしビーフンとワンタンスープです。おいしかった。

実は、この1週間の台湾は日本でもニュースになるぐらいの大雨で、各地で洪水被害が発生するほど。私は幸い洪水の被害にあうことも、乗り物の遅れに遭遇することもなかったけれど、とにかく雨の降らない日は一日もありませんでした。でも、そんなことが気にならないくらい楽しい旅になったので、結果オーライです。

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2日目の朝、土砂降りの雨の音で目が覚めましたが、ホテルで朝食を食べているうちに雨はやんでくれました。ホテルでもらった地図を頼りに、さっそく台南の街歩きに出発です。まず行ったのは地元っ子に人気の連得堂というおせんべいやさん。台南で四代続く老舗だそうです。路地の分かりにくいところにありますが、店の前にお客さんがひっきりなしに来ていたので見つけることができました。

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これがそのせんべい。堅いクッキーみたいな、甘くなつかしい味です。これはプレーンで、手焼きのため1日1人限定2個しか買えません。ピーナッツ味や味噌味は3ヶ月待ちとか…(ホントかな)。

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連得堂を出てしばらく歩くと、目立つ看板の「無名豆花」というお店が。地元の人がいっぱい座ってたので、吸い寄せられるように私も入ってみました。

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紅豆豆花。ふわふわの豆腐に冷たく甘いシロップが掛かって、紅豆をオンしたデザートです。トッピングはこのほか、タピオカやピーナッツ、イチゴなど色々選べるみたい。蒸し暑くて喉が渇いていたので、喉越しのいい冷たい豆花、最高でした。ここはまた行きたいお店!

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途中、鴨母寮市場というローカル市場を発見。面白いので中を通ってみることに。

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台南名物のサバヒーというお魚です。結構骨が多くて脂が乗っています。お粥や団子にすることが多いみたい。

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市場を出て赤嵌担仔麺というお店で早めの昼ごはんを食べることにしました。台南は坦仔麺の本場で、あの度小月の本店もあるのだけど、地元ではこちらも大人気なのだそう。店内はレトロかわいい中国風インテリアで清潔感があり、いい感じです。

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名物の坦仔麺(小)と肉燥飯(台南版の魯肉飯)を注文。坦仔麺はニンニクが利いてておいしいし、肉燥飯は甘辛く日本人なら大抵好きな味!

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お店からすぐ近くにいくつか有名な観光地があったので行ってみました。これは赤嵌楼。1600年代、台湾がオランダに統治されていた時に築城されたレンガ造りの建物で、鄭成功(ていせいこう)がオランダを撃退した後に中国風の建物に作り変えたそう。

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今回の旅で初めて知った鄭成功は台湾人の尊敬するヒーローらしい。銅像の前でみんなが写真を撮っていました。そして鄭成功の母が日本人で、長崎生まれであることも知りました。旅をすると、学校の授業では全然頭に残らないようなことも興味を持てるのがいいね。

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この日はちょうど台湾の高校入試の日でした。学問の神様の銅像前には合格祈願の絵馬がいっぱい。受験票のコピーがいっぱい貼り付けてあるのが日本とは違ってびっくり。だって家の住所とか写真とか受験番号とか全部書いてあるんだもん、個人情報も何もあったもんじゃない(笑)

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次に訪れた祀典武廟というお寺でお参りをしようと思って、日本語のパンフレットがあるか聞いてみましたが無いとのこと。仕方ないのでガイドブック片手に、台湾人の真似をしながらお参りしていました。5分ほどすると、私に声をかけてくる人が。なんと、お寺の係員さんが、近所に住む日本語のできるおじいさんの家まで呼びに行ってくれたのでした。台湾人の親切さに感激しつつ、おじいさんの丁寧な説明を聞きながら一緒に最後まで、無事にお参り終了しました。

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こちらがそのおじいさん、謝さんといって昭和4年生まれの83歳。すごくキレイな日本語を話されます。

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そして謝さんにおやつをご馳走になりました。これは碗粿(ワングェ)という台南名物。もち米粉に、豚肉や卵黄の塩漬けなどを入れて蒸し固めたものでむちむちした食感がおいしいです。でも確実におなかが膨れます!

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そしてお家に呼ばれてマンゴーまでごちそうに。これは普段見慣れた赤いマンゴーとは違う、台湾マンゴーの原種。青くて小さいのですが、私の知ってるマンゴーよりもさらに味が濃くて甘い!私はこっちの味のほうが好きです。でも、繊維が多くて歯にひっかかるのが玉にキズ…。

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台湾のお年寄りは日本統治時代に子供の頃を過ごしているので、日本語教育を受けています。謝さんもその一人。そして、謝さんの恩師である日本人の先生は、今95歳で、山形県に住んでいらっしゃるとのこと。そして驚いたことに今でもまだ交流を続けているのだそう。昨年、謝さんが日本に旅行した際、先生を訪ねて山形まで行ったそうで、その後に送られてきた葉書を見せてもらいました。なんと70年間以上も関係が続いているとは!日本人同士であっても稀なことなのに、この話を聞いて本当におどろきました。

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謝さんの家を出て、神農街というエリアに行きました。築200年の家が並ぶ地域で、もともと運河だったところが埋め立てられて道路になっています。かつては船が行き来していたので、建物の1階はお店で2階は倉庫という建物の造りになっていたそうです。私は昼間に行きましたが、夜はライトアップされて、すごく雰囲気がいいのだそう。

蒸し暑さで汗が噴出してきたので、通りがかったところで見つけた雰囲気のいい美容院へ飛び込みました。ここでシャンプーをお願いしたのです。私、旅先でシャンプーするの結構好きなんです。エステやマッサージほど時間もお金もかからないし、頭もさっぱりして疲れも取れるので。特に台湾の美容院は本当に頭のマッサージが上手なので、日本で高いお金を出してヘッドスパするよりも絶対おススメ。今回私が入った店はアタリだったようで、本当に上手でした。普通のシャンプーだと180元(470円)と格安ですが、ちょっとフンパツしてスペシャルコースにしてみました。頭皮クレンジングや目の温熱ケアなども入って680元(1770円)。これがめちゃくちゃ上手で、気持ちよすぎて何回も意識を失いそうに…できれば滞在中何回も通いたいぐらいでした。私、また台南に行ったら絶対ここに行きたいです。

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さらに歩いて通りがかった阿田水果。木瓜牛奶(パパイヤミルク)の名店です。私、このドリンクが大好きなんですが、今まで飲んだどれよりもおいしかった!! ちょうど一番フルーツの美味しい季節に、しかも台湾南部に行ったのもよかったのかもしれません。

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パパイヤミルクを飲みつつ向かったのがカラスミやさん。ここ、明興商行ではカラスミ作りの名人といわれるおじいさんが手作りした絶品カラスミを直接買うことができます。このおじいさんも日本語が上手で、お土産を探しているというと冷蔵庫から適当な大きさのカラスミをいくつか出して選ばせてくれました。重さで値段を決めるようです。この日は北海道のお寿司屋さんからまとめて注文が入ったようで、今から送るんだよと教えてくれました。お寿司やさんから直接注文が入るなんて絶対おいしいに違いない!(→帰国後、食べましたが本当においしかったです。なんでもっと買ってこなかったのか、今となっては悔やまれます)

この時点で時計を見ると5時半ごろ。買い食いし続けた分を消費すべく、さらに歩きます。(で、結局またさらに買い食いするんだけどね)

