「岡本太郎の沖縄」 岡本太郎 (岡本敏子編)

e0066369_11274546.jpg先日岡本太郎の「沖縄文化論」を読んで感銘を受けたのだけど、この本はそれの写真集版です。もちろん、写真は全て岡本太郎本人の手によるもの。ただし、彼の没後、生涯のパートナーであった岡本敏子さんが編集し、出版されたものです。(その彼女も昨年お亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。)

1959年に太郎さんが初めて沖縄の土を踏んだときと、その後12年に一度のイザイホーの儀式を見に久高島を再訪したときの写真をまとめたもので、全編モノクロです。写真の一部は、「沖縄文化論」にも載っていたものですが、こちらは大判で見られるのでまた違った発見がありました。ひとつひとつの作品がものすごく力強くて、特に地元のお年寄りをはじめとする人物の写真では、その表情や皺の深さや目の奥の光が非常に印象的でした。人物だけでなく、何気ない風景写真にも岡本太郎の見た視線と感動が詰まっているような気がします。もともと、モノクロ写真って、カラーよりもドラマ性を感じさせれられるものですが、「芸術写真」というよりとにかく見たまま、感じたままを撮った、そういうスピード感がよかったです。

この沖縄訪問に随行していた岡本敏子さんのあとがきの一部を紹介します。
彼の動作は素早い。感動すると、目がらんらんと輝き、食い入るように、目だけが対象にとびかかっていきそうに見ひらかれ、たて続けにシャッターを切る。 カメラ操作は乱暴だが敏捷だ。ピントも露出も、ほとんど完璧。~中略~面倒だから露出計も持って行かない。それなのに、ピントといい、絞りといい、恐ろしいほどキマッている。~中略~さらに驚くべきことに、彼の写真はほとんどトリミングがいらない。いろいろ小細工してみようとしても、彼のフレームに収めた、そのままが決定的なのだ。そのままが一番強い。対象を見るとき、彼の見ているものは、そのまま絵になっている。それは「画像」「写真」ではなくて、対象そのもの、その生命、経てきた歴史、重み、凄み、すべて、まるごと、今そこにある。 瞬間―ものでも、表情でも、どうして、いつこんなものを捉えたんだろうと思う。鮮烈でなまなましく、動かしようがない。 岡本太郎の眼なのだ。

e0066369_112810100.jpg私は、この文章の内容そのものにも感動したし、そしてそんな岡本太郎を片時も眼を離さず観察していた敏子さんのまなざしと、それをこんな風に表現できることにも感嘆しました。岡本敏子さんもまたすごいひとだなーと改めて思いました。敏子さんといえば、よしもとばななさんとの対談本「恋愛について、話しました」の中で、そのユニークで的確で辛らつな部分を見せていたのが面白かったです。ちょうど79歳でお亡くなりになる少し前に対談されたものだと思いますが、巷の女性雑誌に関してこんなことを行っておられました。「女性雑誌は年がら年中 ”モテ”技特集とかやってますね」「でもそれで本当にモテてるんでしょうか」「いや、実際モテてないと思いますよ。本当にモテてたら、今頃話題は株とかに移っていると思う」だって…爆笑。このセンス、好きだー。今度は岡本敏子さんの本とかも読んでみないとな。
[PR]
by cita_cita | 2006-03-24 23:26 | 読書
<< 三線クラブ 合同練習会 笑福亭松之助のブログ「年令なし記」 >>