「ホテル・ルワンダ」

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親友なおっちが見に行ったという「ホテル・ルワンダ」を私も見に行きました。この映画はアカデミー賞にノミネートされるほどの評判にも関わらず、当初日本での配給元が決定せずに公開のメドが付かなかった作品です。 ある映画ファンが「この作品を日本で見たい!」と立ち上げたインターネットのサイトがきっかけで、「ほぼ日刊イトイ新聞」や「AERA」も巻き込んで運動が盛り上がり3ヶ月の間に日本中で約5000人の署名が集まり、ついに公開が決定したそうです。
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これが日本公開を求める活動に使われたポスター。

映画のテーマは実話に基づいたかなりシリアスで重いものです。1994年にアフリカのルワンダで勃発した大量虐殺事件を題材に扱っています。主人公のポール・ルセサバギナは後に「アフリカのシンドラー」と言われるようになった人物で、彼を中心に物語は展開していきます。シンドラーのリストのように政治的側面を大きく取り上げた映画ではないので、比較的とっつきにくさは少ないですが、それにしてもやはりショックな場面もありますし、単純に「感動!おすすめ!」という作品ではありません。でも「私、こういう映画はあんまり・・・」という人こそ、この映画を見て欲しいなと思います。何も「この映画を見て自分はどう思うのか考えるべき」だなんていうつもりはありません。はっきり言ってこの映画を見て、感想を人に伝えることはそんなに重要なことではないと思います。見たら「何か」を感じるかもしれない、けどその「何か」が何なのか、無理やりに突き詰めて考える必要もないと思います。でも数ある映画の中で何を見ようかと思ったとき、この映画を見る2時間というのは決して無駄な時間ではないと思うのです。

ルワンダには人数が少ないものの支配階級であったツチ族と、多数派にもかかわらず長年被支配層であったフツ族が存在していました。でも、2つの種族の優劣を決めたのはルワンダ独立前に植民地として支配していたベルギー人達。彼らが「フツの方が数は多いけどツチが上だ」と決めたのは、単にこの2つの部族を分裂させてベルギーが支配しやすい環境を作るためだったのです。ただ分裂させることが目的だから基準なんてなんでもよかった。ベルギー人は「少し背が高くて肌の色が薄く鼻筋が細い」ツチ族を上位だとしました。でも実際2つの部族の外見的な違いはほとんどなく、当事者のツチ族とフツ族でさえ、相手がどちらか明確に見分けることなんてできません。 明確な根拠もなく下位の部族だとされたフツ族の不満は長年の間に鬱積して、両社の関係は常にくすぶり続けています。そんな中で、ついに最悪の事態が起こります。1994年、和平交渉に積極的だったルワンダ大統領の乗った飛行機が墜落したのをきっかけに「あれはツチ族の仕業だ!」と一部のフツ族が騒ぎ出し、ついにツチ族の無差別大量虐殺が始まります。

