カテゴリ:読書( 79 )

「笑い飯哲夫訳 般若心経」

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ちょっと前、笑い飯の哲夫が東大の学園祭で講義を行うというニュースを見て、この本のことを知る機会があって、読んでみました。本人曰く、「昨今あほほど出てる般若心経の解説本の中でもっとも幼稚くさい本」だそう。

哲夫は奈良の桜井出身です。桜井は大神神社をはじめ、神社仏閣がたくさんある古い町です。哲夫の家にも子供の頃から、先祖の命日に月一回お坊さんがお経をあげにきていて、それを見ながらずっと、「それどういうことやねん、先祖に何を言うとんねん、死んだ人らに向かってどういう意味のこと言うとんねん」と思っていたそうです。その後、テレビで「西遊記」を見て、三蔵法師が天竺(インド)に取りに行ったありがたいものというのは、実は般若心経だったのだと知って、自分で般若心経の意味を調べ始めたとのこと。そんな哲夫が、自分なりの言葉で、般若心経を解説してくれています。

哲夫はお笑いの人間なので、普通に解説するはずもなく、ぶっちゃけ、下品なたとえ(たいていう●こネタ)が多くて、嫌いな人は嫌いかもしれませんが、私にとってはかなりわかりやすかったです。少なくとも、家で仏壇の引き出しにしまってある般若心経が書いてる紙を見ても、一応意味が分かるようになりました。

簡単な表現が多いので一気に読める本ですが、その中でもとくに「ほぉー」と関心する表現がいくつかあったのでその部分をご紹介します。

なんで自分の存在にこだわるんや、自分の考えも体もひとりだけの所有物やと思わんと、自分も他人も草木もゴミも、全体が液状にドロドロしてて、ただ偶然、ドロドロしてる中のここからここまでの部分が自分となって現れてるだけやねんで、そしたら全部はつながってて、自分だけの所有物とか何もなく、すべてはみんなの所有物になる、そしたら他人に与えることも、何ら嫌なことではない、それで「慈悲」の心が生まれるんやで、という感じだと思います。

あと、いつもお経を聞いてるときに耳に残って気になってた「ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー(羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦)…」っていう部分の意味はこう説明されていました。

がんばって、がんばって、よくがんばって、まさによくがんばって、悟れよ、幸あれ。

なんか、そんな意味やったんかーって。全然想像できなかったですね(笑)
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by cita_cita | 2011-07-10 10:23 | 読書

「禁酒セラピー」 アレン・カー

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今、密かに話題のこの本、「禁煙セラピー」の著者が書いた第2弾だそうです。

なんでこんなの読んでるかって?年末から何かと飲み会続きってこともあって、ちょっとお酒の量を減らしたほうがええかなーと思って。っていうのもあるし健康的に痩せたいってのもアリやし。

そんなときに友達が読んでるのを見て、軽ーい気持ちで読み始めたんやけど、この本によれば節酒は大酒飲んでる人と大差なく、禁酒でないと意味がないそう。そして、「お酒は強い毒で、飲めば寿命が縮まり、依存性も高く、免疫力、集中力が低下し、神経系が徐々に破壊され、自信や勇気がなくなり、リラックスするのが難しくなり、味もひどく、一生のみ続けた場合にかかる費用は1800万円で何の利益もない」とかぼろくそ(笑)

そのくせ、「読んでる間は禁酒しようとしないでください」と書いてあるから、先週は普通に飲み会に出席してたんだけど。

それにしても、この本カバー掛けずに読んでるから、電車の中とかで前の人が見たらどう思ってるんかなー。客観的にみて「禁煙セラピー」読んでるより、「禁酒セラピー」読んでる女のほうがある意味怖いよね。
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by cita_cita | 2011-02-22 21:33 | 読書

「ブルーゾーン」 篠宮龍三

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グランブルーという映画やジャック・マイヨールの名前を聞いたことがある人は多いでしょう。酸素ボンベをつけず、自分の呼吸だけを頼りに潜るフリーダイビング。その競技で水深115mのアジア記録を樹立したダイバー、篠宮龍三さんの著書です。

私の友達であるらっくさんから、「この本いいよ。ヨガをやってるあなただったら、きっと共感するところがたくさんあると思う」と紹介を受けました。

フリーダイビングやサーフィンの選手には、ヨガをトレーニングに取り入れている人がたくさんいます。ジャック・マイヨールもそうだし、この篠宮さんもそのひとりです。そこには、ただ呼吸を細く長くコントロールできるようになるという肉体的なメリットだけではなく、精神的な意味合いが大きく含まれていると思います。