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やってきたのは旧台南州庁舎のあるロータリー。この周辺には日本統治時代の官庁街で、その頃に作られた建物がたくさん残っています。1916年建築の旧州庁舎も今は国立台湾文学館としてリニューアルされています。この写真は1938年築の旧合同庁舎、今でもそのままの姿で現役の消防署として使われています。

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これはロータリーから5分ほどのところにある台南警察局。1931年建築です。謝さんは「日本は台湾の近代化を本当によく助けてくれた。よくして下さった。終戦になって、蒋介石が来て、初めて日本のありがたさが分かった。」と話されていましたが、こうやって当時の建物が壊されることなく今でも大切に使われているのを実際に自分の目で見て、日本人として本当にうれしくありがたく思いました。

このほかにも旧勧業銀行(現土地銀行)の建物や、現在修復工事中の林百貨店という1932年建築の建物などを見ました。林百貨店については、当時からエレベーターが設置されており、地元の人達の誇りだったそうです。終戦後、中国本土から蒋介石とともに沢山の軍人が来て、ここで初めてエレベーターを見て驚いたんだよ、と謝さんが教えてくれました。

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近くの窄門というカフェに行ってみました。入口がすごく狭いことで有名なカフェです。店の名前も「狭い門」という意味で、体を横にしないと絶対に通れません。マツコは横になっても通れないと思います。

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この店のスペシャルコーヒーを頂きました。コクがあって、すごくおいしいです。

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店内はレトロな雰囲気で居心地がいい。京都にも町家を改装したカフェがたくさんあるけど、ここもそんな雰囲気。

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6月のせいか、7時になってもまだ明るいのでさらに少し歩いてみました。福記肉圓というお店で肉圓(バーワン)を食べました。お米をすりつぶして練ったものを皮にして、中に肉などの具を詰めて蒸した小吃(スナック)です。上に甘めのソースがかかっています。これは日本にはないよね。半透明の弾力のある皮がムチムチして、その中のお肉がジューシーでおいしい。

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そのすぐ数軒隣の莉莉水果店にて、今度はマンゴーカキ氷。うう…うますぎる…これまた今まで食べたマンゴー氷の中でベスト1でした。

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ロータリーに戻ると旧州庁舎だったという国立台南文学館がまだ開いていたので(トイレを借りるために)入ってみました。そしたら、ここがすごーく素敵な建物だということが分かり、しばし中を見学。この建物、入館料無料なのに、図書室や自習室、展示室などすごく充実していて、こんな施設があるなんてうらやましい!と思いました。

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さすがにおなかがいっぱいなので、一旦ホテルに戻ってどうするか考えようと思ったのですが、また気になる店が。奉茶(フォンチャー)という中国茶の人気店です。2Fは鍋料理などの食事もできるカフェになっていて、1Fはテイクアウトのお店でお客さんでにぎわっていました。その横に小さなドアがあり、そこが茶葉を売るお店になっています。台南でお茶を買いたいなと思っていた私はここに入ってみました。最初は営業時間を聞いて、翌日以降に来ようと思ったのですが、私が日本人とわかると2Fから少し日本語のできる店員さんを呼んでくれたので、お買い物することに。自分の好みを伝え、3種類のお茶を紹介してもらい、2つを購入。で、結局またここでおなかちゃぽちゃぽになり、トイレを借りました。

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ホテルまでの帰り道、「三丁目の夕日」か!?と思うような光景を横目で見ながらようやく部屋に戻りました。時計を見ると9時過ぎ。いやー今日は一日よく歩いた、良く食べた!で終わるところですが、台南といえば夜市!夜市といえば台南!と誰もが言うので…行っちゃいました。だって昨日のこの時間は土砂降りだったし、ここ数日の天気予報を考えると、今晴れてるのは奇跡的!行かねば!

タクシー飛ばして30分、台南最大の花園夜市です。実は台北と違って、台南の夜市は流動夜市といわれ、毎日で開かれているわけではありません。曜日によって開催場所が変わるのです。この花園夜市は毎週木・土・日の開催。この日は日曜日なので私にとってはラストチャンスだったんです。

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ごく普通の道路をずーっと走った先に唐突に現れた広場には無数ののぼりが立ち、ライトでまぶしく照らされて、ここだけが異様な熱気に包まれています。私が到着したのは10時前だったのですが、すごい人の数。しかもどんどん増えていく感じが…台北で夜市に行ったときも、その人出のすごさに「あんたらどれだけ買い食い好きやねん」と思ったけど、台南でも健在でした。だって、お祭りの数日間とかじゃなくて、毎週やってるのに、いつでもそこにあるのに、なんでこれだけの人が集まるのか…しかもここにいるのは台北の士林夜市とかと違って、ほぼ100%地元の台湾人ばかりなのに。

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鶏の足とかー

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虫の串とか恐ろしいものもあります((((;゚Д゚))))キティちゃんとのギャップがすごい

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でも私は冒険せず、西瓜汁と蚵仔煎(牡蠣入り卵焼き)を頼みました。人が並んでるので期待しましたが、やっぱりおいしかったです!

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そして帰りに葱油餅を買って、ホテルに戻って台湾ビールと一緒に食べました。

こうやって、濃すぎる1日が終わりました。この日ホテルを出てから口にしたものを思い出すと、ちょっと恐ろしい。豆花に始まり、坦仔麺、燥肉飯、冬瓜茶、椀粿、マンゴー、パパイヤミルク、アイスコーヒー、肉圓、マンゴー氷、鉄観音茶、西瓜汁、蚵仔煎、檸檬汁、葱油餅、台湾ビール…。食事時とか全然気にせず、ただ思いつくまま、見るままに食べ続けました。

台南は食の都、小吃天国だって聞いていたけど、あれは本当だったんだね。
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by cita_cita | 2012-06-28 22:25 |

いってきます

今晩から旅にでます。ソウルで1泊、香港で4泊、そしてまたソウルで1泊。カウントダウンは香港です。香港は今とても気の流れが良く、辰年を九龍で迎えられるのはなんとも良さげな感じ。良い気をたくさん受け取ってきます!
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by cita_cita | 2011-12-29 16:32 |

東北ボランティア日記 6日目&最終日

台風一過です。この日の仕事は絵本の読み聞かせ、配布物のポスティング、がれき処理の3件。

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私はがれき班になったので、この日の作業現場へ。多くの家屋が流された住宅地の中にある元駐車場でした。かなり大きな場所だったのですが、午前中は絵本班とポスティング班に3人ずつ参加していたので、10人での作業。今までの場所と違ってあまりにも範囲が広いので、まず何から手を付けたらいいのか、そしてどこまで処理をすればいいのか分からなくて途方にくれてしまいました。朝は晴れていた天候も実は不安定で、途中から雨も降り出してちょっとつらい作業になりました。

午後からは6人が合流してくれて、作業続行。とりあえず一通りは終わりましたが、これまでの現場と違って完了できたという実感がなくて、依頼主の方に申し訳ないような、なんとなく消化不良のような感じで終わってしまいました。かなり処理ができた部分とあまり手をつけられていない部分のムラができてしまったのですが、もしかしたら全体的に広く浅くやったほうがよかったのかもしれません。そのあたりの要望事項を、朝の作業請負時にきちんと確認できる限りやったほうがいいなぁという意見が夜のミーティングでも出ていました。

