「沖縄に恋する~癒しの島へ渡ってみれば~」西野浩史

e0066369_2043754.jpg沖縄に憧れて、移住してしまう人たちを取り上げた本はたくさんあるのですが、この本は一人一人が沖縄移住にいたるまでのエピソードに細かくスポットを当て、かなり掘り下げて書いてあったので、読み物としても面白かった。

それぞれのケースがかなり個人事情に基づいているため、自分が実際に沖縄に住むためのガイドとはなりにくいと思います。(そういう意味では他の「移住計画」本の方が参考になるかな…)でも、私のように、ただ沖縄好きで、普通のガイドブックには書いていないような沖縄の姿を知りたいなと思っている者にとっては、この本に出てくる人たちが沖縄を好きになってどんどん引き込まれていく様子に「ああ、その気持ち、分かるなあ!」と思える部分がたくさんあって、楽しめました。

本文中で、「分かる!」と思った部分を抜粋すると…
”沖縄に一目ぼれしてしまった人は、「もっと知りたい」「もっと過ごしたい」という気持ちに押され、自分の気持ちを確かめようとするように沖縄に向かう~中略~無意識のうちに沖縄と自分の相性を確認しているといえなくもない”
”本土に戻ってからも沖縄との接点を求め、沖縄料理店に行ったり、三線教室に通ったり~中略~インターネットで沖縄関連のホームページを見る。~中略~脳が沖縄に占有されてしまうのである”
”相性がいいとなれば、気持ちは完全に傾く。もはや止まらない。~中略~「せっかくの休暇なのだから、まだ行ったことのない場所を旅行したら」という周囲の声に耳を貸さない。なぜなら、沖縄がいいに決まってるからだ。”
”一緒にいて緊張する相手は相性がよくない。一緒にいて気楽になれてこそ生涯をともに歩む相手として申し分ないのである”

うーん…これはまさに恋ですね。
私が7年前に初めてバリ島に行ったとき、まさにこの状況でした。
さすがに移住までは考えませんでしたけど、関西中のインドネシア料理屋に足を運び、インドネシア人の集まりで日本語を教え、インドネシア語を覚え、バリに関する本を読みまくりました。パリ(Paris)と書いてある文字もぜんぶ「バリ」に見えるのです。バリのことを話せる仲間が欲しくて、バリ舞踊を習い、毎年1年に2回バリに行きました。バリから戻ってきたら、いつもすぐ次の予定を立てて…宿泊先も最初はリゾートホテル(グランドハイアットでした…笑)だったのが、少しでも現地の人と親しくなりたくて民宿に泊まって、そのためにまたインドネシア語を勉強して…
最初のうちは、「バリのどこがそんなにいいの?」って言われると、「食べ物がおいしい!」とか「人がやさしい!」とか、結構明確に理由を答えられていたのに、気がつくとあまりうまく説明できなくなっていました。バリに何度も行って、色んな話を聞いたり、たくさんの人と会ううちにバリの悪い面もたくさん見えてきます。嫌な思いもしました。そんな自分の知っているいい部分も悪い部分も含めて、それでもバリがいい!と思ってたので、どう説明してもきっと分かってもらえないだろうな…って思って、説明するのさえめんどくさくなった時期もあって…
今でも、バリは大好きで、1年に1回は行きますが、あの時の勢いは本当にすごかったなあって思います。インドネシア語なんて現地にいる間の1週間で格段に上達して、帰国して日本在住の友達をびっくりさせたこともありました。好きな気持ちって、すごい原動力ですよね…

話がそれましたが、この本の中では、個人的には、沖縄民謡と三線に夢中になって、定年後、離婚し、家も引き払って浦添に移住したという男性の話が印象的だったなあ。きっと、こういう人が職場にいたら、見る立場によっては「あの人、妻子をないがしろにして、いい年して未だに夢みたいなことばかり追っかけて」なんて、変わり者扱いする人もいると思うけど、この本を通して、その人がそんな「夢みたいなこと」を実現するに至った経緯を追っていくと、決して「変わり者」だなんて一言では片付けられないよな、って思います。人にはそれぞれ、その人なりの夢とか、喜び、苦しみ、悩みとかがあって、その人にしか分からないこともたくさんあると思う。そして、それに口出ししたり邪魔したりする権利のある人は、家族とか恋人を除いては、ほとんど誰もいないと思う。
いずれにせよ、自分の人生の責任を最後まで取れるのは、自分しかいないのだから…
どんな生き方を選ぶにせよ、自分のとった選択に自信を持って毎日を大切に過ごすこと、そのこと自体が、自分の人生に対する責任の取り方の、ひとつの形なのかもしれないな、と思います。
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by cita_cita | 2005-11-08 23:41 | 沖縄
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