彼の著書の中で、いくつか心に残る部分がありましたので、そのまま紹介したいと思います。

『よく「ひとりで海の奥深くまでダイビングしていると、孤独を感じませんか」と聞かれるが、僕は海の底でひとりぼっちだと思ったことはない。
孤独は、人と人の間にあるもので、自然と人間との間に孤独はないのだということが分かるようになった。』

『フリーダイビングは無呼吸という制限の中で行われるスポーツだ。だから自由とはかけはなれたものだと思われるかもしれない。
しかし、自由というものは、制限があって初めて感じられるものだと思う。制限の中にこそ自由はある。』

『どれぐらい深く潜ったかという記録は、いつか破られる。その瞬間の最大値でしかない。けれど美しい泳ぎは永遠に人の心に残る。
美しく潜るということは、効率よくむだのない動きをすることだと思う。美しさと効率は相反するものではない。』

『フリーダイビングは生きながらにして、死を体験するようなところがある。
死と隣り合わせで海に潜り、やがて極限に達すると、陸という生に向かって還っていく。1回のダイブは、象徴的な輪廻転生なのだ。
深い海からの帰還は本当に心地いい。フリーダイビングは潜るたびに何度も何度も人を生まれ変わらせてくれるのかもしれない。
死に直面した世界から還ってきて呼吸に再会すると、生と死がぐるりと円環を描いて、再びひとつになる。』

『海面がどんなに荒れていても、深く潜っていくと流れはおさまってくる。
30mぐらいまでは流れがあることもあるが、それ以上の深さでは海流はほとんどない。天候にかかわらず、同じ静けさを保っている。
どれほど表面が荒れていても、底は静穏な海。海のあり方は心のあり方に似ていると思う。』

『ほかのスポーツと大きく違うところと言えば、フリーダイビングでは、闘争心は仇になるということだ。
サッカーや野球、格闘技などでは、勝ってみせるという強いハートが必要だろうが、フリーダイビングでは、海の中で「あそこまで潜ったら何位だ」
「新記録になる」「ライバルに勝てる」などと考えると脳の酸素消費量が増えてしまい、すぐれたパフォーマンスができなくなる。
それだけではない、命の危険すらある。
いかに記録を伸ばすかとか、戦略を立てるのは陸上ですること。いったん作戦を立てたら、もう水の中には持ち込まない。』

『経験を重ねると「これは危険だ」という信号を受け取る直感が鋭くなってくる。
そういった感覚を無視したりせず、欲を出さずに引き返す勇気を持つことが必要だ。
2008年の国際大会では、手を伸ばせばタグが取れるというところで、引き返す判断をした。
手を伸ばす、ただそれだけのことで、自分の中のバランスがくずれると気づいたからだ。』

『「足るを知る」という言葉がある。いまあるもので十分と思えば、命を危険にさらすことはない。
もっともっととやり過ぎて自分の力以上のものを望めば、どこかにひずみが生じてそのまま自分に返ってくる。』

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by cita_cita | 2011-01-26 21:43 | 読書

「裸でも生きる」 山口絵理子

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20代前半にして、マザーハウスというカバンのブランドを立ち上げた若い女性経営者の自伝エッセイです。山口さんは今年、28歳。マザーハウスでは、バングラデシュ産のジュート(麻)で作ったバッグを現地生産、日本国内で販売しています。デザイナーでもあり、社長でもある彼女の今の姿を見ると、何でも苦労なくスムーズに、スマートにこなす、恵まれた特別な人みたいに思えますが、ここまでの道のりは平坦ではなかった…というかこれ以上ないぐらい波乱万丈です。

