「スピティの谷へ」 謝孝浩

e0066369_22134312.jpgまず、なんといっても写真が最高です。基本的にはインドのスピティ地方を紹介した紀行文(旅行記というよりは、何度かにわたる滞在の記録)なんですが、かなりの量の写真が収録されています。またこの写真の出来がどれもこれもすばらしいものばかりで、これだけで写真集にしても全然イケると思います。

著者の謝さんは標高6千メートルから、海面下40メートルまで、フィールドを飛び回っているフリーランスライターです。大学時代から探検部に所属し、卒業後は秘境専門の旅行会社に就職し、いわゆる“秘境”といわれるところにはほとんど行ったそう。例えば、南アフリカのスワジランド、マリ、パタゴニアやギアナ高地、リビアとかサウジアラビアなど…。もう、あらゆるところを行き尽くしたとき、心に残っていたのが大学時代に探検部で何度も行ったヒマラヤの山々。それからネパール、ブータン、チベットなど、いわゆるチベット仏教圏を重点的に訪れるようになり、飛行機の機内誌で見た写真がきっかけとなって、このスピティを知ったそうです。その写真は切り立った崖の山肌にへばりつくように建っているゴンパ(チベット仏教の僧院)の写真。スピティ地方にあるダンカール・ゴンパという場所でした。

スピティはインド最北にある標高3200~4200メートルの地方です。国としてはインドになりますが、チベット高原に接しているので文化圏としてはチベットそのものなんです。ダライ・ラマも大きな法要をすることがあります。たとえ隣村であっても4000m以上の峠を1つ越えたり、700m以上の起伏のある谷をまたいだ向こう側にいかなければならなかったりします。また1996年までは外国人が入ることは許されていませんでした。謝さんが初めてこの地を訪れたのは97年、それから何度にもわたり2人のカメラマンと共に同じ場所に通ってこの本ができあがりました。

この本の中にはいくつものエピソードが収められていて、そのそれぞれにスピティで生きる老若男女(高僧の生まれ変わりとして6歳で親元を離れて出家することになった子供から、20歳で亡き父親の後を継いで山の郵便局長になった女性、そしてダライラマとともにチベットからインドに亡命した高僧まで…)の姿が、彼らの日常にふらりと入り込んだ謝さんの視点から生き生きと描かれています。その一人一人の表情が、目が、とてもとても魅力的なのです。このスピティの風景の風景のこれまた美しいこと!チベット特有の信じられないほど青く濃く、そして澄みきった空の色、一面に実った小麦の金色、高地に張り付くような棚田の緑、祭りの日の僧たちのまとった鮮やかな衣装の赤や黄色、そして厳しい冬の雪の白と対照的な家の中の温かいオレンジ色。でもやっぱりこれらの景色にも負けないスピティの人々の顔が最高なのです。

旅行好きの人、チベットに憧れる人はもちろん、それ以外の人も読んでみればきっとスピティという名前を忘れられなくなると思います。まるで何かのおまじないを唱えるみたいに、「スピティ」と聞くだけで温かいような、深く穏やかな呼吸をしたときのようないい気分になれることうけあいです。こんな本が家で布団にもぐりながら読めるなんて、謝さんに感謝しなければ。だって、今の私の体力と根性では、いくらお金をためて休みを取ったって、きっと謝さんが歩いた同じ道のりを歩くのは無理ですから、ね。

スピティについて興味が出たひとはぜひここを覗いてみて!謝さんと2人のカメラマン、丸山さんと三原さんが手がけるスピティのサイトです。
[PR]
by cita_cita | 2006-10-19 22:20 | 読書
<< 私のバリ <その4> 「ごはん... 私のバリ <その3> 「おみやげ」 >>