戸田奈津子さんの講演会に行きました

e0066369_23585869.jpg映画字幕翻訳家の戸田奈津子さんの講演会に行ってきました。
かなり面白い話が色々聞けて、行ってよかったです。

戸田さんは戦後、映画が庶民の数少ない娯楽だった小学生のころに初めて映画を見て映画好きになったそうです。そのころ映画の中には、自分の身の回りにはない夢のような世界がいっぱい詰まっていて、夢中になったとのこと。中学で英語と出会ったときも、あの人達の喋っている言葉を理解したいという一心で英語を勉強し、津田塾大学に入って英語を勉強しながら毎日のように映画館に通ったそうです。でも、その間実際に英語を喋ったことはほとんどなく、いわゆる帰国子女のように思われているが実はそうではないとおっしゃっていました。大学を出るとき、字幕翻訳という仕事に興味を持ち、その世界について調べたものの「狭き門」どころか、門さえもなかったといいます。現在でも映画字幕翻訳家といわれるプロは日本中で20人もいないそうですが、そのころはさらに男性ばかりの世界で、その人達の周りにぐるりと高い高い壁が張り巡らされていて、その中に入る術さえ見つからなかったとのこと。OL生活や、産業翻訳などの仕事をしながら、本格デビューである「地獄の黙示録」までは20年間待ち続けたのだそうです。地獄の黙示録が公開されたのが1980年。その時戸田さんは既に40代だったそうです。「世間では戸田奈津子って言う人はもう100年も翻訳をしているように思われているようですが、実は私のキャリアはまだ25年ほどなんですよ。」と戸田さんが言うと会場は爆笑。そうですよね、確かに、すごーく長い間第一線で活躍されているように思えますもん。

地獄の黙示録に出会うまでは、小さな映画の翻訳が年に1~2本というペースでしか仕事がこなかったそうで、それではとても食べて行けないので色んな仕事を請け負っていたそうです。そんなとき映画監督やスターが来日した際、突然アテンドと記者会見の通訳に指名されたそうなのですが、実はそれまで一度も人前で英語を喋ったことがないほど経験がなかったそう。当然のごとく会見ではボロボロで、もう映画界からは仕事は来ないと落ち込んだそうなのですが、また通訳の仕事が来るようになった。その時戸田さんが悟ったのは、「自分にこの仕事が来たのは英語ができるからではない。自分が映画に対して深い知識を持っているからだ」ということ。その時、大事なのは英語ではなく、それを生かせるだけの中身なのだと分かったそうです。結局そのアテンド通訳が後に大きな転機のきっかけを与えてくれます。「地獄の黙示録」の撮影のためにアメリカとフィリピンを何度も往復していたフランシス・コッポラ監督が途中日本に立ち寄る際、繰り返し通訳を担当したことがきっかけとなり、監督の口添えで「地獄の黙示録」の仕事が飛び込んできたのだそうです。それからは翻訳の仕事が毎年40本ペースに一気に増え、今に至るそうです。

先日トム・クルーズが来日したときの話題などを含め、色々興味深いハリウッドスターの話も聞けました。戸田さんによれば、誰よりもファンを大切にし、時間に正確なのがトム・クルーズ、日本びいき、特に京都びいきなのがリチャード・ギア、あとロビン・ウィリアムスだそうです。特にリチャード・ギアにいたっては、チベット仏教をはじめ仏教や禅にも精通していて、京都に来ると龍安寺と苔寺で坐禅を組み、戸田さんも知らないような渋いお寺に彼の方が案内するらしい。骨董も大好きで京都の新門前という骨董街ではちょっとした顔らしく、かなりの目利きとか。戸田さんに「これは桃山時代のものですね」なんて説明するって…ホントかな? でも、戸田さん曰く、世界中を見てきたスターがこんなに夢中になって、深く知りたいと思うような素晴らしい文化を持っている日本人であるということを大切にして欲しいとのことでした。確かにそうですね~。やっぱり、外の世界を色々見る中で、異文化も大切にしつつ日本のよさを再発見できるっていうのが理想ですよね。