 小学校で壮絶なイジメに合い、反動で中学で非行に走り、どんどん深みにはまっていく仲間を見てハッと目を覚まし、「強くなりたい」と柔道部に入部。猛練習の末に名門高校からスカウトが来るまでになったものの、優勝できて当然のチームではなくて、自分の力で勝ちたいと、推薦話を蹴って、工業高校の男子柔道部に入部。体が壊れてボロぞうきんのようになるまでしごかれても試合では負け続け、3年になって初めて優勝候補に勝てるまでになった山口さん。大学は日体大か国士舘で柔道を、と周りが決め付けていたのに反発して、猛勉強で慶應に合格し、柔道の世界を離れて、竹中平蔵ゼミで発展途上国の開発学の勉強を。途上国支援に興味を持って、見事学生インターンとしてワシントンの国際機関でアシスタントのチャンスを得たものの、そこで見たのは「発展途上国なんて行った事もないし、行く必要もない。」「自分たちはレポートを見て予算編成をすればいい。現場のことは現場担当に任せればいい。」といいながら立派なオフィスで仕事をするエリートの同僚たち。ここでは、本当の意味の援助活動はできないと知った彼女は、職場のPCで「アジア最貧国」を検索してヒットしたワードを見て、「バングラデシュ」行きのチケットを買います。この先に何があるかも分からず、ただ自分の目で現実を見たいという思いだけで降り立ったバングラデシュで数々の衝撃を受け、もっとこの国にいるために、旅行中に情報を集めて地元大学院の試験を受け、入学許可証を持って日本に帰ります。大学卒業後、バングラデシュに戻って大学院に通いながら、先進国からの施しという形ではなく、先進国と互角に競合できる途上国ブランドを独り立ちさせることを思いつき、マザーハウスを起業するアイディアを得ます。そして卒業後、23歳で会社を設立しますが、そこからも順風満帆というわけに行かず、デザイン決め、工場探し、取引先の確保などに奔走し、また、信頼していた取引工場や取引先に裏切られたり、政治がらみのストライキで納期がめちゃくちゃになったり、彼女の活動を良く思わない現地人に脅迫されたり…と本当に色々な困難が起こります。

彼女はそんな困難をひとつずつ乗り越えてきたわけですが、怖いもの知らずのスーパーウーマンというわけではなく、大変な目にあうたびに、びびったり、泣いたり、絶望したりしながら、それでもまた先に進んで行きます。そういう人間くさいところもあるから、「私とは別世界の成功者の話」としてではなく、もう少し近い目線で読むことができました。

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彼女のパワーと不屈の前向きさには本当に励まされますが、ただひとつだけ、共感できないところが。それは、がんばりすぎるあまり、自分の体を大切にしないことです。今は30歳近くになられて、少しは変化があるのかもしれませんが、柔道部での話の部分や、会社立ち上げのころの話を読んでいると、自分の体をまるで自分の所有物だからどう扱ってもいいかのように粗末にしているように思えるところがあります。彼女は本当に尊敬すべき、すごい人だと思うけれど、でもやはり自分の体を大切にできるのは、自分以外にはいないのだから、そのことを忘れないでほしいなと思いました。

この本の第2弾が出ているようなので、また機会があれば読んでみようと思います。
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by cita_cita | 2010-12-07 22:38 | 読書

「役にたたない日々」 佐野洋子

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今日読み終わった本。通勤中、iPhoneの触りすぎで読み進めるのに時間がかかっちゃいましたが、かなりおもしろい。

著者の佐野洋子さんは、谷川俊太郎の奥さんでもあった人。そして名作絵本「100万回生きた猫」の作者。このエッセイは2003年から2008年までの日々をつづったエッセイ。このとき彼女はすでに60代後半。けど、かつて詩人の妻であった落ち着いた老婦人…私たちが勝手に抱くそんなイメージとは全く違い、言いたいことを歯に衣着せずズバズバ言い、些細なことに怒ったり慌てふためいたりして、その後そんな自分に思いっきり自己嫌悪になって落ち込んだりしている。でもまたやっちゃう。

水道局側のミスで、料金引き落としが出来ていないとつっけんどんに攻められたときなど、最初は引き下がったものの自分のミスではないと確認できたら黙っておられず、電話口で苦情を言いまくり、「誰か止めて!このままじゃ私どんどん悪いオバアさんになってゆくよ」と嘆く。それに対して「そんなら前はいいオバアさんだったの?」と突っ込む友達も友達なら、それに対して「…さらに悪いオバアさんになってるの。もうスピード違反になってる暴走族みたいなの。」と答える佐野さんも佐野さんだ。そこに「なにいい人ぶってんの。」ととどめを刺す友達。

朝起きて、ベッドに寝たまま足の指でカーテンを開けながら、「ああ、今日もできた。今日の若さを寝たきりになってから、どんなに涙ぐましく懐かしむことだろう」と思うのがやめられなくなった…と毎日、足でカーテンを開けては自分がまだそこまで老いてないことを確かめる日々。

