「ほんまもんでいきなはれ」 村瀬明道尼

e0066369_19143562.jpg京都と滋賀の県境にある逢坂山に月心寺というお寺があります。1号線沿いの、車やトラックがスピードを上げてびゅんびゅん走るカーブ道の途中、普通なら見落としてしまいそうな小さなお寺ですが、このお寺の住職である村瀬明道尼(むらせみょうどうに)の作る精進料理は、あの吉兆の大主人も「天下一」と太鼓判を押したほど。NHK連続テレビ小説「ほんまもん」の庵主さま(野際陽子が演じていました)のモデルとなった方で、精進料理の素晴らしさだけでなく、その破天荒な生き方や、自由奔放な考え方がマスコミに取り上げられたこともあるので、知っている人もいるかもしれません。 「ほんまもんでいきなはれ」は、そんな村瀬明道尼がご自分の半生を振り返ってまとめられた本です。

「朝の勤行をしたことがない」ことや「ケンタッキーフライドチキンが好物」なんていうびっくりするようなエピソードもあります。 朝のお勤めをしないことについては、こういうことをおっしゃっています。
仏像に向かってお経をあげるためではなく、生きたみ仏、すなわち、今日ここを訪れるお客さまに食べていただく蓮根を、ごぼうを、にんじんを炊くために、そしてごま豆腐を最高の状態に仕上げるために、私は早起きするのです。日本に伝わるお経はお釈迦さまのお言葉そのものではなく、何人もの手を経て中国語に翻訳されたもの。その一言一句を間違わずに読むのが尊いか、今日の出会いのために精魂こめて野菜を炊くのが尊いか。迷わず後者をとるのが私の生き方で、料理は「君がため」につくるからこそおいしくできると信じているので、つくりおきをしたことは一度もなく、生きた仏さまのためには一切の手抜きもありません。私が嫌うのは、しきたりではなく、しきたりに縛られる心なのです。


この村瀬明道尼を何年か前にテレビで拝見したことがあり、その後また数年して、雑誌Lingkaranの第9号でも特集されていたのを見て、この方のお料理をいただいてみたいと思い立ったのが2004年の終わり。どきどきしながら月心寺に問い合わせをすると、「冬の間はお料理は出しておりませんのです。うちは暖房も何もないお寺で冬は寒いですから、暖かくなってゆっくりお料理を頂いていただけるようになったころ、また電話してもらえますか」とのことでした。3月になり、もう一度電話して、ちょうど去年の今頃、念願のお料理を頂く機会ができました。その時のお料理のおいしかったこと。野菜の切り方、盛り方、色合い、だしを含んだひろうすのやわらかい味、そして「天下一」のごま豆腐。庵主様は午前1時におきて下ごしらえを始めるそうです。若い頃に交通事故にあって、片手片足が不自由なので、自由な方の足ですり鉢を押さえつけて、ゆっくり時間をかけてごまをこれ以上ないほどなめらかになるまですり続けるそうです。つるんとしたごま豆腐は白くて滑らかで、一口食べると口の中いっぱいにごまの香りが広がって、これが作られた手間と時間を考えると、本当に大切に大切にいただきたい味です。

ごま豆腐以外のお食事は、ほとんど全て大鉢にいっぱい盛られて次々に出てきます。精進料理というので、お膳に一人分ずつ出されて、堅苦しいのかなと覚悟していたのに、お客みんなで長箸で取っては順番にお鉢を回していくのです。その量の多いこと!全員おなかいっぱいまでいただいても、とても食べきれず最後には持ち帰りようのパックと輪ゴム、手提げ袋がサービスされて「好きなだけ持って返ってください」と言われました。そしてもうひとつ驚きなのが、お酒が出てきて、しかも飲み放題だということ。(お昼なんで、みんな良識の範囲内ですけど) お寺で精進料理というイメージと違うことが多すぎてびっくりすることばかりです。これだけのすばらしいお料理を、お酒をいただきながら、たっぷり時間をかけ、見事なお庭を見ながら食べられるのですから、中途半端な料亭よりよほど素晴らしいと思います。

お食事が終わった後、庵主様とお話をする時間がいただけます。 この時も色々印象深いお話を聞かせていただくことができました。季節ごとに違う野菜を使い、違うお料理を出すとのことでしたので、次に来るとしたらいつが良いですか?と尋ねるとどの季節もその時期の味はあるが、やはり春と秋だと答えてくださいました。春は、冬の間に地中で耐えてきてやっと芽吹いた野菜が、冬眠後のお腹をぺこぺこに空かせた動物たちに簡単に食べられてしまわないように硬い皮をかぶり、苦味を蓄えて生えてくるので、あくが強くクセのあるものが多いが、それもまた春の季節をいただくということだとおっしゃっていました。確かに、ふきのとう、菜の花、せり、ふき、たけのこ、どれもクセがあって、子供の時はあまり美味しいと思わなかったものばかり。それに対して、秋が旬の野菜は、夏に陽の光と肥えた土の栄養をたっぷり受けて実ったものだからおいしいものが多いのは当然とのこと。では、次はぜひ秋に…と言いながら、季節は巡り、また春がやってきました。今年の秋はまた庵主さまのごま豆腐をいただけるでしょうか…。
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庵主様の別の著作。「ある小さな禅寺の心満ちる料理のはなし」
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こちらは「月心寺での料理」

余談ですが、ちょうどこの日、もう一組お客様が。 私たちは4組ほどが同じ部屋でお食事を頂いていたのに、それからしばらく遅れてやってきた一団がありました。それはなんと、リチャード・ギアの家族ご一行だったのです。アテンドしていたのは、映画翻訳の戸田奈津子さん。写真も何も撮れなかったので、あれは幻だったのかなーなんて思うこともありますが、いえいえ、確かにリチャード・ギア本人でした。映画「Shall We Dance?」の公開に合わせて来日していたのです。 そこにいる全員はそうと分かって、ソワソワしてしまったのですが、当の庵主さまだけは落ち着き払ったもの。だって、リチャード・ギアを知らなかったので、「外国の俳優さんらしいわ。サインもらってあげるわ」と色紙を用意して、私たちの分も数枚サインをお願いしてくださったのです。サインはそこにいた皆でジャンケンして、ラッキーな数名の方がもらって帰られましたが、それにしてもお忍びとはいえ、また渋い場所で食事されるものだと驚いたのでした。
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by cita_cita | 2006-03-31 21:25 | 読書
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