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私は参加しませんでしたが、ポスティング班はこの日、仮設住宅に案内物を配布するという内容の仕事でした。参加したメンバーに聞きましたが、これが結構大変な作業だったようです。仮設住宅の作りを、私はこのとき初めて知ったのですが、各住戸の入口の扉は2層になっていて、1つ目の扉を開いたところが下駄箱のエリアになっていて、その奥にある2つ目の扉に郵便受けがあるのです。

そこに案内物を入れるときに、一声掛けてから入れるのですが反応は様々だったそう。中には、避難所から仮設に移ってから、人とおしゃべりする時間が減ったからといって、わざわざ玄関口まで出てきて受け取ってくれる人もいますが、ボランティアが仮設住宅の敷地内をウロウロしただけで嫌な顔をする人もあって、仕事の内容以上に気を遣うことが多くて大変だったそうです。後でボランティアセンターの人たちに聞いてみると、3、4月ごろにボランティアではない野次馬のような人たちがたくさん来て、人が無くなった現場や、壊れた家ばかりを写真に取ってウロウロしたり、火事場泥棒なども実際にたくさん発生したのだそうです。今回私達が配布した案内物は、アメリカに本部のあるNGO団体による「めがねを無料でお作りします」という内容のチラシだったのですが、これを説明してもチラシをもらうことを拒否する人もいました。その理由は、6月ごろに同じく「無料でめがねを!」というチラシが配布され、みんなが喜んで会場に行ったら、測定は無料だけれど、めがねを作るのは結局有料だったという出来事があったから。これまで色んなことがあって辛い思いをしたせいで、どうしても皆さん、疑い深く慎重になってしまうのは仕方が無いことなのかもしれません。なんだか少し悲しくなったできごとでした。いろんなことを考えてしまいました。

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ボランティアセンターの中には、いろんな掲示物があります。これは、盛岡のJRの職員さんたちにがれき処理をしてもらった76歳のおばあちゃんからのお礼の手紙。

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こっちは静岡の大学生グループさんへのお礼の手紙です。

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ボランティアをした人や、全国の支援者からの寄せ書きもたくさん掲示されています。

この日の夜は、お弁当ではなくボランティアセンター近くのラーメン屋さん「かんべい」に行きました。「焼干ラーメン」というのが名物だそう。

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あじやいわしを焼いてから干したものを焼き干しというそうで、煮干の5倍のだしが出るのだそうです。その焼き干しをベースにしたスープは香ばしくて、ほっとする、初めて食べるのになんだか懐かしい味でした。このお店だけなのか、この地方はみんなそうなのか、ラーメンの具に「麩」が入っているのが新鮮なかんじでした。

山田町でのボランティア活動も残すは明日の午前中半日となり、なんだか寂しい感じです。明日一日、がんばろうと皆でミーティングを済ませて眠りにつきました。

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そして最終日、この日の午前の作業で、滞在中のすべてのボランティアは終了となります。道具のチェック作業もこれが最後。

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この日は駅前の住宅地だった地域でのお仕事です。津波の後、火災が発生してたくさんの家がなくなりましあ。今は大きながれきは撤去されていて、草が生い茂った状態。でも土の中からは焦げた釘や割れたガラス・陶器の破片がこれでもかというほど出てきます。

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依頼主のおばあさんが何度も様子を見に来てくださいました。このときいただいた「かもめの玉子」がおいしくって、お土産にたくさん買いました。午前中の限られた時間の中、みんなで心を込めて一生懸命に作業をすすめ、できる限りきれいにさせていただきました。やりきれなかった箇所もあって心残りでしたが、ここからは後陣のグループに任せることになります。

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宿舎に戻ってお弁当を食べ、バスに乗り込む前、最後にみんなで思い出のビブスを着用して記念撮影。みんな「チームみえ」の顔になっています。

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ここから三重まではまた17時間の道のり。途中、「民話のふるさと」といわれる遠野のあたりでこんなに幻想的な風景を見ました。黒いのは私達の乗るバスの影。

こうして、1週間のボランティア体験が終わりました。出発する前は一週間って長いなぁ、大丈夫かなと不安でしたが、終わってみれば本当にあっという間で本当に行ったんだなぁと不思議な感じで思い出すことも多くなりました。でも、行くまでは私にとって縁もゆかりもなかった未知の土地だった東北が、自分の中で近い存在になったのは間違いありません。それまでは募金していても何に対して、誰に対してやっているのか、漠然としたイメージの中で行っていましたが、今ではすごくクリアにイメージしながら募金やその他のボランティア活動ができるようになったのも、山田町に行ったおかげだと思います。

実際に行ってみて、半年以上たっても、まだまだ全然やることは尽きないし、お金はいくらあっても足りないぐらいだということがよく分かりました。これからも無理のないペースで、細く長い支援を続けていこうと思います。
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by cita_cita | 2011-11-26 08:48 |

東北ボランティア日記 5日目

関西を出発して5日、岩手での作業も4日目。台風が近づき雨風が強まる中、がれき作業は無理だなと思っていたらこの日は4つも仕事が。

ひとつは物資搬入と仕分けの作業、これは力のある男性4名ほど。次は写真洗浄・整理の作業と、それが終わってから保育園に移動して絵本の読み聞かせが3名。残りのメンバーは小学校の物品移動という内容で、私は小学校チームに割り振りされました。

私達が訪問した先は「陸中海岸青少年の家」という施設。本来さまざまな研修や合宿などに使われていた施設です。震災の後は、避難所として使用されるとともに(現在は仮設に移られました)、津波や火災で校舎を失った船越小学校と大槌小学校の2校が同居する仮校舎となっていました。私達が訪れたのは9月21日。この前日に、大槌小学校が地元のサッカー場跡に完成した仮設校舎に引っ越し、大槌中と合同での利用を開始しました。これは岩手県で初めての本格的な仮設校舎だそうです。一方、青少年の家ではこれまで大槌小学校が使っていた場所が空きスペースとなったので、これまで2校の職員室、図書室、教室として使われていた体育館にあった物品をそちらに移動させて体育館を本来の目的に使えるようにする、というのが今回私達に与えられた仕事でした。

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体育館にはまだ本棚が並び、図書室の蔵書がいっぱい詰まっている状態。さらに、この本棚の後ろには...

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職員室がありました。

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新しい教室の配置について案内するための、保護者通信。

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さて、引越し作業開始!と張り切って荷物を運び始めましたが、これが思った以上に重労働。棚や事務机、コピー機などの大物は男性に任せますが、書籍や書類は大きさの割りにかなり重く、また形の異なる様々なものを持って階段を上り下りするのは体力だけでなくかなり気をつかう作業で、がれき処理とはまた違った大変さがありました。

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階段の踊り場に寛平ちゃんからの応援メッセージを発見。「前進前心」

午前中にかなりの作業が進むなか、校長先生から作業の手を休めて集まって欲しいとの呼びかけがありました。今日は全校集会を行うので、その中で私達を生徒に紹介してみんなからお礼を伝えたいとのこと。ドキドキしながら集会が始まるのを待ちます。

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この日は前期と後期の児童会役員の交代式でした。ひとりひとりが前期がんばった事とこれからの抱負を語っていて、とても頼もしかった。

