「失われた海への挽歌」 嘉手苅林昌

e0066369_12712.jpg今これを聴きながら林昌ワールドにはまりこんでいました。
さすが「神様」、この歌声、他の誰にも真似できないですね…。

このアルバムは1975年に発売されたアナログ版レコード(懐かしい)で、それを2002年にCD復刻したもの。仮にCD化のきっかけが沖縄ブーム・島唄ブームであったとしても、これをCD化しようとした人に感謝します…。

このCDに付いているライナーノーツがまたすばらしい。故竹中労氏による文章は内容からすると1975年の沖縄海洋博以前のもの。その当時の「沖縄群島開発計画予定図(1971.10.25)」とか勝連半島から平安座島、宮城島、伊計島までの「石油コンビナート見取り図(1975.9.10)」なんて貴重な資料も載っていてびっくり。多分オリジナル版にもこれと同じものが入っていたのでしょう。 また「(アルバム)制作の意図」という項目にはこんなことが書かれています。
琉球弧の海、その水域のひろがりは、日本列島とゆうに拮抗する。そこには千姿万態の海洋の姿があり、それと呼応する<うた>の数々がある、緩急さまざまの風と水の呂律(りょりつ)が潮騒のリズムがある。島うたと呼ばれるその歌曲は、これまで言葉の難解さと(いわゆるウチナーグチ・沖縄語)、”大和音楽圏”に属さない節まわし(琉球ペンタトニイク)、”古典”偏重の傾向等々によって、ほとんど本土に紹介されなかった。しかし、”真に民衆的なるもの(すなわち沖縄的なるもの)”は、とうぜん庶民土着の芸能の裡にある。私たちはその生成の歴史をさぐり、あるがままの姿をつたえるために、この盤を制作した。

これを読む限り、このアルバムが制作されたころは、「島唄」なんて言葉どころか沖縄には独自の音楽があるということさえ知らない人も多かったのでしょうね。その時代に作られたこのアルバムを、今、部屋で沖縄を思いながら聴くことができるなんて、本当にありがたいことです。
伴唱と演奏担当は、嘉手苅林昌の他、登川誠仁、知名定繁、知名定男、瀬良垣苗子、饒辺愛顧、そして照屋林助というものすごいメンバー。何度も言いますが、これをブログ書きつつ部屋で寝転んで聴けるなんて…贅沢すぎる。

演出なのか、何曲かはその出だしに波の音が入ってるんですが、これがわざとらしくなく非常にいい感じです。こういう効果音って、ともすれば「やりすぎ」感が出てしまうものなんですが、このCDに限って言えばよくぞ波の音を入れてくれた!という感じです。

個人的に気に入った曲は以下の通り。
「勝連節~谷茶前」
登川誠仁の指笛(フイフイ)にしびれました。誠ぐゎーかっこよすぎますって。もともと私谷茶前って大好きな曲なんですが(勿論弾けないから聴く側専門)これはよかった。
「海ぬチンボーラ~赤山」
これもよく聴く曲ですが、林昌御大の歌う「島ぬヘイヘイヘヘイッ」っていう節回しのところがたまらなくいいです。思わず一緒に歌いそうになる(笑)
「浜下り」
この曲のまえうたの旋律好きですー。工工四手に入れて弾いてみたいものです…。途中転調して早弾きの曲に変わるのですが、まえうたの女声から林昌の声に変わるところも絶妙です。ちなみに浜下りは、旧暦の3月3日に、菓子やよもぎ餅などをお重に詰めて仏壇に供えた後、浜辺で遊ぶという男子禁制の行事だそうです。今も男子禁制なのかなぁ。でも、昔は沖縄では女の人は年中働き通しで本当に大変だったので、この日は日々の仕事から解放されて心行くまで楽しめる貴重な日だったらしいです。私なんか年がら年中遊んでばっかりだから怒られそうですが。
「別れの煙」
”THE癒しの島唄”という感じの曲。聴けば聴くほどしみてくる。曲の解説を読んでみると、沖縄から本土の紡績工場へ集団就職で旅立つわが子を見送る親の歌だそうです。別れの煙というのは、子供達が乗った船から見えるように、丘の上で松葉を焚いてのろしのように白い煙を上げ、見送る親に対して、船の黒い煙がそれに応えるのを表したタイトルだとか。そう思って聴いてみるとまたまたしみてくるのです…。

では、もう一度最初からこのCDをBGMに眠りにつくことにします…。
沖縄の夢が見られるといいなぁ。
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by cita_cita | 2006-07-09 01:36 | 沖縄
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