「ブルーゾーン」 篠宮龍三

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グランブルーという映画やジャック・マイヨールの名前を聞いたことがある人は多いでしょう。酸素ボンベをつけず、自分の呼吸だけを頼りに潜るフリーダイビング。その競技で水深115mのアジア記録を樹立したダイバー、篠宮龍三さんの著書です。

私の友達であるらっくさんから、「この本いいよ。ヨガをやってるあなただったら、きっと共感するところがたくさんあると思う」と紹介を受けました。

フリーダイビングやサーフィンの選手には、ヨガをトレーニングに取り入れている人がたくさんいます。ジャック・マイヨールもそうだし、この篠宮さんもそのひとりです。そこには、ただ呼吸を細く長くコントロールできるようになるという肉体的なメリットだけではなく、精神的な意味合いが大きく含まれていると思います。

彼の著書の中で、いくつか心に残る部分がありましたので、そのまま紹介したいと思います。

『よく「ひとりで海の奥深くまでダイビングしていると、孤独を感じませんか」と聞かれるが、僕は海の底でひとりぼっちだと思ったことはない。
孤独は、人と人の間にあるもので、自然と人間との間に孤独はないのだということが分かるようになった。』

『フリーダイビングは無呼吸という制限の中で行われるスポーツだ。だから自由とはかけはなれたものだと思われるかもしれない。
しかし、自由というものは、制限があって初めて感じられるものだと思う。制限の中にこそ自由はある。』

『どれぐらい深く潜ったかという記録は、いつか破られる。その瞬間の最大値でしかない。けれど美しい泳ぎは永遠に人の心に残る。
美しく潜るということは、効率よくむだのない動きをすることだと思う。美しさと効率は相反するものではない。』

『フリーダイビングは生きながらにして、死を体験するようなところがある。
死と隣り合わせで海に潜り、やがて極限に達すると、陸という生に向かって還っていく。1回のダイブは、象徴的な輪廻転生なのだ。
深い海からの帰還は本当に心地いい。フリーダイビングは潜るたびに何度も何度も人を生まれ変わらせてくれるのかもしれない。
死に直面した世界から還ってきて呼吸に再会すると、生と死がぐるりと円環を描いて、再びひとつになる。』

『海面がどんなに荒れていても、深く潜っていくと流れはおさまってくる。
30mぐらいまでは流れがあることもあるが、それ以上の深さでは海流はほとんどない。天候にかかわらず、同じ静けさを保っている。
どれほど表面が荒れていても、底は静穏な海。海のあり方は心のあり方に似ていると思う。』

『ほかのスポーツと大きく違うところと言えば、フリーダイビングでは、闘争心は仇になるということだ。
サッカーや野球、格闘技などでは、勝ってみせるという強いハートが必要だろうが、フリーダイビングでは、海の中で「あそこまで潜ったら何位だ」
「新記録になる」「ライバルに勝てる」などと考えると脳の酸素消費量が増えてしまい、すぐれたパフォーマンスができなくなる。
それだけではない、命の危険すらある。
いかに記録を伸ばすかとか、戦略を立てるのは陸上ですること。いったん作戦を立てたら、もう水の中には持ち込まない。』

『経験を重ねると「これは危険だ」という信号を受け取る直感が鋭くなってくる。
そういった感覚を無視したりせず、欲を出さずに引き返す勇気を持つことが必要だ。
2008年の国際大会では、手を伸ばせばタグが取れるというところで、引き返す判断をした。
手を伸ばす、ただそれだけのことで、自分の中のバランスがくずれると気づいたからだ。』

『「足るを知る」という言葉がある。いまあるもので十分と思えば、命を危険にさらすことはない。
もっともっととやり過ぎて自分の力以上のものを望めば、どこかにひずみが生じてそのまま自分に返ってくる。』

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by cita_cita | 2011-01-26 21:43 | 読書
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