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その後、校長先生からの案内があり、私達は子供たちの前に整列しました。「4月25日に1ヶ月近く遅れで、このセンターでようやく始業式をしましたね。、みんなが元気になれるようにと、前期の児童会役員さんたちがリレー大会など色んなイベントを企画してくれましたね。そしてみんなで協力して慣れないこの場所でも半年間がんばってきましたね。」とひとつずつ思い出すようにお話されました。そして、「今日こうやって体育館の荷物を引っ越しできて、震災以来、ここで初めて全体集会を行うことができたこと、これからは雨の日も運動する場所ができたことはここにいるボランティアの人たちのおかげです。この人達は三重県や福井県やとても遠いところから山田のみんなのためにやってきました。みんなでお礼をいいましょう。」という先生の言葉の後、子供たちから「ありがとうございました」とおじぎされました。私達もそれに合わせておじぎをしましたが、みんな何も言えなくて、頭があげられませんでした。

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その後も作業は続きましたが、子供たちにもらったパワーで私達の仕事もぐんぐん進み、なんと当初2日の予定だったものを1日で終了することができました。新しい場所に移った本棚を見て、休憩時間の子供たちが「わぁ、すごーい!」と言いながら通り過ぎて行くのを聞いて、なんかめちゃくちゃうれしかったです。

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最後にみんなで記念撮影。オレンジ色がチームみえ、そして黄色が福井県からのチームの方です。

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同じ日、他の作業をしたグループの写真があったので紹介します。こちらは写真の洗浄現場。泥やがれきの中から見つかった写真のうち、人がはっきり写っているようなものを選び、丁寧に汚れをとり、ひとつひとつ乾かして住人の皆さんの目に付く場所に掲示します。持ち主が見つかって手元に戻ればいいな。

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七五三とか、成人式とかの記念写真も多いです。家を流された人たちは、自分や、震災で失った家族の思い出の写真がひとつも無くなってしまったという人も少なくありません。写真は、食べ物や衣服と違って生きていくために不可欠なものではないけれど、思い出の写真を手元に戻してあげるということも大切なボランティアの仕事のひとつなのです。

夕方、シャワーでなく久しぶりにお風呂に入りたいということで、地元の方が集まる光山鉱泉という銭湯に行ってきました。ここでゆっくりお湯につかっていたときに入ってきた地元の女性と喋っていてびっくり。山田のお祭りのとき、私たちが買ったカキ氷屋のおばさんだったのです。もともとお菓子を作るお店を商店街でやっていたそうなのですが、津波で全部流されて、お菓子作りの道具も、お祭りのときに使うクレープの機械も全部なくなってしまったとのこと。車も犬も流されてどこかにいってしまって、鍵だけ残ったんだそうです。今は残ったカキ氷の機械と少ない道具でやってるけど、またお菓子屋さんをしたいから頑張ると話してくれました。この週末には大槌町のお祭りがあるからそこでもお店やるけど、カキ氷の材料の氷が、氷屋さんが全部つぶれてしまったおかげでローソンの氷を買うしかなくて、材料費がかかって大変だぁ、って笑ってました。お風呂で裸のつきあいということで、一緒に湯船に入っているとなんだか気持ちがほぐれて色んな話をしました。

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夜ゴハンとミーティングのあと、福井チームが私達にマジックショーと、どじょうすくいの芸を披露してくれました。彼らは普段から老人ホームなどを慰問しながらこうやって出し物をして皆さんを楽しませる活動をしているグループだそうです。このときは、宮古で老人ホームの慰問を行った次の日、山田で私達と一緒に学校でのボランティアに参加したそうです。

この日の夜はちょうど台風15号が東北を通過。夜中の2時ごろにピークを迎えたようで、体育館の外でもすごい雨と風の音でしたが、肉体労働で疲れがたまっていたのか、いつピークが来たのかも分からないほど熟睡してしまいました。
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by cita_cita | 2011-10-12 22:11 |

東北ボランティア日記 4日目

西日本に台風が近づいている影響か、この日は朝から雨。残念ながら、がれき処理はできないという判断で、3人が保育園に絵本の読み聞かせをしにいくほかは、センターに待機ということになりました。

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私は保育園行きのメンバーに入っていたため、事前に自分が読む絵本の選定を。三重の事務局から持ってきた絵本のほか、ボランティアに参加した人たちや一般の支援者から寄付された絵本の中から、みんなにも手伝ってもらって選んでゆきます。私は「すずめくんどこでごはんたべるの?」という作品を読み聞かせることに決めました。

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残ったメンバーは「何かしたい」気持ちをもてあまし、みんなで宿泊場所の武道場を大掃除することに。畳を全部上げて、板の間の床面をを徹底的にピカピカにしてくれました。帰ってきたとき、本当に気持ちよかった。どうもありがとうございました。

私達は、長期滞在支援をしているケンさんに連れられて、船越保育園へ。

災害復興支援のボランティアというと、がれき処理を考える人が多いと思いますが、実際こちらに来てみると色々なニーズがあることが分かります。最初のころはやはり、泥出しやがれき処理のほか、家の中の片付け、炊き出しや物資の提供などが中心だったと思いますが、時間の経過とともにそれが多様化してきているのが分かります。現地に1週間滞在するだけの私達と違い、そこにいることが日常としてこれからも続いていく山田の皆さんにとって、以前当たり前にしていたようなこと、毎日の生活に笑いやワクワクを与えられるような活動がこれから大切になっていくと思います。この、絵本の読み聞かせもそのひとつだと思います。

保育園では子供たちが私達の来訪を待っていてくれました。以前、私達の先陣のボランティアたちが読み聞かせをしたときも大人気だったそう。子供たちの「今日は何をしてくれるんだろう」というキラキラした目を見てると自然に笑みがこぼれてきます。

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トップバッターのSさんが見事なつかみで子供たちの心をガッチリとらえて絵本を読み聞かせていきます。途中、子供たちに色んな質問を投げかけながら進める手際のよさには感激。子供たちもこちらを食い入るように見つめています。

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私もSさんに倣って子供たちに語りかけをしてから本を読むことにしました。備品で、犬のパペット(ぬいぐるみ)があったので、このコにも手伝ってもらって一緒に絵本を読んだところ、前の方の子供はこちらまで歩いてきて絵本の上のすずめくんを指差してくれたりして反応はよかったのですが、絵本が小さかったようで後ろの方の子供たちにはちょっと申し訳なかったです。絵本の読み聞かせといっても色々工夫が必要だな、もっと色々練習して、また再挑戦してみたいななんて思いました。

もう一人のボランティア、Yさんがかわいいピンクのブタさんの出てくる絵本を読んでくれて、読み聞かせは終了。その後は手遊びをしたり、にらめっこをしたり、各ボランティアの回りにいくつものグループが出来て大騒ぎ。にらめっこは、単純だけど、やっぱり子供たちは大好きみたいですね。子供にも笑い上戸とそうでない子供がてあるんだなーって発見。いつも同じ子が真っ先に笑い出して負けてました(笑)

前任のボランティアが作った折り紙の「こま」をプレゼント。10月2日に運動会があるそうで、子供たちから「うんどうかい、みにきてね!」と誘われて、行けないなんて言えずに「うん」って返事しちゃいました(><)

子供たちがお昼ご飯の時間となったので、お別れを言って職員室へ移動。ここで園長先生から色々と貴重なお話を聞かせていただくことができました。

この船越保育園は高台にあるため津波の被害は逃れましたが、一時は避難所となり、最多時はなんと200人が暮らしたそうです。それほど大きな建物ではないのに、この中に200人がどうやって生活していたのかと信じられませんでした。保育園が再開しても仮設住宅が建ちそろうまでは避難者の皆さんと園児たちが共存していたので、場所の確保や園児の給食作りなど、色々苦労が多かったとのこと。また、園長先生はじめ、保母さんたちも被災されたので、本当に大変だったと思います。これからは、子供たちにも色々な形でのケアをしていくことが課題だとのことでした。

