「たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い」 佐野三治この本は、91年の年末、国際ヨットレースに出場、ヨットが転覆してからライフラフト(救命いかだ)で27日間漂流を続け、たった一人生還した男性による手記です。 日本からグアムまで外洋ヨットレースに参加した「たか」号には7名の乗組員がいたのですが、出航4日目でヨットは転覆、その際に船長1名が死亡、そこから残りの6名はライフラフトに乗り移り、沈み行く船から命からがら脱出します。船のエンジンがストップしての漂流とは違い、船と全ての持ち物を失い、着の身着のまま小さなライフラフトでただ波に身を任せ、救助を待つ日々。しかも、悪い偶然は重なり、手に結んでいたはずのイーパブ(遭難信号無線)を水中に落下、ライフラフトに縛り付けてあるはずの非常用の食料、水、各種備品は脱出時にラフトが傾いた瞬間ほとんど海に流出、唯一の灯りであるペンライトは電池切れ間近。手元に残ったのはカンパンたったの9枚と水1本のみ。救出まで何日かかるかも分からないため1日にショートホープ大のカンパン1枚を6名で分け、小さなケースのフタに水を1センチだけ注ぎ(これが後半には1人20滴になります)、3人で回し飲みするという壮絶な漂流が始まります。 円形のライフラフトは座れるスペースが畳わずか2畳より小さく(表紙の写真参照)、そこに大人の男性6名が縁を背にしてコタツを囲むように座るのですが、それだけ狭いと足を伸ばす余裕もなく、我慢できずに伸ばすと今度は誰かの足の上に乗ることになります。しかも全員の重みが集中している部分はくぼんでくるのでますますそこに全員の足が寄って来るようになり、極限状態の中で、どんどんメンバーのストレスはつのり、疲労も蓄積してきます。さらに日を追うごとに空気は少しずつ抜けていきますが空気を入れるためのふいごも、脱出時に流出させてしまっており、なんとか口で吹き込もうとしますが、口の中はカラカラで力は入らず、逆に抜ける空気のほうが多いのです。 そんな中でも、降った雨水を舐め、軍歌を歌い、同じような海・山の遭難で助かった過去の事例を話しながら互いに「帰ったらあれをしたい、これをしたい」と励まし合いますが、脱水症状が進むとともに少しずつ気力、体力が奪われていきます。ついには幻覚症状が現れる者もあり、脱出時に船に残してきた荷物を探し始めたり、自分の足がラフトの底を突き抜けて海にはまってしまったから抜くのを手伝って欲しいと頼むなど、狭いラフトの中は修羅場の様相を呈してきます。そんなときに捜索機が現れ、上空で引き返すのを見て、一同は「助かった!」と喜び合い、残りの水も飲んでしまいます。 ところがいつまで経っても助けは来ず、発見されたわけではなかったのだと悟った彼らは大きく落胆し、生きる気力を失ってしまいます。この翌日1人が死亡、さらにその翌日には3人が立て続けに死亡。その度に仲間の亡骸を海に送り、残った2人だけを乗せたいかだは周りに何も見えない海を漂い続けます。 そんな中で、なんとか生きた鳥を捕まえて、首を締め、鳥の吐き出したイカとトビウオを食べ、くちばしでお腹を裂いてレバーや肉を食べ、「一日でも生き延びれば、助かる確率がそれだけ大きくなるんだから、がんばろう」を励ましあい、二人は必死に生き延びようとします。 そしてついに恐れていた日がやってきます。「絶対生きていてくれよな、一人になったら暖めあうことも、話もできないんだからな」と励ましあった2人でしたが、ある日、相方の高瀬が亡くなり、ついにラフトの中は佐野さん1人だけとなります。ここからさらに10日以上、一人きりの長い長い時間が、死との闘いがはじまります。以下は本書から抜粋です。 「しばらくは海に浮いている高瀬をじっと見ていた。段々離れていく波の合間合間に消えて見えなくなってしまった。この広い海にはなればなれになってしまったこと、冷たい海に送ってしまったことなど、多くの感情が込み上げてきた。高瀬を見送り、ラフトの中は完全に自分ひとりになった。(中略)今まで起こった事実、特に(海上保安庁の)YS11機を確かに見たんだという事実を、なんとか伝えたいという気持ちが強くあった。同時に、次は待ったなしで、いよいよ自分が死ぬ番だとも思った。」 そして2匹目の鳥を捕まえたとき…「ラフトの中に自分以外の生き物がいるのは久しぶりのことであった。すぐには殺さず、しばらく鳥を生かしてやることにした。(中略)一匹目を高瀬と食べたときはうまいと感じたが、二匹目を一人で食べても、少しもうまくなかった。」 「それまで、私は晴れた日中はいつも、入り口のチャックを開けて、外を眺めていたものだが、一人になってからは、ラフトの入り口をたいてい閉め切っていた。開けてみて、周りが海ばかりであるのに耐えられなかった。」 「高瀬が死んでからずっと、私はYS11機を見ていたにも関わらず、助けが無かったことがとても悔しく、何とかして誰かに伝えたいと思っていた。自分が死ぬことには何の躊躇もなかったが、このまま事実が伝えられず自分も死んでいってしまうのでは、死んでも死にきれない。」 情けない話なんですが…実は私、この本を読み始めてからしばらくの間、夜、灯りを消して眠れなくなってしまいました。この本の描写があまりにも克明で、迫りくる恐怖感がリアルに伝わりすぎたのか、特に遭難してからの部分は読んでいてもすごく息苦しくて、ある晩、夜中に目が覚めてしまいました。その時、なんとなく真っ暗な部屋の中、暗い天井を見ながら本の内容を反すうしていると、なぜか急に自分が寝ているベッドが海の上にプカプカ漂っているイメージが浮かんでしまったのです。その途端、本の中で描かれていた真っ暗な海で一人浮かんでいる孤独感や、自分の身を預けている薄いゴムの層を隔てた下は深い深い海である恐怖や、自分がどこにいるかも分からず誰も自分がここにいることを知らないという不安が急激に現実味を帯びて迫ってきて…ゾッとして、慌ててテレビをつけて、やっと落ち着きました。その次の日に本を読み終わりましたが、その時は、最後まで読むのをやめられなかったのです…というより、途中でやめて眠ることが怖くて、とにかく、早く救出されて漂流を終わりにしたい、その場面を確認したいという気持ちだったと思います。読み終わってから1週間ほど経つのですが、まだなんとなく、小さく音楽を流しながら眠っています。夜中に目が覚めるとCDが終わっていて、そんなとき外の道路を通る車の音が聞こえてくるとほっとします。普通はうるさく感じるはずの隣の住人が立てる音でさえ、「あー人がいるんだよな」って思ったり。どうやら、この本、私には思った以上に相当衝撃が強かったようです。
by cita_cita
| 2009-04-23 00:02
| 読書
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