「その街のこども」

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不思議な空気感のドラマでした。震災のドラマなのに、震災の場面はほとんど出てこないのです。出てくるのは、震災のとき子どもだった、今は社会人になってそれぞれ東京で仕事をしている2人の男女。それと、今の三宮と御影の間の高架沿いの道路や住宅街や公園。

映像も自主制作のフィルムみたいな素人っぽい感じがあって、ドラマっていうより、2人がプライベートで喋ってる会話を覗き見してるっていうか…それぐらい自然で、違和感がなかったです。

しいて言えば最初に2人が話しをするきっかけがちょっと強引かなとは思ったけど…。

サトエリの台詞はところどころ単語のイントネーションが不思議なところがあったのだけど、あれが神戸弁の特徴なのでしょうか。私が思ってる関西弁とはちょっと違ったので…まあ、ドラマの中でも中学3年で東京に引っ越して13年経ってるという設定だし、実際の彼女も芸能生活が長いから色々混じってくるのは当たり前なのかな。あ、でも言い回しとか、喋り方全体の雰囲気ってのはやっぱり関西人ならでは、でしたね。

クライマックスのほうで、サトエリが震災で亡くなった友達のお父さんに13年ぶりに会いに行くのだけど、ここは涙腺やられた。実際、お父さんと会って会話するシーンは存在してなくて、その後のサトエリの表情とか台詞で何があったのか想像するしかないのだけど、ここは本当に色々考えてしまって泣けた。

友達のお父さんと会う決心をする前に、サトエリが話していたセリフでこんなのがあって…
「けどな、忘れようとすればするほど心が冷えてくからな。がっつり考えた方がええんかなーってこのごろはよう考えんねん。そしたら分かってんけど…工夫したらええんかなーって。」「辛い時になってもーた時、どうしたらちょっとは辛くなくなるんかを考えて工夫する。みんなで。」
これって、さらっと流したらなんてことない台詞やなんだけど、なんかめちゃくちゃ心に残ったのでここに書いておきます。

ドラマの最後は、サトエリが東遊園地の「震災のつどい」でAM5:46の黙祷に参加するところで終わるのだけど、この部分は実際に今年の17日にサトエリが参加してお祈りしてるのを撮影し、すぐに編集してその日の夜に放映されたそうです。
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by cita_cita | 2010-02-01 21:00 | その他
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