「何も持たず存在するということ」 角田光代

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角田さんの本を取り上げるのは久しぶりだ。小説とエッセイを両方書く作家の場合、どちらかは好きでもどちらかがイマイチだったりすることもあるのだけど、角田さんの場合はどちらも同じぐらい好き。これは書きおろしではなく、既出のエッセイを後からまとめた本なのだけど、やっぱりこの人の文章は好きだな。言葉の選び方も、表現のしかたも。

この本の中でRCサクセションの忌野清志郎についての文章があった。角田さんはエスカレーター式の女子高から早稲田大に入学したとき、いきなり外の世界に放り出され、自分の周りに溢れる情報が多すぎて途方にくれていた。そんな時に清志郎さんの音楽に出会い、ものすごい衝撃を受けたそう。自分が何を好きで何を嫌いなのか、自分にとって必要なもの、不要なものは何か、すべてRCの歌が教えてくれた。それ以来情報の洪水も怖くはなくなった、そのほとんどは自分にとって必要のないものだと分かったから…と書いてあった。そして、小説家を目指したとき、誰それのような小説家になりたいという目標は自分には全くなく、ただ清志郎さんのつくる歌のような小説が書ければよかったとも。

角田さんが清志郎さんを敬愛しているのはどこかで聞いたことがあったけれど、そこまでだったのか…と思った。この文章が書かれたのはまだ清志郎さんが存命中。昨年、彼が無くなったとき、角田さんはどう感じたのだろうかと思い、何か残していないか探してみたら、あった。2009年5月4日の読売新聞に清志郎さんへの追悼文が掲載されていた。その文章をここに転載します。


「忌野清志郎がいない」
 訃報を聞いて真っ先に思ったのは、どうしよう、ということだった。清志郎の生の声が聴けない世界で、私はいったいどうすればいいのだ。
 私は音楽とまったく関係のない仕事をしているが、でも、小説家としてもっとも影響を受けた表現者は忌野清志郎である。
八六年に日比谷野外音楽堂でライブを見てから、ずっと彼の歌を聴き、彼の創る世界に憧れ、彼の在りように注目していた。
 あまりにも多くのことを教わった。ロックは単に輸入品でないということも、音楽は何かということも、日本語の自在さも、詩の豊穣さも、清志郎の音楽で知った。それから恋も恋を失うことも、怒ることも許すことも、愛することも憎むことも、本当にその意味を知る前に私は清志郎の歌で知った。
 二〇〇六年夏、清志郎が喉頭癌で入院したというニュースを聞いたときは、神さまの正気を疑った。でも彼は帰ってきた。
二〇〇八年の完全復活ライブで、今まで以上にパワフルな清志郎のライブアクトを見て鳥肌が立った。神さまだってこの人には手出しできないんだと思った。それで、信じてしまった。
このバンドマンはいつだって帰ってきて、こうして歌ってくれる。愛し合っているかと訊いてくれる。癌転移のニュースを聞いても、だから私は待っていた。完全再復活をのんきに待っていた。
 忌野清志郎は、変わることも変わらないこともちっともおそれていなかった。彼の音楽はつねに新しく、でも、つねにきちんと清志郎だった。不変と変化を併せ持ちつつ先へ先へと道を拓き、私たちは安心してその道をついていけばよかった。清志郎のことを思うと私はいつも魯迅『故郷』のラストの一文を思い出す。「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」。道なき地上の先頭を、清志郎はいつも歩いていた。この人をすごいと思うのは、そのあとを歩くのが音楽にかかわる人ばかりではないからだ。あまりにも多くの人が、それぞれに清志郎の影響を受け、その影響を各々の仕事のなかで生かしている。
 訃報が流れた深夜、写真家の友人から電話をもらった。私はただの一ファンだが、この写真家はずっと清志郎の写真を撮っていた。私よりずっと深くかなしんでいるだろうに彼は「だいじょうぶ?」と私に訊いた。私と同世代の彼も、清志郎をいつも仰ぎ見て自身の仕事をしていた。「もう清志郎の声が聴けない、どうしよう」私が言うと彼も「どうすればいいんだろうね」と言った。深夜、私たちは迷子になった子どものように途方に暮れていた。きっと多くの人がそうだろうと思う。清志郎のいない世界で生きていかねばならないことに、心底途方に暮れている。このバンドマンが創ったものが失われることはない。私たちはこの先ずっと清志郎の音楽に触れその声を聴くことができる。わかっていても、今はただただ、どうしよう、と思うばかりだ。



今まで、友達に誘われて清志郎さんを見に行けるチャンスが3回あった。なのに、3回とも私は行けなかった。1回はお金が無くて。あとの2回は予定が合わなかった。予定を変更してでも行っておけばよかったなぁと今になって思ってる…。この角田さんの追悼文を読んだら、またその思いが強くなってしまった。
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by cita_cita | 2010-03-04 21:54 | 読書
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