「おやすみ、こわい夢を見ないように」 角田光代

e0066369_1533114.jpg角田さんの本って、たまにドキッとするぐらい自分の心の奥の弱い部分をえぐってくるような「痛い」表現が出てくるのだけど、この作品は角田さんのそういうブラックな部分が前面に出た…というかその部分だけで書いたような短編集です。好き嫌いは大きく分かれると思う。直木賞受賞後に角田さんを知った人が最初にこれを読むと、彼女の作品を嫌いになるかも。それぐらいブラック色に徹した作品で、最近の彼女の作品ではここまでのはなかったと思う。作者自身も「後味の悪い作品です」と語っている通りに。

作品の紹介コピーは「あなたの気持ちをざわざわとさせる、衝撃的な7つのドラマ」ということなのですが、本当にざわざわします。タイトルを見るとかわいい癒し系の本みたいなのに、これ読んだら逆にこわい夢見ちゃいますよ。でもいわゆる正統派ホラーではないんです。というか、怖い生き物とか壮絶な場面とかはひとつも出てこないのに、なぜか精神的ホラーっぽい。例えば徹底的に残忍なシーンが展開したり、破滅的な最後に向かっていくような小説だったらまだマシだと思う。だけど、この本に含まれる7つの作品、どれをとっても一見普通に毎日が流れていくんです。でも登場人物の心の中に救いようのない憎悪というか悪意がいつも沈殿していて、それが外に出よう出ようとする。いつバクハツしても不思議はない危うい綱渡り。でも、それがバクハツすることはなく、表面上は何も無かったように毎日が流れていく。その状態がいつまでも続く、逃げ場のない閉塞感の方が怖いって思うことないですか?

これを読んでいて、最近再読した角田さんの別の作品「あしたはうんと遠くへ行こう」を読んで同じような場面があったのを思い出しました。主人公の父親は、派手で遊び好きの母親と一緒になるときに「一生お金のことで苦労させない」的な約束をしたとかで、2人で場末の温泉町に駆け落ちして来て以来、朝は新聞配達、昼は温泉旅館の掃除、夜は居酒屋、土日はクリーニング屋と働きづめの人生。そんな姿を見て主人公は「母に出会わなければ、この世の中にそんな生活が存在しているなんて父は想像していただろうか」とその生活をまだやめようとしない父を嫌悪する。そんな人生まっぴらだと、主人公は温泉町を飛び出し、色んな男と付き合い、色んな仕事をし、色んな町に住むけれど、その閉塞感からは抜けられず、それでも「ここではないどこか」を目指してさまよい続ける…。「おやすみ、こわい夢を見ないように」に出てくる抜けられない閉塞感の中でモヤモヤ(モヤモヤなんて可愛いものではなく、ドロドロした悪意)を抱えながら息を潜めている登場人物たちと、「あしたはうんと遠くへ行こう」でその閉塞感から抜け出すために同じ失敗を繰り返し続ける主人公と、全く違うように見えて、本質的に同じ種類の人間ではないかと感じました。違う場所に移動しても、結局逃れることはできず同じところをグルグル回っているだけに見えるのです。まるでお釈迦様の手の中でグルグル回っていた孫悟空のように・・・。

でもやっぱり「あしたはうんと遠くへ行こう」を読んだときよりこっちの本の方がこわかった…。「あしたはうんと…」を読むと、結構凹んだり落ち込んだり、もしくは主人公のダメさ加減(全く学習能力ないし)にイライラ腹が立ったりするのだけど、ここまでゾーッとすることはなかった。 何事もなく平和な毎日で、このまま日々が流れていくことの幸せ、その裏で実は色んな人のものすごい複雑な悪意とか憎しみが煮詰まっているかもしれない、それが空想の世界ではなく実際にきっと自分の周りでも起こっているのだと考えると本当に恐ろしくなります。私は、基本的に人は話せば分かりあえるもので、人生はすばらしいものだっていう考えを持っているけれど、実はそれは私の幻想、都合のいい思い込みなのではと考えさせられました。私だって嫌いな人や苦手な人はいるし、過去には「あいつなんかいなくなっちゃえ!」って思うぐらい嫌だと思った相手もいます。 だけどそう思うのは一時的なことで、自分が学校を卒業したり引越ししたらその気持ちは薄れていくものだと思っていました。でも、たまたまその時はそれで済んだけどそのネガティブな気持ちがもっと大きくなって胸の中でどんどん育っていくことだってありえるのだと思うと、それを抱えたまま私はどう生きていけばいいのだろう…この世の中は悪意に満ちていて、自分も悪意を抱えていて、それをバクハツさせる地雷を踏まないように注意深く生きていかなければならないとしたら…。

7つの作品の中では表題作の「おやすみ、こわい夢を見ないように」と「私たちの逃亡」が特に印象に残りました。ここではそれぞれ自分の嫌いな相手に対して敵意むきだしの男子高校生と女子高校生が脇役として出てきます。でも、その敵意の対象となった相手には、(詳しくは描かれていないので想像ですが)そこまで強く憎まれるほどの落ち度はなかったように見えます。それでも誰かに「めちゃくちゃにしてやる」「死ねばいい」と思えるほどの悪意を持たれてしまう、その怖さ。憎まれる側の態度や気持ちではなく、憎む側の心がその憎しみを育て、日々増幅させているとしたら・・・。これって、エイリアンの話や日本沈没の話よりよっぽどリアルでよっぽど恐ろしいと思いませんか?
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by cita_cita | 2006-08-24 00:05 | 読書
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