「おくりびと」

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まずは、アカデミー賞の受賞、おめでとうございます。この記念すべき日にこの映画について文章を書けるなんて、ブログをやっていてよかったと思います。ちょうど、週末に河原町のMOVIXで見てきました。

最高に話題になっている今、きっとこれから見る人も多いのでネタばれすると申し訳ないのですが、映画館であんなに本気で涙が止まらなくなったのは初めてでした。終わった後、外に出るのが恥ずかしいとか、そんなこと気にせずダーダー涙を流してしまいました。目がうさぎみたいに赤くなって、帰りは家まで暗い道を通ってこそこそ帰るはめに(笑)。映画の題材上しかたないけど、こんなにたくさん人が死ぬのに、こんなに心が温かくなる映画ってあるんですね。

人の命ということについて、その重みが薄れてきて麻痺してしまっている世の中で、自分の大切な人との別れがどれほど辛いものであるということを改めて思い出させてくれる映画であり、納棺の儀という文化がある国に生まれてこの映画を見られることを幸運だと思います。納棺の儀自体は日本独自の慣習かもしれないけど、大切な人との別れというのは世界共通の普遍的なもので、そこにある思いはアカデミー賞の観客にも通じたということなのでしょうか。

劇中で「誰でもいつか死ぬんだ、君も、僕も」ということばがあります。当たり前のことなのに、普段は忘れてしまっている、いや、むしろ敢えて目をそらせてしまっている現実に改めてハッとさせられるし、自分自身の、そして自分の大切な人達との一日一日を大切にしなければと強く感じました。死を意識するからこそ、命の大切さを感じ、大切に生きようと思う。

この映画には食べるシーンもたくさん出てきます。食べ物はまた、命をつなぐものでもあります。ふぐの白子を目の前にして「これも死体だ。生き物は生き物を食って生きている。そして、どうせ食うなら美味いものがいい。」という台詞が出てきます。その通り、私たちが生きていく中で、そこには必ずいつも他の生き物の死が伴っているのですよね。

「死んだ人を触る自分たちは白い目でみられ、死んだ動物や魚を触る料理人は歓迎されるのはなぜ?」という疑問も出てきます。これは非常に深いテーマだと思います。同じように死者に立ち会う仕事であるのに、医者やお坊さんは尊敬され、納棺師や火葬場で働くことをけがらわしいと避ける人もいる。誰もが一度は必ずお世話になる仕事であるのに。

そして火葬場での「いってらっしゃい、また会おうの」の言葉。今思い出しても涙が出てきます。人の死は「門」だという考え方も、深く心に残りました。この意味についてはこれからじっくりと考えていきたいと思います。若い頃、藤原新也さんのガンジス川の河岸に打ち上げられた死体の写真に衝撃をうけたのがきっかけでインドの死生観というものに非常に興味をもちました。その後、短い日数でしたが、20代の後半と、30代に入ってから1回ずつ、インドに行きました。そこに行けば、何か分かることがあるかもと思ったのです。でも、残念ながらそこまで私を大きく変えるようなできごとはありませんでした。人の生死というテーマはあまりにも大きすぎて、私のように受身でとらえるものではないのでしょうね。それから何年も経って、思いがけず映画館で出会ったことば、「死は誰でも通る門」。このことば、忘れないでいようと思います。

本木雅弘さん…もう、モックンと呼ぶのは失礼かもしれないですね。それぐらいすばらしい演技でした。でもオヒョイさんとか鶴ちゃんも、ずーっと若い頃の呼び名で呼ばれてるから、これからもモックンでいいのかな(笑)

3月18日にDVDが出ます。劇場で見られなかった人もぜひ機会があったら手にとって見てください。とてもいい映画です。大切な人がいることをもっともっと感謝しようと思わせられる映画です。実は今日は私の誕生日。さきほど実家に立ち寄り、両親とケーキを食べてきました。帰り際、「いつもありがとう。また一年よろしくね」と言えたのも、この映画のおかげかな。
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by cita_cita | 2009-02-23 21:15 | 映画
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