センターに戻り、昼ごはんを食べて、午後は全員3時半まで待機ということだったので、この時間を利用して山田へのボランティア参加が3度目となるOさんが作成された災害ボランティアについてのプレゼンテーション資料を使って1時間ほど勉強会を行いました。このとき知ったのですが、山田町では全家屋6,605棟のうち48.21%にあたる3,184棟が全半壊の被害を受けたそうです。これは隣の大槌町(64.8%)に次いで、岩手県では2番目に高い数字です。山田、大槌ともに津波の後、火災が発生した地域があったことも被害を大きくした要因でしょうか。住民の約半数が家を失ったり、半分壊れた家で住まないといけない状況だなんて、どれだけ考えても私達には想像がつきません。

実は、今回の震災で被害を受けた沿岸の直線距離だけで、大阪―東京間より長いのです。大阪から東京までの道路沿いが全て被災したと考えれば、復興にどれだけのお金と時間が必要かイメージできるでしょうか。とてもじゃないですが半年やそこらで元通りになるはずはありません。半年たって一段落した、のではなくこれからが正念場だと思います。

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晩御飯までの時間を利用して、希望者で北隣の宮古市に出かけることにしました。私達の宿舎からは車で30~40分の距離です。宮古も、世界最大のスーパー防波堤を破壊された田老地区など、多くの被害を受けています。JR宮古駅の駅舎にも「頑張ろう宮古!」の垂れ幕が見えます。漁港や名勝浄土ヶ浜などの沿岸部は壊滅的な被害を受けましたが、駅は比較的海から離れた地域にあり、ショッピングセンターが営業していました。私達はここでお金を落とそうとばかりに、名物「かもめの玉子」や「いかせんべい」を買い込みました。

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夜はチーム全員で大ババ抜き大会やオセロのトーナメントを開催。あちこちで笑いが起こり、みんなの個性も出てきて日ごとにいいチームになってきているのが実感できます。
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by cita_cita | 2011-10-03 00:29 |

東北ボランティア日記 3日目

チームみえの朝は、6時起床、6:30にラジオ体操、6:45から宿泊所、トイレ、洗面所、玄関の掃除。その後、各自身支度と朝食を済ませて8:15にボランティアセンターに集合です。

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これがボランティアセンター。事務局のほか、ボランティア登録を行う机があり、壁面には各地から送られたメッセージや歴代ボランティアたちが残した寄せ書き、現地の依頼者さんたちからのお礼の手紙など、すきまがないほど掲示されています。

8:30から朝礼があり、センター長のお話、マッチング(仕事の割り振り)発表と作業の注意喚起などがあり、各現場に向けて道具の貸し出し場所に移動して、積み込み、出発となります。

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この日は、前日から引き続き同じお宅の跡地に向かいます。最初、雨が降りそうな気配があったのでカッパを着て作業スタートしましたが、秋とはいえ作業していると暑いです。半袖になりたいところですが、ケガを防止するため長袖でガマン。

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土の中から次々出てくる釘やガラスの破片をつかむのに、皮手袋がとても頼りになります。今まで皮手袋というと冬に見につけるオシャレなやつしか知らなかったのですが、作業用にも様々な皮手袋があり、軍手やゴム手袋だとすぐに手を切ってしまいそうな場面でも安心でした。そして、現場で一番多い怪我が釘の踏み抜き事故なのだそうです。そのため、中に鉄板の入った特殊な中敷を長靴の中に敷いて作業しました。

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途中、こまめに休憩を取ります。休憩のときに飲む水やスポーツドリンクのおいしいこと。体が水分を欲しているのがよく分かります。日ごろはデスクワークでたっぷり汗をかくことは少ないですが、こういうときは人間が生きていくためには水が欠かせないのだなあって実感します。作業中はみんな黙々と自分の仕事に没頭しているので殆ど会話らしい会話はないのですが、休憩時間になるとメンバー同士で色々な話をして、どんどんお互いの関係が近くなっていくのが感じられます。

途中、依頼者さんが何回か現場を訪れて私達に声を掛けてくださったり、ドリンク剤などを差し入れしてくださいました。本来、このような差し入れは依頼者さんの負担になるために「気遣い不要です」と事前に伝えておくべきなのですが、それでもお菓子や飲み物などを差し入れて頂く場面があります。私達の仲間内でも色々な意見が出ましたが、それでも差し入れをいただいてしまった場合には、モノではなくその中にこめられた気持ちを頂いたと捉えて、ありがとうございますとお礼を伝え、喜んで受け取らせていただくということでいいのではないかなと、私は感じました。私はもともとプレゼント好きなところがあるのでそう感じたのかもしれませんが...。

また、依頼主さんから被災時の話をお伺いすることもできました。津波のとき、ここより低い位置に家がある近所の人もこちらに逃げてこられたのだそうです。このあたりはもともと海抜が低かったこともあり、また地盤沈下も起こったのか、今でも海に近いエリアでは少し雨が降るとすぐ水浸しになってしまいます。ここは依頼主さんのお父様のお宅だったそうで、土の中からたくさんの割れた陶器に混じって、奇跡的に完全に形の残った湯のみが出てきました。依頼主さんに見せると「あっこれ、見覚えあります。よく割れずに残っていましたねぇ。」と喜んで持ち帰ってくださいました。

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お家の前を走る線路も橋が壊れたときに切れてしまったのか、途中でなくなっています。

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橋だった部分の手前にもがれきの山ができあがっていました。そこを探していたメンバーがあるものを発見。なんとご位牌でした。依頼主さんにお見せすると、おそらく、近所のお宅のものであろうとのこと。ボランティアセンターに持ち帰ることにしました。

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午前の作業を終え、一旦センターに戻ってお弁当を食べてからまた午後の作業へ。土のう袋もこんなに積みあがりました!

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そして3時半に作業終了。こんなにキレイになり、達成感も味わえました。しかし依頼主さんにとっては、まだまだここからがスタートライン。復興復興と口でいうのは簡単ですが、実際にはこれからの課題もたくさんあると思いますし、時間もかかると思います。そして、現場の回りを見渡せば、あたり一面同じような景色が広がっています。長い目での支援が必要だということがよくわかります。

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帰る途中にローソンへ。元の店舗は流されてしまったので同じ場所でプレハブにて営業中。でも中身は普通のローソン。ちゃんとLoppiもあるよ。

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ここにしかないレア商品も。「ありがとう自衛隊」盛岡タイムス社。震災直後の救援活動から炊き出し、お風呂の設営、物資提供にいたるまで自衛隊の尽力は素晴らしかったそうで、山田の人たちも声をそろえて自衛隊はすごいと話されていました。特に山田には駐屯地があり、地震発生当日の夕方にはもう第1陣が出動していたそうです。周囲からのアクセスが困難で、携帯さえ圏外になってしまった山田町の人たちにとっては本当に心強かったと思います。実際、山田町の名前があまり知られていないのは、情報があまりにも入らなかったため、初期の報道では殆ど名前が出てこなかったことがあるようです。

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センターに戻ると、まずは借りていた道具類の洗浄。毎日キレイに洗って、消毒してから返します。

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ボランティアセンターには、毎日、ボランティアの活動状況が張り出されています。