そんな中、乳がんでの入院先でお見舞いにもらった冬ソナがきっかけでどっぷり韓流にはまり、生まれて初めてDVDを自分で買いまくり、次は「秋の童話」(冬ソナの秋バージョン)「ブラザーフッド」「チング」「シルミド」「猟奇的な彼女」「ホテリアー」とメジャーものから「新貴公子」などという私も全く聞いたことのないビデオ全巻も見て、そして「今の私を、この66歳の私をこのように幸せにしてくれる韓流ドラマとは何であろう。これを知らずにこの幸せ感を知らずに死んだら私の一生はあー損した一生だった。ありがとう。」とまで語る。そして冬ソナの舞台の並木道の島(ナムソム)にまで旅してしまう。けどその一年後には「いやぁ、韓流は幸せだった。もう溺死するほどだったねー。でも今はもう思い出すとゲロが出るねぇ」とのたまってしまう。そのころにはどうやら香取慎吾にはまっていたらしい。ちなみにこのとき68歳。「68歳は閑(ひま)である。バアさんが何をしようと注目する人は居ない。淋しい? 冗談ではない。この先長くないと思うと天衣無縫に生きたい、思ってはならぬ事を思いたい。」という名言を残している。

そんな彼女に70歳のとき、余命2年のがん転移宣告。そして、告知を聞いた帰り道、「今まで自分は自由業だから90まで生きたらどうしようとセコセコ貯めた貯金」を思い出し、近所のディーラーでそこにあったイングリッシュグリーンのジャガーを「それください」と買い(!)、「最後に載る車がジャガーかよ、運がいいよなぁ」と思い、なのにそれを1週間でボコボコにして(車庫入れが下手だから)、いい本に出会っては「これも間に合った!」と感謝し、「金と命は惜しむな」と100回ぐらい何もわからない子供に言ってみたり、「死ぬ日まで好きなものを使いたいから」骨董屋にいって一番気に入ったお皿を買う。なんてパンチの利いた愛すべきオバアさんなんだろう。

なんか、10代のとき20代が、20代のとき30代がとてつもなく大人に見えたのと同じで、60代なんて、もう達観しちゃって人生を悟ってしまってるのかなぁなんて思ってたけど、ぜんぜんそんなことない。(なかにはそういう立派な人もいるんだろうけど。)佐野さんは若いときと同じように悩んだり、焦ったり、後悔したり、ケロッと忘れたりして毎日一生懸命に生きてる。いくつになっても色々感じたり、発見したりすることはできるんだ。だったら自分は達観したオバアちゃんになるより、佐野さんのようになりたいような気がする。なんか、ちょっとうれしくなった。

ちなみに佐野さんは今72歳、健在である。
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by cita_cita | 2010-08-06 23:45 | 読書

「行正り香の今夜は家呑み」 行正り香

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昔はよくオレンジページやレタスクラブを買っていたけれど、最近レシピといえばパソコンに材料とキーワードを入れたらいくらでも出てくるので(Cookpad愛用)あまりレシピ本を買わないようになった。

けど、これはかなりヒット。なぜって、ここに載っているメニューと私の食べたいものがドンピシャだから。特に野菜を使ったメニューが秀逸。しかも手の込み具合がちょうどいい。自分で作ろうという気になる程度に面倒臭すぎず、これならスーパーの惣菜買ったほうがおいしいのでは?と思わない程度に手抜き過ぎず。

このセレクトは、絶対酒呑みにしかできない。行正さんもかなりの酒呑みに違いない。酒呑みはおいしいつまみを手早く作って食べたいし、飲んだ後の洗いもんが少ないほうがいいんだけど(これ非常に大事)、このレシピはかなりそのニーズをバッチリ満たしてます。

特に私が気に入ってるレシピはスナップえんどうの卵ソース、韓国風チョレギサラダ、にらの卵黄しょうゆ、それから、いかげそナンプラーガーリック焼きです。
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by cita_cita | 2010-08-05 23:20 | 読書

「何も持たず存在するということ」 角田光代

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角田さんの本を取り上げるのは久しぶりだ。小説とエッセイを両方書く作家の場合、どちらかは好きでもどちらかがイマイチだったりすることもあるのだけど、角田さんの場合はどちらも同じぐらい好き。これは書きおろしではなく、既出のエッセイを後からまとめた本なのだけど、やっぱりこの人の文章は好きだな。言葉の選び方も、表現のしかたも。