e0066369_1575354.jpg興奮状態のフツ族は、今までの不満を何もかも、全てツチ族のせいであったかのようにツチ族に襲い掛かります。女性も子供も老人も次々に殺されていきます。彼らが殺される理由はツチ族であるから、ただそれだけです。主人公のポールはフツ族ですが、彼は自分が支配人を勤めるホテルに自分の妻子だけでなく大勢のツチ族をかくまい、彼らを守ろうとします。ホテルは完全にシェルターと化します。4つ星ホテルであり、国連の平和維持軍やマスコミが滞在するこのホテルは無法地帯となった街の中で唯一フツ族が手出しできない環境にあったのです。怒り狂うフツ族に裏切り者扱いされても彼がそうしたのは彼の妻がツチ族であったことが最初のきっかけですが、それだけの理由で1200人ものツチ族を守りぬくことはできません。今起こっている現実の理不尽さを目の当たりにして、ホテルで震えながら過ごすツチ族を見殺しにすることなど彼には人間としてできなかったのです。 一歩ホテルの外に出るとそこには無数の死体が転がっています。わずか100日の間に、80万人から100万人のツチ族が殺されたのです。モノのように転がされ、どこまでも続く死体の山を見て、それまでネクタイを締め、支配人として気丈に振舞ってきたポールは更衣室のドアに鍵をかけて泣き崩れます。国連平和維持軍のオリバー大佐は、「私たちやっているのは平和維持活動であり、平和を維持することはできても作ることはできない」と言います。ジャーナリストが撮った虐殺の現場がテレビで流れたら世界中の国が黙ってはいないはずだと希望を持つポールに、その現場を撮影したカメラマンのダグリッシュは「これが流れてもきっと何も起こらない。彼らはこのニュースをテレビで見て、”怖いね”というだけでまたディナーを続けるよ。」と言います。オリバー大佐も、ダグリッシュも、この状況を何とかしたいという気持ちはあるのです。でも何もできないまま状況の悪化が進んでいきます。ついに各国の軍も危険すぎるルワンダからの撤退を決めます。西側から提供されたバスは、外国からのボランティアや傷ついた兵士、在留外国人だけを乗せて出発します。ポールが信じていた西側の大国はルワンダを「助ける価値のない国」と判断したのです。ルワンダにもしも石油や天然資源が豊富であったなら結果は違っていたでしょうか。それともイラクのようになってしまったのでしょうか。 たとえどんなに貧しく、資源のない国であっても、自分の生まれた祖国が「価値が無い」と言われるなんて、こんな悲しいことがあっていいのかと思うと悔しくて涙が出てきました。また、孤児院にいた子供が殺される瞬間に言った「お願い!助けて!ツチ族をやめるから!」という言葉が出てきます。この言葉も本当に悲しくて悔しくて、いつまでも印象に残るセリフです。

何度ももうだめだと思う瞬間と、やっと助かった!と思う場面が交互にやってきて、ついに1200人の避難民が助かる日がやってきます。それまでの時間の長く感じられたこと!息の詰まるような緊迫したシーンの連続で、画面が暗転してエンドロールが流れ始めた瞬間、どっと疲れと脱力感がやってきてしばらく呆然としてしまいました。それは、この映画が事実を伝えながらも、第三者からの客観的な視点ではなく、ポールという一個人の目を通して描かれているからだと思います。ポールが家族を思う気持ち、自分の見ている前でどんどん状況が悪化していくのに何もできないもどかしさ、絶望、それがポールの姿を通して伝わってくるのです。正直、ちっとも楽しい映画ではないし、恐ろしい場面、ショックな場面も出てきます。でも、これが事実なのです。大きな配給元ではないので、どの映画館でも見られるというわけではないですが、もし機会があれば見る価値のある映画だと思います。最後に流れる歌も本当に心にしみる歌です。映画の後、売店でサントラCDを買っている人が何人かいましたが、私もこれからもしあの歌を耳にするたび、この映画のことを思い出すだろうと思います。

それにしてもこんな恐ろしい事件が今から10年前に起こっていたなんて。そして、それが日本ではほとんど正確に報道されなかったことに、映画の内容以上にショックを受けました。アメリカのハリケーンのとき、救援の遅れに業を煮やした被災者が世界に放映されるCNNのカメラに向かって「米国政府は一体何をしているんだ!」と訴えていましたが、ルワンダの彼らは一体どこにその怒りをぶつければよかったのでしょうか。その政府さえも機能していないのですから。映画の中でも、政府どころか「世界は何をしているのか」と思わせられる場面が多々出てきました。「ルワンダが内戦で、混乱状態にある」という報道も、その伝え方によって見る側の受け取り方が全然変わってきます。自分の仲間に何か大変な出来事が起こっていると思うか、対岸の火事で済ませるか。反面、今回この映画が日本ではほとんど知られないまま、もちろん私も知らないままだったところを、一人がインターネットで呼びかけたことから全国で上映され、多くの人の知るところとなったのも事実です。 インターネットを含めたマスメディアの影響力とその役割を思うと、私たちは発信する側としても、受信する側としても、この力を正しく理解して正しく活用しないといけないのだなと改めて感じます。
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by cita_cita | 2006-03-13 23:28 | 映画
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