「しゃべれども しゃべれども」 佐藤多佳子

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ずいぶん前に知人に薦められ、本も持っていたのに、最近になってやっと読んだ本です。

この物語の主人公、今昔亭三つ葉こと外山達也は、江戸落語の噺家で、現在26歳。前座から二ツ目に昇進して、真打ち目指して奮闘しています。そんな彼がひょんなことから素人集団に落語を教えることになってしまいました。生徒はそれぞれクセモノばかり。男前なのに自身がなくて緊張するとつい吃音が出てしまう対人恐怖症気味の綾丸良、美人だけどとんでもなく無愛想で鉄仮面、一旦喋るとケンカを売るような話し方しかできない戸河五月、バリバリの関西弁&タイガースファンが災いして、転校先で孤立してしまった生意気な小学生、村林優。そして現役時代は毒舌キャラの代打の切り札として名を知られたが、解説者になってからは視聴者を気にして言いたいことも言えなくなってしまった元プロ野球選手の湯河原太一。

そんな彼らの中に、誰一人真剣に落語を学びたいという者がいるはずもなく、ただ「話し方教室」に行くようなノリで月に数度、三つ葉の家にぞろぞろと集まってくる。全員、年齢も境遇も性格もバラバラで最初は全く気が合わず、集まれば落語を習うどころかピリピリと一触即発の険悪ムード。三つ葉は「こんなことする意味が本当にあるのか」と負担に思いつつもこの妙な集会は続いていきます。

物語が進むうちに、それぞれが抱えた心の中の悩みと、うまく喋れない原因が明らかになってきます。そして、喋ることが商売であり、でかい声と度胸と無鉄砲さが持ち前のセールスポイントであったはずの三つ葉にも変化が…。喋ることにかけては絶対の自信を持っていたはずの三つ葉が、高座に上がっても以前のようにするすると言葉が出なくなってしまいます。これまでに経験したことのない、初めてのスランプ。喋ることへの不安と恐怖。自分のやりたい落語とは、どんな落語なのか、考え出すとますますうまくできなくなる悪循環。これまでは尊敬する小三文師匠をお手本に、師匠に少しでも近づくように夢中でやってきた三つ葉。経験や貫禄が足りない部分は、若さと元気よさでカバーでしてきました。そしてお客もそれを三つ葉の魅力として受け入れてくれました。でも、師匠から「自分の落語をやれ」と言われて改めてネタに取り組むと思うようにいきません。これまで何度も高座で披露した演目の、知っているつもりでいたはずの登場人物や場面設定を、自分は何も分かっちゃいなかったことに気付いてしまったのです。これまで「二番煎じ」と言われても気にならなかったはずの回りの批判が心に突き刺さります。以前はお客の笑い声に助けられ、乗せられて楽しく落語ができたはずなのに、今はお客の反応が気になって自分の落語ができなくなってしまった三つ葉。それ以前に、「自分の落語」って一体何なんだ?と自問自答を繰り返します。同時期に恋愛の悩みも重なって、今昔亭三つ葉、いや外山達也、人生最大のピンチ到来。

このときの状態を三つ葉はこう分析しています。「綾丸良は”良し”が圧倒的に足りない。十河五月も”良し”がもっと必要だ。村林優は無理をした”良し”が多い。湯河原太一は一部で極度に多く、一部で極度に少ない。外山達也は満タンから激減して何がなにやらわからなくなっている」 ここでいう”良し”は自分に対する"良し”、つまり自信と言い換えてもいいでしょう。でも、こうなって初めて三つ葉には「しゃべること」に対する生徒たちの悩みを本当に理解することができたのです。ここからは口は悪いけどおせっかいで困った人を放っておけない(まるで落語の登場人物みたいな)三つ葉の本領発揮というわけで、4人の生徒の悩みに首を突っ込んでは迷惑がられたり感謝されたり…。

そんな中、ついに戸河と村林が日頃の練習の成果を発表する場がやってきます。そう、三つ葉から稽古をつけてもらっていた「饅頭こわい」を知人の前で発表するのです。三つ葉もまた、師匠の十八番である「火焔太鼓」を一門会という晴れ舞台で披露することに…

ちなみに火焔太鼓といえば、故古今亭志ん生や志ん朝の十八番。また、大阪弁の村林が作品中で覚えるのは江戸落語の「饅頭こわい」ではなく、あの枝雀師匠の上方バージョン。落語に興味のある人なら絶対楽しめるはず。三つ葉の落語口調で進行していく物語は、まるで物語全体がひとつの落語そのものであるようにテンポがよくって、文字だけなのに不思議なほど場面が頭に浮かんできます。

「しゃべれども しゃべれども」伝わらないときもある。言葉に傷つけられ、言葉にいらだち、言葉を口に出すことを怖いと思うこともある。でも逆に、言葉に救われ、言葉にうれし泣きし、言葉に力を与えてもらうこともある。人間のコミュニケーションのうち言語の占める割合は半分以下、その他は身振りや表情などの非言語コミュニケーションだといいます。(正確には言語そのものが7%、残り97%のうち55%が身振り・表情、38%が口調とも) でも、たかが言葉、されど言葉なのですよね。朝日新聞じゃないけれど「言葉のチカラ」について考えてみるのもいいかもしれません。(個人的にマスコミがイメージアップのためにあのメッセージを使うのはずるいと思うけど 笑)

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今年の初夏にこの作品が映画として公開されます。三つ葉を演じるのは国分太一。劇中では「饅頭こわい」も「火焔太鼓」も披露するそうです。また、村林役の森永悠希くんは、オーディションの時点で既に落語を丸暗記して登場し、監督を驚かせたとか…。どんな映画になるのでしょうか。公開が楽しみです・・・。
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by cita_cita | 2007-02-06 23:17 | 読書
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