分相応という考え方。

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20代の後半、新しく転職した会社で働いて3年たったとき、何か一生ものといえるものを自分で買おうと思って、検討の結果、カルティエのタンクフランセーズという腕時計を買いました。ブランド物をほとんど持っていない私にとってはものすごく大きな決断でした。候補としてバッグなども検討したのですが、ズボラな私は、きっとカバンの扱いも悪くて、どこかに不具合がでても、きっとちゃんとしたメンテナンスを怠ってしまうだろう、そうなったらせっかくのバッグがタンスの肥やしになってしまうに違いないと判断。そんなズボラの私でもさすがに時計が止まったら電池交換も、修理にも出すだろうと考えてのことでした。

タンクフランセーズは、当時の私にとって、いや、今の私にとっても清水の舞台から飛び降りるほどの大きな買い物で、分不相応だとは思ったのですが、やはり「一生大切にできるものを」と思って無理をして手に入れたのです。

それが最近、遅れが出始めたので、電池交換に行きました。ところが電池交換して、ふと見ると、また遅れてる。あ、ついにこの時期がやってきたかと落胆しつつ、覚悟を決めて、再度、カルティエサロンに時計を持ち込みました。トータルメンテナンスのタイミングがやってきたのです。だいたい5年に一回は、このような時期がきて、銀座のカルティエに時計を送って中の機械を交換してもらわなくてはいけません。カルティエでは部分修理ではなくて、機械部分を全て新品に交換する(コンプリートサービス)の方式なので、修理箇所や故障のレベルがどの程度であっても、等しくサービス料金がかかります。それが43,050円。かなりの出費です。っていうか、国産のそこそこええ時計買えるやんね(苦笑)

カルティエの店員さんによれば、別に私の使い方が悪いわけではなく、大体5年に1回ぐらいはこのようなメンテナンスが必要なのだそうです。5年前、同じ経験をしてその金額にびっくりし、「おばあちゃんになるまで、今後5年ごとにコンプリートサービスを受け続けられるだろうか…いつか時計を手放さないといけない日がくるかも。」と不安になったのを思い出しました。

「一生ものを手に入れる」というのは、買ったら一生もつ、というような単純なことではなく、「一生メンテナンスしていく」覚悟と経済力が必要なわけですね。やはりカルティエにはカルティエにふさわしい持ち主があるわけで、私のような小市民が本来手を出してはいけないジャンルなのだなぁとちょっぴり切なくなりました。

というわけで「分相応」という言葉の意味を身をもって実感した最近のできごとでした。
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by cita_cita | 2011-07-07 19:45 | その他
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