この本の中でRCサクセションの忌野清志郎についての文章があった。角田さんはエスカレーター式の女子高から早稲田大に入学したとき、いきなり外の世界に放り出され、自分の周りに溢れる情報が多すぎて途方にくれていた。そんな時に清志郎さんの音楽に出会い、ものすごい衝撃を受けたそう。自分が何を好きで何を嫌いなのか、自分にとって必要なもの、不要なものは何か、すべてRCの歌が教えてくれた。それ以来情報の洪水も怖くはなくなった、そのほとんどは自分にとって必要のないものだと分かったから…と書いてあった。そして、小説家を目指したとき、誰それのような小説家になりたいという目標は自分には全くなく、ただ清志郎さんのつくる歌のような小説が書ければよかったとも。

角田さんが清志郎さんを敬愛しているのはどこかで聞いたことがあったけれど、そこまでだったのか…と思った。この文章が書かれたのはまだ清志郎さんが存命中。昨年、彼が無くなったとき、角田さんはどう感じたのだろうかと思い、何か残していないか探してみたら、あった。2009年5月4日の読売新聞に清志郎さんへの追悼文が掲載されていた。その文章をここに転載します。


「忌野清志郎がいない」
 訃報を聞いて真っ先に思ったのは、どうしよう、ということだった。清志郎の生の声が聴けない世界で、私はいったいどうすればいいのだ。
 私は音楽とまったく関係のない仕事をしているが、でも、小説家としてもっとも影響を受けた表現者は忌野清志郎である。
八六年に日比谷野外音楽堂でライブを見てから、ずっと彼の歌を聴き、彼の創る世界に憧れ、彼の在りように注目していた。
 あまりにも多くのことを教わった。ロックは単に輸入品でないということも、音楽は何かということも、日本語の自在さも、詩の豊穣さも、清志郎の音楽で知った。それから恋も恋を失うことも、怒ることも許すことも、愛することも憎むことも、本当にその意味を知る前に私は清志郎の歌で知った。
 二〇〇六年夏、清志郎が喉頭癌で入院したというニュースを聞いたときは、神さまの正気を疑った。でも彼は帰ってきた。
二〇〇八年の完全復活ライブで、今まで以上にパワフルな清志郎のライブアクトを見て鳥肌が立った。神さまだってこの人には手出しできないんだと思った。それで、信じてしまった。
このバンドマンはいつだって帰ってきて、こうして歌ってくれる。愛し合っているかと訊いてくれる。癌転移のニュースを聞いても、だから私は待っていた。完全再復活をのんきに待っていた。
 忌野清志郎は、変わることも変わらないこともちっともおそれていなかった。彼の音楽はつねに新しく、でも、つねにきちんと清志郎だった。不変と変化を併せ持ちつつ先へ先へと道を拓き、私たちは安心してその道をついていけばよかった。清志郎のことを思うと私はいつも魯迅『故郷』のラストの一文を思い出す。「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」。道なき地上の先頭を、清志郎はいつも歩いていた。この人をすごいと思うのは、そのあとを歩くのが音楽にかかわる人ばかりではないからだ。あまりにも多くの人が、それぞれに清志郎の影響を受け、その影響を各々の仕事のなかで生かしている。
 訃報が流れた深夜、写真家の友人から電話をもらった。私はただの一ファンだが、この写真家はずっと清志郎の写真を撮っていた。私よりずっと深くかなしんでいるだろうに彼は「だいじょうぶ?」と私に訊いた。私と同世代の彼も、清志郎をいつも仰ぎ見て自身の仕事をしていた。「もう清志郎の声が聴けない、どうしよう」私が言うと彼も「どうすればいいんだろうね」と言った。深夜、私たちは迷子になった子どものように途方に暮れていた。きっと多くの人がそうだろうと思う。清志郎のいない世界で生きていかねばならないことに、心底途方に暮れている。このバンドマンが創ったものが失われることはない。私たちはこの先ずっと清志郎の音楽に触れその声を聴くことができる。わかっていても、今はただただ、どうしよう、と思うばかりだ。



