「裸でも生きる」 山口絵理子

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20代前半にして、マザーハウスというカバンのブランドを立ち上げた若い女性経営者の自伝エッセイです。山口さんは今年、28歳。マザーハウスでは、バングラデシュ産のジュート(麻)で作ったバッグを現地生産、日本国内で販売しています。デザイナーでもあり、社長でもある彼女の今の姿を見ると、何でも苦労なくスムーズに、スマートにこなす、恵まれた特別な人みたいに思えますが、ここまでの道のりは平坦ではなかった…というかこれ以上ないぐらい波乱万丈です。

 小学校で壮絶なイジメに合い、反動で中学で非行に走り、どんどん深みにはまっていく仲間を見てハッと目を覚まし、「強くなりたい」と柔道部に入部。猛練習の末に名門高校からスカウトが来るまでになったものの、優勝できて当然のチームではなくて、自分の力で勝ちたいと、推薦話を蹴って、工業高校の男子柔道部に入部。体が壊れてボロぞうきんのようになるまでしごかれても試合では負け続け、3年になって初めて優勝候補に勝てるまでになった山口さん。大学は日体大か国士舘で柔道を、と周りが決め付けていたのに反発して、猛勉強で慶應に合格し、柔道の世界を離れて、竹中平蔵ゼミで発展途上国の開発学の勉強を。途上国支援に興味を持って、見事学生インターンとしてワシントンの国際機関でアシスタントのチャンスを得たものの、そこで見たのは「発展途上国なんて行った事もないし、行く必要もない。」「自分たちはレポートを見て予算編成をすればいい。現場のことは現場担当に任せればいい。」といいながら立派なオフィスで仕事をするエリートの同僚たち。ここでは、本当の意味の援助活動はできないと知った彼女は、職場のPCで「アジア最貧国」を検索してヒットしたワードを見て、「バングラデシュ」行きのチケットを買います。この先に何があるかも分からず、ただ自分の目で現実を見たいという思いだけで降り立ったバングラデシュで数々の衝撃を受け、もっとこの国にいるために、旅行中に情報を集めて地元大学院の試験を受け、入学許可証を持って日本に帰ります。大学卒業後、バングラデシュに戻って大学院に通いながら、先進国からの施しという形ではなく、先進国と互角に競合できる途上国ブランドを独り立ちさせることを思いつき、マザーハウスを起業するアイディアを得ます。そして卒業後、23歳で会社を設立しますが、そこからも順風満帆というわけに行かず、デザイン決め、工場探し、取引先の確保などに奔走し、また、信頼していた取引工場や取引先に裏切られたり、政治がらみのストライキで納期がめちゃくちゃになったり、彼女の活動を良く思わない現地人に脅迫されたり…と本当に色々な困難が起こります。

彼女はそんな困難をひとつずつ乗り越えてきたわけですが、怖いもの知らずのスーパーウーマンというわけではなく、大変な目にあうたびに、びびったり、泣いたり、絶望したりしながら、それでもまた先に進んで行きます。そういう人間くさいところもあるから、「私とは別世界の成功者の話」としてではなく、もう少し近い目線で読むことができました。

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彼女のパワーと不屈の前向きさには本当に励まされますが、ただひとつだけ、共感できないところが。それは、がんばりすぎるあまり、自分の体を大切にしないことです。今は30歳近くになられて、少しは変化があるのかもしれませんが、柔道部での話の部分や、会社立ち上げのころの話を読んでいると、自分の体をまるで自分の所有物だからどう扱ってもいいかのように粗末にしているように思えるところがあります。彼女は本当に尊敬すべき、すごい人だと思うけれど、でもやはり自分の体を大切にできるのは、自分以外にはいないのだから、そのことを忘れないでほしいなと思いました。

この本の第2弾が出ているようなので、また機会があれば読んでみようと思います。
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by cita_cita | 2010-12-07 22:38 | 読書
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