「ヴィヨンの妻」

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太宰治の作品の映画化です。予告編を見て、気になって見に行きました。もとの作品は短編小説ですが、脚本を上手くアレンジして2時間の作品に仕上げてあります。

主人公の小説家、大谷(浅野忠信)は太宰をモデルにしていると思われますが、それよりも彼の妻の佐知(松たか子)がよかった。脚本自体も、松たか子をイメージして書き上げられたそうです。見てる間、あれ?松たか子ってこんなにキレイだったっけ?と何度も思わせられました。根っからの女優さんなんですね。

酒、借金、女と三拍子揃った上にネガティブ志向で自殺願望の強い、どうしようもない放蕩亭主を支える佐知ですが、ただひたすら健気ではかなく優しいというわけでなく、結構したたかで、時にあっけらかんとして、真っ直ぐな芯の強さを持った女性。それを松たか子ががんばり過ぎず、さらっと演じています。ホントは頑張ってるのかもしれないけど、彼女の演技が上手なので、さらっと見えてしまうのかも。

他にも佐知に惹かれる男性が2人(プラス居酒屋の客その他大勢)出てきますが、どちらも結局は自分が大事という身勝手な人間で頼りにならない。けど、彼女はそれを嘆くわけでも責めるわけでもなく、旦那が愛人と心中未遂事件を起こしてしまって新聞で大々的に人非人扱いされたときでさえも「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。」とさらりと言ってのけてしまう。さくらんぼの種をぷっと吹き出しながら。(けど、決して下品ではすっぱな感じにならないところがいい)

「家庭の幸福は諸悪の根源」とまでいい、家庭を維持することを恐れ苦悩にさいなまれ続けた太宰がこういう女性を描くというのは、彼の弱さの現われか、それとも自分に対する鋭すぎる洞察力から、自分には何が必要かしっかり把握していたからなのか。

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夫の借金を返すために居酒屋で働き始めた佐知を、彼女目当ての客とどんどん美しくなる妻に対する嫉妬心に駆られて迎えに来た大谷。ふたりで夜道を歩きながら、この何気ない時間に安らぎを感じ、「どうしてもっと早くこうしなかったのかしら。とっても私は幸福よ」と佐知が言う場面があります。それを聞いた大谷との間でこんな会話が交わされます。

「女には、幸福も不幸も無いものです」
「そうなの? そう言われると、そんな気もして来るけど、それじゃ、男の人は、どうなの?」
「男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです」
「わからないわ、私には。でも、いつまでも私、こんな生活をつづけて行きたいわ」

「生まれて、すみません」の心境で苦しみ続けた太宰治そのまんまの大谷を見ていると、ついイラッとしてしまうかもしれませんが(私は相当イラッとした…笑)、ここには『人間失格』の救いようの無い絶望だけでなく、佐知という光も一緒に描かれています。映画館では、その佐知の美しさと強さを見てもらいたいと思います。
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by cita_cita | 2009-10-20 06:23 | 映画
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