今まで、友達に誘われて清志郎さんを見に行けるチャンスが3回あった。なのに、3回とも私は行けなかった。1回はお金が無くて。あとの2回は予定が合わなかった。予定を変更してでも行っておけばよかったなぁと今になって思ってる…。この角田さんの追悼文を読んだら、またその思いが強くなってしまった。
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by cita_cita | 2010-03-04 21:54 | 読書

「神戸新聞の100日」

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前に記事を書いた神戸新聞ドラマの原作となった本です。原作の本は7日間じゃなく、100日となっています。

主なストーリーはドラマと重複するのでここでは書きませんが、こちらにはドラマに出てこなかった内容もたくさん含まれていました。ドラマでは主人公の櫻井君演じる新人カメラマンの視点が中心になっていましたが、この本にはもっともっとたくさんの人のエピソードが紹介されています。

新聞を取材する者、編集する者、印刷する者、配達する者、そして全体を指揮する者の話がドラマには出てきていました。こちらではそれ以外にこんな人たちの話も出てきます。壊滅したメインコンピュータシステムを再構築するために奔走した富士通のSEや共同通信のシステム担当、松下電送の機器担当。崩壊したビルの状況確認を行い代わりの場所を確保したり、新事務所の電源・空調・施設を担当をした竹中工務店の社員。京都新聞から神戸の印刷工場までのフィルム搬送が滞ったときヘリを出し協力することを即決した共同通信社。急場を凌ぐために必要な現金の確保や不眠不休で働く社員への給料が期日通りに振り込まれるように走り回った経理担当者。取材・編集・制作部門が最優先であり自分たちは裏方だからと、作業場所を譲り、階段の踊り場に机を構えた総務・管理部門の社員。再建に必死になっている本社に迷惑をかけられないと、自力で記事を書き、編集作業を行い、地元印刷店の門を叩いて臨時地域版を発行し続けた但馬、丹波、淡路、姫路、明石などの地方支社・総局メンバー。本来すべて受注生産であるはずのコンピュータシステムの機器を早急に揃えるために中国新聞からサブコンピュータ、中日新聞からCWS、毎日新聞、読売新聞、報知新聞からも自社の機材が提供されたそうです。

あの混乱の最中に、それぞれの人たちがそれぞれの持ち場で自分のするべきことを全うしようとした姿を尊敬します。

そして巻末には「被災地の1826日」という章が。そこでは、仮設住宅に移った人や老齢者の孤独死などの問題はもちろん、それ以外の現実についても書かれていました。たとえば自力で家を建て直した人たち。ほとんどの人たちは、つぶれた家のローンの残りを払いつつ、新しい家のローンも払うという二重ローンを抱えているわけで、そんなことはこれを読むまで考えもしませんでした…。そうか、そういうことなんですよね、地震で家を失うっていうのは…。あと、震災後の混乱時に兵庫県から出て暮らしを立て直した人たちには、補助金が出なかったりとか。当初補助金は兵庫県に対する義援金でまかなわれていたから、国としての補助は無かったらしく…でもそんな非常事態において、補助金が出るからここに住もうとか、兵庫県から出ちゃまずいとか、そこまで考える余裕があるわけない。結果的にはその後の署名運動や多くの働きかけによって、制度が変わって、さかのぼって補助が出たそうですが、そういうことって震災当時のセンセーショナルな報道と比べると驚くほど取り扱いが小さいから、当事者以外には気にも留めないっていうのが現実なんだろうなぁと実感しました。
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by cita_cita | 2010-02-24 22:02 | 読書

「塩狩峠」 三浦綾子

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最近、映画とテレビはジャンル問わずゴチャゴチャ手を出してるんだけど、本は何冊か連続で三浦綾子のを読んでいます。

「塩狩峠」は、北海道で実際にあった話をもとにした作品。自分が乗っていた列車の連結が外れ、暴走し始めた車両を停めるためにとっさに線路に身を投げ出し自らの命を犠牲にして乗客全員を救った実在の人物の話がベースになっています。

主人公の信夫は大人になってから、キリスト教に入信して、誰からも尊敬される立派な人物になっていくのですが、子どもの頃からそうだったわけではありません。基本的にはとても素直な子どもですが、もちろんその中にも人を妬む心や身分が下の人間に対する優越心(主人公は士族の家柄という設定)、誘惑に負けそうになる一面など人としての弱い部分もたくさん持っています。また、そういう部分があるからこそ、読んでいても主人公に親近感を持って読むこともできます。

