「笑い飯哲夫訳 般若心経」

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ちょっと前、笑い飯の哲夫が東大の学園祭で講義を行うというニュースを見て、この本のことを知る機会があって、読んでみました。本人曰く、「昨今あほほど出てる般若心経の解説本の中でもっとも幼稚くさい本」だそう。

哲夫は奈良の桜井出身です。桜井は大神神社をはじめ、神社仏閣がたくさんある古い町です。哲夫の家にも子供の頃から、先祖の命日に月一回お坊さんがお経をあげにきていて、それを見ながらずっと、「それどういうことやねん、先祖に何を言うとんねん、死んだ人らに向かってどういう意味のこと言うとんねん」と思っていたそうです。その後、テレビで「西遊記」を見て、三蔵法師が天竺(インド)に取りに行ったありがたいものというのは、実は般若心経だったのだと知って、自分で般若心経の意味を調べ始めたとのこと。そんな哲夫が、自分なりの言葉で、般若心経を解説してくれています。

哲夫はお笑いの人間なので、普通に解説するはずもなく、ぶっちゃけ、下品なたとえ(たいていう●こネタ)が多くて、嫌いな人は嫌いかもしれませんが、私にとってはかなりわかりやすかったです。少なくとも、家で仏壇の引き出しにしまってある般若心経が書いてる紙を見ても、一応意味が分かるようになりました。

簡単な表現が多いので一気に読める本ですが、その中でもとくに「ほぉー」と関心する表現がいくつかあったのでその部分をご紹介します。

なんで自分の存在にこだわるんや、自分の考えも体もひとりだけの所有物やと思わんと、自分も他人も草木もゴミも、全体が液状にドロドロしてて、ただ偶然、ドロドロしてる中のここからここまでの部分が自分となって現れてるだけやねんで、そしたら全部はつながってて、自分だけの所有物とか何もなく、すべてはみんなの所有物になる、そしたら他人に与えることも、何ら嫌なことではない、それで「慈悲」の心が生まれるんやで、という感じだと思います。

あと、いつもお経を聞いてるときに耳に残って気になってた「ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー(羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦)…」っていう部分の意味はこう説明されていました。

がんばって、がんばって、よくがんばって、まさによくがんばって、悟れよ、幸あれ。

なんか、そんな意味やったんかーって。全然想像できなかったですね(笑)
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by cita_cita | 2011-07-10 10:23 | 読書
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