異文化といえばこんな話もありました。黒沢明の作品は日本人が想像している以上に海外で受け入れられている。でも、例えば「用心棒」でお店の暖簾をくぐる一場面があるのですが、その時足元に「盛り塩」がしてあるのがちらりと映る。監督はこれをちゃんと計算して撮影しているのだけど、これが何か分かるアメリカ人なんて皆無だと思う。それでも彼の作品の良さはちゃんと伝わる。それは盛り塩に意味がないということではない。そういう分からないものひとつひとつまでが、日本という異文化を伝える小道具の役割をちゃんとしてくれている。逆に言えば、分からないことがたくさんあるのが面白い、それが異文化を知る醍醐味なんです。この世の中が画一的で分からないことが一つもないなんて、つまらないことだ。そんな世の中なら誰も旅行しようなんて思わない、そう戸田さんは熱く語ってくれました。この時は自分の気持ちを代弁してもらったようで本当にうれしくなりました。

最後に観客からの質問のコーナーがあって、「戸田さんがこれは見ないと人生損をするという映画は?」と聞かれて「私は押し付けで映画を見るのが嫌いだからあまりこういうことは言わないのですが、あえて私個人の好みを言うならば…」と前置きしながら「ジュリア」という作品と「アラビアのロレンス」を選ばれました。前者は、女性の友情を扱った映画が数少なかった時代に、あえてそのテーマを扱った作品で、とてもおススメだそうです。後者については、「ただし映画館の大画面で見るなら」という条件付きでした。これをDVDとかビデオで見るぐらいならやめたほうがいいとまで…(笑) その理由は、やはり監督や脚本家をはじめ、映画を作る人は劇場の大画面に映るところを想定して撮影しているから、多くの映画は映画館で見て初めてその思いが伝わるようにできている。もちろん例外もあるけれど、特に「アラビアのロレンス」は映画館で見てこそ真に感動できると思う、とのことでした。あと、最近の作品では、「ミリオンダラーベイビー」を挙げておられました。これは今の時代にあってCG皆無で作っていながらも素晴らしい作品だとのこと。どうやら戸田さんはCG嫌いらしく、「なんとかメンとかなんとかマンとかいうようなタイトルは大体ダメね、CGばっかりで」とかなり大胆な意見を述べて私達を笑わせてくれました。

「自分が訳す作品はある程度選択できるのか?」という質問には「全くありません。アクションの得意な人、コメディの得意な人、というのはあるけれど配給会社が雇う側、翻訳者は雇われる側だから好みは言えない。だからなんとかマンも訳します。」だって(笑)

もう一つ「映画は時代を映す鏡といいますが、戸田さんは四半世紀、アメリカの映画と接してきてどう思うか?」という難しい質問がありました。これに対しては、「まさにその通り。マスコミが伝える情報は、やはりどこか意図的であったりコントロールされていたりすることもある。でも、映画に出てくる世相や、風俗、言葉遣い、歌、その他全ての文化は個人レベルでの”その時代”を如実に反映している鏡だと思う。」との答え。「例えば60年代より前の映画では女性は日常的に使われていたのと違うきれいな言葉で喋らされ、ベッドにいても化粧をしている。それは社会が女性とはこうあるべきと望んでいたから。でも今は違う。女性がベッドに眠っているシーンでは、すっぴんで、髪も乱れていますよね?」と。確かに、言われてみれば、特に社会派のテーマを扱ったドキュメンタリー映画でなく、コメディであってもそこで登場人物が着ている衣装や、食べているものや、スーパーに売られている商品や、人々の見ているテレビ、言葉遣い、学校の様子など…画面に現れる何もかもが「時代」そのものなんですね。そんな風に思いながら映画を見たことがなかったので、すごく新鮮な発言でした。

今回思ったのは、戸田奈津子さんって私が思っていた以上に、ほんっとうに映画が大好きなんだなということ。映画の話をしているときの彼女の表情を見ていて、それを実感しました。 人生を通してこんなにも好きだといえるものがあることが、人生を豊かに生きるためにいかに大切か、今回の公演の本当のテーマはそれだったような気がしました。
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by cita_cita | 2006-07-04 23:58 | その他
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