しかし、そんなごく普通の人間であった信夫が、父親や友人、愛する女性の影響を受け、少しずつ生き方・考え方に変化が生じてきます。その中にはもともとは大嫌いであったキリスト教に興味をもち、信じ始めたことが大きな役割を果たしていますが、キリスト教徒でない私が読んでも、分かりやすく書かれていたのでそれほど違和感や抵抗なく読めました。(ちなみに作者は経験なクリスチャンということで知られています)

物語全体が静かにゆっくりと進んでいくのに、最後だけは非常にあっけなく衝撃的な幕切れのため、読み終わったあとは、作品の中に置いてけぼりにされたような呆然とした、なんとも気持ちになってしまいました。しかも、多少脚色は入っているとはいえ、実際にこのような人が存在したのだということに、色々な思いが湧いてきて、なかなかうまく自分の気持ちをまとめることができませんでした。実際、この文章を書いていてもいつも以上に支離滅裂になってて、どうまとめたらいいのか分かりません(笑)

「人は何のために生きるのか」という究極のテーマを問う作品なので、そうそう簡単に消化できるものではないのでしょうね…。少し時間をあけて、また読んでみたいと思います。

作品の中で印象に残った信夫と父の会話があるので書いておきます。
心に留めておきたい部分です。

信夫「あのね、心の中のことを全部上手に話をするには、どうしたらいいの」  
父「自分の心を、全部思ったとおりにあらわしたり、文に書いたりすることは、大人になってもむずかしいことだよ。しかし、口に出す以上相手にわかってもらうように話をしなければならないだろうな。わかってもらおうとする努力、勇気、それからもうひとつたいせつなものがある。何だと思う?」
父「誠だよ。誠の心が言葉ににじみでて、顔にあらわれて人に通ずるんだね」
信夫「おとうさま、それでも通じない時もありますね」
父「しかし、致し方ないな。人の心はいろいろだ。お前の気持ちをわからない人もいるし、お前にわかってもらえない人もいる。人はさまざまの世の中だからな」
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by cita_cita | 2010-02-02 21:15 | 読書

「チクタク食卓」 高山なおみ

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私がもっとも敬愛する料理研究家、高山なおみさんの最新作。
彼女のウェブサイトではこんな紹介がされていました。

この本は高山なおみがうちで何を作って何を食べたかというある一年間の記録です。
毎日毎食(ほとんど)食べ物の写真を撮り、メモをしました。
手書きメモの味わいが損なわれないようブックデザインを工夫しました。
おいしくできた料理には簡単レシピを添えました。

贅を尽くしたごちそうだけが「料理」ではありません。
昨夜の残りを朝に出すことも「料理」です。
元気なときも元気じゃないときも自分や家族のために毎日作り続ける
「料理」の広い世界があります。
この本には、そういうことも書いてあります。
くたびれたら、どうぞさぼって下さい。


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高山さんは、確かにプロの料理家としてお料理を作っているわけですが、言われてみれば、それ以外の場面で料理を作るほうが彼女の生活の中では圧倒的に多いわけで。
プロとしての料理を作って、仕事が終わって家に帰ってから大切なだんな様や大好きな友達のために、毎日作って食べている、その食卓を覗くことができる貴重な本です。高山フリークの私としては本当にうれしい本。これまで「日々ごはん」(高山さんのブログをまとめた本。毎日、その日の献立も書いてある)を読みながら、「これ、おいしそう!どんな料理なのかな?」と思っていたメニューを実際に写真で見て、レシピを知ることができるのは画期的です。

そして、同じお皿が何度も何度も使いまわされているのも、見ていると安心する。そうですよね、それが普通の家庭の食卓だと思います。お店や料理番組みたいに、料理にぴったりの食器を季節ごとに変えられたら…もちろん憧れますけど、無理。絶対無理。だから、ラーメンも、うどんも、どんぶりも同じ鉢で食べたっていいんです。だって家ごはんなんだから。

ウェブで見ていると、この本についても賛否両論で「スーパーの総菜と撮影の余り、前夜の残り物なども多く期待するほどの食卓ではない」「本人撮影なので写真がぶれてるのがある」などの意見もあって、やはり人によって求めるものや感じることは違うものだなあと逆に驚きました。でもね、私は好きです、この本。買ってよかった。 
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by cita_cita | 2009-08-07 21:30 | 読書