「太陽 The Sun」

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ロシアの監督、アレクサンドル・ソクーロフの作品(ロシア・イタリア・フランス・スイス合作)ですが、ほとんど全て日本語だけで物語は展開します。それもそのはず、この作品の主人公は昭和天皇、裕仁(ヒロヒト)天皇なのです。イッセー尾形がその大役に挑んでいます。そして、皇后役にはイッセー尾形と2人芝居の経験もある桃井かおり。彼女は映画のラスト10分になってやっと登場しますが、さすがすごい存在感でした。天皇の一番の側近である侍従役には佐野史郎。

舞台は第2次世界大戦の末期。すでに広島には原爆が落とされ、ポツダム宣言を受諾する直前の日本(というか皇居の中)です。天皇は廃墟となった皇居の中の、唯一焼け残った石造りの生物研究所の地下に作られた小さな退避壕の中で、皇后や皇太子とも離れてひとり生活しています。(正確には多くの侍従がいるのですが)外の世界は壊滅的な状態となっていますが、この中だけは不気味なほどに静かで、外界と切り離されたような時間が流れています。

侍従が運んできた朝ごはんを天皇が一人用のテーブルで静かに食べ終えると、侍従が今日の日程を伝えます。
侍従: 「10時 御前会議 12時 海洋生物学の研究、14時に午餐、15時から16時まで午睡…」
天皇: 「アメリカ軍がここに来たらその日程はどうなるのだろう?」
侍従長: 「日本人が一人でも生きている限り、アメリカ人はここに来ません。大正13年の日本国民を侮辱したアメリカ人など…」
天皇: 「あ、そう。…日本に最後に残る人間が私一人になったら、どうするのかな?」
侍従長: 「お言葉ですが、陛下は天照大御神の天孫であり、人間であるとは存じませぬ」
天皇: 「私が神である証拠はどこにも何もない。この皮膚も他の人と同じではないか」
侍従長: 「…」
天皇: 「怒るな、まあ…いわゆる冗談だ」

天皇は、陸海空軍の大臣たちとの御前会議でも明治天皇が詠んだ平和の歌を例に出し、もう敗戦を認めたいとの意思を表しますが、周囲がそれを許してくれません。また、自分は神ではなく人間だということを何度となく口にしますが、その度に周囲から「陛下、その様なことをおっしゃらないで下さい。」と懇願されます。最高の地位にいるとされながら、自分の思うことを口にすることも許されず、いつも慎重に考えてから言葉をえらんでポツリポツリと話す天皇の様子を、イッセー尾形が非常に上手に演じています。最初は形態模写っぽく、ちょっとやりすぎ?と思ったのですが、見ている間にだんだん裕仁天皇そのものに思えてくるから不思議です。特に、裕仁天皇の口癖だった「あっ、そう」という言葉をいう時のタイミングとか、口をもごもごさせてから話すしぐさなんか…。天皇は、大勢の侍従や大臣たちに囲まれながらも常に孤独で、つい「誰も私のことを愛してくれていない。皇后と皇太子以外は。」とつぶやくシーンがあります。また、マッカーサーとの会見のシーンで「現人神(あらひとがみ)でいるのは疲れるでしょう。」と問われ、 「なんと言いましょうか。それは…楽ではありません。」と応じます。

これらの会話は、おそらく記録に残っているものではなく、ソクーロフ監督の想像する「ヒロヒト」像から生み出されたエピソードや発言もあると思います。ソクーロフ監督はかなり日本びいきな人らしく、作品中の昭和天皇にも批判的というよりは好意的な視点を向けて描かれています。ここでは、神としての「天皇」ではなく「ヒロヒト」という1人の人間に焦点が当てられています。劇中で起こる色々な出来事はとにかく淡々としていて、外で繰り広げられている惨状を考えると多少不快に感じてしまう部分もあるかもしれません。でも、こういう側面もあったのかと、自分が今までまるで考えなかった視点に驚きました。天皇は、周囲の言いなりになっているわけでなく、一人で思い悩む日々を送っています。外で何が起こっているのか、日本に勝つ望みはあるのか、彼にはよく分かっています。でも、彼には絶大な力があるようでいて、どうすることもできません。無力感にさいなまれてうたた寝すると、B29が翼の生えた巨大な魚に変身し、そこから産み落とされた小さな小魚が爆弾となってどんどん東京を焼き尽くしていくという非常にシュールな夢となって天皇を苦しめるのです。

最後、ついに「人間宣言」をして、「私は成し遂げたんだ。これで私達は自由になれる」と晴れやかな笑顔で皇后に語りかけます。物語に一筋の光が差したかに見えます。しかし、そこに現れた侍従に天皇が「私の国民への語りかけを記録してくれた、あの録音技師はどうなったかね?」と問いかけると侍従から返ってきたのは思いがけない一言でした。「自決しました。」 それを聞いた時の天皇と皇后の表情。無言でしたが、すごく印象に残る迫真の演技でした。なんとか気を取り直し、「でも止めたんだろうね?」と言う天皇に、侍従はひとこと、「いいえ」と応じます。国民を苦難から開放するために、「日本は敗北した、自分はただの人間だ」と決死の決断で宣言した天皇、それなのにその言葉を聴いてしまった、それを録音してしまった技師がそのせいで死を選ぶという皮肉さ。そしてエンディングでは「玉音放送」が遠くに聞こえてきます。

会場から出るときは、観客全員、なんともいえない表情と重い足取りでした。多分外で次回の上映を待っていた人達にとってみたら「なんだ、いまいちだったのかな?」と感じたかもしれません。でも、多分彼らもその2時間後に映画館を出るときにはきっと同じ表情で出て行ったと思います。

とても難しく、重苦しい部分の多い映画でしたがやはり見てよかったです。ただ、やはり最近になって、沖縄と戦争との関係についての本を読んだり色々考える機会が多かったせいか、若干ひっかかってしまう場面もなきにしもあらず、でした。例えば、御前会議で集まった旧日本軍の大臣が「いよいよ本土決戦の時がやってまいりました。私達はいつでも準備できております」と、いかにもこれからが本番であるというような言い方をする場面があります。私は、これを見ると「では沖縄は一体なんだったのか」と無性に腹が立って、軽く聞き流すことができませんでした。そして、孤独な天皇を気の毒に思いつつも皇居のお堀の外で起こっているできごとを考えるとなぜこんなになるまで…と苛立ちを感じてしまう部分もありました。この映画を見た人全てがそう感じるわけではないと思いますが…でもそれが素晴らしい映画である所以かもしれませんね。誰が見ても同じ感想を持つ映画なんて、つまらないですもんね。こういう映画をロシアの監督が作ったというのも驚きですが、日本で作るのはまだ無理なのでしょうか・・・。
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by cita_cita | 2006-10-16 22:50 | 映画
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