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宿泊場所の武道場。センターのある体育館と棟続きになっていて、畳が敷いてあります。ここが普段の居室となるので、食事、ミーティングなども行います。夜は自分で持ち込んだ寝袋で眠ります。まだ2日目の夜頃までは、小さいグループに分かれてあちこちでおしゃべりという感じだったのですが、滞在が進むにつれて、だんだんこの輪が大きくなっていくのが楽しかったです。
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by cita_cita | 2011-09-29 23:45 |

東北ボランティア日記 1日目~2日目

ボランティアの記録をまとめようと思ったけど、キレイにまとめられそうにないので、とりあえず毎日何をやっていたかを日記風に書いていこうと思います。

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出発は9/17、土曜日の夜7時。津の駅前に集合してみんなでバスに乗り込みました。今回出発するのはチームみえ28便、男性9名、女性7名の16名。4月からずっと継続的にボランティアを送り込んでいます。メンバーは1週間前の説明会で集まっていたものの、ほぼ初対面に近い状態でみんな緊張気味。走り出したバスの中で順番にマイクを回して自己紹介を行いました。バスは岩手から来たとっても立派な観光バスで、1人2席使えるのですごくゆったり。これで岩手まで15時間、なんとか頑張れそうです。

途中ほぼ2時間おきに休憩を取りながら、早朝4時頃に福島の安達太良SAに停車。ここまで来ると休憩中の人達もボランティアらしきグループが増えてきて、関東からの日帰り弾丸ツアーなのか、もう装備を身につける準備をしている人達も居ました。

5時半に仙台付近を通過し6時過ぎに前沢SAで朝食を兼ねた休憩。もう岩手県に入っています。このあと花巻で高速を降り、遠野のコンビニで8時頃休憩。この辺りではまだ車窓の風景に震災の影響はみられませんでした。

でもここから釜石市街、大槌町を通過していくと景色は一変しました。1Fが津波で突き抜けてすっからかんになった商店街が続き、何も無い広大な荒れ地に焼け焦げた小学校(これは後で大槌小学校だと分かりました)や役場の建物がポツンと残っています。初めて見る被災地の光景にそれまで賑やかにしゃべっていたバスの中は皆、言葉を無くしてただ窓の外をずっと見るしかありませんでした。 正直なところ、「半年経ってこれなのか」と愕然としました。

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10時半に私達の活動拠点になる山田町のボランティアセンター(以下、山田VC)に到着。ここは体育館と武道場が併設された場所で避難所として使われていましたが、今は仮設住宅ができたため体育館をボランティアセンター本部、武道場をボランティア用の宿泊施設として使っています。前のグラウンドにはヘリコプターや非常用の救援車なども停まっています。

滞在中の食事は、昼はおにぎり(300円)、夜はお弁当(500円)を地元のお店に注文することができます。これがお店の収入源にもなるので積極的に利用することにしました。朝ご飯だけは保存の利くものを自分で持参していきます。私はカップのおかゆやバナナ、魚肉ソーセージやスープの素などを持って行きました。時間があれば買い出しも可能ですが、万一、非常事態が発生した場合、これらが非常食ともなるのでしっかりした準備が必要です。でも、初期の頃にボランティアに入られた人達が自分で持ち込んだテントやカセットコンロで自炊されたことを考えれば、今はポットや電子レンジ、冷蔵庫も準備されていて本当に恵まれていたと思います。これまでのボランティアさんの苦労の積み重ねがあってこそ私達が快適に過ごせたのだと感謝あるのみです。

到着後、前便からの引き継ぎを終え、昼食を済ませ、作業できる服装に着替えて集合します。基本、長袖長ズボンに帽子、長靴+安全中敷き、革手袋、ゴーグル、防塵マスクというのが必須の装備です。これらはすべて個別に準備していきます。たいていホームセンターでそろえることができます。面倒なようですが、ボランティアは何事も「自己完結」、周りに迷惑をかけないというのが鉄則だそうです。

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お昼の空き時間に獅子舞がやってきました。この日はちょうど山田の大きなお祭りの日でした。街灯も少なく道路も不安定な状態なので、本来ボランティアは夜6時半以降の外出が禁止されているのですが、この日は地元の方の計らいでお祭りを見に行くことが許可されたのです。

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ボランティアセンターではマッチングというものが行われます。これは依頼者さんからのニーズに応じて、適当なボランティアに適当な仕事を割り振っていくというもので、山田VCでは朝と昼の2回行われます。私達の初仕事は、住宅地のがれき処理と決まりました。

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仕事が決まったら、必要な道具類を借り出します。スコップ、つるはしなどは聞いたことがあるけど、レーキ、じょれん、じゅうのうなど初めて聞く道具もたくさんあります。これらをそろえて、数をチェックし、車に積み込んでいざ出発です。

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この日の現場は海が近くて海抜も低く、雨が続くと今でも水浸しになってしまうところです。多くの家が津波で押し流されてしまい、大きながれきを取り除いた今は土台しか残っていない家が殆どです。私達がお手伝いさせていただいたお宅も、周りから4,5軒の家が次々に流されてきて、こちらのお宅の後ろにある高台の壁面にぶつかって、そこで止まったため、他の家のものもたくさん見つかったそうです。

土の中にガラスや陶器の破片や釘が混じっています。また、夏の間に好き放題に伸びた雑草も生い茂っています。これらを順番に取り除いて、土をきれいにして、地面を平らにしていきます。また、溝のある部分にはヘドロの混じった泥がたまっていて、悪臭を放っています。これらもみんなで協力してかき出していきます。涼しくなったとはいえ、晴れの日の作業は熱中症に注意です。だいたい15分から20分おきに休憩をとります。すこし多すぎる気もしますが、どうしても作業が始まると熱中してやりすぎてしまうので、作業班長が定期的にみんなに声をかけて休みます。

だいたい2時間半程度で午後の作業は終了しました。この日だけでは終わりきらなかったので、この現場は翌日に持ち越しとなりました。この日、土の中から表札が発見されました。依頼主さんに確認すると、こちらのお宅のもので、ここに住んでいた依頼主さんのお父さんの名前の入った表札でした。大変喜んでいただけて、私達もうれしかったです。

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センターに戻って、近所のキャンプ場にシャワーを借りに行きます。本来有料なのですが、管理人さんの好意により、ボランティアは無料でここを使わせてもらうことができます。日常当たり前にお風呂やシャワーを使うことができる環境からこちらに来ると、こういうひとつひとつの好意をありがたいと思うし、私達の後に来るボランティアさんも気持ちよく貸し借りできるようにルールを守らないといけないなと感じます。

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さて、夜はお待ちかねの山田のお祭りです。山田八幡宮と大杉神社のお祭りで例年3日間開催されるそうですが、大杉神社が被災しておみこしも流されてしまったため、今年は2日間で岩手山田復興祈願祭ということになりました。八幡宮の周りには夜店が集まってとても賑やか。びっくりしたのは若い人や子供達の数がとても多いこと。なんとなくお年寄りや年輩の方が多い印象を勝手に抱いていたので、イメージを覆されました。

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通常は阿波踊りのように町中を練り歩きながら踊りの列が入り乱れるのだそうですが、この辺りの地域は被害も大きく、街灯もなく危険なため今年は境内でのみ踊りが披露されました。私達が昼間見た獅子舞も、夜、祭りの灯りの中で見るとさらに映えて見えました。頭上には大漁旗がひらめいて、山田が漁業の町であったことを思い出させてくれました。

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そして特に感動したのが、八木節。若い人達によるものすごい活気のある踊りです。就職や進学で岩手から他の地域に出ている人達も、この八木節を踊るために帰ってくるのだそうです。この踊りはぜひ動画で見てもらいたいと思います。



