「単騎、千里を走る」

e0066369_1919419.jpg昨年11月頃にこの映画の製作ドキュメンタリー「NHKスペシャル 高倉健が出会った中国」を見てからずっと気になっていました。最近公開されたので早速見に行ってきました。
まず、あらすじとしてはそれほど複雑な伏線もなく、あっと驚くような派手な展開もありません。話は淡々と進んでいきます。人の思いが、他の人の心を動かす様を描いた人間ドラマです。ただ、その舞台となる中国の景色が圧巻。とにかく自然と人民が長い年月を掛けて作り出した風景に圧倒されました。
この映画に出てくる麗江、石鼓村、玉龍雪山などの風景の素晴らしいこと。景勝地として有名な杭州、蘇州、そしてシルクロード沿いの様々な地域など、中国には誰もが知っている素晴らしい景色がたくさんありますが、まだまだこんなところもあるのか!と中国という土地の大きさ、深さにため息が出てきます。

言葉が通じる同じ民族同士であっても、心が通じ合えない人たちはたくさんいます。例えばこの映画の主人公、高倉健演じる高田とその息子が長年そうであったように。でも、言葉が通じず風習も何もかもが違うのに、通じ合ってしまうことがあるんだということをこの映画では見ることができます。もちろん、映画ですから脚本もあり、演出も演技指導もあり、「そんな話映画の中だから」という感想をもった観客もいるかもしれません。でも、通じることって絶対にあると思うし、そうでなければこの映画は完成しなかったと思うのです。この映画の中国側の出演者は全て実名。全員、素人の中国人ばかりです。ガイド役の邱林(チュー・リン)は実際に今でもガイドをしているし、石鼓村の村長さんも本物の村長さんです。ちなみに「単騎、千里を走る」を踊って欲しいと頼まれる李加民(リ・カミン)は実際は農業に従事して生計を立てています。その素人さんたちの演技が素晴らしく、上述のドキュメンタリーでも高倉健さんは「毎日、あまりにも感動が多くて、時々バランスが取れなくなります」と言っていました。そして、李加民が息子を思い号泣するシーンの撮影では「ここまで役者をやってきて、今更こんなことを言うのもどうかと思うけど、(あんなのを見てしまったら)演技って一体何なのかって思ってしまう」という感想を漏らしていました。あの番組を見ておいてよかったなと思いました。この映画だけを見て、「この程度の映画ならチャン・イーモウでなくてもよかったのでは?」とか「いい映画だけど、演技がちょっと・・・」というような感想を持った人は、出演者たちがどういう環境で「映画撮影」という特殊な体験を通して自分たちを表現したのかを知れば、また違った目線で見られるのではないでしょうか。

それにしても、言葉が通じない相手と気持ちが通じた瞬間ほどうれしいことはありません。でも、言葉も通じないのにどうしてお互いに「通じている」と確認できるのでしょうね。不思議なんだけど、なぜだか分かるんですよね、「向こうは私の言うことを分かってくれている」もしくは「分かろうとしてくれている」って。通じないときのもどかしさを感じて、もっともっと分かりあいたいと思って、それで英語やインドネシア語や中国語を勉強するのだけど、言葉で通じ合えるようになると、ちょっと手を抜いてしまうというか、楽をしてしまうというか...自由に通じ合えるようになりたくて勉強したのに矛盾してるんですけど、やっぱり通じない同士だったときのほうがお互い必死なんですよね。「私はあなたに伝えたいことがあるんだ!」っていうことさえ、言葉で表現できないから、とにかく相手をまっすぐに見て自分の知ってる限りの単語を、ジェスチャーを駆使して、そこに自分の気持ち全てをこめて相手にぶつける。伝わるまで諦めない。作品中でガイドの邱林と健さんの間に何度もそういうやりとりがありましたが、「これだよ、これっ!」って思ってしまいました。映画では結局、邱林があきらめちゃったり、健さんがしびれを切らしてついもっと流暢な通訳の助けを借りちゃうんですけどね。でも、私にはその通訳さんと健さんに負けないぐらい邱林と健さんも分かり合えていたと思うんです。映画の中でも、実際の現場でも...。
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by cita_cita | 2006-02-07 01:24 | 映画
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