アンデスのシェルパの話とヨガの関係

e0066369_1101151.jpg下で紹介した星野道夫さんの「旅をする木」の中でこんなエピソードが紹介されていました。
アンデス山脈へ考古学の発掘調査に出かけた探検隊が、現地でシェルパに案内を頼んだのですが、荷物を担いでいた彼らが突然ストライキを起こしました。どうしてもその場所から動こうとしない彼らに、調査隊は困り果てて給料を上げるから早く出発するように頼みます。日当を上げろという要求と思ったからです。でもシェルパは全く耳を貸しません。現地の言葉が分かる隊員がどうしたのか尋ねると、シェルパの代表はこう言ったそうです。
「私たちはここまで速く歩き過ぎてしまい、心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで、私たちはしばらくここで待っているのです。」

こう書くと、なんだか宗教くさいというかニューエイジというか、オカルトチックに聞こえて、敬遠する人もいるかもしれません。でも、私たちにも、日ごろ焦りすぎて、急ぎすぎて、気持ちだけが先走ってしまったり、逆に身体に気持ちがついていかないことって、よくあるはずです。そういう、心と身体がバラバラになってしまう状態をアンデスのシェルパたちが、自分なりの言葉で伝えようとすると、こういう表現になっただけのことだと思うのです。

e0066369_1114812.jpg私たちは、日ごろ、今の瞬間を見ずに先のことばかり考えて生活しているような気がします。それも、1年先、10年先ならいいのですが、5分先とか10分先とか、本当に文字通り目先のことばかり。でも、それも日本人として生活していると仕方ないことかもしれません。私も実際、いつも5分後のことばかり考えて、電車に乗り遅れたり、仕事で電話をかけた相手が話中だったりして思い通りいかないと、とたんにイライラしてしまう、そんなことを繰り返してばかりいます。そんな私にとって、今のことだけに集中できるなと思うのは、ヨガをしているときです。ヨガをしながら、少し難しいポーズをとりながら、自分にとって楽すぎず、辛すぎない姿勢でただ呼吸に集中するとき、私は今この瞬間にのみ集中して、自分の体と向き合うことができます。もちろん1時間半のレッスンの中で、最初の20分ほどはそういうわけにはいかないのです。たいてい、時間を気にしながら電車に乗り、教室に飛びこんで着替えを済ませ、マットを敷いて慌てて呼吸法を始めるのですから、当然です。シェルパの言葉で言えば、このときの気持ちはどこかに置いてきてしまった状態だと思います。でも、徐々に、少しずつ、気持ちが戻ってきます。ヨガはもちろん体の健康にもいいのだけれど、こうやって「置いてきた心」を自分のもとに追いつかせる時間としても、本当によい手段だな、と今日(もう昨日ですね)レッスンをしながら思ったのでした…。
(ちなみに写真は私の持っているヨガ本の中でもお気に入りのひとつ、「千葉麗子のスタイリッシュヨーガバイブル」と最近買って良かったと思う「Yogini vol.6」)
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by cita_cita | 2006-02-01 00:44 | LOHAS
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