音楽が無くなってからがまたすごかったのです。見ていて鳥肌が立ちました。


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この日、山田の人達がこの半年間お祭りをどれほど心待ちにしていたか聞きました。山田の人達の復興にかけるパワーや、故郷を愛する気持ちが痛いほど伝わってきて、一層すばらしく見えました。
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by cita_cita | 2011-09-27 01:02 |

いってきます

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ようやくパッキング終了。
なんかバリに行くより明らかに大荷物やねんけど(笑)

向こうに行ったら、たぶんメインのお仕事はがれき処理になると思います。
家とか船の破片みたいな大きなのはクレーンとかショベルで除去してあるはずなんだけど、畑とか田んぼの土の中にまだまだ色んな細かいがれきが残ってて、ガラスの破片とかも混じってるから、そこは人海戦術でやらないとだめなんだって。これをちゃんとやらないと、今後畑を復活させようと思ってもできないから、復興のためにはとても大切な仕事なのだそうです。

そのほかにもお掃除とか草むしりとか仕事は色々あるみたいで、どんな仕事になるかは実際行ってみないと分からないけど、現地の人の役に立つならどんな仕事でもええと思うのでとにかく与えられたことをできる範囲内でやってきます。

ボランティアに行きたくても色んな事情で行けない人がいっぱい居ると思うので、その分もね。

ではいってまいります(^-^)/
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by cita_cita | 2011-09-16 23:41 |

湯布院トラベル(トラブル!?)家族旅 その2

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今回2泊お世話になった「やわらぎの郷 やどや」。豪華旅館ではないけれど、気軽に湯布院での時間を楽しめるよう、過剰なサービスを省いて料金を手ごろにしていたり、通常の1泊2食のほかに素泊まりのプランなども選べるお宿です。また、大分県で初めてバリアフリー新法の基準を満たした、ユニバーサルデザインの宿なのだそうです。おかげでとても快適に過ごすことができました。

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お宿の朝ごはんは主食(ごはん、パン)や飲み物、味噌汁などはバイキング、温かいおかず類はお盆で運んできてくれるスタイルです。全てをバイキングにするよりも、このほうが欲張って取りすぎてしまうような無駄が出ないし、カウンターの上も散らからずキレイ。

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ここで感激したのが、卵かけごはん。大分産の「蘭王」という地卵が取り放題なのですが、これがめちゃくちゃおいしい。黄身がオレンジ色でものすごく濃厚なんです。これに卵かけごはん専用のおしょうゆを混ぜてごはんに掛けると本当に朝から何杯でも食べたいぐらいのおいしさ。他のテーブルからも感嘆の声が上がっていました。おかずも凝ったものはなく、ごく普通のメニューなのですが、それぞれがおいしかったです。ミルクも濃くておいしかった。朝からたらふく食べてお腹いっぱいになりました。

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やまびこハイウェイのドライブが景色もよく快適と聞いていたので、ここを通って阿蘇を目指すことにしました。途中、九重夢大吊橋というつり橋を見に行きました。ここは鳴子川渓谷に架かる歩行者専用のつり橋で、長さも高さも日本一なのだそう。訪れた時期は緑がキレイでしたが、紅葉の時期は特に素晴らしいそう。

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私がこれまでに渡って最も怖かったつり橋は奈良の十津川村の谷瀬つり橋と徳島の祖谷のかずら橋。九重のつり橋はこのふたつと比べると規模は大きいけど、新しくて造りがしっかりしている分、揺れが少なくて安定していたと思います。車椅子を押しながらでも問題なく渡れましたよ。

でもやっぱり高所恐怖症の人とかは怖いみたいで、あちこちで「揺れるー」とか「キャー!」って声が聞こえました。

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私は高いところは平気ですが、足元を見るとはるか谷底が透けて見えるのでさすがにちょっとムズムズしましたが(笑)

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ちなみに十津川のつり橋はこれ。これはマジで怖い。でも毎年8月4日はこの上ででっかい太鼓を叩く祭りがあるのです...。

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そして祖谷のかずら橋はこれ。これは植物のツルで編んであるので歩くとミシミシ言う音が怖かった...。

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次に「やまびこ牧場」というところに行きました。動物が見られたりソーセージやパンが買える場所だったけど小雨が降っていてゆっくり見られなかった。

当初の予定より時間が経っていたので、昼食もやまびこ牧場で手早く済ませ(残念ながら個人的にはあまりおススメではないです...)、ひたすら阿蘇に向かって運転。

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途中の風景がこのあたり独特の不思議な感じで、小さな丘みたいなのがずーっと続いて、長い草が風でユラユラ揺れているようすを見ながら走るのがとても面白かったです。

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阿蘇山頂の手前にある草千里。昔の火口だった場所で、今は直径約1㎞の円形の草原が広がっています。草原には、牛や馬が放牧されていて、今の時期は乗馬体験とかもできるそう。今にも雨が降りそうなかんじですが、なんとか持ちこたえてくれました。

山頂へはロープウェイいく方法もあるのですが、有料道路を通って車で中岳火口のすぐそばまで行くことができました。火口の付近はガスのなんとも癒えない匂いが漂っていて、ちょっと喉が痛くなるような感じがしました。このあたりは有毒火山性ガスが絶えず発生していて、風向きなどによって頻繁に「ガス規制」が行われるそうで、ここまで来ても「火口周辺立ち入り禁止」で見ることが出来ないこともあるのだそうです。でもこの日は運よく見ることができました。

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山頂まで登ると晴れていました!これが中岳の火口です。緑色に見えるのは火口湖で、大きさは東京ドームの1.5倍ぐらいあるそうです。成分の関係でエメラルドグリーンに見えるのだそうです。湖といっても、温度は高く、低いときで50度、火山活動が活発になると90度ぐらいになるそうです。この日も湯気がモクモクとさかんに上がっているのが見えました。

阿蘇の火口を見たあと、くじゅう花公園など、他にも寄ってみたいところがあったのですが時間の関係で折り返し宿に戻りました。

この日の晩御飯は外で食べることにしていたので、宿の近くの「茄子屋」というお店に行きました。ここは湯布院の老舗旅館「亀の井別荘」で料理長をしていた経験のあるご主人がやっているお店です。カウンターと座敷テーブルが3つのこじんまりしたお店ですが、煮物もしっかり味がしみていて、大分名物の「とり天」や関さばを使ったしめさばなど、どれもとてもおいしかったです。

最終日はまたおいしい卵かけごはんを食べた後、湯布院の町を散策...といきたかったのですが、台風が近づいていたせいか雨風が強く、車椅子での観光は難しかったので諦めざるを得ませんでした。代わりに、大分空港に向かう途中にある、別府の水族館「うみたまご」に行くことにしました。

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うみたまごに到着したら、ちょうどセイウチのショーが始まるところでした。これはセイウチがお客さんの頭にかぶせたヘルメットをスイカに見立ててスイカ割りをやるというショー。結構力ずくで振り下ろしてたので痛そうでした。

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イルカショーがはじまったとき、建物の1Fにいたのですが(ショーを見られる水槽は2F)、そのおかげで面白いものが見られました。イルカがジャンプ前に水中に一瞬潜るときのしぐさや、ボール遊びをするときに水中でボールをドリブル(!)している様子とかがじっくり見られたのです。一番びっくりしたのは、高くひねりのあるジャンプをする前に水中で自分の体をくるくるスパイラルさせながら水の外に飛び出していったこと。ロケットみたいでした。ホント感激しました。

一通り館内を見終わって、後は空港に向かうだけ...と思ったときにまた事件発生。別府方面で事故があり国道が大渋滞とのこと。空港に行くにはこの道を通って別府ICから高速に乗らないといけませんが絶対に間に合わない感じ。また出発時の悪夢が一瞬よみがえりましたが、今度は落ち着いて地図を見て、現在位置がちょうど別府ICと大分ICの間にあることを発見。反対車線は空いていたので、一旦逆方向に向かい、1つ手前の大分ICに向かうことにしたところ、これが大当たりでなんとか事なきを得ました。

なんだか最初から最後までバタバタの家族旅行でしたが、両親は楽しんでくれたでしょうか。疲れただけって気もしますが...。
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by cita_cita | 2011-08-14 09:53 |

湯布院トラベル(トラブル!?)家族旅 その1

海の日の3連休に両親と九州に行ってきました。

事前に綿密に計画をたてたはずが、最初から大トラブル発生。大分行きの朝8時の飛行機に乗るべく、余裕を持って6時前に家を出たのですが、途中、名神と中国道の分岐辺りからスローダウン。それでもまだ大丈夫だろうとたかをくくっていたら全然動かず、さすがに7時過ぎたあたりから焦り始めました。伊丹空港までまともに走ったとしても20分はかかるはずなのに、一向に動く気配はなく、ラジオからは「中国道で6台が絡む玉突き事故があり、岡山方面行き渋滞中」という情報が入り、その渋滞ってまさにこれやん!と冷や汗タラリ。車椅子の乗客は一番最初にゲートに行かなくてはいけないので、いくらなんでももう動いてくれなければ間に合いません。

とりあえずJALの予約センターに電話して状況を伝えたものの、「お時間までにカウンターに来られた場合のみの対応となります」って、そりゃ当たり前の回答しか帰ってきません。迷ってる時間もなく、とりあえずチケットがパーになるぐらいならさっさと他の方法を考えようと、予約してた便を全てキャンセルして遅い便に取り直しをしようと決めました。しかし、3連休の初日、午後の大分便は全て満席、とっさに思いついた福岡便も熊本便もキャンセル待ち状態。むむむーどこか空いてないのかと苦し紛れに確認した長崎便は12:50に空きがあるとのこと、飛びつくように予約しました。その後まもなく車は動き出し、当初予定の出発時刻とほぼ同じぐらいに伊丹空港到着。くそー、あともう少しでも早ければと思ったけど、気を取り直して3人でチェックイン。出発まで4時間以上あるし、のんびり時間つぶしでも...というつもりでした、この時点では。

しかし、まださらにどんでん返しがあったのです。大分空港で借りて返却する予定だったレンタカーを、長崎空港で借りられるよう変更しようとレンタカー会社に電話をしたら、連休で空港店だけでなく長崎県内すべて空車なしとのこと。しまった、そこまで予測できてなかった。慌ててインターネット(コイン式のやつ)の前に陣取り、調べられる限りのレンタカー会社に問い合わせたけど同じ答え。やばい、どうしよう。参考までにタクシー会社に電話したら、長崎空港から湯布院までは5万円ぐらいかかりますよとのこと。長崎空港のインフォメーションに事情を説明して他の手段を確認すると、空港近くから湯布院への高速バスがあるとのことだけど、乗り場も降り場も高速のインターチェンジにあるバス停らしく、そこまでタクシーで行かないといけない上、車椅子の父親が上手く乗車できる保証もなく断念。そうこうしているうちにもう1時間ぐらい経ってしまいました。

結局思いつく限りありとあらゆる方法を検討したあげく、2つの選択肢に絞りました。案①:今日は諦めて家に帰って明日の朝の便(JALは満席だったけどANAは空きがあった)で大分に行き、1泊2日で旅行。案②:とりあえず長崎まで行き、長崎からタクシーで諫早駅まで移動し、特急かもめに乗って博多駅へ。博多駅でレンタカーを借りて湯布院まで移動。
幸い、最初に予約してたオリックスレンタカーに状況を説明したところ、博多なら1台確保できるということだったので少し決断を待ってもらい、今日の宿に連絡して事情を説明。すると、通常ならキャンセル料をもらうが、今回は特別に1泊キャンセルしてもチャージはいただきません、また今日の到着であれば遅くなっても出来る限り食事など対応しますと仏様のようなありがたい言葉が!喫茶店で待機してくれてた両親に相談し、②の案を選択することにしました。

一旦そうと決まればあとはプランどおりに行動するだけなので、とりあえず肩の荷が下りましたが、色々調べまくってる最中は果たして自分のやろうとしていることがベストな方法なのか、他にもっといい方法があるのに見落としてるんじゃないだろうかって、気が気じゃなかったです。出発前から疲れました...。

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これは四国上空あたりかな…。

さて、14時すぎに長崎空港に着きましたが、時間に余裕がないのでタクシーに飛び乗り、諫早駅を目指します。もっと近くに大村駅というのがあるのですが、エレベーターがなく車椅子での利用ができないそう。諫早駅までは30分ぐらいでしたが、15:11のかもめに乗りたいというと運転手さんががんばってくれて、15:05頃に駅に到着。駅では、移動など大変だから30分後の電車を勧められましたが、なんとか急いで乗りたかった電車に乗ることができました。本当はスロープの準備や、運転手・車掌さんへの連絡などもあるからかなり無理をしてくださったと思います。タクシーの運転手さん、諫早駅の職員さん、どうもありがとうございました。

諫早から博多へは1時間40分の旅。車窓からは、ずーっと諫早湾を眺めることができます。両親も私も、生まれてはじめて見る諫早湾。どこまでもどこまでも干潟が続き、「ムツゴロウがいるのかなぁ」なんて、つかの間ののんびり時間を味わってるうちに博多へ到着。両親は博多駅の賑やかさに感激したようですが、ここもゆっくりはしていられないので、駅前のレンタカー事務所に行き、車を借りてさっそく出発。この時点でもう17時を回っていました。

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ちなみにレンタカーはコンパクトクラス(キューブとかデミオとか)を希望していたのですが、急だったので空車がなく、同じ料金でワンランク上のSクラスを用意してくれました。しかもプリウス!ラッキー!一度乗ってみたかったのです。

市内からまもなく都市高速に乗り、九州自動車道へ。あとはひたすら湯布院を目指します。途中佐賀県を通過。せっかくここまで来たけれど、長崎・福岡・佐賀は次回以降の旅におあずけです。そしてようやく湯布院の宿に到着したのは19:20でした。本来なら朝の9時には大分空港に到着しているはずだったので、思いがけず長い道中になりましたー(笑)

お宿は「やわらぎの郷 やどや」というところ。かなり行き届いたバリアフリーが自慢で、お部屋やトイレだけでなく、補助具の完備した家族風呂なども充実しています。晩御飯は併設のお食事処で豊後牛と地鶏の焼肉でした。牛肉以上に地鶏がおいしくて追加注文してしまいました。大分名物の麦焼酎を飲んで一服して、お風呂に入ってようやく疲れが癒えました!

で、後で写真をチェックしてびっくり。この日撮った写真、なんとここに貼り付けた2枚のみ。旅のトラブルには結構強い私もこの日はよっぽど余裕がなかったと見えますね…(苦笑)
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by cita_cita | 2011-07-25 22:36 |